第8話 告白一発、教室大炎上
朝の教室。いつもなら静かに始まるはずの一日だったが、今日はちょっとだけにぎやかだ。俺は夏樹、萌、直美という、どう考えても場違いな美少女トリオに囲まれながら、ひとり読書に集中しようと試みていた。
……が、やっぱり無理がある。教室のあちこちから視線を感じるし、妙にざわざわしている。まあ、そりゃそうか。広瀬夏樹と山本萌に芝田直美が並んで笑ってる横に、地味に本読んでる男子ひとり。
違和感しかない。
というか、目立ちたくないっていつも思ってる俺からすると、すでに事故だ。
そんな中、さらにとどめの一撃が来た。
「おはよう。夏樹さん、山本さん、芝田さん」
朗らかな声。そう、クラスの顔面偏差値トップ枠のひとり――川村幸弘がやってきた。
爽やかスマイルを顔面に貼りつけ、なぜか上から光が当たってるようなオーラで近づいてくる。後ろには、ちょっとだけ陰ってる西海博之。チビで愛想もないくせに、どこか上から目線の視線を投げてくるのが地味に気になる。いつも川村の真横にぴったりいるその感じ、もはや川村の影かってレベルだ。
「おはよう。川村君、西海君」
夏樹はいつもの調子で微笑みながら挨拶。
「おはよう! 川村君! 今日もかっこいいね!」
「おはよう」
萌は明るくパッと笑って、ちょっとキラキラしてる。直美は短く、でも丁寧に挨拶を返す。さすが落ち着いてる。
俺?
当然、挨拶はスルーされたので、静かに読書を続行。うん、平常運転だ。
「めずらしいメンバーで、何を話していたんだい?」
川村が笑顔を保ったまま問いかける。笑ってるけど、視線がめちゃくちゃ探ってくる感じなのは気のせいじゃない。西海が同意する。言い方も表情も、全体的にねちっこい。
夏樹が返答に困ったような顔をする。バイトの話だとすると萌のプライベートな部分の話もしなければならない。夏樹が躊躇った様子を見せていると、直美がさっと口を開いた。
「球技大会の話よ」
おぉ…。まったくそんな話はしてなかったのに、それっぽく聞こえる。
「球技大会?」
「そう。川村君はサッカー部だから、当然出るんでしょ?」
「もちろん。優勝は僕たちのチームで決まりだね」
さらっと言い切るあたり、やっぱり自信満々だ。それに様になるねぇ。主人公みたいだな。
「そう言えば、川村君って、プロからスカウトが来てるってほんと?」
「よく知ってるね。本当だよ。今、代理人を通して交渉中さ」
萌が目を輝かせて聞く。反応が完全にファンのそれだ。答える川村のドヤ顔がすごい。なんか光ってる。
「2チームからだったよな?」
「それが、3チームになってるらしいよ」
西海の質問に平然と答える川村。プロからのスカウトってすげぇな。しかも3チームとは。ユースでもないのによほど印象に残る結果を出しているらしい。
「ほえぇ〜。すご〜い……!」
萌のテンションも急上昇。川村は満足げに微笑み、ふいに夏樹へ向き直った。
「そうだ、夏樹さん。僕がこの球技大会でMVPになったら――僕の恋人になってくれない?」
ん?
次の瞬間、教室の空気が炸裂した。
「うおおおおおお!?」「出た!告白ターーーイム!!」「朝から爆弾落ちた!!」「川村まじかよ!公開でやるか!?」告白、というにはあまりにも唐突な川村の言葉に、教室中がざわついていた。その中心で固まっているのは、もちろん夏樹。
「え?……えぇ?私っ??」
俺はというと、本を開いたまま動けずにいた。巻き込まれたくない、という意思とは裏腹に、空気がこっちに流れてくる。まるで誰かにスポットライトを当てられたみたいだ。
視界の端に、夏樹が動いた気配がした。俺は顔を上げた。
目が合う。すごく、真剣な目だった。
――こっち見んなよ。
じっと、何かを訴えてくる。無言で、でもめちゃくちゃはっきりとした“助けて”の圧がこっちに向けられている。
俺はほんのわずかに眉を下げた。目だけで返す。“なんで俺?”って言いたい。
夏樹の目が細くなった。言葉にはならないけど、「他に誰がいるのよ」って声が聞こえた気がする。
こっちにパス出されても困る。俺はサイドにでもいるモブであって、攻めに参加するつもりなんて毛頭ない。目線をすっと下に落とし、読んでいた文庫本に視線を戻す。そういう役割じゃないんだ、俺は。
……なのに、また視線を感じた。諦めて顔を上げると、夏樹の顔がこっちに向いたまま固定されていた。無言の、でもとてもわかりやすい圧力付きで。
俺は肩をすくめて小さく首を傾げた。ほんの少し、口の端が引きつったかもしれない。「自分で何とかしろよ」っていう、声にならない意志表示だ。
