補修
努力をする理由を、見つけられないままだった。
それでも、世界は僕を待たずに進んでいく。
手に収まる程度の大きさの板を眺める時間が、
いつの間にか一日の大半を占めるようになっていた。
画面をなぞり、流れてくる情報を追う。
何かを考えていたはずなのに、
端末を置いたあとに残るのは、
指先の熱だけだった。
生活に大きな変化はなかった。
同じような日が、淡々と積み重なっていった。
期末テストが近づいてきた、ある日のことだった。
学年主任が、いつもと変わらない声で言った。
「前回のテストで、基準に届かなかった者は、
来週から補習を行う。
授業が終わったら、多目的室に集まるように」
叱責でも、励ましでもなかった。
ただの連絡だった。
自分の名前が呼ばれることはなかった。
それでも、その言葉の向こう側に、
自分が含まれていることは分かった。
胸の奥が、少し沈んだ。
補習の日を迎えた。
学校に向かう足が、いつもより重かった。
「期待されていない」
そう言われたわけではない。
むしろ、その逆だった。
教室で受ける授業は、
ほとんど頭に入らなかった。
放課後、
いつもより少し遅い手つきで荷物をまとめ、
多目的室へ向かった。
一度、呼吸を整えてから、
ドアを開ける。
中は、まばらに席が埋まっていた。
誰もが、前を向いてはいたが、
どこか視線が合わない。
空いている席を探し、
端のほうに座った。
そのとき、隣から声がした。
「えっと、同じクラスの霧谷くんだよね?
俺は蔵岡。蔵岡 陽。よろしく」
突然のことに、言葉が詰まった。
「……よろしく」
何を意味する「よろしく」なのか、
よく分からないまま返した。
「知ってる顔がいて、ちょっと安心した」
蔵岡は、軽い調子で言った。
僕は、
知っている人がいない方が、
楽な気がしていた。
「……そうだね」
「クラスで、自分ひとりだったらどうしようかと思って――」
その言葉は、
ドアが開く音に遮られた。
空気が変わった。
学年主任が教壇に立った。
「今回集まってもらったのは、
前回のテストで、基準に届かなかった科目があったからです」
誰も反応しなかった。
「ですが、皆さんはこの学校に入学した生徒です。
これまで、勉強に取り組んできたはずだと思っています」
淡々とした口調だった。
「この時間を使って、
もう一度、勉強の仕方を整えてください。
次は、同じことが起きないように」
少し間を置いてから、
主任は言った。
「期待しています」
その言葉を聞いて、
胸の奥に、重さだけが残った。
期待されていないわけではなかった。
だからこそ、
ここに座っているという事実が、
はっきりと意識された。
配られたプリントを解く。
間違えた箇所に、印をつける。
それを繰り返しているうちに、
補習は終わっていた。
「補習って、面倒だな」
帰り際、蔵岡が言った。
「……そうだね」
「なあ、ストレス発散にカラオケとか行かない?」
唐突な提案だった。
今の自分に、
そんな選択肢はないと思った。
「……さすがに、やめとくか」
蔵岡がそう言って背を向けたとき、
考えるより先に、声が出ていた。
「……いや。行きたい」
それが正しい選択かどうかは、
分からなかった。
ただ、
自分で選んだ言葉だった。




