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きみの隣で、今日も考えてる  作者: マリセリソウ


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第9話 防衛戦に向けた軍議

 昼休み。

 川村の突然の告白騒動。柴田直美の冷静かつ挑発的な煽り。さらに乗っかってくるクラスメイトたちの異様な盛り上がり。

 ……にも関わらず、俺は。教室の一番後ろの席で、文庫本を開いていた。

 正確には、文庫本を開いたフリをしていた。正直、集中できるわけがない。昼休みの教室が、戦場に変わっていたからだ。


「このクラスには、広瀬夏樹という森岡高校始まって以来の美少女が在籍しています」

「そんなことない!やめてってば!」


 夏樹が立ち上がって、柴田さんの腕を引っ張る。でも柴田さんは一切動じない。壇上で微動だにせず、キリッとした目で前方を見据えていた。


「みんな、朝のことは聞いてるわね?」


 ピシッ、とチョークを持つ音がした気がして顔を上げると、教壇には柴田さんが立っていた。背筋をピンと伸ばし、まるで弁護士か記者会見中の大臣のような厳かな口調で、教室全体に語りかけていた。

 クラスがざわつく。

 えっ何始まるの?という表情を浮かべる生徒、すでに頷きながら聞いているやる気満々な男子数名。黙ってはいるが、柴田さんの言葉を待っている“本気勢”までいる。


「ちょっと、直美? 何を始めるの?」


 夏樹が前列の席から身を乗り出す。その隣では山本さんが、「わぁ……」と感心したような、でもやっぱり困っているような、絶妙に読めない顔をしていた。

 ちなみに俺は、弁当の蓋を開けたところ。唐揚げマヨのいい匂いに満足。店長が下ごしらえしたものを朝、弁当に詰めてきたんだ。ちなみに、夏樹も同じものを持たせている。


 柴田さんの言葉は続く。


「知らない人のために言うわ。朝、川村君が教室に来て夏樹に告白をした!そして、球技大会のMVPになったら夏樹を自分のものにするって言っていたわ!」


 その一言で、教室のボルテージが一段階跳ね上がった。登校が遅くて事態を把握してなかった生徒たちが「え!?」「マジで!?」「それってあの川村!?」と騒ぎ出す。


「みんな、このままでいいの? 川村君がMVPになったら、夏樹は川村君の彼女になっちゃう!」

「それ、本人の同意なく決まってるのおかしいからね!? 民主主義、民主主義!」


 夏樹のツッコミは正論そのものだが、誰にも届いていない。柴田さんの言葉に完全に飲み込まれている。

 と、そのときだった。静まり返った教室に、低く、重々しい声が響いた。


「……一つだけ、解決策がある」


 高原翼。サッカー部のエースで副キャプテン。普段はおちゃらけた奴なのに、なぜか今は妙にシリアスな顔。


「もっとあるよぅ!なんで私の声は聞こえないのーっ!」


 夏樹が机に突っ伏す。


「川村にMVPを渡さなければいい。俺たちでMVPを取ればいいんだ」


 えっ、なるほど、そうくる? 夏樹が嫌なら断りゃいい話なのに?


「相手はプロからスカウト来てるサッカー選手よ? 本当にそんなことできるの?」

「……可能性は低い。でも、まだ時間はある。練習すればどうにかなるかもしれない!」


 柴田さんが問い返し、高原が力強く頷く。

 どこかで雷鳴が鳴ったような気がした。演出か?いや、気のせいか。


「そうだよ!高原!お前だって世代別代表候補じゃないか!」

「俺も候補に名前あるんだからな! 一緒にやってやろうぜ!」


 広田賢二が続き、三浦龍志まで立ち上がる。

 男子たちの士気が、一気に天井知らずに上がっていく。

 そして、その渦中に、背後から小さな声が響いた。


「ぼ……僕も……力になれるかな?」


 190センチの小動物。山田篤弘だった。野球部のファーストで、真面目で誠実で、巨人なのに虫すら殺せなさそうな優しさの塊。


「山田……。もちろんだ」


 高原が真剣な顔で頷いた瞬間、クラス中の男子が声をあげる。「俺も出るぞ!」「川村を止めろーっ!」「夏樹ちゃんはクラスの守護神だー!」……おいおい、守護神ってなんだよ。

 それに呼応するように、女子たちも立ち上がった。


「私たちは競技が違うけど、女子のMVPを取って勢いつけるよ!」

「応援行く!絶対声枯らすから!」

「夏樹ちゃんを他クラスに渡さないで!!」


 まるで体育祭前の決起集会だ。クラスのテンションはもはや臨戦態勢。顔が本気だ。このまま戦隊モノの主題歌が流れ出しても、誰も違和感を抱かないだろう。

 柴田さんが、胸に手を当てて、ゆっくりと頷いた。


「……みんな。そこまでの覚悟があったなんて……わかったわ。夏樹をよそのクラスなんかに渡さない! クラスの宝は、私たちで守るのよ!」

「「「うおおぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」


 地響きみたいな声が教室中に響き渡る。


 その横で俺は、ようやく弁当を食べ終えた。



 さて、本でも読むか。



 サッカーの試合が始まったわけでもないのに、教室の熱量がやたらと高い。まるで全国大会に出るかのような真剣さで、男子たちが前の黒板に集まってワイワイやっていた。高原が腕組みをして、黒板の前に立つと、ひときわ声を張り上げた。


「メンバーどうする? 今回は絶対に勝たなければならないので、サッカー部員は全員参加してもらおうと思うんだが、それでいいか?」


 なにこの真剣な雰囲気。球技大会ってこんな重たいイベントだったっけ?

