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きみの隣で、今日も僕は考えてる。本ばかり読んでいた俺の日常は、少しずつ騒がしくなる  作者: マリセリソウ


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第30話 球技大会 決勝(後半)

 後半開始の笛が鳴った瞬間、グラウンドの空気がほんの少しだけ重たくなったように感じた。前半はお互いに様子を見ながらの均衡だったけれど、今は違う。どちらも「ここで決める」という意志が、遠くからでもはっきり伝わってくる。


 創ちゃんたちの動きは、見ている限り前半と変わらない。ボールを奪った瞬間に一気に前へ運んで、創ちゃんが中盤で受けて時間を作る。その間に伊谷君と加藤君が全力で前線に上がって、三浦君と合わせて三つの選択肢を作る。そこから誰かにボールを出して、必ずシュートで終わる。


「さっきと同じ形だね」


 思わず呟くと、横で試合を見ていたクラスメイトの男子が「そうそう」と頷いた。


「うちの作戦、かなりシンプルなんだよ。カウンターで時間作って、人数揃ったら一気に行って、必ずシュートで終わる」

「どうしてシュートまで?」


 萌が首を傾げると、その男子はちょっと得意げな顔で説明を続ける。


「中途半端に取られるとすぐカウンター食らうだろ?だから“攻撃の終わり”をちゃんと作るんだよ。外れてもいいから、とにかくシュートで終わることが大切。ターンオーバーを減らすことを目的にしているはずなんだ」


 直美が納得したように頷く。


「たしかに。ボールを取られるよりもシュートを外してる方が多いわね」


 なるほど、と私も思う。さっきから見ていて、ただがむしゃらに攻めているわけじゃないのはわかっていたけど、ちゃんと意味があったんだ。

 視線をピッチに戻すと、ちょうどボールが奪われたところだった。高原君が相手のパスをカットして、そのまま前に出す。創ちゃんがそれを受けようと一歩前に出る。


 ――あ、来る。


 そう思った瞬間、違和感に気付いた。


「……あれ?」


 前半より、明らかに距離が近い。

 創ちゃんにボールが入る前から、すでに二人、三人と寄っている。


「マーク、きつくなってない?」


 思わず口にすると、さっきの男子が「ああ」とすぐに反応した。


「読まれてるな」

「え?」

「山神が起点ってバレバレだったからね。だから潰しに来てる」


 言われてみれば、その通りだった。前半はボールを受けてから寄せられていたのに、今は受ける前から囲むように動いている。

 実際、創ちゃんがボールを受けた瞬間、横と後ろから同時に体を当てられていた。


「うわ、痛そうです……」


 萌が小さく声を漏らす。


「でも、あれでもキープしてるのすごくない?」


 確かに、あの状況でボールを失わないのは普通じゃない。

 創ちゃんは体を入れてボールを隠しながら、必死に踏ん張っている。その間に伊谷君と加藤君が前に走っていくのが見える。


「時間、作ってる……」


 自然とそう呟いていた。

 前半と同じ形をやろうとしている。でも、相手もそれを止めに来ている。

 ぶつかり合いが、さっきよりもはっきりしている。


「これ、きついですね……」

「でも、それでもやるしかないんでしょ?」

「え?」

「戦術変えないってことは、これが一番勝てる形って判断してるってことよ」


 直美のその言葉に、少しだけ胸がざわつく。

 創ちゃんは、さっきより明らかに厳しい状況にいる。それでも、同じ役割を続けている。

 前を向かせてもらえない中で、無理やり体をねじって、ボールを守って、時間を作って。


 ――あれ、めちゃくちゃ大変なんじゃないの?


