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きみの隣で、今日も考えてる  作者: マリセリソウ


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第22話 球技大会、序盤戦

 俺たちは今、体育館の観客席に座っていた。


 サッカーの試合まではまだ時間があるらしく、高原と広田、それから何人かのクラスメイトと一緒にバレーの試合を観戦している。体育館の中はすでに熱気に包まれていて、コートの周りには各クラスの応援団が陣取り、大きな声援が飛び交っていた。普段の体育の授業とは違い、今日は完全に“大会”の空気だ。


 そのコートの中で、一際目立っているのが夏樹と柴田さんだった。


 二人ともアタッカーらしく、前線で跳んでは打ち、跳んでは打ちを繰り返している。特に夏樹は昔から運動神経が良かったので驚きはしないが、隣で腕を組んで観戦している広田が「結構跳ぶな……」と感心しているくらいには、しっかりしたスパイクを打ち込んでいた。


 そして俺が意外だったのは、柴田さんだ。


 正直に言えば、ここまで運動能力が高いとは思っていなかった。確か彼女は広報部だったはずだ。文化系寄りの活動をしている印象が強かったので、せいぜい器用にボールを扱うタイプだろうと思っていたのだが、コートの中での動きは完全にそれを裏切っていた。

 助走をつけて高く跳び、相手コートに叩き込むスパイクの勢いは、普通に運動部レベルだ。

 それを見て高原が小さく言った。


「柴田って、あんな跳べたのか」


 俺も思わず頷く。


「知らなかったな」


 以前、夏樹がぽろっと言っていたことを思い出した。


 直美はポテンシャルお化け。


 夏樹曰く、真面目に運動をやれば並みの運動部員ではかなわないらしい。本人は部活にそこまで興味がないから広報部に入っただけで、身体能力だけ見れば普通に上位らしいのだとか。

 なるほど、こうして実際に見てみると、その言葉にも納得がいく。

 そしてもう一人、予想外だった人物がいる。


 山本さんだ。


 彼女は背が小さい。クラスでもかなり小柄な方で、正直なところバレーにはあまり向いていない体格だと思っていた。だが、コートの中での役割はちゃんと決まっているらしく、どうやらリベロを任されているようだった。

 ボールが上がるたびに、ちょこちょこと細かく動きながら位置を調整し、低い姿勢でレシーブを拾っていく。その動きは素早くて、まるで小動物のようだ。

 スパイクこそ打たないが、落ちそうなボールに滑り込むように手を伸ばし、ぎりぎりで拾って味方へ繋ぐ。

 そのたびに、周囲のクラスメイトたちから大きな声援が飛ぶ。


「ナイスレシーブ!」

「萌ちゃんナイス!」

「もう一本!」


 応援席の連中は、試合に出ていないにもかかわらず、全力で声を出し続けていた。

 それを見ながら、俺はふと思う。


 ……こいつら、本当に必死だな。


 理由は分かっている。


 ご褒美だ。


 今回の球技大会、優勝クラスには三大美少女からの「あーん券」という、わりと意味の分からない報酬が設定されている。もちろん発案者は俺なのだが、正直ここまで盛り上がるとは思っていなかった。

 周囲の男子たちは本気でそれを狙っている。

 高原は腕を組んでコートを見ながら、ふと呟いた。


「これってさ……利益相反にならないのか?」


 そして今コートの中で戦っている三人――夏樹、柴田さん、山本さん――は、そのご褒美を提供する側の人間だ。

 なのに、当の本人たちが一番必死に戦っている。

 つまり今の状況は、

 ご褒美をもらう側が必死に応援し、

 ご褒美をあげる側が必死に戦っている。

 俺は一瞬だけ考え、


「知らん」


 とあっさり言った。

 そして続ける。


「ただ、あの三人がどんな気持ちで戦っているのかは顔を見ればわかるだろ」



 コートを見ると三人とも何とも言えない微妙な顔をしていた。




 試合は思っていたよりもあっさり終わった。

 体育館の空気は最初から最後まで盛り上がっていたのだが、内容だけを見るなら、夏樹たちのクラスは終始安定していた。大きく崩れる場面もなく、相手の攻撃を山本さんがきっちり拾い、トスが上がり、夏樹か柴田さんが叩き込む。そんな流れが何度も繰り返され、気がつけば点差はじわじわと広がっていた。

