自分は天才ではない
自分は天才ではない。
そう思ったのはいつだったろう。
自分は小学生の頃、周りの誰よりも勉強ができた。本もたくさん読んだ。テレビの中の頭がいい人よりも、クイズに早く答えることだって可能だった。小難しい化学ドキュメンタリーを観ることも好きだったし、周りよりも頭がいいことに、確かな優越感を抱いていた。
しかし中学生になり、小さな板を得た。
青白い光を放つその板は、僕の知らない「本物の怪物たち」へと繋がっていた。
自分と同じようなことを考え、なおかつ圧倒的に深くまで思考を潜らせる人たちが、そこには無数にいた。
その瞬間、僕が積み上げてきた積み木の塔は、情報の濁流を前にして、崩れ去った。
自分はここまで深く潜れるだろうか。いや、できない。
この感覚は、自分と同じことを考えているからこそ明確だった。
画面の向こう側にいる彼らと自分の間にあるのは、単なる知識の量ではなく、人生の熱量の差だった。
じゃあ自分も人生を捧げればいい。簡単な結論だ。
だが、その人生を捧げるために必要な自信を、僕は今まさにその板に吸い取られたばかりだった。
そんなことを考えている内に、気がついたら中学を卒業していた。
今までの勉強の貯蓄で、県で一番の高校に入学していた。
校門をくぐった瞬間、空気の密度が変わった気がした。
そこには、かつての自分のような「小さな神童」たちが溢れていた。
中学まで「神童」という一点のみで人間関係を築いてきた自分は、ここではただの、色の薄い一人の生徒でしかなかった。
昼休み、教室に響く弁当の蓋が開く音や、誰かの笑い声。そのどれもが自分を避けて通り過ぎていく。
教室にいても、特に話すことはなかった。
授業が始まればノートを取り、終われば次の授業を待つ。
机の木目は、驚くほど細かく、冷たかった。
家に帰っても、特別に疲れているわけではないのに、
机に向かう理由が見つからなかった。
勉強すれば何かが変わる気もしなかったし、
変わらない気もしていた。
そうして迎えた、最初の中間テストだった。
自分はほとんど勉強をしなかった。その結果、クラスで下から五番目だった。
薄っぺらな解答用紙を受け取った時、
特に驚きはなかった。
努力していないのだから、点数が取れるわけがない。
そう考えることで、結果のすべてに説明がついた気がした。
家に帰ると、母に呼び止められた。
「少し話があるから、リビングに来なさい」
リビングには、換気扇の回る音だけが虚しく響いていた。
母はテーブルに向かって座り、僕の成績表を伏せていた。
成績が伝わっている。そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。
わかってはいた。いずれ来る話だ。ただ、思っていたより早かった。
リビングに入ると、母はテーブルに向かって座っていた。
「最近、勉強してる?」
少し間が空いた。
「……全く」
「どうして?」
言葉は出てこない。
「昔は好きだったでしょう?」
「将来のためには勉強しないとでしょう?」
質問が重なるたび、答えが減っていく。
どれにも反論はできた。
でも、反論する理由が見つからなかった。
「なんで勉強しなきゃいけないのか分からない」
「将来のことも、正直よく分からない」
母は少し困った顔をして、小さなため息をついた。
その音は、僕の心臓を軽く叩くような冷たさがあった。
「そんなこと言ってないで、次からはちゃんとやりなさい」
「期待してるんだから」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥に溜まっていたものが、静かに沈んだ。
母は立ち上がり、僕の顔を見ることもなく洗い物を再開した。
皿がぶつかる高い音が、会話の終わりを告げていた。
どうやら、話はそれで終わりらしかった。
自分は重い体を起こして、自室に戻った。




