episode14 【教室】 龍虎相打つ! (上)
常磐城美玖とまともに会話したのは、一度きり。その時感じた第一印象としては、どうしようもなく抜けている性格だということと、果てしなく高慢であるということ。だけど、そんな性格なんてものは本来智恵理の目的には関係ないものであって、どうでもいいことだ。
こうして意味のない思想に耽ったのも、約一週間ぶりに彼女の姿を拝見したからだろうか。
「おはようっ、常磐城さん」
パッと忍と掴んでいた手を離して、教室へと滑り込む。一歩踏み込んでみて初めて感じた、教室のピリピリとした緊張感のある空気。
複数の険悪な視線が無遠慮に注がれている対象である彼女は、自分の机に手を置いて澱んだ瞳をしている。貧血を起こしているかのように真っ青で血色の悪い顔をした彼女は、幽鬼のようにゆらりと頭を上げる。そしてゾッとするような目の色をしていた彼女の瞳の焦点と合うと、劇的に様子が変容する。
「ごきげんよう、智恵理さん」
う、うわー。
女子高とはいえ初めて聞いた、ごきようという気取った言葉。
鳥肌の立つような返しの挨拶に戸惑う智恵理をよそに、常磐城さんはどこか満足げにふふん、と鼻を鳴らしている。
これはあくまで憶測だけど、妙な挨拶をすることができて喜んでしまっているのかな。ここまでくると、どんな聖人君子であろうと庇い立てできない。まさに馬鹿の極地だと評価してしまうのは、罪なのかもしれない。
「それでいったいどうしたのかなっ、常磐城さん」
「べつに大したことはありません。わたくしのいない間、勝手に学級委員を決められていたので、少しばかり動揺してしまっただけですわ」
威風堂々と胸を張りながら、飄々と話している様子は通常運転のようだ。さっきまでショックで打ちひしがれていた彼女とは、まるで別人のようだ。
「いずれ頂点に君臨するのを宿命づけられたわたくしとしては、あってはならない汚点ですが、これもまたいい社会勉強となりましたわ。たまには庶民に花を持たせるのも、絶対的勝者の余裕ゆえに必要なことですから」
……そこまで学級委員って重要なことなのかなっ? と思ってしまうのは智恵理だけなのだろうか。
しょーじき、どーでもいいぃぃい。
だけど、上から目線だった常磐城さんの発言を聞いたクラスメイト達に、さらに濃い陰鬱とした空気が漂う。ということは、そんなにみんな学級委員になりたかったのかなっ。
「智恵理様、あと僅かで授業が開始しますので席につかれないと」
「うんっ、そうだね」
ぶらん、と手持ち無沙汰だった手を、ギュッと心なしかいつもよりも強く忍に握られる。それを見咎めるように、顔つきが険しくなったのは常磐城さん。怒りの根源が見定めることができないのと、異常なほどに目つきが鋭いせいで気圧される。
「……あなた、いったいどなたですの?」