 今さらだけど、そんなことに気付いてしまう。

 それでも、創ちゃんは顔を上げる。どんなに囲まれても、必ず周りを見ている。その姿に、少しだけ胸が締め付けられる。


「……創ちゃん」


 思わず名前を呼びそうになって、ぐっと飲み込む。グラウンドの中と外では、距離がある。でも、その距離が、今は少しだけもどかしく感じた。


 後半が始まってしばらくして、さっきまで解説をしてくれていたクラスメイトの男子が「あれ?」と小さく声を漏らした。その声はほんの些細なものだったのに、なぜか妙に気になって、私は思わずそちらを見る。


「どうしたの?」


 萌が先に反応して尋ねると、その男子は少しだけ眉を寄せながらグラウンドを指さした。


「いや……もう一個、変だなって」

「変?」


 直美がすぐに食いつく。


「どこが?」

「高原と広田」


 その言葉に、私も自然と二人の動きを目で追う。

 ちょうどボールは後ろで回されていて、高原君が持っていた。視線の先には創ちゃんがいる。前半なら、あの距離なら迷わずパスが出ていたはず。

 でも――なかなかパスをしない。なんだか迷っているように見える。


「あ……」


 思わず声が漏れる。

 そして結局、横に流した。


「遅いでしょ、今の」

「確かに……前半なら、もうパスしてましたよね?」


 男子は腕を組んで、少しだけ考えるように言った。


「たぶん、気付いてるんだよ」

「何に?」

「山神への当たりがきつくなってること」


 その言葉に、さっきのプレーが頭に浮かぶ。囲まれて、押されて、足も出されて、それでも何とかボールを守っていた姿。


「だから……出しづらくなってる?」

「そう」


 男子は小さく頷く。


「普通ならファール取られてもおかしくない当たりが増えてるし、審判もあの感じだろ?」


 ちらっと審判の方を見る。確かに、さっきからほとんど笛を吹いていない。


「だから、取られるリスクより“削られるリスク”を警戒してるんだと思う」

「削られる……」


 その言葉が、やけに重く感じた。


「無理に山神に出して潰されるくらいなら、伊谷とか加藤に振るか、ロングで三浦に賭けるかって判断してる」


 言われてみれば、その通りだった。さっきから創ちゃんを経由しない攻撃が増えている。


「でも、それだと攻撃の精度は落ちるわね。でも、怪我するよりはマシって判断ね」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。


 ――怪我。


 その単語が、やけに現実味を帯びて感じられる。

 そのときだった。

 ちょうどボールが奪われて、再び創ちゃんの方へパスが出る。


「来た……」


 誰かが小さく呟く。

 創ちゃんが一歩前に出て受けようとした、その瞬間。

 横から一人、後ろからもう一人。


 肩に手をかけるような形で――


「っ!?」


 そのまま、思い切り倒された。

 ドサッ、と鈍い音が響く。


 一瞬、時間が止まったみたいに感じた。


「創ちゃん!!」


 思わず声が出る。


「すごい転け方しました!!」


 萌もほとんど同時に叫ぶ。


 でも――


 笛は、鳴らない。


「え!?」

「今のファールでしょ!?何してんのよ!!汚いプレーしないで正々堂々やりなさいよ!!」


 その声はかなり響いて、周りの何人かもざわついている。

 でも試合は止まらない。ボールはそのまま動いている。


「ちょっと……!」


 思わず一歩前に出そうになる。でも、足が止まる。グラウンドの中には入れない。

 何もできない。

 その間に――創ちゃんが、ゆっくりと体を起こした。


「……っ」


 口元に手をやって、軽く拭う。そのまま立ち上がる。ふらつきはない。でも、完全に無事とも言い切れない動き。


「大丈夫……?」


 小さく呟く。聞こえるはずもないのに。

 創ちゃんは何も言わず、そのまままた走り出した。何事もなかったみたいに。さっきと同じように、前を向いて。その姿を見て、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


 ――なんで、あんなに平気そうにできるの?


 痛くないわけがないのに。

 怖くないわけがないのに。

 それでも、止まらない。

 止まらずに、また走っていく。


「……創ちゃん」


 今度は、声には出なかった。ただ、その背中を目で追うことしかできなかった。



 さっきのプレーの余韻がまだ胸に残っている中で、それでも試合は止まらずに進んでいくから、見ているこっちは気持ちの整理が追いつかないまま、ただ目の前の展開を追いかけることしかできなかった。倒されたばかりの創ちゃんはすぐに立ち上がって走り出していたけれど、その背中はさっきまでよりも少しだけ重たく見えて、見ているだけの私ですら息が詰まりそうになる。

 そのとき、後ろからボールを持った高原君が前を見て、一瞬だけ迷うように足を止めたのがわかった。前には創ちゃんがいる、でもさっきの当たりを見てしまっているからか、明らかに判断が遅れている。

