表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみの隣で、今日も考えてる  作者: マリセリソウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/29

第17話 安さではなく、帰れる場所

 まな板の上で包丁を動かすと、乾いた音が一定のリズムで返ってくる。切っているのは玉ねぎだ。けど、頭の中でも別のものを刻んでいる気がする。余計な考えを小さくして、形をそろえて、鍋に放り込めるサイズにする。そうしないと、思考の方が先に焦げる。

 コンロでは味噌汁がゆっくり湯気を上げ、隣のフライパンでは照り焼きのたれが少しずつ煮詰まって艶を出していた。こういうのは分かりやすい。火加減が強すぎれば焦げるし、弱すぎれば進まない。失敗しても原因が見える。

 経営の話は、そうはいかない。目に見えない。数字で見るまで「減った」「増えた」すら曖昧だ。しかも、その数字を見たところで、原因がひとつとは限らない。

 それでも、今は考えないといけない気がしていた。食堂やまもとのこと。店長の奥さんに言われた「何かアイディアがあれば」という言葉が、洗っても洗っても落ちない油みたいに、頭のどこかに残っている。


「創ちゃん」


 背後から声がして、俺の包丁が一瞬だけ止まった。


「……ん?」


 振り返ると、夏樹が椅子に腰掛けてこっちを見ていた。いつの間に。こいつは家の中で足音が消える時がある。忍者か。


「さっきからずっと黙ってる」

「料理してるからな」

「いや、黙ってる“質”が違う」

「質ってなんだよ」

「考えごとしてる顔」


 夏樹はそう言うと、箸を一本だけ持ち上げ、指でくるくる回して遊び始めた。落ち着きがない。けど、こいつなりに待っている時の癖だ。


「……考え、まとまった?」

「まとまってきた」


 俺は玉ねぎを鍋に入れて、火を弱める。煮詰める話は焦がしたら終わりだ。


「うん。やっぱり、今できるのは方向性の整理くらいだ」

「方向性?」

「どういう戦い方をするか、って話」


 夏樹は眉を少し寄せた。たぶんその時点で、すでに難しい言葉として受け取っている。


「え、戦うの?」

「戦うというか……相手がいる以上、意識はするってだけ。今の相手は、角にできたチェーン店だろ」

「ああ、あの三百九十円の」

「そう」


 夏樹はそこだけ分かりやすそうに頷いた。価格が明確だと、話が早い。むしろ向こうの強みはそこだ。


「で、創ちゃんの“方向性”ってなに?」


 俺は一旦包丁を置いて、言葉を選ぶ。頭の中では分かっていても、説明するとなると別だ。説明は料理と似ている。素材そのまま出したら食べにくい。火を入れたり刻んだりして、相手の口に合う形にしないと伝わらない。


「まず前提をそろえる。食堂やまもとは、あのチェーン店と同じ土俵では勝てない」

「同じ土俵……って、値段とか?」

「値段もそう。あと派手さ、規模、集客の仕組み。あっちはチェーンだから、広告も、仕入れも、オペレーションも、全部が“安く・早く・大量に”に最適化されてる」

「最適化……」

「簡単に言うと、同じメニューを同じ味で大量に出せるように作ってるってこと。だから安くできる」

「なるほど……」


 夏樹は分かったようで、まだ半分ぐらい顔が曖昧だ。だからもう少し噛み砕く。


「たとえば、俺が今作ってる照り焼き。家庭なら、醤油、みりん、砂糖の比率をちょっと変えたり、火加減で味を調整できる。でもチェーンは、働く人が誰でも同じ味にできないといけないだろ」

