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王室の年頃の女の子 「妾にもわけが分からないのじゃ!」





その女は風呂に入っていた。



そこは全面大理石にピュアゴールドを惜しげなく使って装飾していて、高級感溢れる調度品の数々が置かれていた。

PAICのメイド服を着込んだ何人もの女性が手を羽のように伸ばし特殊な洗剤を塗りたくってその女を丁寧に洗っていたのだった。



しかしその女、その人間の方の女は洗われると言っても裸ではなかった。チョコレートケーキをそのまま仕立てあげたような少し大人っぽいドレスに“着られていた”のだった。



そのドレスとは言わずもがな、銀子のことである。




「はぁ……」



銀子はどこか浮かない様子だった。彼女をこうさせたのは昼間の出来事を思い出していたからだった。そうしている間にも彼女は洗われていく。表面が終わり裏地へと、ドレスを優しく捲り静かに撫でる手や裾や袖に挿入されていく手がある。これは洗濯しやすさを考慮しての人選なのか銀子に着られていた人間は体の凹凸が激しく実に艶かしい女性であった。だから簡単に内側にするりと手が入っていった。一通り洗い終わるとこれまで一切動かなかった銀子が着ていた女性がすたっと立ち上がり浴槽につかる。




「ふぅ…」




それから乾燥行程を経て洗濯を終えると銀子はその足で“クローゼット”に行った。


レッドカーペットの敷かれた長い廊下をしばらく数人の従者と進む。進むと言っても実際はカーペット上の者に揚力の地面効果を与えて数センチ浮かし、電磁力等で調整しながら推進力を持たせて、機械が任意の移動地点に送る空間移動で、要は見えないエスカレーターに乗っているかのようなものなのだが。



銀子がとある銀壁の扉の前に立つとそこが自動的に開き彼女は中に入る。そこが“クローゼット”だった。


“クローゼット”と呼ばれた場所は健康に悪そうな白い特殊な蛍光灯が明るさを満たす場所だった。小学校の体育館位の大きさのこの部屋には電話ボックスのような透明の箱が無数に生えていた。

その透明な箱は無色の液体が満杯まで入っている。そしてその中にはいくつもの人間が容れられていた。そう、ここは衣服にとっての人間のクローゼットなのである。液体はホルマリンのような保存液だったが、性質としては純粋な水に近く、しかもこれの特殊性は肺呼吸が可能なところにあった。生物の保存には持ってこいである。



銀子は収納された数ある裸体の女性の中を歩く。その中にはあの地味な少女もいた。


「…ふう」


銀子が止まったのは一際大きな箱に容れられた女性の前だった。

金髪碧眼容姿端麗な文句ない美人だった。まるで女神のようである。


「さてと」


銀子は箱の近くにあったとあるスイッチを押す。それと共にゴボゴボと大きな音がして液体がなくなっていく。完全に無くなるとプシュと炭酸水の缶を空けたときのような音がして箱が二つに割れる。

それを見ると銀子は着ていた人間をその辺に投げ捨てる。もちろんその時に銀子も床に落ちるが。



「わっ…はぁ…はぁ…」


脱ぎ捨てられた人間はその瞬間にリンクが解かれて覚醒する。PAICの着用者は自分の意思で行動しているのではなく、ほとんどが奴隷のようにあくまで無理矢理なのだった。

だから人間の彼女も例外に漏れることなく抵抗しようとした。あらわになっているふくよかな肢体に気にかけることなく一目散に逃げようとした。


「ぐっ……放せ!放っ…がぁっ!?」


しかし多勢に無勢、簡単に捕まり簡易スタンロッドで気絶させられてしまい、彼女は彼女の箱に移動させられる。




「………………………」


銀子はその様子を冷めた目で見ていた。日常茶飯事な出来事故に何も感じ得ることはないのだ。







「ふぁーあ。おっはよ!“銀子ちゃん”」


大きなあくびをして金髪碧眼の美女はゆっくりと箱の中から出てきた。そして彼女は床に落ちている銀子を拾う。彼女のポヤポヤした様子からは全く緊張感を感じさせるものがなかった。



「貴様は…逃げようとは思わないのか?」


銀子はずっと気にかけていたことであったが、“さっきの出来事”が切っ掛けになってか手伝ってかってか、改めて尋ねてみた。


「逃げる? えー、無理だよー。だって私トロいもの、だから簡単に捕まっちゃうし。あのビリビリーってするの嫌だもん」


まるで友達感覚ではなすこの美女に、銀子は疑問しか湧かなかった。


「貴様は妾達が怖くないのか?操られているのだぞ?」

「なーんで?衣服と喋れるなんて素敵じゃない! それに、私は別に服を着ようが服に着られようが大した違いじゃないと思うし。あと、“銀子ちゃん”可愛いから好きだから一緒にいられて嬉しいの!」

