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きみの隣で、今日も考えてる  作者: マリセリソウ


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第26話 球技大会 満身創痍。作戦変更と腐敗臭

 グラウンドからベンチに向かって歩きながら、俺は思った。

 いや、ほんとに。

 なんで外国人がベンチにいるんだ?


 しかも二人。


 遠目でも分かるくらい背が高くて、いかにも海外の人という感じの顔立ちをしている。その隣には川村まで立っている。うちのクラスのベンチが、いつの間にか国際会議みたいな雰囲気になっている。

 俺は思わず隣を歩いている夏樹を見た。

 夏樹はというと、完全に苦笑していた。


 ……ああ、なるほど。


 お前か。


 いや、正確にはお前のせいではないんだろうけど、絶対何か巻き込まれてるだろそれ。

 俺が無言で視線を送ると、夏樹は小さく肩をすくめた。


 「あとで説明するね」


 という顔だ。

 いや、できれば今すぐ説明してほしいんだが。

 そんなことを思っているうちにベンチに到着した。うちのチームのメンバーはすでに半分くらい座り込んでいる。広田は背中を丸めてタオルを頭にかけているし、三浦はベンチの背もたれに体を預けて空を見ている。伊谷と加藤は芝生に座ったまま動かない。池上に至ってはさっきから「もう走れない…」を三回くらい言っている。

 うん、気持ちはわかる。

 俺も普通にきつい。


 そんな中、高原がこちらを見て声をかけてきた。


 「山神」

 「ん?」

 「このまま十分休憩したら次の試合らしい」


 ……十分。

 思わず空を見た。

 いや、まあ球技大会なんだから仕方ないんだけど。

 高原は続ける。


 「体冷やすなよ」

 「了解」


 とは言ったものの、さすがにすぐ動き続けるのは無理だ。三回戦は本当にきつかった。正直、何度も危ない場面があった。

 そのたびに――

 後ろから声が聞こえる。


 「ナイス!」

 「山田ー!」


 そう、山田だ。

 俺はちらっとゴールの方を見る。

 山田は今ものんびりした顔で芝生に座って、どこか遠くを見ていた。たぶん花でも見ているんだと思う。いつものことだ。


 だが。今日の山田は本当にすごかった。

 何本止めたんだ、あれ。

 反応もポジショニングもおかしかった。普通なら決まってるシュートを、何度も止めている。あれはもう、技術というより別の何かだ。

 

 たぶん――

 妖精だ。

 

 きっと山田の周りには、守護妖精みたいなものが飛んでいるに違いない。でなければ説明がつかない。俺は心の中でそう結論づけながら、ベンチに腰を下ろした。

 ベンチに腰を下ろして水を飲んでいると、視界の端で大きな影が動いた。嫌な予感しかしないのでできれば見ないふりをしたかったのだが、その影は迷いなくこちらへ近づいてくる。


 ……ああ、やっぱり。


 さっきからベンチにいた外国人のうちの一人、俺の目の前まで来ていた。夏樹の方を見ると小声で「ドイツクラブチームのスカウトのシュナウダーさん」と教えてくれた。

 そして次の瞬間、彼はものすごい勢いで話しかけてきた。


『You are incredible! The way you read the game, the positioning, it's amazing! Und dein Timing! Das ist unglaublich! (君は本当にすごい!試合の読み方もポジショニングも素晴らしい!それにあのタイミング!信じられない!)』


 途中から完全にドイツ語になっている。

 いや、気持ちは分かるんだけど、普通は言語を統一してくれないだろうか。

 俺はとりあえず隣にいる夏樹を見る。夏樹は困った顔で首を傾げていた。「英語は聞き取れたけど……?」という顔だ。

  途中からのドイツ語は完全に理解できていないらしい。俺は小さくため息をついた。そしてシュナウダーに向き直る。


『Danke für das Kompliment.(褒めてくれてありがとう)』


 ドイツ語でそう答えた瞬間だった。

 シュナウダーの顔がぱっと明るくなる。


『Oh! Du sprichst Deutsch?(おお!ドイツ語が話せるのか?)』


 そしてそのまま完全にドイツ語モードに入った。


『Das ist großartig! Deine Spielübersicht ist außergewöhnlich für dein Alter!(それは素晴らしい!君の試合の見え方は年齢に対して異常なレベルだ!)』


