episode12 【店内B】 剥き出しの感情! (上)
「あんっ――の、クソオヤジッ! ご機嫌取りするのに、智恵理をわざわざ呼びすなんてやり口が姑息なのよっ!!」
湯飲み茶碗から溢れそうなぐらいの勢いで怒り狂うのは、さっきまで冷静沈着だった綾城さん。幸い、賑やかな回転寿司屋のチェーン店に暴言は紛れ、目立つことはなかったとはいえ、愚痴を吐かれるこちら側としては気が気でない。
「ご機嫌取りじゃなくて、純粋に綾城さんといっしょに居たかっただけじゃないのかな?」
「そんなんじゃないわよ。正面切って、娘に意見を言えない臆病者なだけよ。どうせ、普段の乱れた私の学園生活についてお説教したかっただけでしょ。……ったく、体裁だけは気にするんだから」
埋まることのない軋轢を吐露する綾城さんを見た、平和そうな家族連れはぎょっと瞠目する。
それはそうだ。
日本人離れした精緻な造形の顔に、有名モデルに決して引けをとらない女性の理想的な体型。口を開かなければ外国の人形のように完璧な彼女が、思いつくままに罵詈雑言を喚き散らしている。傍から見ればさぞやアンバランスで、信じがたい光景なのかもしれない。
だけど、旧知の仲である智恵理にとって今の綾城さんこそが本来の姿であり、普段の彼女と合わさって初めて完璧な彼女だと思う。そして鉄のような仮面を脱ぎ捨てて、智恵理の前では素顔を晒してくれることが友人として誇らしい。
「おっ、唐揚げだ。とって、とって!」
「はいはい」
はしゃぐような注文を聞き入れ、レーンに流れてきた唐揚げを渡す。ついでに自分の食べる分のツナサラダをとって、二人して食べるのだが、
「なんかお寿司屋さんに来て、唐揚げ食べるって変じゃないかな?」
「智恵理だって、ツナなんていくらでも家で食べれるでしょ。どうせなら刺身食べなさいよ。まっ、食事なんて自分の食べたいものを食べればいいのよ」
もぐもぐと咀嚼する綾城さんは、幾分か機嫌を取り戻したかのように見えた。
「それを、あのクソオヤジは、一々口を酸っぱくして、醤油はシャリじゃなくてネタにつけるとか、味の淡白なものから食べろだとか、そんなこと横で口出されてたら、美味いものも味わえるわけないでしょ!?」
父親への不満が再熱した綾城さんは、烈火のごとく陰口をたたき出す。それから、感情に呼応して荒々しく片っ端から、流れてくる寿司という寿司を食い尽くす。その様子は清々しいまでにお嬢様としてはかけ離れていて、だけどなぜかとても綺麗に見えた。
それに、多分。
「どうしたのよ、その顔は?」
「ううん、なんでもない」
「いいから言いなさいよ、智恵理」
ガツガツ手づかみで食べていた綾城さんの手には自然とシャリの粒がつき、自らの指の一本一本を嬲るように舐める動作は艶美で、同性であっても心がざわめいてしまう。
少しばかり背徳な心中を振り払う行為を、綾城さんの問いに答えるか迷う挙動の中で隠し、思ったままのことをそのまま述べる。
「欠点がたくさん見えているってことは、それだけ綾城のおじさんのことを目で追っていることなのかなっ! ……って思っただけだよっ!」