第一章 悪役令嬢、魔王妃に目覚める
皆さま、はじめまして。
本作『断罪された悪役令嬢ですが、魔王に溺愛されてます』にお越しくださり、ありがとうございます。
本作は――
「断罪された悪役令嬢が、最強の魔王と手を組んで、世界を変える物語」です。
舞台は魔法と陰謀が渦巻く異世界。
婚約破棄、公開処刑、断罪イベント――テンプレ展開はすべて乗り越えて、ヒロインは“自分の意思で”運命をひっくり返していきます。
・ざまぁ
・溺愛(魔王による全力保護)
・王国転覆寸前の逆転劇
・仮面舞踏会での凱旋復活
……と、王道悪役令嬢ファンタジーを詰め込みつつ、少しだけ“知的に、政治的に”仕掛けています。
“ただ復讐するだけ”じゃない、
“ただ愛されるだけ”じゃない、
そんな令嬢の“再誕の物語”を、楽しんでいただければ幸いです。
それでは――
物語の幕を開けましょう。
第一話:断罪と降臨
「公爵令嬢リリアーヌ・エステル・グランゼル。王太子殿下アレクシスとの婚約は、本日をもって破棄とする!」
王城・大広間に響き渡る、無慈悲な宣言。
豪奢なシャンデリアの光が、まるで晒し者を照らすようにリリアーヌを照らしていた。
口元にはほのかな笑み。
その瞳だけが氷のように冷たい。
「……左様でございますか」
「な、なんだその態度は! お前はレーナをいじめ、陰湿な策略を巡らせたと証言が――」
「証言、ですか? では、その“証人”なるものに聞いてみましょう。私は何を、いつ、どこで、誰に、どのように?」
「貴様っ、開き直る気か!」
声を荒げる王太子。その隣には、勝ち誇った顔の令嬢――子爵令嬢レーナ・マルティーナ。
庶民上がりの平民令嬢。だが、ゲームの主人公でもある彼女にはチートのような“好感度”があるらしい。
この場は、いわゆる断罪イベント。
本来なら私は、ここで涙を流し、悔しがり、すべてを失って、名もなきモブへと堕ちる運命だった。
しかし――
「やれやれ。台本通り、ですね」
リリアーヌはゆっくりと一礼し、静かに息を吐いた。
「これまでお付き合い下さった皆様、感謝いたします。私は本日をもって“悪役令嬢”を卒業いたしますわ」
その瞬間――
バゴォォォォォォン!!
天井が爆発した。
断罪会場にまさかの爆発。誰もが悲鳴を上げ、身を屈める。
そこに、黒い霧と共に現れたのは――
漆黒の鎧をまとい、赤いマントをなびかせた一人の男。
銀髪、黄金の瞳。常識外れの魔力をまとい、まるで異界から顕現したかのような姿。
「……お、おのれ! 何者だ!」
「貴様、何の目的で王宮に侵入した!」
兵士たちが剣を抜き駆け寄るも、男は指を一つ振るだけで――
ズゥン……
その場にいた全員が膝をついた。圧倒的な“威圧”だった。
「リリアーヌ・エステル・グランゼル。迎えに来た」
「……え?」
「貴女には、我が魔王城の妃となっていただきたい」
魔王。――その言葉が、空間に染み込むように広がった。
「魔王……だと……!?」
「ふ、ふざけるな! この者は、我が王国の罪人だ! 勝手に連れ去ることは――」
「ならば王国ごと焼き払おう」
刹那、魔王の背後に無数の魔力陣が浮かび上がる。各陣から漏れる魔力は、すでに国家滅亡レベル。
「……冗談ですよね?」
「冗談を言う性格ではない。私は魔王、“イリシオン・ヴァル=ノスフェル”。言ったことはすべて実行する」
魔王の眼差しが、ただ一人を見据えていた。リリアーヌを。
「……リリアーヌ様。逃げてください。これは――!」
近衛の一人が叫ぶも、リリアーヌは動かなかった。
「……なぜ、私を?」
「かつて貴女が、私を救ったからだ」
「……?」
記憶にない。だが、魔王は続けた。
「異界より召喚された際、私は深い奈落に落ちかけていた。心も、身体も。だが、あなたが差し出した言葉が私を救った」
「……本気、ですの?」
「貴女が断罪された瞬間、我が契約が発動した。“真に報われぬ者に、我が全てを捧げよう”と」
リリアーヌは、静かに笑った。
「ええ、では――行きましょう。魔王様」
「喜んで」
魔王はリリアーヌの手を取ると、空間に裂け目を作り出した。
その瞬間、再び兵士たちが飛びかかろうとしたが――
ズドォン!!
