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50年前で言う所の死亡フラグ 「オレ達はなんで針を!糸を…」

予定より15分早く投稿

 

 








「あぁー、オレちょっと世界を平和にしてくるわ」




イメージは学校の教室。それも半世紀は昔のタイプの。


そこにはいくつも整列する学習机があり、その上には布やら裁縫器具やらが散乱していた。

多少ひび割れを起こしているが黒板もちゃんと存在していて、滅多に使わないのか端には未開封のチョークの箱までもある。黒板の前には教卓がつきものなのだがそれはないようだ。ただ…その代わりに“一糸纏わぬ格好の青年”がいた。名はジルベールと言う。







「はあっ!?」




彼の対面には数人の男女―――彼らは服を着ていたり、着ていなかったりバラバラだった―――がいたが、最初に反応したのは橙色の髪をツインテールする少女だった。彼女はフワフワ系の服に身を包んでいる。歳は17~8といったところだろうか?


明らかに裸の男の方が年上という感じだったが全く尊敬している風はなかった。




「おう、いってらっしゃい」

「いってらっしゃいじゃないわよ!シャルル!!」


対して軽い気持ちで見送りの言葉を唱えたのはシャルルと呼ばれた紺色の髪の男だった。黒いスーツに赤ネクタイをしている。どこか高級感漂うがどこのブランドか分からないのはそれが彼のハンドメイドであるためだろう。



「うん!行ってきまーす!」

「ちょ!コラッ!お前!待ちなさーい!」


少女が立ち上がって制止を促す。

ジルベールは困ったような顔をして彼女の近くに寄った。


「どうしたんだい?アニエス」

「どうしたのは、お前の頭よ! そして変なものぶら下げながらこっちこないでよ! パンツかなんか穿けええ! 破廉恥だぁー!」


アニエスと呼ばれた橙色髪の少女は左手で目を覆い、右手でジルベールが来るのを妨げようとした。



「アニエス…、破廉恥だなんて平成を通り越して昭和臭いセリフを吐くね。それに君もそろそろこういう世の中になれたらどうだい?」

「バッカじゃないの!誰もが裸なのを恥にも思わないなんて! 野蛮人よ野蛮人! 人類は未来に退化するなんて半世紀前の人の誰が想像したやら!」



楽園再生ネイキッド』の思想の扶裸滅服主義ハードナチュリズムがマジョリティーになり『証明物秘匿罪』が施行されて六年以上が経過した現在でも「裸でいることは恥ずかしい」と思う者はいた。彼らは自分を『常識人。オールドラヴァー』と言い今の世の中を憂いている。アニエスもその一人だった。


常識人。オールドラヴァー』の中には現在の世の中に耐えかねて逃げるようにオンラインゲームという仮想空間に逃げる者もいた。特に『Ἀρκαδίαアルカディア』というMMOが今は熱いらしく、これに没頭して“一部”の人間がネトゲ廃人と化しているのもこの時代の一つの社会問題となっている。だが今は戦争の方が重要なのであまり注目はされていないが。



「アニエスー、そうは言うけど、そもそも顔や手足は出すというのに、それ以外は隠すという考え方は変じゃないかい?」


ジルベールがゆっくりと切り出す。


「それは…えっと…」


初っ端から反論出来ないアニエス。


「昔の人間はおかしかった、「態度や自分の意見や失敗を恥ずかしがるな」と言うくせに、なんともない裸は恥ずかしがるのだから。そしてそのなんともない裸を変に意識する方が性欲に飢えた野蛮人なんじゃないかな?」


「うっ…ううっ…」


アニエスは頭を抑えて唸る。ジルベールは少し面白くなって更に追求しようとする。


「それに…」


「うっうるさーい!」

「!?」


しかし突如上がった少女の甲高い声にジルベールの動きは止まってしまう。


「お前!お前!お前ーっ!! ナ! マ! イ! キ! 全裸で女子高生虐めて楽しいって言うの! バーカ!バーカ!バーカ!」


そして退行したかのようにワメき散らし終いには泣いてしまった。

流石に彼も泣く娘と地頭には敵わないようで頭を掻きながら平謝りしようとする。



「ごっ…ごめんて」


「裸でぢがづぐな゛あ゛!」


「ああ…、はいはい」


ジルベールは急いでトランクスを穿く。

少女の後ろにいた他の裸の男女もいたたまれなくなったのかジルベールと同じように下着をつける。


いくら服飾ギルドと言っても彼ら全員が『常識人。オールドラヴァー』ではないのだ。これは「ケーキ屋は必ずしもケーキ食べるのが好きなわけではない」という理屈と同じだ。彼ら服飾ギルドはあくまで『証明物秘匿罪』によって倒産に追い込まれたアパレル企業の従業員の大同団結集団に過ぎないのだ。