 最後の一本が決まった瞬間、体育館に大きな歓声が響く。


「よっしゃああ!」

「ナイス!」

「勝った!」


 クラスメイトたちは一斉に立ち上がり、手を叩きながらコートへ声を飛ばしている。バレーのメンバーたちも少し照れくさそうにしながら手を振り、軽くガッツポーズを作っていた。どうやら危なげなく一回戦突破らしい。

 俺は観客席からその様子を眺めながら、小さく息を吐いた。

 思っていたより、ちゃんと強い。

 特に夏樹と柴田さんの攻撃は安定していたし、山本さんのレシーブもかなり効いていた。あれだけ拾われると相手は嫌だろう。

 そんなことを考えていると、コートの方から三人がこちらへ歩いてきた。

 夏樹、山本さん、柴田さん。

 全員タオルで汗を拭きながら、少し息を整えている。試合直後らしい、いかにも運動後という雰囲気だった。

 そして、三人とも俺を見るなり足を止めた。


 嫌な予感がする。


 経験上、この三人が同時にこちらを見るときは、だいたいロクなことが起きない。

 案の定、最初に口を開いたのは夏樹だった。


「創ちゃん」

「……なんだ」


 夏樹はタオルで首の汗を拭きながら、少し真面目な顔をした。


「私たちには、特別なご褒美が必要だと思うの」


 俺は一瞬、言葉の意味を理解できなかった。


「……何で?」

「状況がちょっとおかしいのよ」

「そうなんです」


 横から柴田さんが腕を組んで言い、山本さんも頷く。

 俺は三人を順番に見た。何を言っているのか、いまいち分からない。

 すると夏樹が説明を始めた。


「だってさ、今の状況って変じゃない?」

「何が?」

「私たち、頑張って勝ってるでしょ?」

「そうだな」

「でも、優勝したらご褒美もらうのはクラスメイトでしょ?」

「そうだな」

「つまり私たち、ご褒美をあげる側なのに、必死に戦ってるんだよ?」

「「「なんだかモチベーションが上がり切らない!!!」」」


 三人で声を揃えんでも…。

 しかし、気付いたか。気付いてしまったか。

 今回の球技大会のご褒美は「あーん券」。それを提供する側は、三大美少女――つまりこの三人だ。しかし実際には、この三人自身も試合に出て、優勝を目指している。

 つまり構図としては、


 ご褒美をあげる側が、必死に勝ちに行っている。


 ……俺は腕を組んで少し考えた。

 そして結論を出す。


「クラスメイトのために頑張る。尊い理由があるのに何にそんな不満があるんだ?なぜモチベーションが上がり切らないのか理解に苦しむね」


 俺は名コーチさながら伝える。

 その瞬間だった。


「「「君のせいだろうが!!!」」」


 三人の怒声が、体育館の一角に響いた。

 近くにいた高原が「おお……」と少し引いている。

 柴田さんが指を突きつけてくる。


「そもそもこのご褒美システムを作ったのは誰よ!」

「山神君ですよね!?そうですよね!?私忘れてませんからね!」


 珍しく山本さんの口調が強い。

 夏樹は腕を組んで睨んできた。


「責任、取ってよね」

「……責任?」


 夏樹がすぐに言う。


「デザート」

「は?」

「私たち、頑張ってるでしょ?」

「まあ」

「だからご褒美」

「……」

「創ちゃんが」

「……」

「デザートをごちそうする」


 俺は小さくため息をつき、俺は天井を見上げた。

 財布の中身が、頭の中に浮かぶ。

 最近、節約していたはずだ。

 俺は小さく息を吐いた。


「……出費が増える」



 だが、この三人の視線は完全に逃がしてくれない。



 バレーの試合が終わって少しすると、今度は俺たちの番が回ってきた。

 サッカーの一回戦。

 グラウンドへ出ると、すでに別のコートでは試合が始まっていて、あちこちから歓声やら悲鳴やらが飛び交っている。普段の部活の試合とは違い、クラス対抗というだけで妙に騒がしい。応援席にはクラスメイトたちが集まり、誰かがボールを蹴るたびに「おおー!」だの「ナイス!」だのと声を上げている。朝からずっとそんな空気の中にいると、嫌でも「大会」という感じがしてくる。

 とはいえ、俺たちのやることは決まっている。

 戦略も戦術も、驚くほどシンプルだ。


 守って、カウンター。


 それだけ。


 高原、広田、そして俺を中心に、とにかく守備を固める。無理に攻めない。焦らない。ボールを奪われてもすぐに取り返すことだけを考える。そしてボールを奪えた瞬間――迷わず前へ蹴る。