「うん」

「だから調味料も工程もある程度固定されてる。ぶれない。ぶれないから大量生産できる。大量に作れるから単価が下がる」

「だから安いんだ」

「そう。つまり安さは、仕組みで作ってる。根性じゃない」


 夏樹がふっと息を吐いた。


「……仕組みかぁ〜。強いね」

「強い」

「じゃあ食堂やまもとは……」

「同じことはできない」


 言い切ると、夏樹が少し不安そうな顔をした。まるで「じゃあ勝てないじゃん」と言いかけて飲み込んだ

みたいな顔。


「だから、土俵を変える」

「土俵を変える?」

「そう。そもそも戦わない」

「戦わないって……じゃあ負けるじゃん」

「何もしなければな。そこで“別の勝ち方”を作る」


 俺は手を洗いながら続ける。水の音が少しだけ緊張をほどいてくれる。


「チェーンが“便利”なら、こっちは“関係”で勝つ」

「関係……? 人間関係の?」

「そう。店って、料理だけの場所じゃないんだよ」

「え、でも普通はご飯食べるところでしょ」

「それも正しい。でも、常連って何で来ると思う?」

「えー……おいしいから?」

「もちろん。それが一番。でもそれだけなら、似た味の店ができたら乗り換える人もいる」

「うん……」

「だけど、常連ってそう簡単に離れないことがある。理由は味以外にもある」

「味以外……」

「店長と話すのが楽しい、とか。居心地がいい、とか。自分の席みたいに落ち着く、とか。そういうやつ」


 夏樹が少し目を丸くする。


「それって……確かに、あのお客さんたち、店長と話しに来てるみたいな時あるね」

「あるだろ」

「うん」

「そういうのを増やす。もっと言うと、この店がなくなると困る、って思う人を増やす」


 夏樹はゆっくり頷いたが、表情はまだ疑問が残っている。


「でも、それってどうやって増やすの?」


 いい質問だ。そこがマーケティングの入り口だ。


「マーケティングって、難しい言葉に聞こえるけど、やってること自体は単純で」

「うん」

「誰に、何を、どうやって届けるか、を考えるだけ」

「それなら分かるかも」

「チェーン店は、誰に?ってところが広い。学生も社会人も団体も。だからメニューも価格も分かりやすい」

「三百九十円!」

「そう。分かりやすいのは強い」


 俺はテーブルに皿を並べながら言う。


「食堂やまもとは、逆に広げなくていい。広げるとチェーンと同じ方向に行くから」

「じゃあ誰に?」

「今いる客を大事にする。特に、一人客」


 夏樹が首を傾げる。


「一人客って、そんなに大事?」

「大事。なぜなら、チェーンは一人客に優しくないことが多いから」

「え、そうなの?」

「全部じゃないけどな。ワイワイする店は、どうしても複数で来た方が楽しい空気になる。店側も回転率や単価を考えるから、団体を歓迎する」

「確かに……」

「で、一人客は、落ち着ける場所を探す。静か、早い、居心地がいい。そこで勝負できる」


 夏樹は少し考え込んで、ぽつりと言う。


「でも、そういう人って、もう来てるんじゃない?」

「来てる。だからこそ強くできる」

「強く?」

「偶然の強みを、意識して強みにするってこと」


 夏樹は「ふむ」と頷くが、まだ具体が欲しそうだ。


「具体的に、どうするの?」

「たとえば、席の作り方。照明。メニューの見せ方。注文のしやすさ」

「そんなところまで?」

「そこまで」


 俺は少しだけ苦笑する。


「一人で入りやすい店って、入り口で分かるんだよ。カウンターの雰囲気とか、店員がどう声かけるかとか」

「……あ、確かに。入りにくい店ある」

「あるだろ」

「ある。おしゃれすぎる店とか」

「そう。あれは客を選んでる」


 夏樹が納得しかけた顔になる。


「じゃあ食堂やまもとは“選ぶ”の?」

「選ぶっていうより、“得意を伸ばす”」

「なるほど」

「一人客に優しい。家庭的。落ち着く。そういう方向に寄せる」


 夏樹が少し笑う。


「家庭的って、創ちゃんの得意分野じゃん。家の空気」

「俺の得意分野にするな」

「だって創ちゃん、家っぽい」