漆黒の魔力波が彼らを吹き飛ばす。魔王は一瞥もせず、リリアーヌと共にその裂け目へと消えた。
そして、その裂け目が完全に閉じたとき――
王国は、自ら最悪の“敵”を作ったことにようやく気づいた。
──
目を覚ますと、そこは魔王城。
天井は高く、壁は漆黒の大理石。魔力が満ち満ちている。
「……ここが、貴方の居城?」
「そうだ。今日より貴女は、この城の女王。いや、私の妃だ」
「……ご冗談を」
「本気だ。私は貴女のために、全てを用意した」
そう言って魔王――イリシオンが指を鳴らすと、侍女たちが現れ、豪奢なドレスや宝飾、書物、魔道具などを次々と差し出した。
「……え、なにこの厚待遇……?」
「貴女には、力がある。私はそれを見抜いている」
「私に、力……?」
「この国を変える力、だ」
リリアーヌは鏡の中の自分を見た。
“断罪された悪役令嬢”。
そう呼ばれてきた彼女の瞳が、初めて燃えていた。
「面白くなってきましたわね」
そう呟いた瞬間、空に黒い雷が走った。
──悪役令嬢、覚醒す。
次なる舞台は“復讐”と“再興”の物語。
第二話:魔王の招待と、仮初めの王冠
「……ここは?」
リリアーヌが目を開けると、そこは先ほどまでいた王都の大広間とはまるで違う空間だった。
高い天井、漆黒の大理石、赤と金の絨毯が敷き詰められた広大な玉座の間。けれど、豪奢でありながら、空気は冷たく静寂に包まれている。まるでこの世のものとは思えない――
「ようこそ。我が王宮へ。魔王城だ」
低く響く声。振り返れば、銀髪の魔王が、微笑のようなものを浮かべていた。
「本当に……連れてきたのね。魔王、イリシオン・ヴァル=ノスフェル様」
「名を覚えていてくれて光栄だ。リリアーヌ・エステル・グランゼル。今から貴女は、我が妃だ」
「軽々しく妃呼ばわりとは……お戯れを」
「戯れではない。正式な婚姻契約書も用意している」
イリシオンが指を鳴らすと、侍従らしき魔族が現れ、豪奢な書状を捧げ持ってきた。
リリアーヌは思わず笑みを漏らした。薄く、そして皮肉めいた笑みだった。
「……ではお伺いしますわ。私を、なぜ“選んだ”のですか?」
「貴女が“破滅の契約者”だったからだ」
「……は?」
魔王は一歩近づき、リリアーヌの顔をまっすぐに見つめた。
「この世界には、“選ばれし者”が三種いる。ひとつは“英雄”、ふたつめは“聖女”、そして最後は――“破滅を担う者”。貴女はその三番目として、世界に“定められた存在”だった」
「……冗談でしょう?」
「だが、貴女はその“破滅”を、己で演じることで回避した。“悪役令嬢”という仮面を被り、全ての災厄を引き受けた。――見事だったよ、リリアーヌ」
「それは……演じていた訳では……」
一瞬、声が震えた。
だがすぐに、リリアーヌは笑みを取り戻す。
「では、その“ご褒美”が魔王の妃ですの?」
「正確には、“契約者”だ。我が力を半分与える代わりに、貴女はこの世界を“再編”する役目を担う」
「再編……」
リリアーヌの脳裏に浮かんだのは、断罪の瞬間、王太子と“聖女”レーナの歪んだ笑みだった。
「……愚かですわね、彼ら」
「愚かなのは、“決まったシナリオ”に乗る者たち。貴女のように、逸脱する者こそ、世界を揺るがす」
「なるほど。私が“異端”だから、魔王に好まれたわけですか」
イリシオンはわずかに頷いた。
「この世界は、英雄譚と聖女伝説に都合よく支配されている。その裏で、多くの者が踏み潰されていく。貴女のように、静かに、潔く、消えていくはずだった者たちが」
