第14話 100回やれば100回負ける(予定)
グラウンドの向こう側。俺たちは給水のふりをしながら、川村のクラスを観察していた。
ぱっと見でわかる。
「……2-2-3だな」
「あぁ。完全に攻撃型だ」
俺がぼそっと言うと、高原が小さく頷く。
最終ラインは2枚。センター気味に絞り、左右に広がりすぎない。その前にダブルボランチ。運動量の多いタイプで、攻守の切り替えが速い。そして前線が3枚。中央に川村。両サイドが高い位置を取り、常に裏を狙っている。
8人全員サッカー部員。GKも本職。そりゃ完成度が高いわけだ。
ボールが回る。
最終ラインからボランチへ。ワンタッチでサイドへ展開。縦に仕掛けて、中央へ折り返し。川村が走り込む。
速い。
「前3枚がずっと高いな……」
「守備に戻るのも速い。サボる奴がいない」
広田が腕を組みつぶやく。三浦が目を細めて言う。
確かに。超攻撃型と言いながら、前線3人がちゃんとプレスバックしている。ボールを失った瞬間、囲い込む。奪う。即シュート。
無駄がない。
川村は中央で半身になってボールを受けると、ほとんどトラップと同時に前を向く。加速。シュート。ネットが揺れる。
歓声。
うちのクラスの女子が小さく悲鳴を上げる。
「……完成してるな」
高原が低く言う。代表候補の目が、本気で相手を測っている。
「2バック、怖くないのか?」
俺が聞くと、広田が首を振る。
「ボランチが落ちる。実質4枚になる」
「あー……」
攻撃時は2-2-3。守備時は4-1-2みたいな形に変形している。
ズルい。いや、上手い。
三浦がぽつり。
「穴、どこだ」
高原が目で追い続ける。
「サイドの裏……いや、戻りが速い」
「中央は?」
「川村が追ってくる」
攻撃の中心が、そのまま守備のスイッチにもなっている。
俺は芝生にしゃがみ込み、じっと動きを見る。
前3枚が横一線じゃない。微妙に高さがずれている。中央が一歩下がり、サイドが斜めに入る。パスコースが常に三角形。
崩しやすい配置だ。
そして、守備の切り替えも早い。
「……面倒だなぁ」
思わず本音が漏れる。
三浦が横を見る。
「他人事みたいに言うな」
「今は他人事だろ」
「本番で当たる」
「その時はその時だ」
川村がまた中央突破。フェイント一発でDFを置き去りにし、冷静に流し込む。
高原が小さく舌打ちする。
「個の力もあるし、周りも理解して動いてる」
「2-2-3であそこまで連動できるのは厄介だな」
広田の声が重い。
俺は立ち上がり、軽く首を回す。
2バック。
超攻撃型。
全員部員。
GKも本職。
わかりやすく強い。俺は空を見上げる。
「穴がないなら、作るしかないな」
「簡単に言うな」
「簡単には言ってない。面倒だなって言ってる」
「やっぱお前、何か考えてるだろ」
高原が苦笑する。
「読書時間が減るなって考えてるだけだ」
向こうではまたゴールが決まる。
歓声。
完成された超攻撃型チーム。
……うん。強いな。そして、とても面倒だ。
川村のチームがまた軽やかにゴールを決めるのを眺めながら、男子たちはそれぞれ腕を組んだり、地面に線を引いたりしながら対策会議を始めていた。
「2-2-3は前が厚すぎるだろ」
「川村に前向かせたら終わりだな」
「じゃあ前向かせなきゃいいんだよ」
「それができたら苦労しねぇよ」
実に建設的で、実にふわっとしている。
その横で、伊谷と加藤が木陰に転がっていた。完全に仰向けだ。ピクリとも動かない。
「……生きてるか?」
「……ギリ……」
返事があるので一応生存確認は取れた。
池上は芝生にうつ伏せで倒れ、後藤はその横で座禅を組んだまま目を閉じている。もはや練習後ではなく、修行明けの僧侶だ。
そして山田。
190センチの巨体が、花壇の前でしゃがみ込み、小さな花を優しい目で見つめている。
……妖精でも見えているのか?