 ……ああ、もう完全にスイッチが入ってしまった。

 その様子を見ていたもう一人の外国人がが慌てて割り込んでくる。夏樹に目をやると「スペインのクラブチームのスカウトのガルシアさん」と教えてくれる。


 お前らな、まず名乗ることをしようぜ。紳士の国なんだろ?両方とも。知らんけど。


『¡Oye! That's not fair!(おい、それはずるい!)』


 そして今度は俺の肩を軽く叩きながら言った。


『¿Hablas español también?(スペイン語も話せるのか?)』


 ……うん。

 来ると思った。

 俺は少しだけ顔をしかめながら答える。


『Conversación diaria, más o menos.(まあ、日常会話くらいなら)』


 それを聞いた瞬間、ガルシアの目も完全に輝いた。

 そして――

 質問攻撃が始まった。ドイツ語とスペイン語が同時に飛んでくる。

 ポジショニングがどうとか、視野がどうとか、どこでサッカーを学んだのかとか、今どこのクラブにいるのかとか。

 俺はしばらくそれを聞きながら、心の中で思う。


 ……めんどくさい。


 そしてついに、口を開いた。


『I'll answer your questions only if you understand one thing first.(まず、ひとつだけ理解してもらえれば質問に答えます)』


 二人の視線が同時にこちらへ向く。


『I have no intention of playing soccer seriously.(俺はサッカーをするつもりはない)』


 はっきり英語で伝えた。

 すると二人は一瞬、困ったような顔をした。

 シュナウダーが肩をすくめる。


『Sorry, we got a little excited.(興奮してしまってすまない)』


 ガルシアも苦笑している。


『Then… can you tell us why?(それなら……なぜサッカーをしないのか教えてくれるか?)』


 俺は少し考えてから答えた。


『Because I couldn't have the same passion as those who aim to be professionals.(プロを目指している選手たちと同じだけの熱量を持てなかったからだ)』


 そう言いながら、グラウンドを見る。

 さっきまで一緒に走っていた連中は、まだ芝生に転がっている。あいつらは本気でサッカーをやっている。俺は違う。それだけの話だ。

 二人は少し残念そうな顔をした。

 それでもシュナウダーはポケットから名刺を取り出す。


『If you ever change your mind….(もし気が変わったら……)』


 俺はそれを見て、小さく首を振った。


『Thank you, but I think it's better not to take it. (ありがとうございます。でも、受け取らない方がいいと思います)』


 丁寧にそう言って断ると、二人は顔を見合わせて苦笑した。



 俺が名刺を断ったあたりで、シュナウダーとガルシアは名残惜しそうな顔をしつつもグラウンドの方へ向き直った。どうやら川村のチームの試合がもうすぐ始まるらしい。二人は川村と軽く言葉を交わすと、そのままフィールドの方へ歩き出す。川村もそれについて行こうとしたが、途中でふと足を止め、振り返って夏樹の方を見た。

 そして、やけに爽やかな笑顔を浮かべる。


「あと二つ、必ず勝つから。応援しててね」


 そう言い残して、まるでドラマのワンシーンみたいに去ろうとする。

 その背中に、すぐさま声が飛んだ。


「二つ目は勝てないわ」


 言ったのは柴田さんだ。腕を組んだまま、川村の背中に向かってきっぱりと言い放つ。


「勝つのは私たちのクラスよ」


 川村は少しだけ立ち止まり、ゆっくりと振り返った。視線が、ベンチの横へと向かう。そこには――うちのチームの主力メンバーが、だいたい倒れている。

 伊谷は芝生に仰向けになって空を見ているし、加藤は膝を抱えてうずくまっている。池上はベンチに寄りかかったまま、完全に電池が切れたロボットみたいになっているし、後藤は地面に座ったまま微動だにしない。三浦と広田はかろうじて座っているが、肩で息をしていて完全に満身創痍だ。

 川村はそれを見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「次の試合に勝てたらね?」


 それだけ言い残して、今度こそ本当に去っていった。シュナウダーとガルシアが待っているグラウンドの方へ向かって歩いていく背中は、相変わらず自信満々だった。


 ……いや、まあ。


 言ってることは正論だと思う。俺も同じ光景を見て、同じことを思っていたところだ。そんなことを考えていると、横から山本さんが声を上げた。


「それより山神君!」


 振り向くと、山本さんがキラキラした目でこちらを見ている。


「英語、話せるんですね!」


 ああ、そこか。

 さっきのやり取りを見ていたらしい。俺がどう答えるか考えていると、横から夏樹が口を挟んできた。


「英語だけじゃないよ?」


 なぜか得意げだ。

 いや、お前が自慢することじゃないだろ。

 山本さんがぱちぱちと瞬きをする。


「え?」

「創ちゃん、結構いろいろ話せるよ」


 夏樹は指を折りながら数え始めた。


「英語、ドイツ語、スペイン語、フランス語、韓国語、中国語……あと何かあったっけ?」


 山本さんの目がどんどん丸くなる。


「えっ!? そんなに!?」

「……何者なの、あなた」

「話せるだけだぞ?」


 二人が同時に首を傾げる。


「読み書きはできない」

「それ、謙遜になってないわよ」


 いや、事実なんだけどな。

 俺が外国語を話せる理由は単純だ。親の仕事の都合で、子供の頃から海外に行くことが多かった。長く住んでいたわけではないが、いろんな国を転々としていたせいで、そのたびに現地の人と知り合うことになる。