夏樹は一度だけ目を見開いた。そのまま、口が「は?」って形になって、それを飲み込んでいた。どうやら、俺にムカついているらしい。なんでだ。理不尽すぎる。
俺はわざとらしく本の背を立ててみせた。これは読書中の人間ですよという、無言の自己アピール。夏樹はじとーっと俺を見たあと、息を大きく吸い込んでから、前を向いた。
肩がちょっと震えてる。怒ってるのか、緊張してるのか、よくわからない。
ただひとつ言えるのは――。
これ、たぶんあとで怒られる。
「美男美女カップルが誕生するんですね!すごい!すごい!」
萌が、まっすぐな瞳で歓喜していた。テンション爆上がり。軽く拍手までしてる。マジで純粋に感動してるっぽい。
「ちょっと!萌!そんなんじゃ……っ」
夏樹はその横で、耳まで真っ赤にしながらあわあわしてる。声のトーンは焦りと困惑のミックス。それでも川村は、涼しい顔のまま苦笑を浮かべた。
「ごめんごめん。みんなの前で返事するのも、恥ずかしいよね?」
爽やかさ100%、自信120%。この人ほんとに心臓強い。
「山神君は、幼馴染としてどう思います?」
萌が急にこっちを見た。え? ちょっと待て。なぜそこで俺に振る?しかも、きらきらした目で聞いてくるな。期待を込めないでくれ。
……せっかく、夏樹からの無言の圧力から身を引いたのに。こっちに話を振らないでください山本さん。お願いだから。俺は、ただの一般市民なんですよ。
「特になんt──」
ぎんっ!!
隣から飛んできたのは、氷のように冷たい視線。夏樹が、口は動かさずに、顔面で全力の「なにか言え」を送ってきた。
こえぇよ!!それ、ホラー映画の中盤のヒロインの目だから!!
「い、いや……」
思わず声が裏返る。俺はただ静かに読書して、平穏無事に高校生活を送りたかっただけなんだ。斜め向かいにいた直美は、ひとり冷静に腕を組んで事態を観察している。なんなら、内心「どこまでこの騒動が続くか測定中」みたいな顔してる。感情の温度が完全に常温。クールすぎる。
教室のざわめきはまだ収まらない。川村が微笑んだまま、夏樹を見ている。萌はテンション高く、誰よりも眩しく。夏樹は顔を赤くしながら、しかし俺に対する圧は全開。そして俺は、ただただ、無実の読書家であることを主張したい。
このままだと、俺が何か言わされる流れだ。そう確信した瞬間、背中に突き刺さる夏樹の無言の圧力が一段階強くなった。視線だけで人を殴れるタイプのやつだ。間違いない。
「……えっとだな」
口を開いた瞬間だった。
「夏樹の価値も、ずいぶん安く見積もられたものね」
静かな声だったが、教室のざわめきを一刀両断するには十分だった。芝田直美だ。腕を組み、冷ややかな視線を川村に向けている。
「どういうことだい?」
川村は余裕の笑みを崩さない。だが、その目の奥がわずかに細くなったのを、俺は見逃さなかった。
「夏樹は学校一の美少女よ?プロからスカウトが来てるサッカー選手が、球技大会のMVPを条件にして“達成できたら付き合ってくれ”ですって?」
その言葉に、夏樹が「何言い出すの?」という顔で直美を見た。完全に想定外らしい。
「それがなんだよ!」
横から西海が噛みつくように叫ぶ。
「ハードル低すぎない?って思っただけよ」
教室の空気が、じわっと変わった。川村の笑顔が、ほんの少しだけ固まる。
「……そうかもしれないね」
その一言が、火種だった。
「ほほぅ……」
教室の後ろの方から、やけに通る声がした。立ち上がったのは高原だ。うちのクラスの体育会系エースその一人。
「うちのクラスには、俺と広田と三浦がいるの、忘れてねぇよな?」
「高原……」
「俺と三浦もお前と同じようにU-18日本代表候補だ。広田だって、いつ代表に選ばれてもおかしくない。そのメンバーがいる俺たちのクラス相手に、ハードルが低いだと? 川村。その喧嘩、買ったぞ」
高原は笑っていた。だがその笑顔は、完全に戦闘モードだ。
「全力で、お前のチーム潰しに行くからな」
「やってみろよ」
……なんだこれ。完全に少年漫画の大会前イベントじゃないか。教室中がざわつき、火花が見える錯覚すらする。俺はその様子を眺めながら、ふと一つ思いついた。
どうせなら、もう一押ししておくか。
ポケットからメモを取り出し、そっと萌に差し出す。
「……これ、読んで」
「へ? え? 読めって?」
小声で聞き返してくる萌に、無言でうなずく。
「え、えっと……み、みんな! 聞いてください!」
その一声で、教室の視線が一斉に萌へ集まった。火花を散らしていたサッカー部連中も、渦中の夏樹も、全員が注目する。
「このクラスから、球技大会のMVPに選ばれた選手には――」