 狙いは一人。


 三浦だ。


 三浦は川村と同じくU-18日本代表候補の選手らしい。つまり、技術も身体能力も高校生の中ではトップクラスということになる。相手がサッカー部員だったとしても、そう簡単には抑え込めない。だからこちらは余計なことをしない。ボールを奪ったら、とにかく三浦へロングパス。

 あとは三浦が何とかする。


 実際、それでいい。

 試合が始まってすぐ、相手は普通にボールを回して攻めてきた。いかにも部活でやっている動きだ。パス回しも速いし、ポジション取りもちゃんとしている。正直、まともにやり合ったら勝てない。


 だから、やらない。


 高原が「寄せろ!」と声を出し、広田がコースを切る。俺はその隙間を埋めるように走り回る。とにかくスペースを空けない。ボールが右へ動けば右へ、左へ動けば左へ、まるで犬がボールを追いかけるみたいに走り回る。


 ……いや、犬の方がまだ効率よく動いているかもしれない。


 それでも、走る。

 ボールを奪った瞬間、俺はすぐに前を見た。三浦が走り出している。迷わず蹴る。

 ボールは大きく弧を描いて前線へ飛んでいった。


 三浦は多少コントロールが乱れても問題ない。身体の強さとスピードで無理やり収めてしまう。胸トラップからすぐに前を向き、そのまま相手ゴールへ向かって走り出す姿は、見ていて「ああ、やっぱり代表候補なんだな」と思わされる迫力があった。

 そして後ろでは、また守備が始まる。

 伊谷と加藤が必死に走り、池上も体を張ってボールに食らいつく。サッカー部ではないメンバーばかりだが、誰一人として手を抜いてはいない。むしろ全員、必死だ。

 俺もその中で走り続けていた。

 前へ、横へ、また前へ。

 ボールが動くたびにポジションを修正し、パスコースを消し、空いたスペースを埋める。


 ……とにかく、走る。


 走って、走って、また走る。

 気づけば俺の頭の中は一つの感想でいっぱいだった。


 サッカーって、こんなに走るスポーツだったっけ?




 試合終了の笛が鳴った瞬間、俺はその場で膝に手をついた。

 10分ハーフ。

 つまり合計20分の試合だったのだが、体感時間としては普通に一時間くらい戦った気分だ。スコアは2-0。三浦の個人技とカウンターがきれいに決まり、なんとか勝つことができた。結果だけ見れば上出来だが、問題はその過程である。


 とにかく走った。


 開始から終了まで、ほぼずっと走っていた気がする。ボールを追い、スペースを埋め、相手のパスコースを切り、また走る。気づけば肺が熱い。息も上がっている。

 そして俺は思った。


 10分って、こんなに長かったか?


 さらに言えば、ハーフタイムは3分だ。


 短くない?


 たった3分で呼吸を整えてもう一回走れと言われても、身体の方が「無理」と言っている。周囲を見渡すと、俺と似たような状態の人間が何人もいた。

 サッカー部員以外のメンバーたちだ。

 伊谷は膝に手をついて肩で息をしているし、加藤はその場に座り込んで空を見上げている。池上はグラウンドに仰向けで倒れ込み、「ああ……」と意味の分からない声を出していた。

 そして少し離れたところでは、山田が花壇の花に向かってしゃがみ込み、何か話しかけている。

 俺はそれを見て、静かに頷いた。

 

 もう驚かないぞ、山田。


 この男が花と会話を始めるのは、もはや日常の一部だ。おそらく本人の中では、今この瞬間も何か大事な情報交換が行われているのだろう。

 その間に、応援していたクラスメイトたちがこちらへ集まってきた。


「勝ったぞー!」

「ナイス!」

「よく守った!」


 口々にそんな声を上げながら拍手をしている。どうやら一回戦突破がかなり嬉しいらしい。まあ確かに、あの守備を20分やり続けたのだから、多少は喜んでもいいだろう。

 俺が呼吸を整えながらその様子を眺めていると、ふとグラウンドの向こうから別の集団が歩いてくるのが見えた。


 川村のクラスだ。


 どうやら向こうも同じ時間帯に試合をしていたらしい。ちょうど終わったところなのだろう。川村を中心に、サッカー部員たちがゆっくりこちらへ歩いてくる。その中で、川村はすぐに夏樹を見つけたようだった。