「……」
「だからこそ、私は貴女を迎えた。“物語の構造そのもの”を破壊するために」
リリアーヌは黙っていた。
心の奥底に、あの日から宿り続けていた“憤り”が、再び火を灯すのを感じていた。
「私に、何をさせるおつもりで?」
「“真実”を暴いてほしい。王国の虚構、聖女の正体、そしてこの世界の選定構造。それを断罪するのは、かつて断罪された者こそ相応しい」
リリアーヌは口元に手を添え、考えるように目を伏せた。
そして――ゆっくりと、魔王を見つめた。
「ひとつだけ確認しますわ。私の好きにしても構わない?」
「構わない。お前が決めたことならば、我は全て力を貸そう」
「よろしい。では、まずは“妃としての演技”から始めましょう。ええ、“悪役令嬢”から“魔王妃”への華麗な転身劇を」
「クク……実に面白い」
イリシオンの口元が歪んだ。どこか楽しそうな狂気と、哀しみを孕んだ微笑。
リリアーヌもまた、それに微笑を返した。
──
その夜、リリアーヌは与えられた部屋の鏡の前に立っていた。
金糸で刺繍された深紅のドレス、腰には魔石の煌めき。
肌は薄く、唇は紅く、目は猛る炎のようだった。
「私は……何者なのかしらね」
嘘の顔を幾重にも被り続けた少女が、今や“魔王の妃”を演じる。
「妃など、虚構に過ぎないわ。けれど――この手で、真実を暴けるなら」
そう、私は生き延びた。
誰かのヒロインになるためではなく、誰かの正義に許されるためでもなく。
ただ、私自身の物語を歩むために。
「……レーナ。王太子アレクシス。そしてこの国全て。私の前で、もう一度“正義”を語ってみなさいな」
紅のドレスがひらりと揺れる。
鏡の中の令嬢は、もう“悪役”などではなかった。
それは――
断罪された少女が、世界を揺るがす“導火線”となる、新たなる女王の誕生だった。
第三話:魔王城の朝と、反逆者たちの食卓
「……朝なのね、ここでも」
重厚な天蓋付きベッドの上、リリアーヌはゆっくりと身を起こした。
昨夜、魔王イリシオンとの対話を終え、与えられた部屋で目覚めた彼女の心には、ある種の不穏さと、静かな決意が同居していた。
天井は高く、カーテンは黒と紫。金の糸で織られた紋章――双翼の竜が咆哮する。
彼女がいたのは、魔王の居城。
そこは、死と闇を司る異世界の中心だった。
「ふふ……まさか、“第二の人生”が魔族の城で始まるなんて」
支度を終えると、侍女らしき魔族が声をかけてきた。
「リリアーヌ様、おはようございます。魔王陛下がお呼びです。朝食の場へどうぞ」
「……ええ。参りましょう」
──
食堂へ続く長い回廊を歩く間、リリアーヌは観察していた。
城の構造、守りの厚さ、警備の配置、魔力の流れ。
そしてなにより、魔族たちの“視線”。
――敵意。
その場にいたほぼすべての者が、彼女に向けているのは好奇心ではなかった。
「“人間が”魔王の妃になった、ですって……」
「そんなの認められるはずがない。力も忠誠も、なにも持たない者が」
「いくら“契約者”だとしても……」
噂話は、あからさまだった。
(予想通りね。けれど――)
彼女は微笑んだ。
令嬢としての矜持。どこまでも“優雅に、堂々と”。
それこそが、かつてのリリアーヌが磨き抜いた“武器”。
──
広間には、長大な黒曜石のテーブル。
すでに魔王イリシオンが座し、四名の男女がその両脇を固めていた。
「ようこそ、我が妃。今日から“魔王軍上層”としての朝を共にする」
「上層……?」
