第27話 球技大会 準決勝
準決勝が終わったあと、創ちゃんたちはほんの少しだけその場で息を整えると、すぐに次のコートへ向かって歩き出した。インターバルはたったの10分。さっきまであれだけ走り回っていた人たちに対して、その休憩時間はどう考えても優しくない。
というか、見た目がもう限界だ。
創ちゃんも含めて、全員どこかしらおかしい。足取りは重いし、背中は丸まっているし、顔色も若干青い。例えるなら――そう、ゾンビだ。しかもわりと出来のいいやつ。今にも「うぅ……」って言いながらボールを追いかけそうな雰囲気がある。
それでもちゃんとコートに向かっていくあたり、気合いだけで動いているんだと思う。
その中で、創ちゃんと高原くんだけは少し前を歩いていて、何やら話をしている。距離があって内容までは聞こえないけど、きっと次の試合に向けた作戦とか、ポジションの確認とか、そういう真面目な話なんだろう。
一方で、クラスメイトたちはというと、相変わらず元気だった。
「次も勝てええええ!!」
「ご褒美かかってるんだからなあああ!!」
「ここまで来たら優勝以外許さないからな!!」
応援というより、ほぼ圧だ。むしろ脅しに近い。
その声を浴びながら、試合に出るメンバーたちはちらっと振り返って、全員そろって苦笑いを浮かべていた。
試合開始の笛が鳴った瞬間、さっきまでゾンビみたいだった創ちゃんたちが、ちゃんと人間に戻って動き出したのがちょっと面白かった。面白がってる場合じゃないんだけど、回復の仕方が独特だなぁって思うと少しだけ笑ってしまった。
ポジションを見ていると、さっきと少し違う。
後藤くんが、最初は創ちゃんの左後ろにいたはずなのに、今はちょうど真後ろにいる。ぴったり背後。守護霊みたいな位置だ。
たぶん意味はあるんだと思う。絶対ある。高原くんとさっき話してたし。でも、私はサッカーに詳しくないから、「へぇ、後ろにいるなぁ」くらいの理解しかできない。解説がほしい。
その間にも試合はどんどん進んでいく。
そして、ふと周りの音に気付く。
もう一つのコートでも、同時に試合が始まっていた。
「うおおおおお!!」
「ナイス!!」
そっちは、いわゆる“ちゃんとした歓声”が上がっている。プレーに対して盛り上がっている感じ。スポーツ観戦ってこういうものだよね、っていう理想的な空気。
……一方で、こっち。
「危ない!!」
「守れええええ!!」
「あああああああ!!」
「ちょっとあんたたち!!負けたら承知しないわよ!!」
もはや応援なのかどうかすら怪しい。
指示なのか悲鳴なのか脅しなのか、全部混ざってる。
私は思わずぽつりと呟いた。
「これ……応援、だよね?」
「たぶん、応援です」
隣で萌が真顔で頷く。
「……やっぱり、サッカーはよくわからないわね」
しばらく試合を見ていた直美が、ふっと小さくため息をついた。
その言葉に、私は思わず頷く。いや、わかる部分もあるけど、細かい駆け引きとかポジションの意味とかは、正直ほとんど雰囲気で見ている。
すると、萌がぱっと顔を上げた。
「じゃあ、詳しい人に解説してもらいましょうか?」
「それはいいわね」
即答だった。
直美はすぐに周りを見回し始める。キョロキョロとターゲットを探すその様子が、ちょっとしたハンターみたいで面白い。
そして、ロックオン。
少し離れたところでスマホを見ていた男子生徒に、すっと近づいて声をかけた。
話しかけられた男子は、明らかにびくっとしていた。そりゃそうだと思う。いきなり直美に話しかけられて驚いていたみたい。
でも、2、3言葉を交わしたあと、なぜかその男子はこくこくと頷き、そのままもう一人を連れて戻ってきた。たぶんサッカー詳しい人を呼んでくれたんだと思う。
連れてこられた二人は、明らかに緊張している。背筋が伸びすぎているし、目も泳いでいる。
そんな二人に、直美はにっこりと笑って言った。
「私たちが楽しめるように、解説してくれる?」
直美。それじゃ無茶ぶりだよ。完全に無茶ぶりだよ。
私はすかさずフォローを入れる。
「無理しなくていいからね?普通にで大丈夫だから」
「気楽にで大丈夫です!」
萌も横でこくこく頷く。
二人は顔を真っ赤にしながら、でも小さく「は、はい……」と答えた。
……がんばれ、解説係。
連れてこられた解説係の男子たちは、最初こそガチガチに緊張していたけど、いざ試合が動き出して説明を求められると、だんだんスイッチが入ってきたらしい。好きな分野に入ると人は強い。
「あ、えっと……今の配置なんだけど、山神の後ろに後藤を置いてるの、“偽センターバック”みたいな形だと思う」
ひとりが指をさして、少し早口になる。
「にせ……?」
直美が首をかしげる。
私と萌も同じ顔になっていた。