「広瀬さん」


 呼ばれて、夏樹が振り向く。

 川村は軽く笑みを浮かべながら言った。


「クラスの試合がない時は、僕たちの試合も応援してくれると嬉しいな」


 夏樹は少し困ったような顔になった。


「あ、えっと……」


 やんわり断ろうとしているのは見ていて分かる。だが――


「じゃあ、また」


 川村はそれ以上聞くことなく、さっさと歩き出してしまった。

 夏樹の言葉は途中で止まる。

 その様子を見て、横にいた柴田さんが小さくため息をついた。


「……相変わらずね」


 呆れたような口調だった。柴田さんはそのまま川村の背中を目で追っていたのだが、ふと眉をひそめた。


「ねえ、山神」

「ん?」

「今、川村と一緒にいる外人……あれ誰?」


 言われてそちらを見ると、確かに川村の少し後ろを歩いている二人組がいた。背が高く、金髪で、いかにも外国人という雰囲気だ。


 ……見覚えはない。


 俺は即答した。


「知らん」

「知らないの?」

「知らんものは知らん」


 柴田さんは少し首をかしげながら、もう一度そちらを見る。

 ちょうどその時、川村とその二人が何やら話しているのが見えた。外国語なのか日本語なのか、ここからではよく分からない。ただ、普通に会話をしているようだった。

 俺はそれをぼんやり眺めながら思う。


 ……川村の知り合いか?


 まあ、どちらにせよ今の俺には関係ない。

 それよりも――



 次の試合までに、どれだけ体力が回復するかの方が問題だった。




 川村たちの背中がグラウンドの向こうへ消えていくのをぼんやり眺めていると、隣で息を整えていた三浦がふと眉をひそめた。


「……あれ?」


 その声に、高原も顔を上げる。


「ん?」


 三浦は腕を組み、少し目を細めながら川村たちの方を見ていた。


「今、川村と一緒にいた外人……。ドイツのクラブのスカウトじゃね?」


 一瞬、その場の空気が止まった。高原が「は?」という顔で三浦を見る。


「まじで?」

「たぶん。見覚えある。代表の試合の時に見たことあるんだよ」


 三浦はもう一度視線を向こうにやりながら言う。それを聞いて、高原も「あー……」と納得したように頷く。


「俺も話したことあるかも」


 柴田さんが腕を組みながら眉を上げた。


「ちょっと待って。なんでそんなこと分かるの?」

「代表選の時に何回か会ってる」

「海外のクラブ、結構見に来るんだよ」


 三浦と高原のその言い方があまりにも自然なので、柴田さんは一瞬言葉を失っていた。


「……さらっとすごいこと言ってない?」


 だが当の本人たちは特に大したことだと思っていないらしい。代表候補の世界では、海外のスカウトと顔を合わせるのもそれほど珍しくないのだろう。


「川村君って、三つくらいチームからスカウト来てるって聞いてましたけど……海外のクラブだったんですね」


 横で話を聞いていた山本さんが素直に驚いていた。

 確かに、日本のクラブだと思っていたところに突然ドイツと言われると、話のスケールが一段階上がる感じがする。俺は遠くで立ち止まっている外国人二人をぼんやり眺めながら、へぇ、そんなものなのかと他人事のように思っていた。

 すると、その横で夏樹がぽつりと呟いた。


「……ドイツ語、懐かしいね」


 小さな声だったが、すぐ近くにいた俺の耳にはちゃんと届いた。


「そうか?」


 そう聞き返すと、夏樹は少し遠くを見るような顔で頷いた。


「うん。よく聞いてたじゃん」


 俺は肩をすくめた。


「もう忘れたよ」


 すると夏樹はくすっと笑った。


「そんなことないでしょ?」

「何が」

「ネットにたくさん友達いるじゃん」


 その言葉に、俺は少しだけ考える。確かに、海外で知り合った連中とやり取りすることは今もあるし、その中にはドイツ人もいる。普段は英語が多いが、向こうがドイツ語で話し始めることもあるので、完全に縁が切れているわけではない。

 ……なるほど。

 言われてみれば、確かにゼロではない。

 俺は小さく頷いた。


「確かに」


 夏樹は満足そうに笑い、柴田さんはそんな二人を見て「何その会話」と少し呆れた顔をしていた。

 その間にもグラウンドでは次の試合の準備が進んでおり、審判のホイッスルの音が遠くから聞こえてくる。どうやら休憩時間はそろそろ終わりらしい。

 俺は軽く肩を回しながら思った。

 ……さっきの試合だけでも十分疲れたのだが、どうやら今日はまだまだ走ることになりそうだった。

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