自分は恵まれている
自分は恵まれている。
そう考えるようになったのは、いつからだったろうか。
自分は周りと比べて、特段突出したものがあるわけではなかった。
至って普通の、どこにでもいる人間だ。
ただ、スマホという鏡を手に入れてから、
自分の輪郭が他人のそれよりも少しだけ贅沢に縁取られていることに気づき始めた。
タイムラインを流れていく誰かの生活を眺めるうちに、
世の中には「選ばなければならない苦しみ」以前に、
「最初から選ぶ権利すら持たない飢餓」が溢れていることを知った。
自分が受けている教育、与えられている愛情、用意された食卓。
それが親の資産という盤石な土台の上に成り立っていると理解したとき、安心よりも先に、逃げ場を塞がれたような圧迫感を覚えた。
自分は、インターネットの向こう側に広がる格差の、いわば「勝者側」にいた。
努力すれば、正当に結果が返ってくる場所に立っていた。
それに気づいてから、努力をやめるという選択肢が消えた。
「持っている」人間が努力をしないことは、この場所では許されない怠慢のように思えた。
そして自分は、努力をすることから降りられなくなった。
だから、高校受験に向けて勉強することを、やめられなかった。
やめようと思ったことすら、なかった。
気づけば毎日、机に向かっていた。
必死だったのか、無我夢中だったのかは分からない。
ただ、止まらなかった。
その結果、県内で一番の高校に入学することができた。
入学してからも、状況は変わらなかった。
三年後には大学受験が控えている。
最初から、そこを通ること以外の未来は想定されていなかった。
昼休みも、机に向かった。
周りに人はいたが、話す理由がなかった。
気づけば、独りで勉強する時間が増えていた。
入学してから、日々は滞りなく積み重なっていった。
気づけば、中間テストの勉強期間に入っていた。
ある日、声をかけられた。
「白宮。ちょっといい? 数学のこの問題、解き方がどうしても分かんなくて。教えてくれないかな」
クラスメイトの伊佐だった。
断る理由はなかった。
正確には、断るという選択肢が思い浮かばなかった。
「うん、大丈夫」
そう答えて、説明を始めた。
自分でも驚くほど、言葉は淀みなく出てきた。
一通り話し終えると、
「やっぱり、日頃から勉強してるだけあってすごいね。ありがとう」
と言われた。
嬉しくなかったわけではない。
ただ、その言葉が、
自分をこの場所に留めるもののように感じられた。
「どういたしまして」
そう返すしかなかった。
そして迎えた中間テストの日。
順位表を渡されるとき、先生がこちらを見て言った。
「よく頑張ったな。次も頑張れ」
自分は、それが特別な言葉だとは思わず、
当たり前のように頷いた。
二位という順位は、悪くなかった。
ただ、それで終われる数字ではなかった。
家に帰り、母に順位表を渡した。
「よく頑張ったね。
お父さんにも報告しなきゃ。
何か食べたいものとか、欲しいものはある?」
少し大袈裟だとは思ったが、
すぐには何も浮かばなかった。
「特に、ないかな。ありがとう」
母は安心したように頷いた。
それで、この話は終わったらしい。
自分は部屋に戻り、
迷うことなく机に向かった。