「で?なんなのよ「ちょっと平和にしてくる」って。ふざけているの?京都に行くくらいの気軽さじゃない!」

「アニエス…、いちいちネタが半世紀くらい古いよ。それに他国だし。ねえ、君って本当に女子高生かい?」

「いいから答えなさい!」


アニエスに迫られて、少し引き気味になるジルベール。

アニエスだけではなく他の皆も興味津々のようだった。『平和』だなんて持ち出すのだから相当のことなのだろうと憶測が飛び交う。

そんな中でジルベールは恥ずかしがりながらなんとか言葉を出した。









「えっと……実は恋をしまして…」




「「「「「恋!?」」」」」


ジルベールがモジモジ告白すると周りが一斉に椅子から飛び上がった。



「その人に「平和じゃないから無理」って感じでフラれまして…」

「だから平和にするって言うの?呆れたわ」


少女は大きなリアクションをとった。



「ねぇ、ねぇ、その彼女、歳はいくつなの?」


アニエスの後ろにいた下着姿の女性が身を乗り出して聞く。



「うーん、具体的なことは分からないけど…若い…かな」

「可愛い系?綺麗系?」

「どちらかと言うと綺麗系だな」

「どんな感じなの?」

「うーん、チョコレート見たいな色合いでフワフワしている。あと「わらわ」とか言う」

「成る程!お嬢様系なのね!(たぶん、茶色い天然な“髪”ってことね!)知らなかったわ! ジルベールは天パの女の子が好きなの?」

「天然パーマ?(そういや確かに人間の方はパーマ気味だったが、)そんなものはどうでもいいぞ」

「へー、じゃあどこが好きなの?」

「そうだなー、やっぱ肌かな。(布地が)フカフカで気持ち良いんだよ」

「へっ…へー、(意外な趣味ね、毛深いのが好きなのかしら?)」

「…………………(おかしいなあ、服飾ネタでオレらが盛り上がらないことはないんだが、何でひいているんだ?こいつは)」

「…………………(変…って言ったら悪いわよね。マズイ…この間がマズイ…なんか喋らないと彼が可哀想だ)」



二人は最初の明るさから一転して気まずくなる。

誤解が更なる誤解を呼ぶ。

まさか誰もジルベールが衣服に恋をするとは思わないだろう。



「あーっと、名前はなんて言うの?」


女の方はそれでもなんとか話題を絞り出す。質問しといてだが、今彼女の頭の中は彼の返事待ちというよりも、次にどんな話題を振るかが重要だった。


しかし、どうやらその心配は杞憂だったようである。





「名前は銀子ちゃんだよ!…あっ!ほらっ!今ちょうどテレビ出てる!」




ジルベールは喋りながら気付いたように自分の左側にある巨大モニターを指差した。服飾ギルドが外の情報を手に入れるための手段として置いてある共同のコンピュータだったが、今その画面はテレビのニュースを映していた。


ジルベールの左側、つまり他のギルドメンバーにとっては右側に設置されているその画面には多数の全裸の男女が、裸の青年と高級ドレスの少女を追いかけている動画が流れていた。見出しには『王手ならず!~服飾ギルドの関与か?~』とあった。おそらからずともジルベールと銀子の逃走劇の事だろう。




「ほらほら!この娘!この娘!綺麗な娘でしょう!そして横にいるのこれオレ!」



ジルベールは興奮して声を荒らげながら端末の傍に寄りドレスを指差す。もちろん他の人は“それは”着用している人のことだと信じて疑わない。




「え~、まぁ…いいんじゃないかな?」


先程までジルベールと問答していた女の横にいたスキンヘッドの男が苦い顔をしながら言った。目にした少女はあまりに地味で貧相で綺麗系とは言い難かったからだ。そのまま問答していた女にパスするように視線を持っていく。


