脱走の果てに
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「なんとしてでも神子様を捕らえろ!」
街中で兵士達が一斉に一人の少女を追いかけている光景を見ながら紅茶を味わう。
あの子が今代の神子のようね。なかなかの力を持ってるじゃない。あれなら、彼女も動き出すかもしれないわ。…そうすると……フフ、これは面白くなりそうね。
……それにしてもあまり美味しくないわね。やっぱり自分で淹れるのは止めれば良かったわ。
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「漸く神子さんに追い付いたな……」
街中の大通りで大勢の一般人が見守る中、神子さんと兵士達が対峙している。
それにしてもまたこのパターンか……。どんだけメルレントは神子さんに兵力を割いているんだよ。まぁ、神子さんはこの国の象徴でもあるから必死になるのは分かるけどよ……。
でも、今回こそは助けられそうだな。兵士達の中に強そうな奴はいないし。いたとしても、軍曹レベルか?
「さぁ、追い詰めましたぞ。…神子様、お願いですから大人しくお戻りください。教皇様達が心配なさってます」
「ごめんなさい。私はやるべきことがありますので。それでも邪魔をするというのならば、私も黙ってはいません!」
そう言って杖を取り出す神子さんと、それを見て多少後退る兵士達。
ヒュー、言うねぇ。これはますます行かせてやらねぇといけないな。
「お、怖じ気付くな!詠唱が完成する前に捕らえろ!」
隊長であろう兵士の言葉で、兵士達はそれまでジリジリと後退していた足を止め、一斉に動き出した。
――させねぇよ!
「初脚!」
最後尾にいた兵士を蹴りあげる。
「な、何者だ!」
そのことに気付いた兵士が声をあげる。当然、他の兵士達もそれにつられてこちらを見やる。
いけないねぇ、これだから軍隊ってのは。乱戦に慣れてないからちょっとしたハプニングに弱すぎるんだよ!
「二肘!」
浮かした兵士に肘鉄を喰らわせ、吹き飛ばす。当然、その先にいるのは他の兵士達。
そして幾人かの兵士達は、仲良く倒れ込む。他の兵士達もその出来事に歩みを止めてしまう。
「さぁ、時間はたっぷり稼いでやったぜ、神子さんよぉ!」
そう、俺は端からこいつ等を倒すつもりは全くない。全ては時間稼ぎのためだ。
「ありがとうございます。――バインド・M!」
一ヶ所に固まっていた兵士達の足下に一つの魔方陣が出現する。
……ふむ、兵士達を観察するとどうやら束縛系統の魔法か。珍しいな。
「さて、やったな、神子さん」
「はい、あなたのおかげです!」
駆け寄ってくる神子さんに賞賛の言葉を贈る。
……やっぱり神子さんと一緒にいると場がほんわかするな。さっきまでの出来事が嘘みたいだ。
「さて、と。何時までもここに留まっているとまた別の連中が来るからな……。神子さん、あんたの行きたい場所って何処だ?この国を出るまでは付き合ってやるよ。俺もこれ以上この国にいるわけにはいかないからさ」
「本当ですか!?それは助かります!それはウェッチ大陸の――」
「いたぞ!神子様だ!」
神子さんが目的地を言いかけたその時、また別の隊に見付かってしまった。
「――チッ!もうかよ!神子さん、またすまないが掴まってくれ!」
もう腕は十分に回復したので、今ならお姫様だっこも余裕にできる。
「じゃ、いくぞ!」
神子さんを抱え込み、走り始める。取り敢えず向かう場所は港だ。他の大陸へ渡るには海を越えないと行けないからな。
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「ウェッチ大陸行き旅客船。出港します」
港に着くと近くの拡声器からそんな声が聞こえてきた。よし!いいタイミングだ!
錨を上げて出港しようとする船に向かって走る。
そして、まだ近くにある積み込み用の機械ををつたい飛ぶ!
