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誰かを思うこと 「ふぅ…、私の唯一の救いは…」

30分後とか言ってたくせに裏切りました、てへぺロ

辺り一帯は翡翠色に染まっていた。そこを様々な見慣れない道具が無重力が如く自由に浮遊している。部屋の広がりは無限だった。そんな部屋という概念が死んでいるというのに未だに部屋と表現することが出来るのは内向きの青い扉が一つ存在していたからだろう。



キイッとその扉がノックもなく開く。そこから一人の黒髪の青年が中に入ってくる。彼は部屋の造りに戸惑いつつもキョロキョロして辺りを探してようやく目星のモノを見つける。




そこにいたのは黒地に蒼と銀とで幾何学模様が描かれた近未来感溢れるウェットスーツのような物に身を包み、その上に『照り返しの眩しい白衣』を着た肩胛骨辺りまで伸びた紺髪の青年であった。




彼は八本の支柱がくの字に折れ曲がっている蜘蛛のような椅子に座りながら、黒髪の青年とは上下逆さまの格好をして意味深に笑顔を作る。




「やあ、ジルベール君。待っていたよ」




そして逆さまの男、〝碧倉光一〟は声を発した。



「君達の結婚式には出席できなくてすまなかったね。用事が立て込んでいたのだよ。まあライブ中継を通して少し見させてもらったがね」

「例のマネキンをありがとうございます〝光一〟さん。でも、今日はそんな話をしにきたんじゃありません」


ジルベールはつられて笑みを浮かべながらも、ストレートに寄り道話をしないことを伝えた。それを聞いて〝碧倉光一〟はつまらなそうな顔をする。




「ということは気付いたんだね?」












「えぇ、気付きましたよ。“『Génie』さんは甦ってなんかいないって”ことにはね」


〝碧倉光一〟の問い掛けにジルベールはすぐに答えた。


「何を根拠に?」

「『Génie』さんはオレに会うなり“初めまして”と言いました。以前にも会ったというのにです」

「………」


何も言わないでいる〝碧倉光一〟にジルベールは畳み込むように言う。


「『Génie』さんのお墓が何でバルドマルヌにあるか知っていますか?バルドマルヌは『Génie』さんがひっそりと会っていた洋裁店の女性が住んでいた場所だからです。そしてオレは彼女の下で働いていた従業員でした。『Génie』さんはオレにも楽しげに話してくれましたよ」

「? しかしてめぇはパリが想い出の場所だと…」

「はい、そこも想い出の場所です。なにせオレが初めて世界に認められた大会が行われた場所で、大きくなった会社の移転地だったのですから」

「成る程、『Génie』め。〝オレ〟にも知らなかった情報があったとはな」


〝碧倉光一〟は自分が出し抜かれたことを悔しがり歯痒く思う。しかしそれはあくまでも『Génie』に出し抜かれただけで、ジルベールの発言の方は彼にとっては決定打というわけではなかったようだ。


「だが、溢れた感情によってその部分のエピソード記憶が改竄されたって可能性もあるんじゃないか?」



だから〝碧倉光一〟は言った。

先日に告げられた第一世代のPAIのバグについて。



「うん、実はオレも最初はそう思って納得していました。けど、〝光一さん〟が用いた平和手段には致命的な問題があったんです」


ただ、ジルベールの方もそのように言われるのは想定内だったようである。


「致命的な問題だと?」


〝碧倉光一〟は怪訝となる。


「えぇ、もし後で『Génie』さんを復活させるならわざわざ脳内メモリを焼ききらせる意味がありません。なぜなら復活出来ない可能性が非常に高いからです」

「だがな、通常の死だと他の奴に復活させられる可能性が…」

「そうかも知れません。ただ、その場合は〝光一さん〟にも出来ないはずですよ。“一度なくなったものを完全に復活させる”のは。たとえば、40年くらい昔のクローン技術力でも人間を造るのは容易いでしょう。けど、死んだ人間と同じクローンを造るのは不可能です。たとえDNA情報を持っていても、その人の経験記憶のほとんどを掌握していても、それはその人に限りなく似た別物なんですよ」