男子は一瞬言葉を選ぶようにしてから、もう一人と目を合わせて頷き、説明を続ける。
「えっと、まず山神が前で相手の進路をちょっとずらすんだよ。で、わざと後藤のいる方に行かせる感じで……」
「誘導、ってこと?」
「そうです!誘導です!」
ちょっと嬉しそうに返事をされた。
「で、大前提、後藤はサッカー経験そんなにないから、たぶん一回は抜かれる」
「前提なんですか?抜かれちゃったら危ないですよ?」
「はい、その瞬間に山神と高原と広田で囲んで取りに行くんです。サッカー未経験の後藤を抜くにも少しは時間かかるから」
「……なるほどね」
直美が腕を組んで、少し納得したように頷く。
私はコートを見る。言われてみれば、そんな動きになっている気がする。
そして解説はさらに続く。
「これができるの、たぶん山神だからなんだよ」
「え?」
思わず聞き返すと、男子は真剣な顔で続けた。
「運動量、全然落ちてない。伊谷とか加藤のカバーにまず行って、そこから一番最初にボール持ってる相手に当たって、もし取り切れなかったらすぐ後藤のフォローに回って……」
言いながら、もう一人が補足する。
「で、ボール取ったらすぐ前行く。三浦へのパスコースになるか、自分で作るか」
「……それ、ずっとやってるの?」
「ずっとです」
即答だった。
私はもう一度、創ちゃんを見る。
……うん、走ってる。
めちゃくちゃ走ってる。さっきまでゾンビだったのに。
「人間って、あそこまで動けるんだね……」
思わず呟くと、萌が小さく頷いた。
「たぶん、山神君だからじゃないですか?」
解説もだんだん熱を帯びてきて、最初は緊張で固まっていた男子も、今では普通に早口で語るようになっていた。
「いやこれ、マジであの感じ……イングランドのクラブにいる日本人選手みたいな……」
その一言に、萌と直美が同時に反応する。
「え、それって――ちょっと前にニュースでやってたあのチームですか?」
「たぶんそうよね、快挙ってニュースをしてたくらいだから、有名なところなんでしょ?私でも知っているわ」
二人とも普通に知っているらしい。すごいな。私はなんとなく聞いたことある気がする、くらいの認識だ。
だから、つい口に出してしまった。
「あれ? そこって創ちゃんが中学生の時に所属してたチームだよ?」
一瞬、空気が止まった。
「「……は?」」
萌と直美が同時にこっちを見る。
解説していた男子も、ゆっくりと私の方を向いた。
「……そんなまさか」
信じてない顔だ。間違いないと思うんだけどな。
私は「えー?」と思いながらスマホを取り出して、写真フォルダをスクロールする。ちょっと懐かしいやつを見つけて、それをそのまま見せた。
「これ」
画面を覗き込んだ瞬間――
「「「「えっっっっっっっっっ!?」」」」
絶叫だった。
周りの何人かがびくっとするくらいの音量だった。
「いやいやいやいやいや!!これガチのやつじゃないですか!?」「え、え、待って、このエンブレム……え!?」「嘘でしょ!?」
さっきまで解説してた人とは思えないくらい取り乱している。もう一人もスマホに顔を近づけて、完全にパニックだ。
「そこ、世界トップクラスのクラブのユースですよ!?」
「そうなの?」
「そうなの!?じゃない!!」
すごい勢いでツッコまれた。
私は少しだけ画面を見つめる。
あの頃の創ちゃん。今よりちょっとだけ幼くて、それでも同じ顔で写ってる。自然と、少しだけ声が柔らかくなる。
「このときね、創ちゃん海外行っちゃって、しばらく会えなくてさ。寂しくて、けっこう落ち込んでたんだよね」
萌と直美が、静かにこっちを見る。
「そしたら創ちゃんのご両親が、何回か呼んでくれてさ。一緒に向こう行ったりしてたから、たぶん間違いないと思う」
そう言って笑うと、男子たちはまだスマホと私を交互に見ていた。
さっきまでの解説モードは完全に消えてしまった。
スマホの画面を見せてひとしきり騒ぎになったあと、直美が腕を組んだまま、じっとコートの方を見てからぽつりと言った。
「……なんでそんなチームにいて、今日本で根暗な読書家やってんのよ」
言い方。
ちょっとどころじゃなく失礼だと思う。
でも、その疑問は――さっき創ちゃんがスカウトの人に聞かれていたものと、まったく同じだった。
私は少しだけ考えてから、視線をコートに戻す。
ちょうどそのとき、相手が中央から仕掛けてきていた。
「来る! 中央締めろ!」
創ちゃんの声が飛ぶ。
相手の進路を少しだけずらして、後藤くんのいる方へ誘導する。さっき解説してもらった通りの形だ。後藤くんが体をぶつけて止めにいくけど、完全には止めきれない。
その瞬間――
創ちゃんが一気に詰める。
横から高原くん、後ろから広田くんも寄せて、三人でボールを囲む。
ボールを奪った!