 その迷いを振り払うように、グラウンドに響く声が飛んだ。


「初志貫徹!俺は大丈夫!遠慮すんな!」


 創ちゃんだった。

 思わず息を飲む。

 さっきあんな倒され方をしたのに、まるで何事もなかったみたいに、いつも通りの声で、いや、いつもより少し強いくらいの声で叫んでいる。

 それでも高原君は一瞬だけ躊躇したまま動けない。

 すると、もう一度。


「大丈夫だから俺に出せ!」


 さっきよりも、さらに強い声。

 迷いを押し切るような声。

 その瞬間、高原君が歯を食いしばるみたいにして、ボールを前に出した。


「行け!」


 パスが通る。

 でも同時に、相手も一気に寄せてくる。


「また来ます……!」


 萌が小さく声を上げる。

 創ちゃんはボールを受けた瞬間、すぐに体を入れて相手を背負うようにして止まるけれど、左右と後ろから同時に押されて、見ているだけで苦しそうな体勢になる。


「無理しないで……」


 思わず呟いてしまう。

 でも創ちゃんは、無理をしてでもボールを離さない。踏ん張って、踏ん張って、ほんの一瞬だけ時間を作る。その隙に、伊谷君が前に走り込んでくる。次の瞬間、創ちゃんの足元から、スッとボールが抜けた。


「通った!」


 きれいに伊谷君の足元に入る。

 そのまま攻撃が続いていく中で、創ちゃんはその場で止まらず、すぐに体の向きを変えて走り出していた。

 そして、ちらっと後ろを振り返る。

 高原君の方を見て、指をさす。


 ――ほら、大丈夫だろう?


 そう言っているみたいな仕草だった。


「……何あれ。無茶苦茶じゃない」


 直美が呆れたように言う。


「でも……かっこいいです」


 萌が少しだけ笑う。

 私も、何も言えなかった。

 ただ、胸の奥が少しだけ熱くなる。

 高原君と広田君が一瞬だけ顔を見合わせて、苦笑するのが見えた。


 呆れているのか、それとも――


 たぶん、その両方。


 創ちゃんの体操服は、もう見るからにボロボロで、汚れて色が変わっているし、さっき倒されたときの跡もそのまま残っている。

 それでも、止まらない。

 それでも、前に出る。

 その姿に引っ張られるみたいに、周りの空気が変わっていくのがわかった。


「行けえええええ!!」

「守れえええ!!」

「負けんなあああああ!!」


 クラスメイトたちの声が、一気に大きくなる。さっきまでよりも、明らかに熱がこもっている。「誰かのために」っていう空気が、ちゃんと伝わってくる。

 その直後だった。

 相手チームがボールを回して、中央へ通す。


「来る!」


 解説していた男子が声を上げる。

 パスが通った先にいるのは――川村君。

 その瞬間、創ちゃんが反応する。

 少し遅れて、でも迷いなく距離を詰める。動きはさっきよりも明らかに重い。さっきの接触の影響がないはずがない。

 それでも。

 離れない。


「……山神」


 直美がぽつりと呟く。

 創ちゃんは川村君の前に立ちはだかって、体を入れて、前を向かせないように必死に食らいついている。

 ボロボロで、息も荒くて、それでも足を止めない。

 その姿を見て、また胸がぎゅっと締め付けられる。


 ――無理しないで、って思うのに。

 ――でも、止まらないでほしいとも思ってしまう。


 矛盾した気持ちのまま、私はただ、創ちゃんの背中を見つめ続けていた。


 試合の流れは相変わらず張り詰めたままで、どちらに転んでもおかしくない均衡が続いている中、隣で解説してくれている男子が興奮を抑えきれないように少し前のめりになりながら口を開いた。