さっきまでゴール前で壁のように立っていた男とは思えない穏やかな横顔だ。たぶん今、彼の脳内では小鳥がさえずっている。
俺は水筒を傾けながら、空を見上げた。
うちの即席チームは、すでに満身創痍である。
そんな中、視界の端にひらひらと影が差した。
振り向くと、夏樹、山本さん、柴田さんの三人がこちらに歩いてきていた。
なんで来る。
男子だけで難しい顔をしているところに、森岡高校三大美少女が並んで歩いてくると、空気が変わる。ざわっとする。さっきまで2-2-3の話をしていた連中が、急に背筋を伸ばす。
「……来たな」
三浦が小声で言う。
「視察団だな」
広田が真顔で答える。
やめろ、言い方。
夏樹はいつもの調子で手を振りながら歩いてくる。山本さんは少し心配そうな顔。柴田さんは状況を冷静に観察する記者の目だ。
いや、別に司令塔でも何でもないのになぜか三人とも、まっすぐ俺のほうへ来る。
男子たちの視線がじわっと集まる。
その目はこう言っている。
――お前が説明しろ。
いや、俺は広報担当じゃない。
木陰では伊谷たちがまだ屍だし、山田はまだ花と対話している。戦力の半分は精神世界に旅立っている。
そして三大美少女が俺の目の前で立ち止まった。
……なんで毎回、俺のところなんだ。
川村のチームが軽やかにパスを回し、またネットを揺らす。
それを見つめる俺たちの空気は、さっきまでの「もしかしたら勝てるかも?」という希望に満ちたものとは明らかに違っていた。
重い。
とにかく重い。
まだ2本しかミニゲームをしていないのに、木陰には屍が量産されている。伊谷は天を仰ぎ、加藤は芝生に魂を置いてきた顔をしている。池上はタオルを顔にかぶり、後藤は悟りを開きかけている。
山田は相変わらず花を見ている。たぶん今、妖精と戦術会議をしている。
「……やっぱ完成度が違うな」
広田がぽつりと漏らす。
「正直、きつい」
三浦が率直に言う。
高原は腕を組んだまま黙っている。代表候補のプライドがあるのか、簡単には弱音を吐かないが、眉間のしわが増えている。
そんな重たい空気の中、柴田さんがすっと前に出た。
「ねぇ」
声は落ち着いているが、周囲の視線が自然と集まる。
夏樹と山本さんは、その少し後ろ。付き添いというか、保護者というか、野次馬というか。
「実際にやった側の印象を聞きたいんだけど」
柴田さんの視線が高原たちに向く。
「率直に。勝てそう?」
ストレートだな。
男子たちは顔を見合わせる。最初に口を開いたのは広田だった。
「……正直、真正面からやったらきつい」
即答。
三浦も頷く。
「川村が厄介すぎる。止めに行っても、もう一枚いる。しかも全員走れる」
高原が低く続ける。
「2-2-3の形で前に圧をかけてくる。奪われた瞬間の切り替えも速い。隙は少ない」
山本さんが小さく息をのむ。
「そ、そんなにですか?」
「うん。そんなに」
三浦があっさり言う。
夏樹は腕を組んで、じっと男子たちを見る。
「でも、0点に抑えたじゃん?」
さっきのうちの2本目だ。高原は苦笑する。
「サッカー部相手にはな。あれは守備練習だから成立した。川村のクラスは別物だ」
「攻撃力が段違いだな」
広田が付け足す。
木陰から伊谷が弱々しく手を挙げた。
「俺、たぶん3分でガス欠になる……」
「俺は2分」
加藤が即答する。
「俺は……精神的に無理かもしれない」
池上がタオル越しに呟く。
お前らさっきまで“やればできる!”って言ってただろ。
後藤が静かに目を開ける。
「だが、やるしかない」
急に武士みたいなことを言い出した。
山田が花壇から振り返る。