「ぐっ!」
「ッ!」
どうにか乗り込めたものはいいものの、甲板に身体を強打する。正直言ってかなり痛い。
「き、君達ッ!なんて危ないことを!」
近くにいたらしき船乗りがこちらへ駆け寄ってくる。まっ、当たり前の反応か。
「すみません…急ぎの用でこの船に乗ろうとしていたのですが、如何せん道に迷ってしまって……。やっと辿り着いたと思ったら出港し始めたところだったのでつい急いで乗り込んでしまいました。お詫びといってはなんですが、お金は運賃の二倍支払うので許してもらえませんかね?」
無理矢理乗り込んだ理由を適当に繕い、この場を収めようとする。これ以上問題が大きくなっても困るからな。
「むぅ……私の一存では決めかねる。船長に説明してくるから、君達はそこで待っていなさい」
そう言って、船内に入っていく船員。まぁ、これで恐らく大丈夫だろう。そのための誠意(金)もちゃんと見せたしな。
「大丈夫かい?神子さん。すまんな、あんたにまで痛い思いさせて」
本当は背中から落ちたかったが、そんな余裕はなかった。真正面から激突する瞬間に腕を頭上に突き出して直接的な激突を防ぐのが精一杯だった。
更に激突時の衝撃で神子さんが俺の手から離れてしまい、床の上を転がっていた。
「ええ、少々服が汚れてしまっただけです。それよりもあなたの方が酷い怪我じゃないですか!」
俺の姿を見てそういうが、パッと見俺の身体は服がボロボロになっただけで、目立った外傷はない。まぁ、打ち身で全身が痛いのは間違いないがな。
「そうか?俺は全然そうは思わないけど」
「いいえ!良くありません!さっ、こちらに仰向けになってください!」
何時にもまして(出逢って間もないが、それくらいは分かる)強情な神子さんに半強制的に寝かされる。
「光よ、癒せ――ヒール!」
俺の上に翳した手に、淡い緑の光が宿った。その光は暖かく心地よい。そして、その手を俺の身体の表面をなぞるように動かして治していく。
神子さん、回復呪文まで使えたのか。流石は神子(どういった基準で選ばれるのかは分からないがな)!
「はい、終わりです」
神子さんが俺の身体を満遍なくなぞり終えた後、満面の笑みでこう言った。
……なんでだろう?このモヤッとした感じがするのは。決して疚しいことはしていない筈なのに………。
「ああ、ありがとう神子さん。……そういえば、まだ神子さんの名前を聞いてなかったな。良かったら教えてくれないか?」
起き上がり、今まで全く気にしていなかった(というか、気にしてられなかった)名前を尋ねる。
これから(少なくとも船を下りるまで)一般人がいる空間内で過ごすんだ。変な詮索をさせないようにしないとな。
「えっ?私の名前ですか……?」
突然名前を訊かれたことに対してキョトンとした感じの返事が返ってくる。
「ああ、そういえば他人の名を尋ねる時はまず自分からだったな。――俺の名前はヒアス・ルード。知っての通り、盗賊さ。気安くヒアスって呼んでくれて構わないよ」
こればっかりは嘘じゃない。というか、神子さんにはもう嘘はつきたくない。ついた時の罪悪感が半端じゃないからな。
「あっ、私の名前はリーネ、リーネ・シャスハと申します。わ、私のこともリーネと呼んでください」
「分かったよ、リーネ。――じゃ、改めてよろしく」
右手を差し出す。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