萌は一度息を吸い、
「森岡高校三大美少女から! ケーキを“あ〜ん”してもらえる券を贈呈します!!」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「うぉぉおおおおおおおおおお!!」
地響きのような雄叫びが教室を揺らした。主に男子。なぜか一部の女子まで混じっている。机がガタガタ鳴り、誰かが「絶対勝つ!」と叫んでいた。教室のやる気ゲージが、目に見えて振り切れた。
「……え、えっと」
萌が少し困ったように続ける。
「森岡高校三大美少女って……誰です?」
俺は肩をすくめた。正直、俺もよく知らん。
「山神君からもらったメモに書いてありましたよ?」
……書いたのは俺だけどな。
「あ、あの……高原君」
突然名前を呼ばれ、高原がびくっとする。
「この“三大美少女”って、誰ですか?」
一瞬、教室の熱気に呆然としていた高原は、我に返ると、さも当然のように言った。
「え? それは――」
指を折りながら、
「広瀬さんと、山本さんと、柴田さんに決まってるじゃん」
その瞬間。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
夏樹、萌、直美の声が、見事に重なった。
教室は、さらに一段階、騒がしくなった。川村の顔は、完全に面白くなさそうだったが――まあ、もう遅い。
このクラス、完全に本気だ。
「ちょっと待って! 萌と直美はともかく、私はその三大美少女には入ってない!」
夏樹が突然叫ぶ。いや、叫びというより、悲鳴に近い。その横で、萌が手をブンブン振って抗議してきた。
「それはこっちのセリフです! 夏樹ちゃんと直美ちゃんは背も高くて、スタイルもよくって、ちゃんと美少女です! 私こそ入ってないです!」
「何言ってるのよ!私だってそんな大層なものじゃないわよ? ていうか、夏樹は学校一の美人だって噂になってるんだからね? 萌は小動物系美少女って、めちゃくちゃ人気なんだから」
三人でお互いを否定し合いながら、同時に褒め合ってるという、よくわからない美少女論争が勃発している。
そこに、高原が腕を組んで割って入った。
「いや、それは君たちが決めるものではないから。我々の創意による選出だぞ」
「そうだそうだ! 異論は認めん!」
クラスメイト男子、そして一部の女子までが、満場一致で頷いていた。
「えぇ〜……そんなぁ〜……」
夏樹、萌、直美の三人が、同時にうなだれる。
「というわけで、このクラスからMVPが出た暁には、三人ともよろしくな!」
「それって私たちにもしてもらえる権利があるってことよね? “あ〜ん”」
高原が意気揚々と宣言すると、今度は女子の一人が手を上げて聞いてきた。質問の内容の方向性に少し戸惑ったが、こっちはこっちで真剣だった。
「そりゃそうだろ。男女差別はよくないと思うぞ」
と、俺が口を挟んだ瞬間。
「やったぁー!! めっちゃ頑張る!!」
女子のテンションが男子並に上がった。
一体どんな一体感なんだこのクラス。MVP争奪戦というより、もはやイベント合戦だ。
「何で創ちゃんが返事するのよ!」
「そうですよ! 山神君!」
「俺は個人の意見を述べただけだよ。否定したいならすればいいんじゃない?」
夏樹と萌が同時に詰め寄ってくる。教室の全員が目を輝かせて盛り上がってる中で、もし否定できるならの話だけどな。
「……何てことをしてくれたのかしら」
直美がぽつりと呟いて顔を覆った。
「そもそも、川村を煽り始めたのは柴田さんじゃん?」
俺が振ると、夏樹が即座に乗ってくる。
「そうだ! 直美ぃ〜!」
「だって! 川村君があまりにも夏樹に失礼なことを言うもんだから、つい……!」
「そうだったの! 直美ぃ〜!!」
笑顔で抱きつく夏樹。
「わっ! ちょっ、夏樹!」
「ずるいです! 萌も混ぜてです〜!」
萌も飛び込んで、三人でわちゃわちゃと抱き合い始めた。クラス中から笑い声と、「いいぞ!」「三大美少女の団結!」みたいな声援まで飛んでくる。教室の空気が一気に和んだ。
高原が再び前に出て、声を張る。
「そういうわけだ! 川村! こっちには大層なご褒美ができたんで、簡単にMVPは譲れないぞー!な?みんな!」
「おうっ!!」
男子たちの声が教室に響き渡る。一部女子まで拳を上げてるのは見なかったことにしておこう。
……なんか、想像以上に燃え上がってしまったな。
川村の告白がなんだかうやむやになってしまった。ちょっと申し訳ない気もするけど、必要ならまた告白してもらったらいいか。後は当人で何とかしてくれぃ。




