第三話 まさかまさか
扉の向こうから吹いてくるのは、春を思い出させるような爽やかな風。
澄んだ空気と暖かい太陽。
そして目の前に広がった景色は
「な、にこれ?どういうこと?」
こんな景色は知らない。爽やかな風とかのんきなことを言っている場合ではない。
楓は緊張で微かに震えながら恐る恐る屋上一歩足を踏み入れ、ゆっくりと策のあるところまで行き、辺りをキョロキョロと見回したあと、下を見た。
地面は草原か土か石。コンクリートなんてどこにもない。
少し向こうを見れば家が建ち並んでいるのが見える。おそらく町だろう。
町に建っている建物は少なくとも日本の家ではない。童話にでも出てきそうな中世ヨーロッパのような古風で洋風な家だ。
楓の住んでいた町は都会と田舎どちらかといわれれば田舎だったが、ビルや鉄塔などの高い建物はそこそこあった。
が、ここにはそんな都会じみたものは一つもなく、the自然といった感じだ。
電車は?走っていない。
車は?走っていない。
電信柱は?一本も見当たらない。
「・・・うそ」
楓はただただ呆然とするばかり。そんな楓をあざ笑うかのように烏があほ~っと鳴きながら頭上を飛んでゆく。
あ・・・烏はいるんだ。
「驚かれましたか?驚かれましたよね?」
楓は我に戻ってシリルの存在を思い出す。
この男楽しんでいるのか?
「ここはあなたの住んでいた世界とはまた違った世界。どうです?この風景を見て実感は沸きましたか?」
「ええ、よく分かりました」
あまりにも納得するのが早いのでシリルは予想外だと言いたげな表情をする。
「おや、物分かりがいいようですね。今までの方はこれ見ても信じられないと喚いていたのに」
あまりにも不思議に思ったのだろう、シリルは楓の表情を伺いながら楓の周りをぐるぐると周り、観察し始めた。
この状況、どちらかといえば楓の方が落ち着いている気がする。
「私妄想力がとても強いんですよ」
「え?」
楓が呟いた意味不明な言葉にシリルは顔に似合わないスットンキョンな声を上げる。
「でもさすがに驚きました。自分でこんな妄想して、あたかも自分の妄想の中にいるような感じになるなんて・・・。私相当頭おかしかったんですね」
どうやら楓はこれは自分の妄想だと思っているようだ。というとはこの現状を受け入れることができたというわけではない。
全く予想していなかったこの世界の感想にシリルは目が点になり、次に盛大に笑い始めた。
「いえいえ、妄想などではありませんよ。あなたは正真正銘この場にいるのですから」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながらシリルは言う。
笑われたことに腹が立ったのか楓がムッとした表情になる。
「妄想か夢でもなければこんなこと起こるわけないじゃない!」
そうだ、これは夢だ。もしくはファンタジーを読みすぎて頭の中までファンタジーになってしまった私が勝手に創り出してしまった妄想の世界だ。そう自分に言い聞かすようについ大声を出してしまった。
「おお!それです!一般の人の反応」
シリルはやっと予想通りの反応をしてくれたと、一人で喜んでいる。
やはりこの男は楽しんでいるのか?いや、確実に楽しんでいる。
楓は少し戸惑ったが意を決して力一杯自分の頬をつねりあげた。
「いだだだだだだ!!」
つねったらつねった分だけ頬の痛みは増していく。この痛みは本物だ。ということは・・・
「じゃあなに?私本当に異世界に来ちゃったわけ?」
「ええ」
「夢でも妄想でもないの?」
「ええ。現実ですよ」
その言葉を聞いて楓はへなへなと腰が抜けて床に座り込む。頬がひりひりと痛むがそんなこと気にならなかった。
「こんな非現実なことが・・・」
「起こるのですよ~。いや世の中何があるか分かりませんね。でもこの世界に来る人は大抵共通点があるんですよ。何だと思います?」
「知りません」
楓は即答した。
だって本当に知らないし。
「正解は・・・平凡な生活に飽き飽きした人です」
なんだって?じゃあ私もその平凡に飽きた人たちの一人なのか?
「ここはスリルを求めてやってくる世界なのです」
「よく分かりませんが、取り敢えずこの世界は平凡ではないのですね?」
「いいえ、この世界はいたって平凡DEATHよ」
シリルはウキウキと答える。
なんなんだ、いったい・・・。