第六話 『ジュエリーな君と甘い恋』の真実
シトリンが、前世の記憶を取り戻せたのは、教会で迷子になっていたエメラルドを偶然見かけたからだ。
不安げな表情を浮かべた愛らし少女が、テトテトと目の前を歩くのを見た瞬間、雷に打たれたようにビリビリと全身が震え、脳内に浮かんだ言葉は、
『エメラルドたん、最高!』
だった。
初めて会ったはずなのに、名前も、性格も、全てを知り尽くしている自分に驚く。
だが、その後、一気に記憶を取り戻し、許容量を超えたシトリンは、三日三晩熱を出して寝込んでしまった。
その間に、彼の中身は前世の男に塗り替えられ、目覚めた時には、己の使命に打ち震えた。
『神よ、感謝します。必ずや、エメラルドたんを救ってみせます』
前世の彼は、乙女系恋愛ゲームの開発者だった。
なかなか人気を博したシリーズで、特に思い入れがあったのが『ジュエリーな君と甘い恋』だ。
登場人物は、全て宝石に因んだ名前と性格がつけられており、主人公は、『持つものの強い願いを叶える石』ガーネット。
彼女に選ばれた攻略対象は、互いに力を合わせて様々な困難を乗り越えて結ばれる。
だが、彼が、開発に最も力を入れたのは、脇役ですらないエメラルドだった。
アレキサンドライトの妹で、ストーリーには、ほぼ関係ない。
双子の片割れルビーは、婚約者であるペリドットが攻略対象であり、彼女も悪役令嬢枠で設計されていた。
ハッキリと言えば、ガーネット以外の目立った容姿の少女は、大抵悪役令嬢と言っていい。
しかし、開発時に、そんな激しい気性の女性陣に疲れていたシトリンは、己の理想を全てぶち込んだエメラルドを自分の為だけの癒し要員に作り出した。
日だまりのような暖かさと優しさに満ちた笑顔。
ややふくよかな体型。
タレ目で、おっとりとした性格。
人畜無害な優しい彼女だが、婚約者を奪われそうになった姉達が悪役令嬢へと身を落とすと、それに巻き込まれて没落する運命を背負っている。
シトリン自身、攻略対象の一人であるが、爵位が低く跡継ぎでもないため、現在のところ婚約者は居ない。
前世からエメラルドしか愛せない彼は、今後も固定の相手を作らぬよう細心の注意を払おうと心に決めた。
そして、最初に行ったのは、エメラルドの姉であり、メインキャラであるアレキサンドライトに『自我』を芽生えさせることだった。
まだ、ガーネットは登場していないが、既に下地となるストーリーは、始まっている。
スファレライトとアレキサンドライトの婚約は成立しており、既に九歳と八歳。
愛だの恋だのといった感情には程遠いが、徐々に親近感が増していっている段階だ。
このまま放置すれば、アレキサンドライトは、彼を愛し、将来、ガーネットに激しい憎しみを抱くようになる。
そうならないためにも、2人の仲を今から壊しておかねばならない。
そこで、設定通りに動く彼らに、一石を投じることにした。
想定外の状況を引き起こすことで、自我を芽生えさせ、己で考えて行動を起こすようにさせるのだ。
「君は、親同士が友達だから公爵令嬢の婚約できたんだろ?ラッキーだな」
クラスメイトのスファレライトに、そう囁いたのは、シトリンだ。
開発者として、スファレライトの性格は熟知している。
強い光を放ち、見るものを魅了する美しさがあるが、壊れやすい一面もある石。
そして、名前の由来は、ギリシャ語の「sphaleros」。
それは、『紛らわしい』という意味で、一緒に産出される方鉛鉱と見た目がよく似ていることから付けられた。
そこから、『裏切り者』という石言葉も派生し、ゲームの開発時には、これらの要素も性格設定に組み込んである。
案の定、たった一言で心が揺らぎ、自分からアレキサンドライトの手を離してしまったスファレライトは、導く者もおらず、どんどんと歪んだ方向へと成長していく。
それを『クラスメイト』として観察しながら、並行してエメラルドとの接触を図った。
『迷子キャラ』という謎設定のお陰で、彼女は、しょっちゅう教会内を彷徨っている。
遭遇箇所など、開発者のシトリンには、なんなく割り出せた。
更に、それと同時進行で、『攻略本』を書き進める。
それは、主人公ガーネットの為のものではなく、エメラルドを救うためのもの。
姉アレキサンドライトを国外へ逃がし、それを頼りに移住するのだ。
隣国フィオレは、シトリンが次のゲームを開発する為に準備していたものと酷似している。
花の名前と花言葉をモチーフにしたものだが、恋愛ゲームではなく、育成ゲームを想定した世界。
ただ、大まかな設定しかしておらず、そこで起こる物語は何も紡がれていない。
なんの『強制力』も存在しない世界は、実力が必要とされるが、頑張りが報われる世界でもある。
こうして、無事、エメラルドを手に入れた上で、フィオレに移住したシトリンは、持ち前の社交性と能力を発揮し、ガッポガッポと稼いでいた。
それもこれも、エメラルドとお腹の中の子供の為だ。
「エメラルドたんに出会えて、僕は、本当に幸せだ」
シトリンは、中庭の東屋で、食後の日向ぼっこを楽しみながら、妻の目立ち始めたお腹を優しく撫でた。