「貴女は私の契約者であり、最高幹部と同等の立場だ。四人の名を覚えておくといい」
一人目は、短く刈った白髪に赤い瞳の青年。
「“戦”を司る者、《戦王ヴァルハート》。実戦部隊の総帥だ」
「フン。人間風情が何を……」
二人目は、漆黒のローブを纏った女性。透明な琥珀の瞳。
「“死霊”を操る者、《冥姫シェラ》。諜報と処刑を担う」
「観察対象としては、悪くなさそうね。ふふ」
三人目は、小柄な少女。頭には獣耳、背には尾。
「“獣”を従える者、《野王フェリス》。魔獣軍の主」
「……にゃ? リリア? なんか美味しそうな匂いするー」
四人目は、紅蓮の翼を持つ壮年の魔族。眼差しは鋭い。
「“炎”を統べる者、《炎帝ガル=ドラゴ》。城の防衛責任者にして、古参の忠臣」
「……魔王様。妃など不要。お戯れは程々に願います」
リリアーヌは、淡々と一礼した。
「はじめまして。リリアーヌ・エステル・グランゼルと申しますわ」
魔王が手を上げると、魔力でできた食器が配膳され、魔界の果実や肉、スープが並ぶ。
「この食卓は、力なき者の席ではない。互いを認め、理解し、必要ならば争いも辞さない。――それでも、ここに座るか?」
イリシオンの問いに、リリアーヌは答えた。
「ええ。“王族”とは常に孤独で、常に戦いの中にあるもの。妃であることがその条件なら――」
彼女はすっと、席に腰を下ろした。
「――私は、この玉座を踏み台にしてでも、私の物語を完成させてみせます」
しん、と静寂が落ちた。
ガル=ドラゴが立ち上がる。
「戯言を……!」
彼が手を振り上げた刹那――
ガンッ!!
魔王が、食卓を叩いた。
「座れ、ガル。これは命令だ」
「……っ」
しぶしぶと座る老将。
イリシオンはリリアーヌを見つめた。
「気にするな。彼らの忠誠は“力”と“理”にしか向かない。だが、それでいい」
「理、ですか」
「貴女が“正当な存在”であることを、結果で示せばよい。言葉ではなく、行動で」
リリアーヌは頷いた。
「……それなら、手始めに一つ提案を。王都で起こしたい“噂”があります」
「噂?」
「はい。“処刑されたはずの悪役令嬢が、魔王に愛され、世界の真実を知った”――そういう“神話”を植え付けましょう」
その場の空気が、再び変わる。
「フン、やはりただの飾りじゃないな」
「にゃはー、面白いね!」
「貴女……本当に人間なの?」
「……ええ。元・悪役令嬢、今は魔王妃。肩書きだけは、華やかですから」
静かに笑うリリアーヌの背に、光のような黒き魔力が揺れていた。
魔王は、満足そうに一言だけ呟いた。
「貴女がいて、良かった」
──
そして、王国ではその日、ある奇妙な噂が流れ始めていた。
《――死んだはずの公爵令嬢が、魔王と共に現れるのを見た、と》
第四話:聖女と王太子の崩壊前夜
「――レーナ。最近、民の噂話が気になって仕方がない」
王都の離宮、王太子アレクシスの私室にて。
額に手を当てて眉をひそめる彼の向かいで、聖女レーナ・マルティーナは美しく笑っていた。
あの断罪から、まだ十日ほどしか経っていない。だが、空気は確実に変わっていた。
「“断罪された公爵令嬢が、魔王の妃になった”――そんな話、誰が信じるって言うの?」
「だが、実際に証言がある。“夜の森で黒い魔法陣と共に現れた女性が、リリアーヌにそっくりだった”と。加えて、最近また魔獣の暴走が増えてきている」
「そんなの、魔族の残党でしょ?」
レーナはあくまで無邪気に笑う。
だが――
(なぜ、空気がこんなに重いの?)