「これさ、よく見てみ?」

「え?」

「川村、この試合ほとんど機能してない」


 言われて、はっとする。

 確かに、さっきから何度もボールは入っているのに、決定的に抜かれている場面が一度もない。


「ほんとですね……」


 萌も気付いたように小さく声を漏らす。


「創ちゃん、全部止めてる……」


 私も思わず呟く。

 男子はうんうんと頷きながら続ける。


「一対一で取り切れないときも、ちゃんと誘導してるんだよ。ほら、あの位置」


 指さされた先で、創ちゃんが少しだけ体の向きを変える。


「わざとそっちに行かせてる。で、池上とか高原、広田のところに持っていって、数的有利作ってる」

「二対一……」

「下手したら三対一」


 直美が腕を組みながら納得したように言う。


「完全に囲いに行ってるのね」

「そうそう、それでボール取るか、無理ならパス出させるんだけど……」


 男子が少しだけ口角を上げる。


「絶対に前向かせてない」


 その言葉通りだった。

 川村君はボールを受けても、すぐに創ちゃんが前に入るから、なかなか前を向けない。無理に仕掛けようとすると、横からもう一人来る。

 結局、後ろに下げるしかない。


「……すごい」


 自然とそんな言葉が出る。

 その瞬間だった。

 川村君のトラップが、ほんの少しだけ乱れた。


「今!」


 誰かが叫ぶよりも早く、創ちゃんが一歩踏み込む。

 体を入れる。

 ボールと相手の間に自分を差し込むようにして、そのまま奪い切る。


「取った!!」


 歓声が一斉に上がる。


「すごい!!」

「ナイス!!」


 周りから感嘆の声が溢れる中、創ちゃんはすぐに顔を上げた。

 攻撃に切り替えるために、前を確認する。


 ――その瞬間。


「危ない!!!」


 誰かの悲鳴みたいな声が響いた。

 視界の端から、勢いよく滑り込んでくる影。


 西海くん!?


 完全に、ボールを奪った“後”のタイミング。


「っ――!」


 間に合わない!創ちゃんの足元に、低く鋭く突っ込んでくる。

 そのまま――


 派手に、吹き飛ばされた。


「創ちゃん!!」


 思わず叫ぶ。

 体が大きく崩れて、地面に叩きつけられる。

 ボールはそのまま転がって、ラインを割る。一瞬、空気が止まる。

 でも次の瞬間、一気にざわめきが広がった。


「おい!!」

「今の危なすぎるだろ!!」


 グラウンドの中で、高原君が真っ先に西海に詰め寄る。

「怪我したらどうするんだ!」


 三浦君もすぐに続く。


「ふざけんなよ!タイミング見ろよ!」


 伊谷君も加わって、三人で一気に囲む形になる。

 西海は何か言い返しているみたいだけど、ここからじゃよく聞こえない。ただ、その態度が全然悪びれていないのは、なんとなく伝わってくる。


「何ですかあれ……?」

「ありえないでしょ」


 萌と直美がはっきりと怒りをにじませる。


「今の完全に後からじゃない!」

「危ないだろうが!!」

「怪我したらどうすんだよ!!」

「ちゃんと見ろよ!!」


 周りのクラスメイトたちも、一斉に声を上げ始める。怒号みたいな声が飛び交って、さっきまでの応援とは全く違う空気になる。

 それなのに。

 審判の先生は、少し離れたところでオロオロしているだけだった。


「え……ちょっと……」

「止めないの?」


 誰かが呆れたように言う。

 本来なら、試合が止まってもおかしくない場面なのに、判断が遅れているのか、それともどうしていいかわからないのか、笛は鳴らないまま時間だけが流れていく。


 その中心で、創ちゃんは――まだ、倒れたままだった。

 胸の奥が、一気に冷たくなる。


「……創ちゃん」


 グラウンドの空気は一気に荒れていた。さっきまでの熱気とは明らかに質が違う、ピリついた、張り詰めたような空気の中で、高原君と広田君が中心になって西海君へ詰め寄っているのが見える。「今のはやりすぎだろう!」「あれで怪我したらどうするつもりだ!」と怒気を隠さない声が飛び交い、その間に三浦君や伊谷君も加わって、今にも掴みかかりそうな勢いになっていたが、その間に割って入るように川村君と、向こうのチームメイトたちが必死に手を広げて止めに入っていて、なんとか衝突だけは避けられているようだった。


 その一方で、少し離れた場所では池上君がしゃがみ込んで創ちゃんに声をかけていた。「大丈夫か!?」という焦った声がかすかに聞こえてきて、私は思わず一歩前に出そうになるのを堪える。創ちゃんは腰のあたりに手を当てて、ほんの少しだけ顔をしかめていた。やっぱり、さっきのは相当強かったんだと思う。