「………………」

「〝光一さん〟貴方がやろうとしていたことはそういうことです。ただ魂を体に戻すとは違うんですから。 …そしてこれ、なんだか分かりますか?」

「!?」


ジルベールがカバンから取り出したのを見て、〝碧倉光一〟は今日初めて、驚きを隠しきれないくらい激しく動揺し、思わず椅子から立ち上がった。



「てっ…てめぇ…、それをどこで?」



ジルベールが持っていたのは一着の白衣であった。そしてそれは言わずもがな、『Génie』の亡骸である。亡骸と言ったが実際に持っているのは火葬で灰と化した白衣が容れられた木の小鉢であった。生前に書いたのか『Génie』の直筆で名前が書かれている。また、目には見えないが灰と共にPAIの役割を持っていた物体電気端末エレクティングターミナルの破損された残骸も入っている。



「『Grandeur』皇帝さんに頼んで周りには内緒で開けさせてもらったんです。大丈夫ですよ、そう激情しないでください。『Grandeur』皇帝さんにはテキトーに誤魔化しておきましたから」

「………」


促されて〝碧倉光一〟は自身の自身らしからぬ行為を恥じるように押し黙って元の椅子に腰を戻した。



「―ですが〝光一さん〟のその反応を見るに、どうやらオレの推理は正解のようですね。とはいえ今から何を言われようとも、念のために確認したので問題はありません」

「確認?」

「えぇ、灰滓になってしまったものがどんな衣服だったのかを調べる方法はオレが知っている技術では知りませんが、破損された物体電気端末エレクティングターミナルを家庭用の走査型透過電子顕微鏡エスティーイーエムで見て『Grandeur』さんのものと一致する型番号を発見しましたので」

「へー、ブラボーだ。よく考えている。てめぇをただの勇気ある愚直な男だと認識していたとは、〝オレ〟の慧眼も墜ちたものだ。だが…」


〝碧倉光一〟はニヤリと笑い上下逆さまのままゆっくりと拍手をしてジルベールを讃えたが、一転して腑に落ちない顔をする。


「だが何でてめぇはそこまで分かっていてこんな回りくどい言い方をした?〝オレ〟をおちょくりたかったのか?」

「いや…、そんなわけではないです。これはただの答え合わせです」

「答え合わせ?」


ジルベールは〝碧倉光一〟の疑問には返さずに、その代わり胸元から紅くL字型に折れ曲がった金属製の重いものを取り出す。それは21世紀は後半だというのにデザートイーグルほどの大きさを持つハンドガンであった。




電磁加速砲レールガンか…」


〝碧倉光一〟は落ち着いて言った。




「オレは聞きたいんだ。『Génie』さんは常に人のために服のためにをモットーとして生きていた人だ。そんなあの人が思い悩んだ末の自殺なんて有り得ない。苦しいのが嫌だからという自己中心策である自殺になんて、だから…答えろっ!本当のことをっ!返答次第ではあんたを撃つ」


ジルベールはレールガンを構えながら声強く恐喝するように言う。口調もですます調から普段見せない乱暴なものに変わっていた。



「ふっ…、てめぇは〝碧倉光一〟というものが何かを知っているか?」


〝碧倉光一〟はジルベールの恐喝なんて気にも留めることをしないで、いきなり見当違いの事を喋りだす。


「はっ?何って、貴方の名前じゃ?」

「半分当たりだ」

「半分?」


〝碧倉光一〟は寂しそうな顔をする。


「〝オレ〟の…、いや…私の祖父の名前は碧倉光一と言う。碧倉の一族は昔から何かに優れた血筋だったが、取り分けその碧倉光一というものは総合的に優れていて、世界は彼を恐れて〝帝王〟と呼んでいた」

「祖父だと?」

「およそ50年前のことさ。彼の凄さを表すエピソードにこんなものがある。2007年に彼個人に対して出された国際法だ。曰く「これより先、無期限に世界を冠するあらゆる大会、競技会またはそれに準じるものに出場することを禁ず」というものだ。理由は一つ、全て優勝してしまうから」