 ……いや、俺の記憶では、去年はただの行事だった。体育委員がテキトーに名簿作って、運動部が試合して、あとはのんびり観戦するような。俺にとっては、応援席で堂々と読書できる年に一度の楽園だったんだが――今年は様子が違う。


「と言っても、うちのクラスはサッカー部、俺と翼と龍志だけだろ?」

「確かに。広田と高原はボランチじゃん? フォワード経験あるの?」


  広田が首を傾げる。三浦が補足する。


「俺は小学生のときやってた。中学からボランチだけどな」


 高原がまるで監督かのような口調で応じる。


「俺はディフェンス出身。高校入って当たり負けすること増えて、コーチに言われてボランチに回った」


 広田は淡々と経歴を語った。ちょっとしたプロチームのスカウティング会議みたいだ。…この会話、聞いてるだけで胃がもたれそうだ。

 高原が続ける。


「川村は天性のストライカーだ。俺たちが全員で守れば、なんとかなるかもしれないが……」

「そうなると攻撃が難しいよな」

「川村のクラスって、サッカー部員だけでチーム作れるんじゃないか?」


 三浦が眉をひそめ、広田が冷静に現実を突きつけてきた。


「それもあって、あれだけ自信満々でMVP宣言してたんじゃねぇか?」

「見えないハードルまで下げにいってたのね」


 柴田さんが腕を組んでふんっと鼻を鳴らした。「辛辣だな……」と三浦が苦笑する。


「学校一の美少女を射止めようとしてるのよ? そんな低いハードルだと夏樹の価値が下がるわ」

「下がらないから! そんなに高くないから!」


 夏樹が机を叩きながら否定してる。なんだか必死だけど、誰も聞いてない。いや、夏樹は確かに見た目は美人枠かもしれんが、俺の部屋で平然とテレビ見て煎餅食ってるのを思い出すと、俺もそんなに高くないことには同意できるな。


「サッカー部以外の人で、協力してくれる人はいますか?」


 山本さんが明るく声をあげた瞬間、教室中から――


「「「はい!!!!」」」


 と、男子たちのやる気全開の返事が飛び交う。目を輝かせているのは、陸上部の坂下と伊谷、それにバスケ部の池上。あと誰だ?バレー部の……名前なんだったっけ。忘れた。

 交代ありとはいえ、8人制。いつも12〜13人くらいが選ばれるんだったな。

 その時、高原が不穏なことを言い出した。


「あ、そうだ! 山神って確かサッカー経験者だろ?」

「……え? な、なんで?」


 おいおい、待て待て。それは今、言うべき情報じゃない。俺は球技大会に出なくてもいい環境に感謝しながら、この高校生活を満喫してたんだぞ?


「体育の授業の時、リフティング上手かったじゃん」

「そ、そんなことねぇよ! 10回もできなかったし」

「いや、あれ、お前途中でやめただけだろ?」


 くっ……しまった……。体育の授業で気を抜いて、つい昔を思い出してリフティングしてしまった過去の自分を殴りたい。


「思い出した!その後、龍志と話したよな?」

「うんうん。俺、山神とペアでリフティング数えてたし。ボールタッチが綺麗で上手かったぞ」


 三浦、お前は忘れてくれてていいんだよ。ヘディングの回数が少ないんじゃない?ロベカルのシュートをヘディングしてみない?


「……リフティングだけは、得意だったんだよ」

「ボールを止めて蹴れるってだけでも助かる。あんだけリフティングできるなら大丈夫だろ?」

「え? あ、いや、でも俺……」

「決まり! 山神も参加な!」

「待て待て待て!俺、今日バイトあるから!」


 用事があると訴えても、盛り上がった男子たちのテンションは下がらない。あちこちから「おぅ!」「やったるぞ!」の声が響く。


「山神君、お父さんには伝えておきますので、みんなと一緒にサッカーしてくださいね」


山本さんがにっこりと笑ってるけど、なぜ君が交渉窓口なの?


「いや、そういうわけにはいかないって!」

「今日は火曜日なので、そんなに忙しくないと思いますし」


 ああ、事情に詳しすぎる。やばい、このままじゃ本当に練習参加させられる流れだ――強めに言うしかないな…。


「三浦! 俺、バイトだ! 残れない!」

「え? あ、そうか。急だったしな。他に予定あるやつは無理すんなよ!」


 ナイス、三浦! よくぞ止めてくれた!もっと前から俺は同じ事を訴えていたぞ!

 夏樹が同類を見る目で俺を見る。人が話を聞いてくれないって、こんな気持ちだったのね。


「強制じゃないからな!」


  高原も広田もフォローを入れて、クラス全体も少しクールダウン。

 ――そこへ柴田さんが手を挙げた。


「萌、食堂って明日休みだったっけ?」

「はい! 水曜日は定休日ですのでお休みです!」

「じゃあ、明日にしない? 明日なら山神も来れるでしょ?」


 やめてくれぇぇぇぇえ!!!

 クラス中が柴田さんの提案に頷き、各自スマホを取り出してスケジュール確認してる。結局、多数決(というか雰囲気)で明日選抜メンバーを決める「公開練習試合」が開催されることになった。


「これは、広瀬夏樹を守るための防衛線だ! 気合入れていくぞ!」


 高原の号令に、男子たちのテンションが再燃。


「ちがうよぉ! 球技大会だよぉぉぉ……」


 夏樹が遠くから崩れ落ちるように叫んでいた。

 俺はというと――明日の参加をどうやって逃れるか、それだけを考えていた。

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