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きみの隣で、今日も考えてる  作者: マリセリソウ


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第2話 ざわつく教室と、出汁巻と、アルバイト面接

「昨日、夏樹ちゃんから連絡もらって、アルバイトを探してるのって、山神君だったんですねっ!」


 萌は満面の笑みで、小柄な身体をちょこんと前に乗り出してくる。妙にキラキラしてて眩しい。まぶたの裏に残像残りそう。


「……ああ。よろしく」

「え? 声ちっさ! 聞こえたけど! 限りなくギリッギリだったけど!」


 隣の夏樹が肘で軽く突いてくる。突き慣れてやがる。


「しょうがねぇだろ……話すの初めてみたいなもんなんだから」

「お話したこと“ある”のに、覚えてなかったじゃないですかっ!」


 萌が明るく笑ってるけど、目は笑ってない。地味にダメージくるやつ。


「それについては……ほんと、すみませんでした」

「創ちゃん、ほんと自分の興味があること以外はスルースキル高すぎなんだよね〜」

「うっせぇ。お前は俺の何を知ってるんだよ」

「幼馴染だもん。今となっては、俊美さんやまり代さんよりも詳しいかも」

「うぇえっ!? お二人って幼馴染なんですかっ!?」


 萌の顔がマンガみたいに「ガーン!」となった。目ぇ見開いて、完全に想定外って顔してる。


「そうなの。0歳から知ってるの。家もお隣さん同士よ?」

「……そ、それはすごいです……!」


 俺と夏樹を交互に見て、萌が尊敬の眼差しを向けてきた。違う、そんな特別なもんでもないんだ。


「……わざわざ言うほどのことでもないしな。よくある話だろ?」

「ないです! 萌、そういうのアニメでしか見たことないです!」


 アニメ基準で語られると、急に現実味が消えるな。


「創ちゃんはもうちょっと世間を知るべきだよね。読書、いったんやめてみる?」

「お前は俺を殺す気か。今、完全に悪意を持って言ったよな?」

「えっ、本を取り上げたら山神君は死ぬんですか?」


 興味津々って顔で萌がのぞき込んでくる。



「……死ぬ(即答)」



「断言されました!」

「はいはい、バカな話は――」

「ちょっと待て。“バカな”の“な”、今“の”寄りの母音だったよな!? 意味変わってたぞ今!?」

「うるさい」

「……非道すぎる……」


 さっきから、俺の扱いが雑じゃないですかね?

 萌がくすくすと笑ってる。ふと見れば、頬を押さえてちょっと顔が赤い。何がツボだったのか。


「ふふっ。山神君って、意外と面白い人なんですね? いつも本読んでて、なんだか話しかけづらい印象だったので……」

「……まあ、人と話すのは得意じゃないしな」

「友達いないから誰とも話さないだけじゃない?」

「友達くらい、いるわ!」

「リアルの話よ? 二次元とか、ネット経由の知らん誰かじゃなくて」

「………………」

「黙っちゃった! 山神君、友達いないんですかっ!?」


 いや、それをあからさまに驚くのはやめてくれ。さすがにダメージでかい。


「こんな美人の幼馴染がいるんだから、それでいいじゃない?」

「この話はおしまい!! 山本さん、バイトの話聞かせてもらっていいか?」


 俺が両手で会話の流れを物理的に止めるようなジェスチャーをすると、萌がパチンと手を打って頷いた。


「はいっ! でもそろそろ始業時間になりますので、学校まで歩きながらお話しますね!」


 そんなやり取りを続けながら、俺たちは三人並んで、ようやく校門へと向かい始めた。

 予鈴が鳴った瞬間――


「ひゃぁっ! チャイム鳴っちゃいましたっ!」


 萌が小動物のような声を上げ、ぱたぱたと走り出した。リスか何かか。その後ろを夏樹が「もう、慌てすぎ〜」とか言いながら小走りで追いかける。

 俺はというと、しれっと後方スタート。いや、走れば余裕で間に合うんだけどさ。朝の坂道で汗かいたばっかで、これ以上体力を消費したくない。夏樹からは「ジョギングしてるんだから平気でしょ」とか言われそうだけど、そういう問題じゃない。気持ちの問題だ。エコ通学。

