タワシと穴
あるところに、タワシが住んでいた。
彼は硬くて、ざらざらしていて、触れるものをこすらずにはいられなかった。世間は石鹸でできていて、みんな泡立っていた。タワシもその泡にまみれて、毎日を生きていた。
そんなある日、彼は「穴」に出会った。
穴は静かだった。何も語らず、ただぽっかりと空いていた。タワシは言った。
「あなたを満たしてあげたい。わたしであなたの空白を埋めたい」
穴は答えなかった。
タワシはぐりぐりと動いた。泡をまとって、穴の中をこすった。とげとげが引っかかって痛かった。穴は少しずつ傷ついた。
それでも、タワシはやめなかった。
「世間にまみれたわたしが、あなたの中で動けば、きっとあなたも気持ちよくなるはず」
やがて、穴は少しだけ笑った。
「痛いけれど、なんだか懐かしい気がする」
タワシは満足して、去っていった。
あとには、きれいな穴が残った。泡は消え、水が流れ、すべてが静かになった。
穴は、自分の中に残った感触を思い出していた。
ざらざらしていて、痛かった。でも、確かに「触れられた」気がした。
そして、穴は初めて、自分が「空いていた」ことに気づいた。
連載版もあります。
詩小説ショートショート集
わたしとAI君とのコラボレーションです。
このショートショートのもとになった詩は、連載版「われは詩人 でなければ死人 ーAIと詩を語るー」で読めます。
ショートショートタイトル「タワシと穴」の原詩は「世間にまみれて」です。