「そっ…そうね(確かに茶髪の天然パーマだけど、毛深い…かしら?)」


パスされた横の女もいろいろと疑問を持ちつつも一先ひとまず同意した。


「それよりも『常識人。オールドラヴァー』を助けるなんて、お前もなかなかやるじゃない!服飾ギルドとしても鼻が高いわ」


アニエスがとびっきりの笑顔で讃える。やはり仲間が助けられるのは自分の事のように嬉しいのだろう。


「『常識人。オールドラヴァー』? 何言っているんだ? アニエス」


しかしジルベールは何を言っているか分からないと首をかしげる。



「何ってお前が助けた服を着ている少女のことよ?」

「ああ…こいつは別に『常識人。オールドラヴァー』なのか分からないぞ? てか、この娘はどうでもいいし」

「はあ?服を着ていて『常識人。オールドラヴァー』なのか分からない? しかもお前が恋をしたっていうのにこの娘はどうでもいいって…」


アニエスも画面に近付いて地味な少女をさす。その指はたまたま“ドレスをさしていた”。




「その娘はどうでもよくないよ!」



「はぁっ?今お前が言ったんじゃない。本当に頭どうかしちゃったわけ?もしかして『楽園再生ネイキッド』に変なことされたんじゃ…」


ジルベールは銀子をどうでもいいと言われて怒ったが、彼の意図が分からないアニエスは意味不明なことを言う彼を少し心配する。







「あぁっ!」




それまで会話に加わらず、下着の女とジルベールの会話の齟齬に疑問を持ちその後の情報にも何か引っ掛かりを覚えて椅子に座りながら考え事をしていたシャルルは急に声を上げて立ち上がる。全員が驚いてシャルルに注目した。


「まっ…まさかだけど、ジルベール。もしかして銀子さんというのは『Ginkgo』のことかい?」

「そうそう!確かそんな感じ!でも呼び方難しいからさ!オレがそう呼んでいるの!」

「そっ…そうかい、ジルベールは本当にスゴいことをするね。昔から知っていたけど改めてスゴいと思うよ」

「ど…どうしたのよ?」


アニエスが二人の意味深長な会話にハテナマークを浮かべる。



「ふぅ、この話は元々アパレル企業に勤めていた人…年齢的にはまだ勤めていなかった人もいるけど…ならば一度は耳にしたことがあるはずさ」


シャルルは辺りを見回しながらゆっくりと演説し始める。中には「まさか」「いや、バカな!」とシャルルの意図を理解した人もいるようだった。



「2048年のパリコレクションに姿を現した時価数億$の規格外のドレス、2052年にその栄誉をより高めるためにドレスでは世界で初めてPAIを搭載したことでも有名な存在。そして今の『幸服な世界ハッピークロッシング』の第一皇女……それが銀子こと『Ginkgo』だ」


シャルルが一気に言い終える。「そっ…そんな」とアニエスはあまりのことに力が抜けて地面に膝立ちする。そして信じられない顔をしながらゆっくりとジルベールに顔を向ける。







「っててててってててっててててってててことはお前は衣服に恋をしたわけ!?」



アニエスは突きつけられた現実を自分でも改めて確かめるために大声に出した。服飾ギルドの仲間もざわつく。


「いや~、改まって言われると照れるね。えへへ」


しかしジルベールは全く動じることなく自分の恋をバラした照れ隠しに頭を掻いてへらへら笑っているだけである。


「お前!それがどんだけ大それたことだか分かっているの?人間と衣服よ?」

「アニエスー、人間は差別しちゃいけないのは100年前の人ですら知ってるよー?」

「差別なんてレベルじゃないわよ! 相手は生命ですらないのよ? しかも、私達の仕事を奪った張本人じゃない! あいつらのせいでママの会社は潰れたしママは殺された! お前だってママの会社のドレスコーディネーターで名を上げたばがり゛だっだじゃな゛い゛!」


アニエスはジルベールに掴みかかり叫ぶ。言葉の最後の方はダニ声をして涙をぼろぼろ溢して泣いた。





アニエスは父が早死にしたので母子家庭だった。それでも彼女の母はめげずに子育てに励みながら洋服屋を起業して会社を大きくしていった。初期の頃にアニエス母はジルベールを雇ってくれた。彼は貧乏で頭が悪くて不器用だったが誰よりもドレスが好きだったのである。アニエス母もその熱意を買ったのだった。それからジルベールは事務仕事をこなしながら寝る間も惜しんで裁縫を勉強した。


