我慢>悲しみ~hinaside~
チャイムの音は平和の象徴ではないかとつくづく思う。ゆったりとしたそのリズムは聞き慣れた電子音だ。一度目のチャイムに嫌悪感を抱き、二度目には開放感のようなものが押し寄せる。
「平和だなぁ…」
「とんだアホ面のおばあさんだな」
隣から喧嘩をうってきた(と、勝手に解釈)颯に極上のスマイルを向ける。
「その喧嘩、かってやろーじゃないの!」
「うってねーし!」
「おっ夫婦喧嘩が始まったぞ!!」
野次馬本能丸出しのかけ声を聞いたのも、もう何度目やら…。
こういう時は無視に限る。よし、無視む…
「夫婦じゃねーし!」
「颯のやつ、照れてんじゃん?」
「照れてねーよ!!」
何で応えるかな…。ほんと、お人好しと言っていいのやらなんとやら‥。
「あ、颯、今日行ってい?」
「別にいいけど…なんで?またおばさん達いないの?」
「あー…うん。」
こんな時に限って察しがいいんだよ、颯のやつ。
両親はよく旅にでる。幼い頃病気がちだった陽菜を結婚前に産んでしまった両親は、新婚旅行にさえ行けていなかった。剣道や柔道をさせることで両親は陽菜の身体が強くなったと思っていた。実質それは、両親が気を使わなくていいように陽菜が苦しい事を隠して来ただけに過ぎなかった。そうして隠し、偽っていくうちに、陽菜にとってそれが癖のようになっていた。
私は度々颯の家に行き、泊めて貰った。そうしないと、寂しくて泣き崩れてしまいそうだから、なんて理由は決して颯には言わないが…。
中学生になってからは流石に泊めて貰う事は減ったが、ご飯に呼ばれたり、遊びに行ったりする事は頻繁だ。
いつものように剣道場に行った後、颯の家に行き、ご飯をよばれた。その後もまたいつものように颯の部屋でだべる。
「試合?」
「うん、剣道の。」
「へぇー…。」
ご飯後だというのにガサガサとお菓子の箱を探る颯は、興味のない雰囲気丸出しだった。
「……。」
「…何?」
「……別に?」
「来てほしいなら普通に「来て」っていえば?」
呆れたように言う颯が少し癪で、そんな事言ってないし、と拗ねたように言い返した。
こう言っても結局颯は必ず毎回来てくれるのだ。
「ごほっ…ごほっごほっ…」
「大丈夫?」
「うんっ…ごほっ…。大丈…夫!」
「………。」
心配させぬようにと笑って見せたつもりだったが、颯は何故か苦い顔をした。
そしてこの時陽菜は自分にさえ嘘を付いた。本当は最近どうも調子がよくなかった。けど、もうじき試合がある。颯が見に来てくれる。
そう思うと、練習も容易に休んではいられなかったのだ。
嘘だ。全て錯覚。今感じる、頭痛も、目眩も、全て。
あの事はそんな風に閉じ込めてしまった私への、罰だったのだろうか…。