彼女は内心、焦っていた。
──断罪イベントは、完璧だったはずだった。
用意された証人、偽の手紙、リリアーヌが“涙を流して跪く”シナリオ。
そのすべてが“聖女である自分の正義”を引き立てるはずだった。
それなのに――
(あの女、笑ってた……!)
最後まで、リリアーヌは涙を流さなかった。
まるで、“見下すように”。
レーナは、なによりそれが気に入らなかった。
「アレク、あなたも気にし過ぎよ。今さら彼女がどうこうできるわけないじゃない」
「……確かにな。リリアーヌには何の権限もない。だが、魔王と組んだとなれば話は別だ」
「……ふうん」
(魔王……?)
レーナは、聞き捨てならない単語に軽く眉を上げる。
──
同時刻。王国西部のとある町。
市民の一人が、夜の酒場でぽつりと口にする。
「なあ知ってるか。“リリアーヌ様が生きてる”って」
「……あの令嬢か? 断罪された公爵の娘?」
「ああ。どうやら、魔王に連れ去られたらしいぞ。しかも、魔王の妃として、王国に復讐を――」
「ば、ばかな! 魔王なんて数年前に討たれたと……」
「だから怖いのさ。次の“魔王”が現れたって話だ。しかも、かつての悪役令嬢が手を組んでるってんなら……」
「まさか……」
「……ざまぁ、かもな」
その一言に、酒場が静まり返る。
もはや誰もが、心のどこかで“正義が常に正しい”とは思えなくなっていた。
──
王宮。
翌日、宰相が駆け込んできた。
「王太子殿下、大変です。西部二都市の間で、突如魔獣が暴れ出しました。しかも、放棄されたはずの古代遺跡から、黒い魔力の反応が――」
「……リリアーヌだ」
アレクシスは唇を噛む。
「彼女が……本当に、魔王と共に……?」
「お言葉ですが、それは噂にすぎませぬ」
「いや。奴は、生きている。あの目を見たんだ。何かを“成し遂げる”者の目だった」
聖女レーナは、そっとアレクシスの手に触れた。
「大丈夫よ。わたしが、全て浄化してみせるから」
「……レーナ」
そのとき、部屋の隅の花瓶がパリン、と音を立てて割れた。
突如吹き込んできた風が、レーナの髪を揺らす。
(……なんなの、この胸騒ぎ)
彼女は誰にも言えない“確信”を得ていた。
あの女は死んでいない。
それどころか――この国に、何か“恐ろしい”ことを仕掛けてくる。
王都に広がる不穏な噂。
静かに狂い始める運命の歯車。
断罪された少女の名が、再び民の口に上る。
しかも、今度は“希望”として――
第五話:魔導兵器と、断罪劇の裏側
「この遺跡……まるで王都の地下構造と繋がっているようね」
魔王城の北西、かつて封印された古代魔導兵器の格納庫跡。
リリアーヌは魔王軍の先遣隊と共に、そこに立っていた。
壁には魔族語と古代文字が混ざった紋章。
中央には、巨大な魔力炉のような黒水晶の塊――“コア・ノワール”。
「これは、“魔導審問機”の中枢部だ。我々の情報によれば、王都でお前を裁いた際に使われた“断罪魔眼”と連動している」
「つまり……あの断罪は、意図的に私を“有罪”と結論づけるよう、魔法的な仕掛けが施されていた、と」
イリシオンが頷く。
「魔導審問機は、真実を映すのではない。“意志ある者”の望む形に情報を改変する――言い換えれば、“真実を捏造する”ための装置だ」
リリアーヌはゆっくりと手袋を外し、その魔力炉に手を触れた。