そしてそれが実り、とある大きなコンテストで優勝を果たして名も知られたこれからという時に戦争は起こったのである。


アニエス母は会社を維持するためにいろいろと走り回ったが、無理が過ぎたのか過労死してしまったのである。


このような経験があるからこそ彼女は単純に『扶裸滅服主義ハードナチュリズム』の思想に染まらずに『常識人。オールドラヴァー』として生きているのかもしれない。


ジルベールはアニエスの心の叫びを聞いて、静かに微笑みながら優しくゆっくりと彼女に言う。




「オレは君のお母さんが雇ってくれたことは本当に感謝している。だから君をこのギルドに連れてきたし裁縫術も教えた。それにオレは君のお母さんを救えなかった自分が、今でも悔しくて毎晩寝る前にいつも男らしくもなく泣いている。けど、だからってそれで衣服を…他の人間を、恨んではいけないよ」

「だとしても、よく恋なんか出来たものね!」

「だよね、でもオレはこれは切っ掛けなんじゃないかな?って思うよ」

「切っ掛け?」


落ち着いてきたアニエスは涙を拭いながら聞く。


「オレ達は確かに衣服によって仕事を奪われたかもしれない。けど、今また衣服によって生きている。だって、オレ達はなんで針を!糸を!布を持つんだ?それはまだ衣服が嫌いじゃないからじゃないのか?」


服飾ギルドは闇ギルドとして、証明物秘匿罪を恐れて家に籠っている『常識人。オールドラヴァー』のために服を売っている。




「オレが衣服に恋をしたのはやっぱり変なのかも知れない。けどオレはこの気持ちを大切にしたい」



ジルベールは心の中のモヤモヤを吐き出すように、そして怖さに怯える自分を奮いたたすように素直な気持ちを皆に伝える。




「衣服と人間はまだやり直せると、まだ仲良くできると、そのことをオレはを証明したいんだ! だからオレはこの戦争を終わらせる! 絶対に…、絶対にだっ!」



彼は一気に話終えて疲れたのかその場に座り込んで息を整える。

あたりはしばらくシンとしていた。






















「はっはっはっ!ブラボー!!さすがはジルベールだ! 相変わらず君は考えていることがいちいちぶっ飛んでいるよ!」


ダークスーツに赤ネクタイの男、シャルルがガハハと大声で笑いながら拍手する。

そしてジルベールにすっと手を差し出した。



「えっ!?」

「俺はいいと思うよ。ぜひ手伝わせてほしい」

「シャルル~!!」


一瞬戸惑ったジルベールにシャルルはキリっとした口調で同意を告げる。

ジルベールは喜んでシャルルと固く握手した。

それを機にまわりからも拍手が出て「カッコ良かったぞ~」「頑張れ勇者」「ちょっと惚れたわ」などと声も出た。



「わっ…私も手伝ってあげるわよ」

「アニエス!」


モジモジしながらもゆっくりと自分の意志を彼女に伝えた。



「別にお前のためじゃないぞ、ママの意志を引き継ぐためだ。ママも衣服を愛していた、だからお前がやろうとしているトゥルーエンドを見届ける必要が私にはあるんだ」

「アニエス! ……えっと、今のタイミングで言うのもアレだけど、君は裸で外に出れないのにどうすんだい?」

「うっ!最大にして最悪の障壁を忘れていたわ…」


どうやらアニエスも考えていなかったようだ。



「大丈夫大丈夫!僕に考えがあるから」

「じゃあ大丈夫だな、よしっ…」


いきなりの問題も解決しているようでひと安心するジルベール。

彼はみんなの、そして自分の気を引き締めようと思い大声でもう一言宣言した。
























「オレ、この戦争が終わったら銀子と結婚する!」













「(それ…死亡フラグじゃん)」


盛り上がっていた服飾ギルドの面々が一瞬にして暗い気持ちになっているのにも分からず、ジルベールは対称的に清々しい顔をしていた。


【あとがき】


今回は第三勢力として服飾ギルドなるものが現れました。某ユ〇クロの社員とかもいっぱい服飾ギルドが再就職先なんて人もいるのかも…。


加えて重要な情報が「この時代にも裸は恥ずかしいと考える人がいる」ということでした。これは一つ思っていたことなんでしたが、ミニスカートやビキニが当たり前のものになっている今でも、やはりそれが「恥ずかしい」と思っている人がいるように「全裸が常識」の時代の人達にも同じ考えの人はいるんじゃないか?という結果生まれたのが彼らです。



あっ、今ちょっとネタバレしちゃいました、しくりました。


では、更に口が滑らないようにこの辺で。

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