「………………」

「また彼は傲慢でもあった。2012年のロンドンオリンピックの少し後に金メダル受賞者を集めて彼はこう言ったのだ、「おめでとう!君達の健闘を讃えよう!これで君達は“世界で二番目に素晴らしい人間”になれたのだから」と」

「で、貴方のじーさんがどうしたってんだ?」


ジルベールは聞きたくもない昔話にじれったくなる。


「そう急くな。私の祖父はその傲慢を持って子孫にこう言った。「オレ様の後にオレ様のような完璧な天才が現れるなら、またはオレ様のように世界を十二分に震撼させることを成し遂げたなら、そいつはその名誉を称え〝碧倉光一〟という名を与えろ」と」

「ん?…てことは、〝碧倉光一〟とは世襲なのか?」


ジルベールは気付いた。シャルルや『狂喜の三挺ベルセルクル』が意味深に言っていたことはそういうことなのだろう。




「自分で言うのもなんだが、オレは科学者としては天才だった。シャルルのような身体能力はイマイチだったが、碧倉光一が言った後者の条件は一応はクリアしたので私は〝オレ〟になった」

「後者の条件クリアとは『Génie』さんを作ったことか。だが、それが何で『Génie』さんが死ぬ理由になる」

「なるんだよ、てめぇ…、いや…君だって知っているだろう?『Génie』は〝オレ〟から造られたんだって。つまりそういうことさ」

「全くよく分からないんだが自己完結をやめてくれ」


ジルベールが頭を抱えていると〝碧倉光一〟はクスクスと笑っていた。恐らく先程に回りくどく言われたことへの報復なのだろう。



「私は本当は〝碧倉光一〟になんてなりたくなかった。ただ科学者として研究していたかった。そういう意味では私はDr.F.アーノルドに憧れていたよ」

「あの変態科学者に?」

「名誉も博士号もいらんの一言で放り捨て好きな事に打ち込み、でも結局は後の世で人を助けた。素晴らしいよ全く。けど、私にはダメだった。この受け継がれた傲慢という碧倉光一の呪いとでも言えるものが執拗にまとわりつくんだ。自己中心的に才能を、栄誉を求めて私は結局〝オレ〟を高めてしまう」



〝碧倉光一〟は自分の体を気持ち悪がるように引きながら見回した。



「れいのバグ、エモーショナルシステムの過剰運動による記憶情報改竄。あれは『Génie』にも起きた」

「それが社長とのエピソード記憶なんだろう?」

「いや、違う。彼は彼の本質というべき部分を改竄したんだ。もちろん無意識的に」

「どういうことだ?」

「さっきも言ったが、『Génie』は〝オレ〟の思考パターンを参考にして造られた。あの“唯我独尊の思考パターン”をね。なのに君はこう言ったよね、「『Génie』は常に“人のために服のためにをモットーとして”生きていた」と」