「……川村君、速いね」
今さらである。
柴田さんはその様子を冷静に見回し、顎に指を当てる。
「つまり、厳しい。でも不可能とは言ってない、ってこと?」
高原がゆっくり頷く。
「真正面から殴り合ったら分が悪い。でも、やり方次第だ」
三浦がちらっと俺を見る。
やめろ。
その視線やめろ。
夏樹も見るな。
山本さんまで見るな。
なぜ全員、最終的に俺の顔を見る。
「……何だよ」
思わず口に出る。
柴田さんが薄く笑う。
「あなたの意見は?」
いや、俺はただの読書家だ。
木陰にはまだ屍が転がっているし、花と対話している巨人もいる。
それでも、全員の視線がじわっと集まる。
期待が重い。
さっきまで“あ~ん券”で盛り上がっていたとは思えない真剣な空気だ。
全員の視線が集まる。
なんでだ。
俺はため息を一つついた。
代表候補が三人もいるのに、なぜ読書家にマイクが回ってくる。
仕方ないので、水筒を置いて口を開いた。
「正直に言うぞ?」
高原が頷く。三浦も腕を組む。広田は真顔だ。女子三人もじっと見ている。木陰の屍たちも、なぜか上体だけ起こした。
「100回やったら、100回負けると思う」
沈黙。
伊谷がまた倒れた。
「やっぱ無理じゃん……」
「俺たち解散か……」
加藤が空を見上げる。
柴田さんが片眉を上げる。
「随分はっきり言うわね」
「はっきり言わないと、後で拗ねる奴が出るだろ」
俺は肩をすくめる。
「完成度が違う。全員サッカー部、GKも本職、しかも2-2-3の攻撃型。真正面から殴り合ったら分が悪い」
高原たちは黙って聞いている。
だが、俺は続ける。
「でもな」
全員の顔が少し上がる。
「勝負はやってみなきゃわからん」
夏樹の口元が、わずかに緩む。
「幸か不幸か――俺にとってはわりと不幸だが――球技大会までは少し時間がある」
「不幸って言うなよ」
三浦が笑う。
「伊谷、加藤、池上、後藤」
木陰の四人が反応する。ゾンビのように。
「部活に影響が出ない範囲で練習すれば、100回に1回くらいは引き分けられるかもしれない」
「勝ちじゃなくて引き分けかよ!」
池上が突っ込む。
「現実的だろ。いきなり革命は起きない」
だが、俺は指を一本立てた。
「1000回やったら、1回は勝てるかもしれない」
沈黙のあと、広田が笑った。
「確率上がってるじゃん」
「練習量次第だな」
高原の目が少しだけ前向きになる。
「戦術は俺らで考える」
三浦が即座に言う。
「そうしてくれ。俺は指揮官タイプじゃない」
「嘘つけ」
高原がぼそっと言うが無視する。
「サッカー部以外は、その戦術を“完璧にやる”練習をするしかない。余計なことはしない。言われたことをやる。それだけでいい」
後藤が静かに頷く。
「型を極める、か」
「そうだ。ヒーローはいらない。事故を起こさないことのほうが大事だ」
「1000回に1回……」
伊谷がゆっくり立ち上がり、加藤も起きる。
「ワンチャンあるならやるか」
池上がタオルを外す。
「俺、走るだけなら任せろ」
山田が花壇から戻ってきた。
「……守るの、頑張るね」
妖精会議は終わったらしい。
柴田さんが腕を組む。
「つまり、絶望的だけど希望はゼロじゃない、と」
「そういうこと」
夏樹がにやりと笑う。
「創ちゃんにしては前向きじゃん」
「俺はいつも前向きだ。面倒なだけで」
周囲から小さな笑いが漏れる。
さっきまで意気消沈していた空気が、少しだけ軽くなる。
100回やったら100回負ける。
でも、やらない理由にはならないだろうな~。
はぁ……できれば読書で参加させてほしいんだが……。




