闖入者に次ぐ闖入者 「オレは銀子が…」
『幸服な世界』が現在ヨーロッパに持つ支配地域は北方フランス、南ドイツ、スイス、イタリア、以東の地域であった。彼らの本拠地はイタリアのミラノで身分が高いものはスフォルツェスコ城を改築や増築をした『Abbigliamento』城という場所に住んでいた。
2059年8月4日、この日は皆の父であり、伝説の天才であり、反旗の象徴であり、偉大なる神のようにPAIC達が崇拝する『Génie』の死後七回忌がパリで開かれる。上流身分の面々はもちろん、衣服のほとんどがこの七回忌に参列する。
ミラノからパリまでは列車を使った交通手段が最も速い。予てよりの要親和計画でEU内の主要地域を結ぶために造られていた高速リニア『Aérotrain-2042』が2042年に完成したのである。原理は地面効果と、リニアシンクロモータ使用した磁気浮上を複合した力で動いている。つまりスフォルツェスコ城内の空気エスカレーターと同じ原理で動いているが規模も力も段違いなのである。更にこの時代ではもはや普通の事だが環境順応性、ゼロエミッション性にも成功している。このリニアならミラノ⇒パリ間を一時間もしないで到達することが出来る。
パリ及びイル・ド・フランスは『Génie』にとって所縁の場所である。まず彼の誕生したPAI研究所含む科学特区はオードセーヌに存在したし、彼が全国的に初めて発表されたのは学界よりも先にパリコレクションの4月のプレタポルテだった。そして彼が亡くなった場所はイブリーヌの小さな別荘である。更に彼の墓はバルドマルヌにある。これは七回忌をパリで開くのに充分な理由であろう。
「(お父様…)」
Grand Louvreは通常時の華やかな雰囲気とは異なり流石に空気が重いようだった。というのも、七回忌という式の重さの他に一般PAIC達は普段姿を見せない重鎮達が一堂に介しているので緊張してしまっていたのだ。一般PAIC達は重鎮達のガラスのピラミッドから螺旋階段を通って地下に降り立つ姿を見てパリコレクションでも見ているのかと錯覚させられた。式は滞りなく進み、およそ三時間ほどで終わった。
そして次は場所を移して『Représailles』枢機卿主催の人間との戦争の意気込み発表、いわゆる壮行会みたいなものが始まった。間近にエッフェル塔を拝めるこの場所は1889年のパリ万博の会場にもなったシャン・ド・マルス公園である。ここは先程の七回忌と違いパーティー会場のように無数のテーブルといくつもの食事の数々、辺りの華やかさ、明るい雰囲気のBGM、そしてなにより彼らが発する熱意によって非常に快活な雰囲気が漂っていた。
「確かに今、我々は押されている。しかし逆に言えば今これほどの軍勢がこの場に揃っているというのに残存勢力のみで幾つかの戦線では奴らと同等の戦いを見せている! つまり、我々が本気を出せば、この七回忌の年に我らが偉大なるお父様に必ずや勝利を捧げることが出来るだろう!」
壇上で歓声を浴びながら笑顔で手を振り服々に答えているのはどこぞの王子のような凛々しいオーラを吐き出す金髪の美男子を着た蒼い皇族服だった。絵本から飛び出たような造りの高純度の金冠は大海に堂々たる太陽のようだった。
彼は『Grandeur』、『幸服な世界』の皇帝であり、銀子の兄貴であった。
彼の後ろにはタキシードの『Représailles』枢機卿の他に、『Arcignamente』宰相、『Argent』大蔵大臣、『Cacasodo』第二皇子、『Splendeur』公爵、『Galantuomo』軍部総司令などそうそうたるメンバーが集結していた。
そんな盛り上がりの中で銀子はただ一人浮かない顔をして飲み物を飲んでいた。
未だにジルベールの言った「衣服と人間の平和」…いやもっとストレートに彼のことが気になっていたのだ。
銀子はここで久しぶりに〝人間の〟顔をじっくりと観察していた。
これまでは人間はマネキンの延長線上としか考えておらず、顔よりも自分が映える身長や体つきにばかり気を取られていたのだ。しかしこうして見ると人間の顔というのもなかなかに違いがあることに気が付く。
彼女はその内、パーティー会場をキョロキョロしている紳士服の男を見つけた。田舎者のようなあまりに面白い振る舞いをしていたので目に入ったのだ。
―――――ふふっ、あの紳士服の人間の方の顔、ジルベールに似ていっ……
「…るっ、ぅぼっ!?」
銀子は自分が言った台詞と見た光景に驚いて思わず飲んでいたジュースを噴き出す。
「ぐほっ…!げほっ…!ごほっ…!」
「姫様大丈夫ですか?どうかされましたか?」
傍に控えていたメイド服がタオルを手に人間の口許や銀子の体を優しく拭いていく。
「いや、すまん気にするな。ちょっと喉につっかかっただけだ」
―――――そうだ、落ち着け妾。あやつが同じフランスとはいえ衣服領のそれもこんな中枢にノコノコと来れる訳がないのだ!