「……大丈夫なの?」


 思わず呟く。

 創ちゃんはゆっくりと立ち上がると、その場で軽くジャンプをしてみせて、さらに足踏みをしてみたりして、動けることを確かめているようだった。完全に無事、とは言えないかもしれないけど、それでも「問題ない」と周りに見せるような動きだった。


「無茶するしないで……」


 小さくそう思うけれど、止めることなんてできない。

 そのまま創ちゃんは、まだ揉めている中心の方へと歩いていく。


「え……行くの?」


 萌が驚いたように声を漏らす。

 創ちゃんは高原君と広田君のところまで行くと、何か一言、二言だけ声をかけた。それだけで、さっきまであんなに怒っていた二人が、ふっと力を抜いたように表情を緩める。


「……え、何言ったの?」


 直美が目を細める。


「わかんないけど……」


 私はその光景を見ながら、少しだけ胸が熱くなる。

 あんな状態でも、まず周りを落ち着かせる方に回るんだ。

 その直後、サッカー部の顧問の先生が慌ててグラウンドに入ってきて、今度は西海君を含めたサッカー部員たちに対して、かなり強い口調で何かを言っているのが見えた。腕を組んで、明らかに怒っている様子だった。


「……いや、遅くない?」


 思わずぽつりと漏れる。


「さっきの段階で止めてよ……」


 直美も同じことを思っていたらしく、小さくため息をついた。

 そんなやり取りをしていると、不意に横から英語で声をかけられた。


「What happened? That looked dangerous.(何があったんだ?かなり危険に見えたけど)」


 振り向くと、スカウトの二人が心配そうな顔でこちらを見ている。


「あ……」


 少しだけ言葉を探してから、私は英語で答える。


「He got tackled after he won the ball. It was late… and very rough.(ボールを奪った後にタックルされました。タイミングが遅くて…かなり危険でした)」


 二人は顔を見合わせて、はっきりと眉をひそめる。


「That should be a foul…(あれはファールだろう…)」

「Or even a card.(むしろカードが出てもおかしくない)」


 小さくそう言い合うのを聞きながら、やっぱりそうなんだ、と少しだけ悔しくなる。

 そのタイミングで、ようやく審判が試合再開の合図を出した。

 ざわついていた空気が、再びピッチへと戻っていく。


「もう時間ないね……」


 萌が不安そうに呟く。

 時計を見ると、残りはほんのわずか。あと一回、多くて二回、攻撃できるかどうか。

 視線を戻すと、創ちゃんはすでにポジションについていた。さっきの衝撃が残っているのか、ほんの少しだけ動きがぎこちない。それでも、走れている。


「……大丈夫、じゃないよね」


 小さく呟く。

 それでも、立っている。それでも、試合に戻っている。その姿を見て、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 ボールがセットされる。

 審判が手を上げる。

 創ちゃんたちのボールで、試合が再開された。



 再開のホイッスルが鳴ったとき、さっきまでとは明らかに空気が変わっていた。審判の位置に立っているのが、いつの間にかサッカー部の顧問の先生に変わっていることに気づいて、私は思わず小さく息を吐く。これで少なくとも、さっきみたいな危ないプレーは減るはずだと思ったし、実際にピッチの上の選手たちの距離感や当たり方もほんの少しだけ慎重になっているように見えた。それでも――創ちゃんにボールが入った瞬間、その前提は簡単に崩れる。


 「また来る…!」


 思わず声が漏れる。

 創ちゃんがボールを受けて体を入れた瞬間、相手の選手が一人、二人、いや三人と、ほとんど同時に寄せてくる。正面、横、そして背後から圧力がかかって、普通ならとっくにボールを失ってもおかしくない状況なのに、創ちゃんはそれをなんとか踏ん張って、体をぶつけられながらもボールを足元に残し続けていた。けれど、その表情はさっきまでより明らかに苦しそうで、腰のあたりをかばうような動きが混じっているのが遠目でもわかる。