「褒めてないだろ」

「褒めてるよ」


 会話が逸れそうになる。戻す。


「ただ、それだけだと弱い。次の一手がいる」

「次の一手?」

「店を“地域のハブ”にする」

「ハブって……乗り換え駅とか中心地って意味の?」

「そう。つまり、人と情報が集まる場所」


 夏樹の顔が「分かったようで分からない」に戻る。だからさらに砕く。


「たとえば、食堂やまもとに掲示板を置く」

「掲示板?」

「商店街のチラシ、町内会のお知らせ、イベント情報。迷い犬情報でもいい」

「迷い犬情報って」

「役に立つなら何でもいい」


 俺は淡々と続ける。


「店に来た人が、“あ、ここ見れば分かる”って思うようになると、飯のついでじゃなく、情報のついでに来る」

「情報のついで……」

「そう。来店理由が増える」


 夏樹が驚いたように言う。


「来店理由って、そんなに大事?」

「大事。理由が一つしかない店は、その理由が揺れたら終わる」

「……味だけ、とか?」

「そう。味も大事だけど、味は“比較されやすい”。安い・近い・雰囲気いい、そういう要素と並べられる」

「確かに」

「でも、情報が集まる店って、チェーンはやりにくい」

「なんで?」

「効率が落ちるから。貼り紙が増えたら見た目がごちゃつくし、管理も必要。チェーンは統一感を大事にする」

「うん」

「でも食堂やまもとは“地域っぽさ”が強みだろ。むしろ相性がいい」


 夏樹は少しずつ理解していく顔になった。


「つまり、食堂の役割を増やすってこと?」

「そう。飯だけじゃなく、生活の一部にする」

「生活の一部……なんか重くない?」

「重くない。日常だ」


 俺は言いながら、自分でも少し笑ってしまった。さっきから重くないと言いながら「重要などと重い表現を連発している。たぶん俺が一番、重く考えそうになってるからだ。

 夏樹が箸やコップを持ったままこちらを見る。


「でも、それって時間かかるよね?」

「かかる」

「創ちゃん、ずっと店に関われるの?」


 核心に来た。

 俺は少し間を置いてから言う。


「関われない」

「即答」

「高校卒業したら普通に離れるだろ」

「……じゃあ、創ちゃんが考えたことって、途中で投げっぱなしにならない?」


 夏樹の声は責めているというより、不安に近かった。店のこともそうだけど、たぶん別のものも混ざってる。

 俺は肩をすくめる。


「知らん」

「え」

「知らん。そこまで責任取れない。俺はバイトだ」

「開き直った」

「開き直った」


 俺はあえて軽く言う。ここで真面目に抱え込むと、俺の悪い癖が出る。考えすぎて動けなくなるやつだ。


「でもな」

「うん」

「俺がいなくなったら終わるような案は出さない」

「それ、矛盾してない?」

「矛盾してる」

「自覚あるんだ」

「ある」


 俺は照り焼きの味見を兼ねて一口食べる。上手い。上出来だ。


「マーケティングって、俺が全部やるものじゃないんだよ」

「え?」

「基本は、店の人が続けられる形にする」

「続けられる形……」

「俺、創太郎がいなくなったら終わる施策は、つまり創太郎が“作業”してるだけだ」

「作業?」

「例えば、俺が毎日チラシ配って客増やしました、ってやつ」

「それ、分かりやすいけど」

「俺がいなくなったら終わる」

「うん……」

「だから、店の中で回る仕組みにする。店長、奥さん、山本さん、夏樹、常連。誰かが少しずつ動けば回る形」


 夏樹は少し考えて、ゆっくり言った。


「……つまり、創ちゃんが頑張るんじゃなくて、みんながちょっとずつ頑張れる形?」

「そう」

「それって、難しそう」

「難しい」

「難しいのに、なんでやるの」

「長持ちするから」


 俺は味噌汁をスプーンで掬い味を見る。おぉ…美味い。味の素のすごさを痛感し、言葉を続ける。


「チェーンは強い。でも弱点もある。地域に根を張るのは苦手。人の顔と名前を覚えるのも苦手。そういう“人間臭さ”は、個人店が勝てるところ」

「人間臭さって」

「店長が常連の好みを覚えてるとか、いつもより元気ないって気づくとか」