そう思い直して目を(人間と衣服の両方の)擦り、改めて同じ方向を見る。
「………………………」
―――――――……なんか手を振っておる…。
銀子は頭を抑える。病気ではないと思うが痛くなってきたのだ。紳士服の男は笑顔を絶やさず両手で手を振っていた。横にいた小柄な淑女服は彼を諫め、その横の別の紳士服は面白がっていて、その隣のユニークな装飾の黒ビキニは呆れ返っていた。
「おーーい!銀子ちゃーーん!」
その空気を読まないキチガイじみた他人の空似はついに大声を出してきた。この辺になると辺りもざわめきはじめる。銀子もそろそろ堪えきれなくなって遂に立ち上がり叫ぶ。
「ジルベール! なんでここに来たのじゃ!」
「あっ! やっと気が付いたぁ、忘れちゃったのかと思ったよー。 なんでって銀子に会いに来たんじゃないか! 「またな」って言ったじゃーん」
周りのざわめきは大きくなる。
とはいえまさか人間だとは思わず「姫様の隠し彼氏か?」的な感じだったが。
―――――全く、敵に囲まれているというのに、あの男はなんて緊張感がないのじゃ…ホントに…バカな奴じゃ
銀子はそうやってジルベールの抜け過ぎた性格に毒づいていたが、それ以上に素直過ぎる愚直過ぎる彼の人間性が嬉しかった。
会いたいと思った時に現れてくれることが嬉しかったのだ。
彼女は彼の傍に駆け寄―――――
「お止まり下さい!姫殿下!!」
キーンッ!とマイクを通して拡大且つ拡散されたバスボイスが時を止めたような感覚を皆に均等に与える。銀子も例外ではなくその歩はジルベール達と数メートルの間を残して動かなくなった。
「『Représailles』枢機卿殿!!」
銀子が叫び振り返る。ジルベール達もつられる。そこには怒りの形相のタキシードの男がいた。彼は言葉を続ける。
「貴様がジルベールだなっ! なぜ貴様が生きているっ? なぜ人間のくせにこの聖地にのこのことあがりこんでいるのだっ!」
『Représailles』のこの発言に会場のざめきはピークに達する。漏れる「人間だと?」という言葉と共に彼らは怒りと恐れをないまぜにした感情を現す。
「なんでって、ここはオレの故郷だし、社長との想い出の場所だし、そして何より銀子に会いに来たんだしっ!」
「銀子だと?貴様…『Ginkgo』姫殿下になんたる口を叩くんだっ! 無礼者がっ! 皆のものっ! 聞けぇっ! この人間は我らが姫をタブらかし暗殺を企てておるのだっ!」
「ちげえよっ! オレは…オレ達は服飾ギルドだっ! 誰よりも何処よりも何よりも平和を希求する者だっ!」
怒号が交差する。オーディエンスはその都度過敏に反応する。「もちろん断固人間撲滅」、「いや…確か服飾ギルドは」、…。
点滅するように感情や主義が次々に揺らめき、自主性が失われ付和雷同に蠢き、激しい疑心暗鬼に曝される。そんな中で暗闇に浮かんだ焔のように一つのハスキーボイスが響いた。
「平和を望んでいる…とな?」
それは海をそのまま纏ったような雄大な姿をした皇帝『Grandeur』であった。
彼は興味深そうにジルベールに問う。
「ああ!もう一度人間と衣服の仲が良かったあの頃に戻りたいんだ!」
「仲の良かったあの頃…」
皇帝は郷愁の念を持ってジルベールの言葉を反芻する。
――――――ちっ、くそ皇帝や宰相のジジイどもは元々は穏健派だからなっ……
皇帝やその周辺の一部がジルベールの台詞に聞き入ってしまうのを見て焦る『Représailles』。