「創ちゃん……」


 名前を呼びながら、無意識に拳を握る。

 それでも創ちゃんは、ほんの一瞬の隙を見つけて、加藤君の方へパスを出した。


「ナイス!」


 誰かが叫ぶ。

 だけど――


「え、あ……!」


 加藤君のトラップが少しだけ大きく弾いてしまう。

 その一瞬で、流れがひっくり返った。

 ボールが相手に渡る。


「まずい!!」


 解説していた男子が叫ぶのと同時に、相手チームが一気に前へと加速する。


「戻って!!」

「守って!!」


 私と萌が同時に叫び、直美も負けじと声を張る。


「絶対止めなさいよ!!」


 周りのクラスメイトたちも一斉に声を上げる。


「守りきれええええ!!」


 グラウンド全体が、悲鳴と応援が混ざったような声に包まれる中、ボールは一直線に中央へ運ばれていく。

 そして――


「来た……!」


 川村君にボールが渡る。創ちゃんも全力で戻ってきているけど間に合わない!

 その瞬間、空気が変わる。

 今までとは違う、明らかに“決めに来ている”流れ。


「前向いた……!」


 さっき解説してくれていた男子の声が震える。

 この試合で初めて、川村君が前を向いた。

 池上君がすぐに間合いを詰めて、少しでもスピードを落とそうとするけれど――


「うそ……」


 ほとんど減速しないまま、川村君がスッと体をずらして抜き去る。まるで最初からそこにいなかったみたいに、あっさりと。


「速っ……!」


 思わず息を呑む。

 次に立ちはだかったのは広田君だった。体をぶつけて、コースを消そうとするけれど、川村君はボールを足元から離さず、ほんのわずかなタッチでそれをかわしてしまう。


「止めて!!」


 誰かが叫ぶ。

 けれど、その声が届く前に、もう抜かれている。

 後ろで見ていたスカウトの二人が、思わず声を漏らした。


「Incredible…(信じられないな…)」

「So smooth…(なんて滑らかなプレーだ…)」


 その言葉がやけに遠く聞こえる。

 川村君はそのまま、ゴールへ向かって視線を上げる。


 ――その先に。


「……創ちゃん」


 立っていた。

 ボロボロの体操服のまま、息を荒くしながら、それでもまっすぐ前を見て、最後の壁としてそこに立っている。創ちゃんは一瞬で覚悟を決めたみたいに、両手を後ろに組んで、ハンドにならないようにしながら、そのまま体ごと前に出る。

 シュートコースに、全身を投げ出す準備。


 川村君は迷わなかった。


 振り抜く。

 鋭い音が響く。


 ボールが、一直線にゴールへ向かって飛んでいく。


「っ――!」


 思わず目を見開く。

 次の瞬間、耐えきれずに目を閉じてしまう。


「いやっ!!」


 萌の悲鳴が聞こえる。


「あぁ!!」


 直美の声が重なる。

 周りのクラスメイトたちも、同時に悲鳴を上げる。

 誰もが、その一瞬の結末を、息を止めて待っていた。


 目を閉じたまま、ほんの一瞬のはずなのにやけに長く感じる時間が過ぎて、恐る恐る目を開けたときには、ボールはすでにゴールへと向かっていた。川村君の放ったシュートは、一直線にゴールを射抜くかと思われたその軌道の途中で――創ちゃんの太ももに当たって、鈍い音とともに少しだけ勢いを失っていた。