 結局、階段を駆け上がる羽目になり、息も乱れず教室にたどり着く。省エネモードとはいえ、俺の身体はそれなりに鍛えられている。何せバイトと節約生活で、心身ともにサバイバルスキルが上がってるからな。筋トレは日課。プロテイン代が出せないのが唯一のネックだ。


 教室に滑り込むと、担任が出席簿を開いて点呼を始めるところだった。俺は窓側の一番後ろ――通称「隠居ポジション」に着席する。心の中でセーフガッツポーズ。

 前を見ると、一番前のど真ん中に、ちょこんと萌の後ろ姿があった。あのサイズだと、後ろの席になったら黒板見えないだろうな。たまに背伸びしてノート見てるのがなんかもう……もふもふ系の何かみたいだ。

 隣を見ると、夏樹の席はやや離れている。近いけど、隣じゃないのがミソ。いや別にいいんだけどさ。となりに座ってたら、きっと昼までに2〜3回はツッコミ入れられてた気がする。

 そして国語の授業が始まる。今日のテーマは「文豪とその生涯」らしい。いや、聞きたいのはマーケティングの歴史なんだけどな。けどまあ、先生の話は意外と面白いし、教科書の内容をノートにまとめながら、きっちり授業は聞く。なんせ将来のためには、勉強も武器になる。金がすべてじゃないけど、金がなければ何も始まらないからな……。

 俺は教科書の隅にちょっとしたメモを書きつつ、ふと視線を窓の外に向けた。校庭では、体育の授業組が元気に走り回ってる。いいな。体動かすのは嫌いじゃないし、やればたぶんあいつらより速く走れる。問題は……気力だ。今じゃない。今じゃないんだ。


 休み時間になると、俺は席で文庫本を開く。今日読んでるのは経済学の入門書。軽く読めるタイプだけど、漢字の密度がすごくて、油断すると目がすべる。

 ……結果。

 3ページ読んだところで、なんか眠くなってきた。


「……だめだ」


 立ち上がって、教室を出てトイレへ。冷水で顔を洗ってスッキリしてから、ストレッチを入れて戻ってくる。これは儀式。読書の前に脳を覚醒させることが、集中力を保つコツだ。

 クラスメイトたちはそれぞれのグループで雑談したりスマホいじったり。俺には関係ない世界だ。話しかけてくるやつもいないし、俺も話しかけない。こうして、教室の隅で一人、読書に没頭するのがいつものスタイル。……いや、ぼっちじゃないぞ? 戦略的単独行動だ。

 そんなこんなで、午前中の授業が淡々と進んでいく。



 昼休みのチャイムが鳴ると同時に、俺は教科書を閉じて大きく伸びをした。今日もまあまあ真面目に授業を受けた。これだけでもう偉業だと自分を褒めてやりたい。

 ……が、その静かな達成感は、すぐに踏み潰された。


「創ちゃーん、行くよー」

「お邪魔しますね〜っ」


 夏樹と萌が、まるで予約でもしていたかのように、両サイドから俺の机に到着。周囲の空気が一変する。空気が一瞬でざわつき始め、まるで教室のBGMが「え、マジ?」「誰?あの子たち?」「えっ創太郎?」という声で構成され始めた。

 学校一の美人、広瀬夏樹。そして、マスコット系の人気女子、山本萌。その二人が、クラスの地味男子・山神創太郎の机で弁当を広げようとしている。異色の組み合わせすぎて、むしろ何かの社会実験かドッキリを疑いたくなる。