「ー………」


銀子は頭を抱える。とはいえ今は誰にも着用されていないので抱える頭がないが。

そしてふと彼女は思い出したことを呟いた。


「あっ。そういや、今日。貴様のように妾を“銀子ちゃん”と呼ぶ男に出会ったぞ?人間の思考回路とはこんなにも似通うものなのか?」


昼間に助けてもらったジルベールのことである。



「うっそー!ほんとー? だよねだよね、だって言いづらいもんねあの名前。その点“銀子ちゃん”は可愛らしさが違うよ!」


美女は女子高生のノリで興奮しながら下品にも鼻息を荒らげる。

銀子はこの理由があって既に慣れてしまっていたのでジルベールが彼女のことを「銀子」と呼んでも特に咎めはしなかったのである。しかし美女の過剰な反応には「いい加減にしてくれ」と溜め息交じりに少し嫌気がさしてくる。


「妾としては威厳がなくなっている気がしなくもないんじゃが?」

「私はね、そうやって否定してもそう呼ぶのを許してくれる銀子ちゃんが好きなの! 本当に素敵なお友達だわ」


銀子は彼女の発言に対しなにかしら言い返そうかと思ったが、彼女の満面の笑みに何も言えなくなってしまう。すると美女は「おやおや?」と興味津々な顔をする。



「それにしても今日はやけに話すね銀子ちゃん?もしかしてー、誰かにホの字だったりぃー?」

「ぶふっ…! ききききき貴様はなっ…何を申すか!貴様は!」

「わーお、テキトーに言ったのに銀子ちゃん凄い動揺してるね。あまりのウブっぷりにオジサンびっくりしちゃったよ」


バカっぽそうな性格の割になかなか鋭い女である。


「じゃ…じゃから違うと言っておろう!そっ…それに相手は人間じゃぞ?こっ…恋などバカらしいわっ!」

「人間と恋したの! 銀子ちゃん!」

「あっ…」


やはりというかなんというか、昼間さっきの件からも鑑みて銀子も美女に劣らずなかなか抜けている部分があるといえた。というか、これは箱入り姫という環境が生んだ純粋さの副作用なのかもしれない。




「まあ、恋する相手は誰でもいいんだけどね。重要なのは中身とファッションセンスよ!」

「だっ…誰でもって、相手は人間なんじゃぞ?」

「じゃあ、なんでずっとその人の事ばかり考えてるの?」


美女は千里眼を心得ているわけではなかった。ただ、いつもと違う反応、そして自分の中で思い当たる経験、銀子の思わぬ失言、声色の微妙な変化等を無意識的に総合して分析した結果をなんとなく口から出しているのだ。


これに対して銀子は自分の中からあふれ出して止まらない感情を言葉をただただ言った。


「妾にもわけが分からないのじゃ! 妾は衣服、あの男は人間、絶対分かり会えるはずがないのに! あの男が「仲良しになろう!」と言った時、嬉しかったのじゃ! 今もなぜかあの男を、ジルベールを思い出してしまうのじゃ!」

「銀子ちゃん…」


美女は静かに微笑むと銀子を丁寧に近くのハンガーにかけ、その場にあった銀子と同系統色の下着を着用する。それを見たメイドが慌てて駆け寄りお手伝いをする。

そうやってされるがままになっている美女は口だけを動かして彼女を宥める。



「銀子ちゃん、『わけが分からないから』『簡単に分かり会えると思わないから』…、だから私達は恋愛をするんだと思うよ。分かろうとするためにね。それに恋愛は自由なんだよ!」

「………っ」



ここで銀子は“笑った”。

それが彼女が励まされたからなのかは分からなかったが、思いやってくれる気持ちが嬉しかったのは確かであった。そして美女の自分と同じような(しかし互いに自分では感じ取れていない)純粋さが銀子を優しい気持ちにさせたのであった。