「当たった……!」


 誰かの声が聞こえる。

 それでもボールは止まらず、そのままゴールへと向かって転がっていく。

 その正面に――山田君がいた。


「山田!!」


 クラスメイトたちの声が重なる。

 山田君はしっかりと正面に入って、そのボールを受け止めようとするけれど、わずかに勢いが残っていたせいか、ボールが胸元で一度弾かれる。


「えっ――」


 一瞬、空気が凍る。


「やばっ……!」


 悲鳴が上がる。

 でも次の瞬間、山田君は慌てることなく、しっかりと腕で抱え込んだ。


「――っ!!」


 止まった。


「「「よっしゃあああああああ!!!」」」


 一気に安堵の声が爆発する。

 私も、気づけば大きく息を吐いていた。


「はぁ……!」


 力が抜ける。

 その一方で、川村君は悔しそうに天を仰いでいた。今の一撃は、確実に決めに来ていたはずで、それを止められた悔しさがそのまま表情に出ている。

 そして、その隣で――西海君が、創ちゃんを睨んでいた。その視線が妙に鋭くて、少しだけ背筋が冷たくなる。


 ――そのとき。


「カウンター!!!!」


 創ちゃんの声が、グラウンドに響いた。

 その声はさっきまでよりも少し掠れていたけれど、それでもはっきりと、全員に届く強さを持っていた。


「行けえええ!!」


 誰かが叫ぶ。

 その一声で、空気が一気に切り替わる。

 伊谷君と加藤君が、ほとんど同時に前へと飛び出す。そのスピードは疲れているはずなのに全く衰えていなくて、むしろここにきてさらにギアを上げたみたいに見えた。


「ラストだ!!」


 解説していた男子が叫ぶ。


「これ最後だぞ!!」


 時間的にも、もう残っていない。

 山田君はすぐに判断して、抱えていたボールを高原君へと預ける。


「高原君!!」



 ボールを受けた高原君は、そのままドリブルで一気に前へと駆け上がる。


「速い……!」


 思わず呟く。

 さっきまで守っていたとは思えないスピードで、一直線に前線へと突っ込んでいく。

 慌てて川村君と西海君が戻り始める。


「戻れ!!」


 相手チームの声も飛ぶ。

 高原君はそのまま一人ディフェンスを引きつけると、タイミングを見てボールを逆サイドへと振った。


「広田!!」


 パスが通る。

 広田君はトラップと同時に顔を上げて、前を走っている加藤君を確認する。

 直線のパスが出る。

 加藤君がそれに飛び込むようにして追いつき、ワンタッチで中央へと流す。


「三浦!!」


 ボールが三浦君に渡る。

 でも――


「ダメだ、二枚ついてる!」


 解説の男子が叫ぶ。

 三浦君には常に二人のディフェンスが張り付いていて、ボールを受けたはいいけど、前を向くスペースが全くない。


「どうするの!?」


 萌が声を上げる。

 その瞬間。


「三浦!!」


 創ちゃんの声が飛ぶ。

 少し後ろから、でもはっきりと。

 パスを要求する声。

 その声に反応するように、相手の選手たちの意識が一斉に創ちゃんへと向く。


「そっち警戒しろ!!」

「囲め!!」


 川村君と西海君を含め、何人もの選手が創ちゃんの方へ距離を詰める。


 ――キープされても、すぐ奪い返すために。


 でも。

 創ちゃんは――止めなかった。


 パスを受けた瞬間、トラップすらせずに。

 そのまま、ワンタッチで前へと流す。


「え――!?」


 予想外のプレーに、相手の動きが一瞬だけ止まる。

 その隙を突いたのは――


 三浦君だった。


「行けええええ!!」


 誰かが叫ぶ。

 三浦君はそのボールに反応して、すでに動き出していた。ディフェンスの間をすり抜けるようにして抜け出し、そのままゴール前へ。


 キーパーが前に出てくる。


 でも三浦君は冷静に、それを一歩でかわした。


 ――無人のゴール。


「決めろおおおおおお!!!」


 振り抜く。

 ボールがネットに突き刺さる。



 その瞬間――



 ピィィィィィィィィィィッ!!



 試合終了の笛が鳴り響いた。



 一瞬の静寂。



 そして。


「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」


 爆発する歓声。

 三浦君はそのまま走り出して、一直線に応援席へと向かってくる。

「「「やったあああああああ!!!」」」

「「「優勝だああああああ!!!」」」

 男子たちと抱き合いながら、ぐちゃぐちゃになって喜んでいる。


 その一方で、ピッチの上では創ちゃんたちが、次々とその場に倒れ込んでいた。


 力が抜けたように。


 もう一歩も動けない、って顔で。


 それを見た瞬間、クラスメイトたちが一斉に動いた。


「「「行けえええええ!!」」」

「「「お疲れええええええ!!」」」


 まるで堰を切ったみたいに、みんながグラウンドへと雪崩れ込んでいく。歓声と笑い声と叫び声が混ざり合って、さっきまでの緊張が全部吹き飛ぶような空気の中で私はその中心にいる創ちゃんの姿を、ただじっと見つめていた。

書きたいシーンが多すぎて…

めっちゃ長くなってしまいました。

申し訳ありません(゜Д゜;)

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