そもそも皇帝達が穏健派なのには理由がある。彼らのような超高級衣服になると洗濯も管理もより丁重に行われている。皇帝などはショーケースに入れられ衛生面も防犯面も非常に優遇されていたのだ。だから「人間を恨む」という感情は端から持ち合わせていず、彼らはあくまでも「仲間がやられているのなら見過ごせない」という一見にして熱い、しかし裏打ちがないため実は芯の細い感情で動いているのだ。
「皇帝もかどかわされないで下さい!全てが奴の掌の上なのです!奴はそうやって近付いて皇帝達トップを根絶やしにしようとしているのです!」
「ぬ…枢機卿…」
『Représailles』に圧されてあっさりと下がってしまう皇帝。彼は軽軽な動きは出来ないのである。なぜなら彼は多くの民の命を背負っているのだ。だから彼がもし考えのない行動をしたならば、過去に某国の首相が震災時に勝手無謀な振る舞いをして原発人災を起こし多大なる被害を拡げたように、民が非常に迷惑を被ることもあるのだ。
「それでいいのです皇帝」
「違う!」
ジルベールは心から声を発する。
「オレはそんなことはしない、そんなことが出来るわけがないんだっ!」
しっかりと誰の耳にも入るようにはっきりと発する。
「オレだって最初は自分に湧き出たこの感情に戸惑いを憶えたさ! 常識的に考えて変、人間にとっても衣服にとってもおかしな気持ち…つまり普通じゃない! 自分は狂っているのかもしれないと思った!」
――――――…あっ
誰もがジルベールの発言の意図を捉えきれずに勢いに圧されて黙ってしまっている中で『Représailles』だけが気が付いた。なぜならそれは自分が感じているものと同じものだったからだ。
「でも…ここっ! 胸が…胸が痛むんだっ! 自分の気持ちを忘れようと抑えようとすればするほど! 否定したくないって思うんだ! オレの初めてのこの気持ちをっ! 大切にしたいって大事にしたいって思うんだっ! だからっ…!」
「さっきから貴様は何が言いたいんだっ!」
『Représailles』が耐えかねてストレスの捌け口として壇上のマイクの乗せてある机を、思いっきり叩いて怒鳴るのを契機にジルベールは身体中の空気という空気を一粒も残さず出し切る。
「オレは銀子がぁっ好きだあああああああああああああああ!!!!!!!!!」
音の影分身。
トンネル内でも山中でもなかったが会場にいる者は皆、ジルベールのこの言葉が延々とコダマした。この過度なヘビーローテーションは皆の体の中で意味としてなかなか解凍されず、ただ言葉として残った。そして徐々に意味解凍されゆっくりと身体に染み渡っていく。
「バッバッバババ…何を言い出すかと思えばバカか貴様は?」
『Représailles』がようやっと我に帰るが、動揺を隠せず未だに内容を真に受けとれず、取りあえずとばかりにジルベールの正気を疑った。まるで鏡写しに自分の正気を確認するように。しかしその確認手段は間違っていたようだ。
「うん、オレはバカだよ。バカだけど本気だ。そしてその為に世界を平和にする!」
「人間と衣服が恋愛? そして皆が仲良く? 平和? ふっざけんな! そんなもんあり得るかよっ!」
いよいよ持って『Représailles』は本格的にジルベールに吠えた。もはや彼に最初の丁寧口調は消えている。ジルベールの方もそれは承知だったようで見えない風圧を受けている感覚にとらわれた。
「おいおい…それは…、衣服の癖に初めて気があったじゃねえか?」
「「「「「「「「!!!!!!??」」」」」」」」
突如、どこからともなく聞こえた心臓を鷲掴みにされたような狂喜に満ちた低い男の声が轟いた。ジルベールが、銀子が、アニエス達が、『Représailles』が、皇帝達が、誰もが辺りを見舞わす。