そのまま間髪入れずに前へ。
「三浦!」
低く鋭いパスが通る。
……ほんと、凄い。ボールがそこで取れちゃうのが当然のように見える。私でもそう見えるんだから、解説の子が言っていた作戦の通りなんだろう。
私は小さく息を吐いてから、直美の方を見る。
「創ちゃん、ちゃんと自分で考えて決めてるから……たぶん、それでいいんだと思う」
少しだけ曖昧な言い方になったけど、それ以上は踏み込めなかった。直美は「ふーん」とだけ言って、またコートに視線を戻す。
萌はというと、きらきらした目で頷いていた。
「どうりでサッカー上手なわけですね……」
納得した顔だ。
一方で、解説係の男子はまだどこか現実に追いついていない様子で、コートと私を交互に見ている。
「……だからあんなに判断早いんだ……迷いがないっていうか……」
感心しているのか、衝撃を受けているのか、自分でもよくわかってなさそうな声だった。
その間にも、創ちゃんはまた走っている。
ボールを追って、味方に指示を出して、奪って、前に出て。
試合は最後の数分に入っていた。
お互いに足は止まりかけているのに、なぜかボールだけは止まらない。奪って、奪われて、また奪って。創ちゃんは相変わらず走っていて、もう何本目かわからないカバーに入っていた。
「下がれ! ライン上げるな!」
声も少し枯れてる。それでも指示は止まらない。相手の攻撃をなんとかしのいで、ボールがこぼれる。
その瞬間、創ちゃんが一歩早く反応して足を出す。
カット。
すぐに前を見る。
サッカーの時だけ見せるあの顔をする。
「三浦!」
縦に鋭く通す。
三浦くんがそれを受けて、ワンタッチで前に運ぶ。相手が寄せる。でも止まらない。
一人、かわす。
もう一人、無理やり体をねじ込んで前に出る。
そして――
振り抜いた。
シュート。
ボールがゴールネットを揺らした瞬間、
――ピィィィィィィッ!!
試合終了の笛が重なった。
一瞬の静寂のあと、爆発みたいに歓声が上がる。
「うおおおおおおおお!!」
「決まったあああああ!!」
でも、その歓声の中で、一番印象的だったのは――
ばたばたと倒れていく音だった。
創ちゃんがその場に崩れ落ちる。高原くんも、広田くんも、そのまま地面に倒れ込む。他のメンバーも次々とダウン。
……全滅だった。
「よくやったああああ!!」
「ご褒美リーチきたああああ!!」
クラスメイトたちが一斉にコートに流れ込む。もはや救護班なのか応援団なのかわからないテンションで、水やタオルを持って駆け寄っていく。
その中で、私はまっすぐ創ちゃんのところへ向かった。
創ちゃんは仰向けに倒れていて、肩で大きく息をしている。胸が上下するたびに、本当に限界だったんだなってわかる。
私はその横にしゃがみこんだ。
「お疲れ様」
声をかけると、創ちゃんが少しだけ顔を動かして、こっちを見た。
「おぅ……何とか勝ったぞ」
かすれた声だったけど、ちゃんといつもの調子だった。私は思わず小さく笑った。