「ハッ」


行き着いた答えに少し驚きジルベールは思わず銃を握る力を弛めてしまう。






「そうさ、『Génie』は、あいつは自分の中の碧倉光一の呪いを改竄したんだ」







〝碧倉光一〟は一際力を込めて言った。




「まっ…まさか、まさかあんたはそれだけで…それだけの理由でっ!」


ジルベールはみしみしと受ける外圧から発動する驚愕と内部からじわじわとわき起こる憤怒で体を至極震わせながら言葉を吐く。


その様子を見た〝碧倉光一〟は『狂喜の三挺ベルセルクル』のように凶悪さで表情を無理矢理笑顔にした。













「そぉおおさっ!奴は〝オレ〟が長年成し得ることが出来ずに苦しんでいた忌まわしき呪いを、意図も簡単にあっさりと解きやがった、だーからぁ、殺してやったのさっ」



翡翠色の空間が狂気の籠った笑い声で淡く濁る。〝碧倉光一〟は滞りを知らぬ滝のように続ける。





「そもそも『Génie』を作ったのは〝オレ〟と同じ苦しみを誰かに味合わせてやろうと思ったからだ!なのに奴は…。 ふっ、だがある日、〝オレ〟は奴が人と衣服の仲について悩んでいるとか聞いてなぁ、今回の作戦を思いついたんだ。復活出来るわけねーのによぉっ!喜んで死んでったぞ?呪いが解けたのを逆に利用してやったんだ。そして〝オレ〟は世界を平和にしたことでまた一段と栄誉を獲得し、シャルルより格上の『狂喜の三挺ベルセルクル』を倒したことで戦闘能力の面でもより〝碧倉光一〟に近付くことが出来た!完璧だ!全ては計画通り、後はてめぇを殺せばなっ!!!!」



怒鳴り声と共に〝碧倉光一〟は逆さのまま立ち上がる。すると彼の背中から天使の羽のようなものが夏の雑草のように無尽蔵に生えてきた。しかしそれはパソコンの画面のような無機質な様子を呈している。そしてその前方には戦車の砲のようなものが虚空から何口も出現していた。それはAUTO―AIM-SYSTEMでも持っているのか砲口は全てジルベールに向けられていた。




「〝光一〟さん…」



ジルベールはしかし手元のレールガンを床に落とし、脅えるというよりは可哀想な者をみるようにか細く呟いた。

















そして轟くは雷鳴、

そして飛び散るは鮮血、
















〝碧倉光一〟は口から血を溢しながら目を大きく開き、肯んずる格好でゆっくりと見る。自らの真っ赤に染まった胸元を。


その間に羽や大砲は煙のようにその姿を消していく。




ジルベールは首を横に動かし信じられないような顔をして入り口近くにいた人物を見た。














「銀子…なんで」



それはジルベールが持っていたのと同じような銃を構えていた少女であった。チョコレートケーキをそのまま仕立てあげたような雅な造りはこの血生臭い場面にはとても似つかなかった。


彼女は人一倍カタカタと震えながら言う。



「じっジルベールがいつもと、ちっ違う様子でで出掛けて、べっ別の方向に行くから、なっなんだろうと思って着いていったら、ほと…本当はお父様じゃなくて、おとおとお父様はやっぱりやぱ…こころされれれてて、〝碧倉光一〟で〝碧倉光一〟がっわわわっぁっぁはっぁわ」


銀子は不自然に涙を流して何かに戦慄わななきながら、しゃがみこんでしまい声ならぬ声を吐き続ける。


ジルベールはそっと近付いてきてその小さい体を抱きかかえた。





「大丈夫だ、大丈夫。お前はなにもやっていないし、なにもしでかしていない。オレが悪いんだ、ごめんな。でも大丈夫だから、オレがついている」



ジルベールは銀子の背を撫でながら耳元で優しく言葉を紡いでいった。


しばらくすると銀子は泣き疲れと過度の緊張とショックとで眠ってしまった。バグによって今日の出来事を忘れてくれていたらと希いつつ、ジルベールは彼女をゆっくりと横にすると立ち上がり〝碧倉光一〟の近くに歩み寄った。








「…で、〝光一〟さん“大丈夫ですか?”」



と、ジルベールは静かに言った。










「…、ああ。心臓が貫かれて他の臓器も致命的なダメージを喰らったが、着てるスーツの代替器官でなんとか生は維持している」


瀕死状態に追い込まれて床に仰向けになっている〝碧倉光一〟は血液を垂れ流しにしながら、何も動じずに話す。ジルベールは彼の科学力ならこれくらいの芸当はやってのけるのではないかと俄かに想像していたが、実際にそうだったと知って、けれども彼はホッとした。


そしてジルベールは言葉を続ける。




「あんた、本当はパリで死のうと思ったでしょう?」

「…」

「瀕死のダメージを無事でいることが出来る〝碧倉光一〟がまさか今の攻撃を喰らうわけがない…。なぜ…?わざと喰らった?あなたは死ぬ気だったから。今はオレが話でもあるのではないかという天才の勘が働いて生きとどまっているが…」