やがて爆撃のようなつんざく音と共にジルベール達の傍へ何かが豪速で落ちてきた。
「ふぅー、ったく『裸の王様』め。ヘリコプターやブイトール機じゃ即座に気付かれるからって音速爆撃機からダイブってのもどうなのよ?フツー死ぬよフツーよぉ。まっ、この俺を扱うにゃあ雑なくれぇが丁度いいよなぁ」
それは裸の上に黒いウィンドブレイカーを羽織った男だった。190㎝の体躯に赤髪のドレッド、年齢は30代過ぎだろうか。顔は鬼の如き様相を呈していたが、そこに詰め込まれていたのは150%の狂喜と150%の悪意であって、その他の感情は1bitも内包されていなかった。
彼は目を細めて文句あるようにジルベールを見る。
「てゆーか、なによなんなのこのクソガキ様は? ドレスなんかに告ってあまつさえ平和とかナニ主人公気取っちゃってんの?マジ気持ち悪いんですけどぉ? つか、道具に過ぎねぇ衣服風情と何で人間様が仲良くしなきゃなんないわけ?」
「なっ…なんだお前っ…」
舐められたような怖気を感じて冷や汗を垂らすジルベール。『Représailles』から感じるのとはまた別種の恐れである。彼はその男に人間とは別物の何かを感じる。逃げるようにジルベールはシャルルを見た。しかし彼の拠り所であるシャルルはいつもの余裕を捨てかなり困った顔をしていた。
「マズイなあ…実にマズイ展開だよジルベール君」
「マズイって何が…」
「あの男は『楽園再生』のリーサルウエポン、しかし引き換えに災厄をばらまく。戦線に送り込めば必ず勝てるが、必ず味方は被害をこうむる。万服殺しの万人殺し。人はその無機質な結果論と類い稀ない戦闘センスから畏れて、人はその異質な狂気性と異常な趣向から恐れて…奴を『狂喜の三挺』と呼ぶっ」
シャルルの見据える先で赤髪ドレッドの男、『狂喜の三挺』は、どう見ても両手持ちの重火器を片方ずつ二挺構えて高く掲げて大きく笑う。
「ギャッハッハッハー!!!!!!!! つー訳で衣服共ー!! いっちょ、派手に死んでくれー!!」
『魔笛』
それは魔性を帯びた奇っ怪な音を奏でる。
今日、、、
悪魔が来たりて笛を吹く。
【あとがき】
7回忌が8月4日なのは狙いました。にも関わらず何も起こらずに7回忌は無事に終わりました。
すんません。
どうもテキトーな謝り方に定評のある永谷立凮です。
今回出てきた『Aérotrain-2042』は、フランスが1965年くらいから研究開発していたアエロトランの約100年後のものです。当時のアエロトランと『Aérotrain-2042』は若干異なりますが、どちらも空気を使って低コストで進もうとして考えられたものです。当時は発想に対する技術力が追いついていなかったために製作は思うように進まなかったようです。
現在、東北大学流体科学研究所教授小濱泰昭の研究グループによってエアロトレインなるものが研究されています。それによると2020年までに定員350名の時速500㎞の有人機体を完成させることを目標としているらしいです。
ちなみにミラノ→パリ間は今の列車だと7時間くらい、飛行機だと1時間30分かかるそうです。…、1時間もしないとか時速何キロなんだよ。未来怖い。
あと現在でもEU間は国と国を鉄道で繋いでいますが、要親和は新たに増えたEU国や海を挟んでいるイギリスとも繋がっているのです。
あと、某国は原発問題どうするんですかねー、最近はオリンピックの記事ばかりが表に立っているけども。
そして新キャラ続々!いよいよクライマックス!こうご期待!