リーネの方も右手を出して、握手をした。
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結局、あの後戻ってきた船乗りから問題ないと伝えられ、部屋を急遽用意してもらった。急だったということもあり、一人部屋が一つしかなかったが、リーネが一緒の部屋で構わないと言ったのでありがたく使わせてもらうことにした。
そして夜、リーネがもう寝た後、船室から出て(勿論鍵を閉めた)、船に設けてある酒場に向かう。旅をする上で情報はとてつもなく大事だからな。出来うる限り集めておきたい。
そして、酒場への扉を開けると、ついさっきから漏れていた騒ぎ声が今度は直に聞こえ、酒の匂いも辺りに漂っていた。
「――おっ、これは昼間のニイチャンじゃねぇか!」
騒いでいた内の一人が俺に気付いたのか、大声を上げて、そう言った。
「どうも、その節は皆さんにご迷惑をかけてしまって……」
多分この中にそんなことを気にする奴はいないと思うが、一応謝っておく。
「ハッハッハ!そんなこと誰も気にしちゃねぇよ!……それよりも一緒にいた別嬪さんはどうした?」
別の一人がそう言う。周りの連中もそうだそうだと頷いたりしている。
「彼女なら部屋で寝てますよ」
「おいおいニイチャンよ。あんた夜に可愛い女の子を独り悲しく放置するなんてひでぇ奴だな。下手したらその辺の下衆に襲われちまうぜ?」
「大丈夫ですよ。部屋には鍵をかけたし、もしぶち破ったとしても、彼女は強いですから。その辺の奴には負けませんよ。それに俺は彼女の恋人じゃありません。強いて言うなら彼女は俺の依頼主です」
依頼はされていないが、成り行きでそんな形になっているので、そう言っても問題ないだろう。
「へぇ、じゃあニイチャンは強い奴に雇われる程腕が立つ、というわけだ」
ニヤニヤしている飲んだくれが俺のことを指差して言う。
「さぁ、それはどうでしょう?別に俺は傭兵として雇われたわけじゃありませんから」
運ばれてきた酒を飲みながら(※未成年者の飲酒は法律で禁止されています。未成年者は絶対に真似しないように)、首を傾げる。
結果として傭兵みたいなもんだったけどな。
「じゃあ何だっていうんだ?」
「それは言えませんよ。顧客情報ですから」
相手が知る必要がない情報は勿論教えない。これは鉄則だ。
…さて、無駄話はこれくらいでいいだろう。
「――それよりも皆さんに訊きたいことがあるんですが………」
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「ほぅ、そんなことが……」
あれから色々と聞いていったが結構有益な情報が集まった。
しかし、ガルウィン国とボルネス国の関係が俺が仕事している間(約二ヶ月)に更に悪化していたとは………。これは戦争が近いかもしれないな。
まぁ、このことを知り得なかったのはメルレント国にいたせいでもあるがな。あの国はとにかく情報規制が多い。おかげで俺等みたいのはある程度好き勝手できるけれど。
「いやぁ皆さん色々と教えてくださってありがとうございます。おかげで次の仕事も簡単に見つけられそうです」
「なに、いいってことよ!俺等も十分に楽しめたからな!なぁ!」
一人が皆に確認すると皆でまたそうだそうだと騒ぎ始めた。さて、情報も集まったことだし、そろそろ戻るかな?