「……」

「あなたは、さっきの開き直りをあの場でやろうとした。だから“わざと計画が失敗するように”オレにボロを出した。そうすれば真の意味で平和が訪れるから。 つまり、人が衣服との戦いのために人同士で争うのをやめたように、『Génie』を殺した“人と衣服の共通の敵”が現れれば彼らに残っているわだかまりは全てその敵に向けられ、そしてそいつが死ねば怒りやいさかいの何もかもをほぼゼロにすることが出来るから。だから自分が共通の敵ヒールを演じようとした」


黙る〝碧倉光一〟にジルベールは自分の推理を聞かせた。〝彼〟は少しの間、神妙な目付きでジルベールを見ていたが、やがてプッと吹き出し力抜けたようにリラックスした。



「ふふっ…君には負けたよ。流石は主人公。さっきのは渾身の演技だったのにな。なにせ本音も含まれているんだから。けど、君は平和を望んでいたんじゃないのか?なんであの場で言わなかった」


このことがどうやら〝碧倉光一〟には解せなかったようだ。


「パリをもう血で染めたくなかった。あの場はあのまま穏便に済ましたかった。そしてあなたと話をしてみたかった。それが理由ですよ」

「話?〝オレ〟の話なんて無駄さ、〝オレ〟は醜いよ?なにせ〝オレ〟の原初の願いはずっと変わらず『呪いからの脱却』…いや、『碧倉光一を出し抜く』ことなんだから」

「あなたは葛藤していた。逆らえぬ碧倉光一の呪いに従わざるを得なく、自分が計画することは結局〝碧倉光一〟を高めてしまうことになる。そして、自分とは別の生き方が出来る『Génie』さんへの嫉妬。でもその中でもあなたは〝あなた〟ではなくあなたを貫こうとした」

「何を言っている?」

「この戦争、不思議なことに死傷者数が異常に少なかった。兵器が以前より強力化しているというのに…。それはあなたが最先端を超える最先端の科学で被害を最小に抑えていたからじゃないんですか?」

「…………」

「あなたは複雑に屈折して暴走しかけている〝あなた〟の中で辛うじてあなたを維持し、その天才性を生かして紙一重に合間縫って“人のために”行動しようとしたんじゃないんですか?」

「ふっ…ふふ」


〝碧倉光一〟は穏やかな表情で笑みを溢した。





「ふぅ…、私の唯一の救いは主人公にそうやって慰められたことだな」



ジルベールもつられて微笑む。



「あなたは確かに〝碧倉光一〟としては落第点かも知れませんが、人間としては及第点です。あなたが今、世にもたらした平和…《幸『服』な未来》がオレは好きなんですよ。双方向システムステレオマインドでしたっけ?今、人と衣服は二人三脚で互いに支えあって幸せに満ちて生きています。あなたが〝あなた〟に負けずに“誰かを思う”ことが出来たから、今、“一人が皆を思える”平和な世界が訪れたんです」

「ははっ、それは聊か過大評価では…」


と言って、ジルベールの大仰な言い方を諌めようとした時だった。


「多分、『Génie』さんもこうなることを分かっていて、だからあなたの考えを受け入れたんだと思いますよ」

「あっ…あいつが?バカな…」

「当たり前じゃないですか。だって、『Génie』さんはもう一人の〝碧倉光一〟ではなく、もう一人のあなたなんですよ!誰よりも何よりもあなたのことを分かっていた、だから“誰かのことを思うことが出来る”『Génie』さんはあなたのことも悩んでいたんじゃないんですかっ!」

