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「愛しておりますよ」と言ったのに

作者: すじお
掲載日:2025/09/08

前の婚約者に傷つけられた令嬢。人間不信になりながらも、次の婚約者のDVに屈せず愛を伝え続ける話。


 アリサ・ハードウェルは、侯爵家の令嬢として何不自由なく育てられた。

 だが、順風満帆に見えた人生は、婚約前日に突然崩れ去った。


「アリサ、君が他の男と密会していたと聞いた」


 婚約者である医師の青年クロムウェルは冷たい目でそう告げ、証拠もなく彼女を「浮気者」と決めつけた。

 いくら否定しても聞き入れてはもらえず、結局、前日にして婚約は破談。

 涙すら出なかった。ただ、心が深くえぐられ、空虚さに支配されただけだった。


 ところが次の日、事態はさらに理不尽な方向へと転がっていく。

領主同士の政略のため、彼女は急きょ子爵家へと嫁がされることになったのだ。

相手は――色黒の肌を持ち、武人として知られる子爵、レオン・ダリス。


「ふん、傷物の令嬢が、よくも我が家に入ったものだな」


 初夜、彼の最初の言葉はそれだった。

噂を鵜呑みにし、彼もまたアリサを裏切り者だと決めつけていたのだ。


 心ない言葉は、昨日までの婚約者と同じ。

それでもアリサの胸には、不思議な熱が宿っていた。


(この人は……本当は誤解をしたまま、心を閉ざしているだけ。ならば私は……)


 涙で屈するのはもうやめた。

 傷つけられても、誤解されても、自分の心を偽らない。

 アリサは毅然とした声で答えた。


「……私はあなたを裏切りません。どんなに憎まれても、子爵様。私は、あなたを気に入ってしまったのです」

「な、に……?」


 驚愕に目を見開く彼に、アリサは微笑んだ。


「だから、申し上げます。――私は、あなたを愛しておりますよ」


 彼の態度は変わらない。

 冷たく、突き放すような視線。

わざと無理な要求を突きつけ、彼女を試すかのように嫌がらせを仕掛ける。

だがアリサは屈しない。


毒を返すような鋭さではなく、柔らかく受け流し、時に毅然と、時に微笑みながら応じる。


「……なぜ、そこまでして耐える?」

「だって、あなたは私の夫ですもの」


レオンは初めて心の奥底で、戸惑いと苛立ち以外の感情を覚えた。

――この令嬢は、何者なのだ。


「子爵様、またそんなにお飲みになって……」

晩餐の席。レオンは杯を乱暴に置いた。

「……お前に心配される筋合いはない」

「でも、身体を壊されては領地の方々も困ります」


健気に口を挟むアリサに、彼は苛立ちを隠さず舌打ちした。

その苛立ちの奥にあるのは――不安。


「お前のような女が、本気で俺を慕うはずがない」

「昨日まで、別の男に心を捧げていたくせに」


胸を抉る言葉だった。だがアリサは泣かなかった。

じっと彼の目を見つめ、まっすぐに答える。


「……ええ。昨日までは、私も愚かでした」

「けれど裏切られたあの日から、私の心は変わりました」

「あなたがどんなに信じてくださらなくても――私は、あなたに尽くしたいのです」


強い瞳。

それは、彼にとって初めて見せられた「真実の光」だった。


数週間後。

偶然、レオンは医師だった元婚約者が裏で仕組んだ陰謀を耳にする。

アリサを陥れるために、嘘の噂を流し、自ら婚約を破棄したのだ。


「……そんな、馬鹿な」


衝撃と同時に、胸を刺す後悔。

自分も同じようにアリサを責め、侮辱し続けたことを思い出す。

夜、彼は酒を断ち切り、アリサの部屋を訪れた。


「アリサ……俺は……お前を傷つけた」

「お前がどれほど勇敢に、俺の傍にいてくれたか……ようやく気づいた」


アリサはそっと彼に歩み寄り、首を振った。

「傷つけられたからこそ、わかりました。あなたがどれほど孤独で、信じられないものを抱えていたか」

そして柔らかく微笑む。


「だから、私は繰り返します。――私は、あなたを愛しておりますよ」


レオンの胸の奥で、何かが崩れ落ちた。

長年閉ざしていた心の扉が、ようやく開く。


季節が巡り、二人は領地を共に治める日々を送っていた。

冷たい態度を崩さなかった子爵は、今では民から「慈愛の主君」と呼ばれるようになる。

その隣には、いつも変わらず微笑む妻――アリサがいた。


夜の静寂。

彼は彼女を抱き寄せ、低く囁いた。

「アリサ……お前の言葉に、ようやく答えられる。お前を愛している」


アリサの瞳が涙に揺れる。

けれどその笑みは、誰よりも幸福に輝いていた。

そして彼女は耳元で囁き返す。


「ええ、知っております。――それでも、何度でも言わせてくださいね。私は、あなたを愛しておりますよ」 


二人の未来は、確かに結ばれた。




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