 しかも、そのまま終わらない。

 最近は便利なもので、ネットがある。メールでもSNSでもゲームでも、連絡を取り続ける方法はいくらでもある。気がつけば、世界中に知り合いがいる状態になっていた。

 そして、そこでは共通言語が存在しない。

 英語で話すこともあれば、ドイツ語で話すこともあるし、スペイン語になることもある。チャットが混ざると、もう完全に多言語カオスだ。

 そんな環境に長くいると、嫌でも覚える。

 というか、覚えないと会話が成立しない。

 俺がそんな説明をざっくりすると、山本さんは感心したように頷いた。


「すごいですね……」

「でしょ?」


 夏樹が胸を張った。

 いや、お前の実績じゃない。

 そして夏樹は続ける。


「創ちゃんに言われたんだよ。英語が話せるだけでもコミュニケーションの幅がめちゃくちゃ広がるから、ちゃんと勉強しとけって」

「それで英語話せるようになったんですか?」

「うん。まあ、創ちゃんの周りが外国人だらけだったのもあるけど」


 俺はその横で水を飲みながら思う。

 ……なんか、俺が国際交流の中心人物みたいな扱いになってるが。ただのネット友達が多い高校生なんだけどな。


 山本さんと柴田さんが俺の語学事情にいまだ納得いっていない顔をしている中、ベンチの向こうから声が飛んできた。


「山神、ちょっといいか」


 高原だった。

 俺は水筒の蓋を閉めながら立ち上がる。どうやら作戦の話らしい。ベンチの端に行くと、高原の横には広田と三浦もいる。三人ともさっきまで死にかけていたはずなのに、こういう時だけ顔が真面目だ。

 まあ、次は準決勝だ。

 さすがにここまで来ると、作戦会議くらいは必要になる。

 高原が腕を組んだまま口を開いた。


「次の試合、ちょっと戦術変えた方がいいかもしれない」


 俺は黙って続きを待つ。


「伊谷と加藤の負担が大きすぎる」


 それは俺も思っていた。

 陸上部の二人は本当によく走っている。だがサッカー部員ではない以上、細かい駆け引きやポジショニングはどうしても甘くなる。その分を運動量で補っているが、あれをこのまま続けるのはさすがにきつい。

 高原はグラウンドを指差しながら説明する。


「次の試合は、俺が左サイドやる」

「へぇ」


 少し意外だった。

 高原は本来センターバックだ。だが確かに、あいつがサイドに回れば守備の安定感は段違いになる。


「後藤を中央に置く。広田はそのまま」


 広田が軽く頷く。なるほど、形はかなり守備寄りになるな。

 高原は続けた。


「ここまで勝ち上がってるチーム、ほとんどサッカー部中心だろ」

「そうだな」

「たぶん、左サイド狙われる」


 それも同意だ。さっきまでの試合でも、相手はだいたいそこを突いてきていた。前線からのプレスとして伊谷と加藤はよく粘っていたが、相手のレベルが上がればあそこが狙われるのは当然だ。

 だからこそ、高原がそこに入る。

 理屈は分かる。

 ただし――

 高原がこちらを見る。


「その分、お前の負担増えるけど大丈夫か?」


 俺は少し考えてから答えた。


「お前がそう判断したなら、そうする理由があるんだろ。それを信じる。お前を信じるよ」


 高原が一瞬、きょとんとする。しばらく呆然として、少しだけ顔を背けた。


「……そうか」


 耳がほんの少し赤い。

 ああ、これは。

 照れてるな。

 横で広田がニヤニヤしている。

 三浦も笑いをこらえている。

 その時だった。

 後ろの観覧スペースの方から、女子の声が聞こえた。


「ねえ、今の聞いた?」

「うん……」

「なんか……」


 小声だが、妙にテンションが高い。


「尊い……」


 俺は思わず振り返った。

 数人の女子がこちらを見ながら、なぜか両手で口を押さえている。しかも一人は頬を赤くしている。

 ……嫌な予感しかしない。


「お前を信じるよ、だって」

「やばい」

「何この関係性」

「尊い」


 聞こえてくる単語がどんどんおかしくなっていく。

 俺は静かに視線を前に戻した。

 そして思う。

 何かが腐り始めている。


 だが、触れてはいけない。こういうものは、下手に突っ込むと燃え広がるタイプの火種だ。俺は何も聞こえなかったことにして、水筒の水を一口飲んだ。

 すると横で三浦が小声で言う。


「山神」

「なんだ」

「今の、絶対薄い本のネタにされるぞ」

「…………」


 俺は深くため息をつき、腐りかけのクラスメイト(女子)をみると不敵な笑みを浮かべられた。



 「獲物みーーっけ!」じゃねぇよ。

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