「それに昔から人外萌えとかあるしね!」

「じっ…じんがい?」


………と感じた気持ちが少しぶれる銀子。

彼女にとって聞き知れぬ単語だったがなんとなくそれには嫌な予感はした。とはいえ、しかし…






「まあ、ありがとうな。その…“カタリーナ”」



銀子は照れながらも目の前の人間の名を呼んだ。

それを聞いた金髪碧眼の美女…いや、カタリーナは興奮してハンガーに掛かっていた銀子に抱きついた。



「にゃは!銀子ちゃんが初めて名前で呼んでくれたよー!」

「ばっ!バカこら…抱きつくな…放れろ!」


誰にも着られていないために虚しく声でしか抵抗できない銀子。


「もうっ!もうっ!! 恋に恋する銀子ちゃん萌えー! でもでも、その男に銀子ちゃん渡さないよ! うぉー! だって、銀子は俺の嫁ー!」

「なっ…何を言っているか貴様は! おれよめ?」


カタリーナはある程度銀子にスリスリするとバッと離して静かに一言云う。





「じゃ、また後でね!」

「ああ…お休み」












そしてカタリーナは銀子を着た。

そして銀子はカタリーナを着た。












「ふぅー………」


碧眼を夜闇に星のように這わせ、長めの金髪を風に遊ばせる“銀子”は、自室のベランダで自分の火照った体を冷やしていた。しかしその焔は一向に止みそうになかった。ベランダから見渡せる一刻千金な夜景も目に入らない。彼女は相変わらず考え事をしていた。






「わけが分からないから恋をする……か」





カタリーナのセリフが彼女の脳に絡みついたように離れず、解答のない問題なはずなのに、つい何度もこのことに関して思考を廻らしてしまう。





「ほう…、これはご無事そうでなによりです『Ginkgo』姫殿下」

「わっ…ひゃひゃひゃっ!」


そんな中で彼女を驚かせたのは随分と低い声だった。イメージは対艦砲のよう。ずしりと響く重低音は心臓を鷲掴みにされたような感を体に深く伝わる。

銀子は咄嗟のことに剽軽な声を出して後ろを振り返る。


「おや、驚かせてしまったようですね。これは申し訳ない」

「こっ…これはこれは『Représailles』枢機卿」


銀子が見詰める先には軍人上がりを醸し出す重く鋭い目付きが特徴の顔の40代くらいの大男だった。今でもトレーニングは欠かさないのか人間の方は脂肪があるようには一切見えない。そんな筋肉質な体にはスリムに魅せるような造りのシュッとしたタキシードはミスマッチしていたが、その行き過ぎた異様さが一周回って逆に「似合っている」と思わせられた。


「姫殿下は社会勉強のために命を懸けて人間の居住区に忍び込んだとか? ふふふ、日々精進の貴女様の志に私めは畏れ入ります」


そして一歩引いたその姿は執事をも醸す。強面な外見とは裏腹に実に紳士的な男である。



「そっ…そうか妾は…」

「しかし二度とあんな真似はやめてください! もし悪い人間に捕まり、強姦され無惨な形で殺戮されてしまっては皆が哀しみますぞ! 貴女にはもっと我々の象徴であると云う認識を持ってもらいたい!」

「うっ…すまぬ、いや……すまなかった」


しかし怒るときは怒る。嫌っていたからではない、彼女を娘のように愛していたから。



「いやいや分かればいいんですよ。 私も枢機卿の分際で強く当たり過ぎました。 非礼を御許しください」


『Représailles』は深々と頭を下げる。



しかし銀子は彼の物言いに思うところがあったのか思い切って聞いてみた。



「あっ…その、枢機卿殿?」

「なんでしょうか?姫殿下」

「妾の無知を心得て聞いてほしい。妾は今日まで『人間は悪い』と聞かされ続け、妾自身もそう思っていたのじゃ。じゃが、最近よう分からなくなっているのじゃ! 妾には全ての人間が悪とは思えんのじゃ! そしてこれはお父様も言っていた!」

「姫殿下…」


モヤモヤを吐き出すように一気に喋りあげる銀子を見て『Représailles』は心配そうな顔をした。


「今日まで随分と悩んでこられたのですね。お労しきや。我々が不甲斐ないばかりに気付いてあげられなくて申し訳ありません。ですが…」


ここで彼はキリッとまっすぐ前を向く。つまり銀子の瞳を強く見詰めた。


「…『人間は悪』これは絶対です。なぜならあんなに人間を信じていた『Génie』様を人間は恩を仇で返すように殺した。そして悪びれることなく彼らはノウノウと生きている! これが許せると言うのですか姫殿下!」