黒水晶が脈動し、過去の魔力の残滓が脳内に流れ込む。
──アレクシス。
──レーナ。
──リリアーヌを“排除せよ”。
「……あの断罪、“証言者たち”はすべて仕組まれていた」
彼女の目が細められる。
「王太子と“聖女”の正義を成立させるために、私は“噓の罪”を背負わされた。私の側近たちも、情報操作で口を封じられ……」
その指先が、震える。
だが怒りではない。
――冷たい、静かな火が彼女の心に灯っていた。
「だったら、“真実”を曝け出して差し上げましょう」
イリシオンは黙ってその背を見守る。
「この“魔導炉”の記録を再構成して、王都中に拡散できる?」
「可能だ。魔王軍の《魔網通信師》を通じて、同時発信も」
「では……“公開断罪の全記録”を“編集なしで”流してちょうだい。魔法操作の痕跡付きで」
「ふむ。強烈な一撃になるな」
「ええ。王太子と“聖女”が“嘘の正義”で王国を騙していたと知れば、民も黙ってはいない」
イリシオンがくくっと笑う。
「実に“悪役令嬢”らしい復讐だ」
「私は“悪役”ではありません。“真実を知ってしまった元ヒロイン”ですわ」
──
翌日。王都。
魔導告知塔が突然点滅し、全土に一斉放送が走った。
><王都司法局公認の“断罪魔眼”映像、強制開示>
><映像内容:魔導改竄痕跡あり。魔力波形:王太子アレクシス、および聖女レーナ一致>
市民たちは騒然とする。
「まさか、あの“断罪”が偽物だったってのか……?」
「いやでも……じゃあ、あの公爵令嬢は……?」
「むしろ、聖女と王太子が“仕組んでいた”のか……?」
レーナは、謁見の間で叫んでいた。
「誰よ! 誰がこんなことを――っ!!」
「落ち着け、レーナ……! 今、調査中だ……!」
だが、その声は震えていた。
王太子アレクシスの顔色は、蒼白だった。
(あの女が……リリアーヌが……生きている!?)
──
魔王城。
リリアーヌは、全土の混乱を静かに見つめていた。
「“真実”というのは厄介ですわね。時に人の信仰をも破壊する」
イリシオンが言う。
「それでも、貴女は暴いた。ならば――次は、“奪われたもの”を取り戻す番だな」
「そうですわね。“誇り”も、“名誉”も、そして……“自分の未来”も」
その瞳は、静かに燃えていた。
断罪の裏には、陰謀がある。
そして、断罪された彼女には――今、“王国そのもの”を揺るがす力がある。
次回、リリアーヌはついに“王都潜入”を決意する。
第六話:仮面舞踏会と悪役令嬢の凱旋
王都で最も華やかで、最も“偽り”に満ちた夜が幕を開ける。
――年に一度の《仮面舞踏会》。
貴族たちが仮面をまとい、身分を隠して語らい、踊り、交渉を重ねる政治の裏舞台。
王城の舞踏の間には、宝石のごとき笑みと嘘が渦巻いていた。
その中に――一人の“亡霊”が、優雅に舞い降りる。
「“仮面”をつけるのは、むしろ得意ですもの」
深紅のドレス。黒曜のマスク。
髪をまとめ、香を纏い、リリアーヌ・エステル・グランゼルは堂々と王都へ潜入していた。
魔族の変化魔術《幻装》によって、魔力波形を完全に別人として偽装。
姿も声も、かつて断罪された“悪役令嬢”そのものとは思えない。
だが――その瞳だけは、炎のように静かに燃えていた。
「今宵は、“亡霊”の復讐劇。仮面の下に、真実を刻みますわ」
──
「……君、初めて見る顔だね」
声をかけてきたのは、銀の仮面をつけた青年。