「ここで食べるの? 場所変えない?」


  できれば誰も来ない空き教室か、裏庭のベンチあたりに移動したかった。注目されるのは胃に悪い。


「なんで? 時間に限りあるし、ここでいいじゃん」

「私はここで大丈夫ですよ〜? 別に隠す話でもないですしっ♪」


 ……全然隠す気がないらしい。むしろ堂々と正面突破するタイプだ。


 仕方なく弁当を取り出した。昨夜、夏樹が持ってきた食材の余りを使ってこしらえた弁当だ。朝、なぜか「私のも〜」とせがまれ、結果的に二人分作る羽目になった。まったく、どこの家政夫だ俺は。


「……あれ? 山神君と夏樹ちゃんのお弁当、一緒じゃないですか?」


 その瞬間、また教室がざわついた。視線が増える。視線が痛い。


「うん。今日のお弁当は創ちゃんが作ってくれたの」


 夏樹の一言で、教室のボルテージが一気に跳ね上がる。これはもう完全に変な噂コース確定。“実は付き合ってた説”とか、“家庭科部のスパイ”みたいな陰謀論まで飛び交いかねない。


「へぇぇぇ!? 山神君が夏樹ちゃんのお弁当も作ったんですか?」


 萌の目がキラキラと輝いた。驚きと好奇心がないまぜになった、あの純粋な目。やめてくれ、心がザワつく。


「創ちゃんの作る出汁巻は絶品だよ? 一個食べてみる?」

「いただきますっ! ……うわぁ〜、中トロトロですね!」


 パクリと一口。萌がぱっと顔を明るくする。


「おいしいですっ! すごい! お店に出せますよ、これ!」


 そんな大げさな……と思いながらも、出汁巻が少し誇らしくなる自分がいた。


「ね? そうでしょ? 創ちゃんの出汁巻、私の大好物なの♪」


 その“好き”ってワードの威力が強すぎて、また周囲の視線がギュンとこちらに集中した。どの方向からも、刺すような熱視線。目に見えない殺気まで漂ってる気がする。

 耐えきれず、無理やり話題を戻すことにした。


「……それで? 山本さん。アルバイトの話を聞かせてもらってもいいか?」


 萌はハッとして、手を止めた。


「そうでしたね!」


 そして、彼女の口からぽつりぽつりと、家庭の事情が語られた。

 母親は怪我で入院中。命に別状はないが、足を骨折していてリハビリが必要とのこと。復帰は数ヶ月後になる見込みで、店に立てるのはまだまだ先。

 もともと両親で切り盛りしていた小さな食堂を、今は父親が一人でなんとか回しているらしい。萌も放課後に手伝ってはいるけど、仕込みや接客、買い出しなども含めてすべてを一人で回すのは限界があるとのことだった。アルバイト募集は出していたが、来るのはちょっとクセの強い人ばかりで、採用どころか面接を続ける余裕すらなくなってきているらしい。

 話している間、萌は明るく笑っていたけれど、その言葉の奥には焦りや不安が滲んでいた。

 夏樹が、ちらりと俺を見る。


「創ちゃん、何とかなりそう?」

「とりあえず、面接に行ってみないとなんとも言えん」


 あくまで冷静に、状況を見て判断するべきだ。感情では動かない。俺はそういう人間だ。……まあ、出汁巻が評価されたのはちょっと嬉しかったが。


「この出汁巻を作れるんだったら、大丈夫です! お父さんに連絡しておきます!」


 萌はスマホを取り出し、ぱたぱたと指を動かす。その手際の良さが妙に板についていて、普段からこんな感じなのがよくわかる。

 数分後、にこにこと笑いながら顔を上げた。


「今日の放課後、うちに来てもらって面接ってことになりました〜っ♪」


 あまりにもスピーディな決定に、思わず言葉を失う。俺の意志が入る余地なんて、最初からなかったみたいだ。

 気づけば、また教室の視線が集まっていた。

 放課後、俺は山本食堂の面接を受けることになる。どうなるかは、神のみぞ知る――もとい、山本のお父さんのみぞ知る、だ。

読んでもらえると嬉しいです。

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