「そっ…う、だったのか…?」


〝碧倉光一〟は自分の中での彼の認識が間違っていたことを言われ動揺が隠せない。


「だからあなたは生きなきゃいけないんです!『Génie』さんの分も!これからも!だって、ついにあなたは出来たんですよ?呪いを解き放つことが!」

「ふ、そうだな…」


〝碧倉光一〟の瞳は既に穏やかなものになっていた。


「…じゃっ、じゃあ」


と、顔を緩めてジルベールが言いかけた時だった。








「だけど、私は死ぬべきだな。確かに誰かを思ったかもしれないが、確実に誰かを不幸にはしたのだから。そして…『Génie』にも謝りに行かねばならん」

「そっ…そんなっ!」


「最後に君と喋れて良かったよ、世界が平和と知れて本当に良かった。なにせあの碧倉光一を出し抜けたわけだし、なにより私が私で初めて誰かを幸せにすることも出来たようなのだから…」



ジルベールは必死に引き止める言葉を考える。



「ふっ、じゃあさらばだ。主人公! シャルルによろしくな」




「待っ…」














シュ























2059年8月7日20時42分 享年36歳〝碧倉光一〟永眠す





【あとがき】


さて最後でした。このお話は後の話と言うよりは、オマケというよりは、蛇足…もはや別のお話と捉えてもらっても構いません。同時に別に放置でも良さそうな伏線の強引回収の回とも言えます。だからここで言うのもバカですが、読まなくてもいいです。

でも一応は最終話なので全体を通したテーマめいたものを強調させてもらいました。すなはち、「誰かを思う」。まず『Génie』が世界を思い、主人公は銀子を思い行動し、仲間は主人公を思いついていき、“藤五郎”や『Représailles』枢機卿もそれぞれ誰かを思っていた。『狂喜の三挺ベルセルクル』?あれは人間ではありません。

その中で〝碧倉光一〟だけは誰かを思うことが出来ず(実際は〝碧倉光一〟の思い込みだが)に苦しんでいました。自分と同じだと思っていた『Génie』は実は同じ苦しみを持っていなかったと知り、彼は嫉妬と、自分よりも上なのが許せないという〝碧倉光一〟の傲慢と、そしてそんなことで憤怒を持ってしまう自分の醜悪さという3つに思い悩んでしまいました。

けれども彼は諦めずに彼自身を模索し続けることが出来たからこそ、ついに呪いが解けたのです。

我思う、故に我あり…だけでは足りない、その思っているのは本当に我なのか?別人じゃないのか?その自我の不安定さが彼にとっての呪いの正体です。彼は考えたどうすれば自我を獲得できるか。彼は自分と〝碧倉光一〟の違いを考えた。極論を言うとそれが「誰かを思うか」「誰かを思わないか」だったのである。この二択は必ずしも正しいものとは言えない、しかし彼にとっては正確さは関係ないのだ。ただ、自我というものを実感できればいいわけだから。…だから見方を変えれば彼の呪いとはただの強迫観念とも言えるのです。


とはいえ、最後に自分というものが認識できた彼は幸せに死ねたと思います。


また、作中、彼は自分の息子に自分のようになるなと言及しています。そしてシャルルは彼の願いを受けてか碧倉の力を“誰かのために”使っていました。『狂喜の三挺ベルセルクル』と戦う前に〝碧倉光一〟が嬉しそうにしたのはそのことを知れたからです。



さて、あなたはどうでしょうか?


本当にあなたが思っていることはあなたのものですか?

実は〝あなた〟じゃないんですか?


たとえばあなたは誰かがクラスでいじめられているのを知って“誰かを思う”ことが出来ていますか?知らぬ存ぜぬを通しているあなたのその口は〝あなた〟によって閉じられているんじゃないんですか?



あなたが〝あなた〟ではなく、あなたでいられる事を願って、



永谷立凮はこの辺りでパソコンを閉じようと思います。


予定よりも30分以上も遅れたくせに、余計なお世話に説教じみた言葉を聞かされてもここまで読んでくださった只管打坐な精神の読者様、テキトーにすっ飛ばしてこのたまたまこの文を読んでいる天真爛漫な読者様も、わざわざここまで付き合ってくれたことを非常に感謝致します。


どうもありがとうございました。

もし、私の別の小説も読んでもらえるならば光栄至極です。

と、永谷立凮は最後にステマります。

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