「……それ、確かにある」

「それが価値になる。しかも真似されにくい」


 夏樹が少し嬉しそうに頷く。


「店長そういうの得意だもんね」

「得意だ」

「奥さんも、明るいし」

「そう」

「萌も……頑張ってる」

「山本さん、頑張ってるな。看板娘って表現がぴったりだと思う」


 俺がそう言うと、夏樹は少しだけ口元を緩めた。こいつは友達が褒められると嬉しそうにする。分かりやすい。


「で、創ちゃんは結局、何をやるの?」

「方向性だけ言うなら二つ」

「二つ?」

「一つ目。地域のハブ化。生活のついでに来る理由を増やす」

「掲示板とか」

「そう。情報。人のつながり」

「二つ目は?」

「一人客に特化する」


 夏樹が目を瞬かせる。


「一人客に特化って、例えば?」

「一人でも入りやすい、居やすい、頼みやすい。あと、見守りみたいな要素も少し」

「見守り?」

「一人暮らしの常連が、ここで飯食って元気そうなら安心するだろ。逆もある。店が気づける」

「……それって、飲食店の範囲超えてない?」

「超えてない。昔から、近所の飯屋ってそういう役割あった」


 夏樹は少し黙る。理解しようとしてる顔。


「でも、それって、売上につながるの?」

「直接は分かりにくい」

「分かりにくいのか」

「でも“離れにくくなる”」

「またそれ」

「大事なんだよ」


 俺は真面目に言う。


「客が増えるより、減らない方が強い。特に小さい店は」

「減らない方が強い……」

「客って、増やすのは難しい。維持するのはもっと難しい。でも、一回“ここが必要”になったら、維持はしやすくなる」


 夏樹がぽつりと言う。


「……創ちゃんって、そういうのどこで覚えたの?」

「本」

「やっぱり」

「あと、バイト」

「経験か」

「経験だな」


 夏樹がじっと見る。


「でもさ、それって創ちゃんがいなくなっても続けられるの?」

「続けられる形にするって話だろ」

「具体的に?」


 俺は少し悩む。ここで具体を言いすぎると、作者が言ってた通り、創太郎の凄さが早く見えすぎる。けど、方向性の理解のために最低限は必要だ。


「例えば、掲示板は誰が管理してもいい。店長でも奥さんでも山本さんでも、常連に頼んでもいい」

「常連に?」

「常連に役割を渡すと、関係が深くなる。人は“自分が関わったもの”を大事にする」

「それ、なんかわかる」

「で、一人客向けの工夫も、店のルールにしちゃえば続く。席の配置とか、注文の導線とか」

「導線って?」

「客が入って、座って、注文して、食べて、会計して、出る。その流れのこと」

「なるほど」

「そこがスムーズだと、一人客は入りやすい。逆に、入り方が分からない店は一人客が避ける」

「確かに」


 夏樹は少し安心したように息を吐いた。


「創ちゃんが一生ここにいるって前提じゃなくても、できることなんだね」

「そう」

「……でもさ」

「ん」

「創ちゃん、ほんとは“知らん”って言いながら、気にしてるでしょ」

「気にしてない」

「嘘」

「……少しは気にしてる」


 俺は観念して言う。


「無責任に思われたくないんだよ。提案するって、店の未来に口出すってことだから」

「うん」

「外野が言うのは簡単。でも、やるのは店だ」

「そうだね」

「だから、軽々しく“これやれば勝てます”とか言えない」

「勝てる保証ないもんね」

「ない」


 夏樹が小さく頷く。


「でも、方向性だけでも伝えたら、店長たちも考えやすいかも」

「そう。それが目的」


 俺は少しだけ笑う。


「俺が全部やるんじゃない。店が決める。俺は材料を渡すだけ」

「材料」

「料理と一緒だよ。こういう戦い方がある、っていう材料を渡して何をどうするかは店長が決めてくれればいい。俺は決まったことに従うさ」

「創ちゃん、料理に例えすぎ」

「分かりやすいだろ」

「うん、分かりやすい」


 夏樹が真面目な顔で言った。


「じゃあさ、創ちゃんは何を悩んでたの?」


 俺は少し間を置く。答えは単純だ。


「俺の癖だよ」

「癖?」