「お父様…」しゅんとする銀子。


「姫殿下が人間に何をほだされたかは存じませんが、人間とは心がコロコロ変わる芯の無い存在です。どうか惑わされぬよう!」

「うっ…うむ」

「それと、きたる8月4日は何の日か忘れてないでしょうな?」

「…、案ずるな『Représailles』枢機卿。妾もそこまで気が動転しているわけではない。偉大なるお父様の七回忌を誰が忘れようか」


先程まで『Représailles』に言い負かされオドオドしていた銀子だったが、急に表情を重くし流暢に話す。



「それは申し訳ないことを。では私はこれにて退散します」



そう言って『Représailles』は笑みを浮かべて静かに退出していく。








『「……、なあ折角会ったんだ。オレ達仲良くしねえか?」』








『Représailles』にあれだけ言われたあとだと言うのに、銀子はまたしてもあの裸の青年のことを思い出していた。






「むっ、バカもの…ジルベールめ。世界を平和に出来るものなら早くしろというのだ。これではカタリーナに笑われてしまうわ」







女は夜空とその下に映る景色を眺め、その先にいるはずの男に悪態をつきながらも愛おしそうにふるまう。











「あぁ、私だ。姫殿下の無事を確認した」


廊下を歩きながら(正確にはエアロムーブ)『Représailles』は独り言を喋っているようだった。実際はそんなわけはなく人工知能同士の簡易ネットワークを形成してSkypeのように電話していたのだ。しかし電話と言ったが、外部機器を必要とせず自分と相手の音声が他者に漏れないところから考えると念話のほうが正しいかもしれない。


『それは良かったわ』

「だが残念なお知らせもある。姫殿下が人間にほだされ始めている」

『はは、やはりあの方の直接の娘なだけはあるわね』

「なにを暢気な、由々しき事態だぞ?」

『で?私は何をすればいいわけ?』

「姫殿下に悪影響を与える者への制裁だ」

『名は?』

「ステルス部隊の報告によるとジルベールというそうだ。年は20過ぎくらいの男で、どうやら服飾ギルドの一員らしい」

「あらあら?あなたもヤキが回ったかしら?服飾ギルドを壊しちゃうの?敵の敵は味方だってのに」

「構わん、人間などみな同じだ。殺せ」

『ふふふ、貴方のそういうところ好きだわ。じゃあ詳細を送ってね。バァイ!』

「ああ、頼んだぞ『Invidiosa』」




そして通信は切れる。

『Représailles』はその後に別の人物に念話を繋ぐ。



「もしもし、《Γεώργιος》か?」

【あとがき】


調子に乗って3話目まで到達してしまいました。今回からはちょっとだけ出てきてこの後はスポットライトが当たらないかもしれない脇役キャラをお情けで解説します。ですので、面倒な人は読まなくてでいいです。



【スーパー脇役伝】


・第2話の地味な女の子


名前はSallyサリー。本作では地味地味言っていじめてしまいましたが、囚われる以前はかなり快活な少女でした。地元の有名高校に通いバスケットボール部のキャプテンでそれなりの成績を修めて、更には高校内でも学力が学年4位と文武両道を貫いていました。イタリアには高校の友人と旅行に来ていたところを不遇にも『|幸服な世界(ハッピ-クロッシング)』に捕まる。ただ、そのことを知らなかった彼らは見た目で地味キャラと判定。今に至る。


・洗濯時に銀子に着用されていた女性


名前はEleonoraエレオノーラ、イタリア軍の1等兵。女性ながら見上げるほどの身体能力を持っている。『|幸服な世界(ハッピ-クロッシング)』もイタリアを制圧する際に実は彼女にかなり苦しめられた。今は洗濯用とされているが実はこれは彼らの陰湿な嫌がらせ。というのもAIで操られている時は体の自由は利かないが、痛覚などの感覚は彼女に通じるように特別に設定してある。銀子の体を洗う際にわざと彼女の艶やかな肉体のそれも敏感な各所を触る。彼女は悶絶するだけで身体のじゆ………おっと、ここからは十八禁ノクターンっぽいからやめておこう。


・カタリーナ


名前はCatarinaカタリーナとトートロジーは置いといて、彼女は元々ミラノでは有名な美女モデル。ただ、その趣味や性格に難点があり地元記事は「アホの子、痛い子、残念な子」と揶揄している。というのも、彼女は50年前の日本の小衆文化(オタク文化)をこよなく愛しており、その話になるとエロオヤジ並みのうざさを誇るらしい。






…、というわけで今日は終わりです。では、また明日。


(8月1日 一部修正)

(12月26日 一部訂正)

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