その仕草、口調、立ち方。忘れるはずもない。
「……アレクシス殿下」
リリアーヌは“令嬢然”とした笑みで会釈した。
「おや、私の名をご存知で?」
「ええ。噂では……王太子殿下は、さぞかし“ご活躍”とのことですから」
「フッ……なかなか辛辣な仮面舞踏ですな」
踊りが始まる。音楽が流れ、二人は自然とステップを踏みながら会話を重ねる。
「殿下、今宵の舞踏会は楽しまれておりますか?」
「まあまあだな。ただ、“興味深い方”と出会えたのは幸運かも」
「“死んだと思っていた”方が現れたから?」
アレクシスの表情が止まる。
「……君は、誰だ?」
「では、お答えしましょう。私は――」
リリアーヌは仮面を、スッと外した。
仮面の下に現れたその顔に、アレクシスは戦慄する。
「……リ、リリアーヌ……!? 生きて……!」
「いいえ、“生き返った”のです。貴方の断罪で一度“死んだ”私が、今、再び立ちました」
「な、なぜ今さら戻ってきた……!?」
「復讐のためではありません。真実を示すためです」
──その瞬間、舞踏会の空間が変わった。
空中に映像が投影される。
王太子による証人への指示、“聖女”レーナによる魔力改竄、断罪魔眼の操作。
――あの“断罪劇”の裏側が、すべて暴かれる。
貴族たちがざわめく。動揺が広がる。
「まさか……王太子が仕組んだ……?」
「聖女まで……!? じゃあ、リリアーヌ様は……」
王太子は顔を真っ赤にして叫んだ。
「お前、なぜこんな真似を……! 誰の助けでこんなことを……!」
「それは――魔王様にお聞きになっては?」
その瞬間、会場の天井が割れる。
闇の裂け目より降臨したのは、銀髪の魔王、イリシオン。
「貴女の命令通りに参上しました、我が妃よ」
魔力が会場を圧倒し、全員がひれ伏す。
「おのれ、魔王……!」
「王太子。今一度問います。あなたは“正義”の名のもとに、誰を裁いたのですか?」
リリアーヌの声は凛と響いた。
「私は、王都を敵に回す覚悟で立ちました。ですが、今ここに証拠と真実を示した以上――」
彼女は、背を向けた。
「これからは、あなた方の番です。“正義”とは何かを証明なさい」
魔王が手を差し出す。
リリアーヌはそれを取り、再び“魔界”の風に身を乗せた。
「夜が明ければ、世界は変わるでしょう。貴方たちが、それを選びさえすれば」
仮面舞踏会は、“王国の瓦解”の序章だった。
その夜、世界の正義は――“悪役令嬢”に問われたのだ。
ここまで第一章をお読みいただき、ありがとうございました。
公爵令嬢リリアーヌは、断罪されてすべてを失ったはずでした。
けれど、“魔王”という異端との出会いによって、彼女は「悪役令嬢」から「世界を動かす存在」へと覚醒していきます。
第一章では、
・断罪→連れ去り→魔王城での再起
・魔王軍の幹部たちとの確執
・王都で広がる疑惑と混乱
・仮面舞踏会での凱旋と“真実”の暴露
……までを描いてきました。
第二章ではいよいよ、
リリアーヌが本格的に王国へ“反逆”を開始します。
そして、“聖女レーナ”や“王太子アレクシス”たちにもそれぞれの裏の顔や過去が明らかに。
物語は一気に加速していきますので、
よろしければこのまま第二章もお付き合いください。
応援や感想をいただけると、とても励みになります!
それでは、また次の章でお会いしましょう。