「先のことを考えすぎる癖」

「それ自覚あるんだ」

「ある」


 てりやきを取り分けた皿を置いて、正直に言う。


「店の未来を考えたら、怖くなる。俺が口出して、変な方向に行ったらどうしよう、とか。俺がいなくなった後に困ったらどうしよう、とか」

「うん……」

「でも、それ考えすぎると何も言えなくなる」

「確かに」

「だから、軽く言う。“知らん”って」

「逃げじゃないの?」

「逃げじゃない。線引きだ」

「線引き」

「俺はここで一生働くわけじゃない。だからこそ、背負いすぎない。背負いすぎると、動けなくなる」


 夏樹はしばらく黙っていたが、やがて柔らかい声で言った。


「創ちゃんって、真面目だね」

「普通だ」

「普通じゃないよ」

「普通だ」

「じゃあ、普通ってことにしとく」


 夏樹はそう言って、少し笑った。


「で、結局どうするの?」

「まずは、店長と奥さんに“方向性”を話す」

「うん」

「具体策は、店側が続けられるかどうか見ながら、小さく試す」

「小さく試す?」

「いきなり全部やると失敗する。だから小さく、試す」

「なるほど……なんか、理科の実験みたい」

「そう。いきなり爆発させない」

「爆発させる実験って何!?」

「比喩だ」


 カラカラと夏樹が笑う。


「じゃあ、創ちゃん。明日店長に話すの?」

「話せたら」

「話すんだね」

「流れで」

「逃げた」

「逃げてない」


 俺はできた料理を夏樹が座っているテーブルへ運ぶ。

 夏樹がお茶やご飯、お箸を準備してくれていた。そう言えば、夏樹用のお箸がなぜか山神家には昔からあったな…。当然、夏樹は自分用にそのお箸を準備しているわけだが…。


「それに、俺の案が正しいとは限らない。店長たちが納得できないならやらない。それでいい」

「それでいいんだ」

「店の味と同じ。外から変えたらダメなものがある」


 夏樹が頷いた。


「うん……そうだね」

 少しだけ空気が落ち着く。空腹がそろそろ限界だ。


 俺は最後にだけ、軽く言ってやる。


「まあ、俺がいなくなった後のことは――」

「うん」

「その時の俺が考える。今の俺は高校生だからな」

「都合のいい高校生だね」

「都合がよくないと生きていけない」


 夏樹が、なぜかちょっと嬉しそうに笑った。


「じゃあさ、創ちゃん」

「ん」

「その“方向性”、私にもわかるくらいに、もうちょっとだけ噛み砕いて教えて」


 俺は少しだけ息を吐く。こいつはこういう時、逃がしてくれない。


「……分かった。もう一回、最初からな」

「うん」

「チェーンが強いのは、安さを“仕組み”で作ってるから。食堂やまもとは同じ仕組みを持ってない」

「うん」

「だから安さで勝負しない。代わりに、関係で勝負する。店が生活の一部になるようにする」

「うん」

「方法は二つ。地域のハブになる。一人客に特化する。どっちもチェーンが苦手なところ」

「うん……」

「で、長く続けられるように、店の人と客が主役になる形にする」

「主役」

「俺は助っ人。口では“知らん”って言う。背負いすぎると動けなくなるから」

「うん……」


 夏樹は納得したように、ゆっくり頷いた。


「……創ちゃん、珍しくちゃんと説明したね」

「いつもしてるだろ」

「してない」

「してる」

「してない」


 言い争いになりそうだったので、俺は料理を皿に移し夏樹に手渡す。


「……はいはい。ご飯できましたが食べますか?それともお風呂にします?」

「食べる」

「即答かよ」

「難しい話を聞いてたらお腹すいちゃった」

「確かに」


 たぶん、こういう確実なものが一つあるだけで、人は明日も頑張れる。店に必要なのも、案外そういうものかもしれない。安さじゃない。派手さでもない。帰れる場所みたいな、確実な何か。

 俺は味噌汁をお椀によそいながら、もう一度だけ頭の中で繰り返した。

 

 方向性だけでいい。背負いすぎない。

 

 でも、投げない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