……あっ、そういえばまだ訊いてなかったことがあったな。
「そういえば、あそこに座っている女の人はどなたです?」
そう、実は酒場に入った時から気が付いていたのだが、騒いでいる男達から離れた場所に独りで座っている女性のことが気になっていた。しかし、今の今まで訊くタイミングを逃していたのだ。
「ああ、ニイチャン。あの女が気になるのかい?…悪いことは言わねぇ、やめときな。無愛想で全く可愛いげがねぇ」
「おっ、口説きに行って見事に撃沈した男が言うねぇ!」
その言葉に男達が一斉に笑い声をあげる。
ナンパしたのかよ……。
「そうですか。なら話を聞くのはやめときますよ。どうやら聞けそうにないらしいのでね」
本当ならば彼女からも情報を仕入れたかったが、話を聞く限り無理そうだ。ここは諦めるしかないな。
「――さて、そろそろ戻らせてもらいますね。いい加減眠くなってきましたし」
そう口にして立ち上がる。そしてあくびの演技を一つ付け足す。
「おお、そうかい。じゃ、いい加減俺等も終いとしようぜ。これ以上粘ると明日辛くなりそうだからな」
皆もそうだななどと言い、立ち上がり、ぞろぞろと酒場から出ていく。
そして、結局最後尾になった俺が扉を閉めようと後ろを振り向いた時、まだ飲んでいた女性と目が合ったような気がした。
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オマケ
一方その頃
ここはメルレント騎士団の女性宿舎の個室。
「くっ…私としたことが神子様を取り逃がすとは……なんたる不覚!またあの腐れ外道に嫌味を言われてしまった!……でも、神子様のおかげであの方にお逢いできた………」
クローゼットからマントを取り出し、それを大事そうに抱き締める。
「ああ……名も知らぬあの方の匂い………」
抱き締めたマントの匂いを嗅いで悦に入っている。
「………ハッ!わ、私はなんてことをしているのだ!こ、これじゃまるで私がへ、変態みたいじゃないか!」
はい、まごうことなき変態だと思います。
「ち、違う!違うったら違うの!」
マントをしまって(しわにならないようにきちんとハンガーにかける)から、自分に言い聞かせるように違うと連呼する。
「…なに夜中に騒いでんだぁ?お前は」
「五月蝿い黙れ腐れ外道!」
「ぐはぁ!」
突如部屋に入ってきた女性を思い切り殴る。
「テメッ!何しやがる!しかも上の階級の私に向かって腐れ外道とはなんだ!」
「貴様に答える必要はない!大体、何故私の隊に貴様のところの赤いのがいたんだ!神子様の件については我々第三師団が受け持っていた筈だ!」
「そんなの私も知らんよ!気になるのだったら自分で訊いてきたらどうだ!」
「はっ!笑わせる!まさか自分の部下も管理できていないとは!」
会話にどんどん熱が入っていく。もうこうなったら誰にも止められないだろう。
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「…ふん……今日は…このくらいに…しといてやる……」
「…それは……こっちの…台詞だ……」
二人共ぜぇぜぇ言いながらしんどそうな顔をしている。どうやら長時間言い合っていたようだ。
「……そうだ。これ、お前に。教皇様からだ」
懐から一枚の折り畳まれた紙を取り出し、クレアに手渡す。
「教皇様から……?」
素直に受け取り、その内容を読む。
「何々……クレア・シュバイン少将。貴殿に神子奪還の任を命ず。出発は明日の明朝。早々に準備されたし。また、貴殿がこの任を受け持っている間、第三師団は副師団長に統括を命ず……か」
読み終えると、途端に嬉しそうな顔になるクレア。
「…何嬉しそうな顔してんだよ?神子様奪還の命がそんなに嬉しいのか?」
「当たり前だ!これであの方にあ……いや、名誉挽回のチャンスだから当然だ!――というわけで私は準備をするから貴様は出ていけ」
「え?あっ、ちょ」
一瞬垣間見えた本音を慌てて誤魔化し、クレアは自分の部屋から無理矢理追い出し、扉を閉める。
「早速準備しなきゃ♪」
シュバイン少将の部屋には、満面の笑みを浮かべながら旅の支度を進めている乙女の姿があった………。
キャラ紹介1
ヒアス・ルード
性別:男
年齢:およそ18歳
身長:175前後
容姿:黒髪黒目(いわゆるギャルゲ主人公みたいな姿)
出身地:不明
職業:雇われ盗賊
武器:短剣・投擲ナイフ等
スペック(ゲーム風に):
体力(HP):C
魔力(MP):D
攻撃力:C
防御力:C
術攻撃力:D
術防御力:C
敏捷(素早さ):A
命中:B
回避:B
致命(クリティカル率):B
備考
クエンティードを拠点として仕事している雇われ盗賊。その業界ではそこそこ名のある人物。嘘をつくことが多いが、困っている人を見ているとついつい手を出してしまう。
また、小さい頃の記憶がなく、何処出身なのかは不明。