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第1話【目覚め】


心は夢に囚われる


逃げた先に救いはあるか


果たしてそれは本当の救いか…


鍵は運命を紡ぐ


しかし紡ぐのは、救いか、崩壊か…


「それを決めるのは、あなた」




 深い眠りから目を覚ました。なにか夢を見ていた気がする、でもそれが何なのかは思い出せない。真っ黒な場所をひたすら走りながら、誰かを呼んでいた気がする。

 だが今いるのは真っ黒とは正反対の真っ白な何も無い部屋。なんだか逆に居心地が悪い。上下感覚も正直分からないが浮遊感があるため、おそらく自分は浮いてるのだろう。


「初めまして、碓氷 愁さん」


 周りをキョロキョロと見回していると、どこからか落ち着いた少し低めのトーンの声が聞こえてくる。振り向くとそこには一人のその"存在"が佇んでいた。スーツを身に纏うその姿はいいのだが、体が宇宙のような不思議な配色だ。髪も目も鼻も耳もなく、顔には微かに口角の上がった口だけがある。人間ではないのは確かだが、体格的には男性っぽい。


「ふふっ…お気持ちは分かります、この状況を理解しきれていないのでしょう。ご心配なく、皆…最初はそうですから」


「皆?どういうこと?」


「順を追って丁寧に説明したいところではありますが、一気に話してしまってはさらに混乱してしまうでしょう。なので軽くしておきます」


「まずは自己紹介をいたします。私はコール、管理者です。あなたのように迷い込んできた方を導く役目があります。そしてこれを渡す役目も…」


 コールと名乗るその存在は、手に光のようなものを纏い、くるんっとマジシャンが花を出すように動かす。すると手の中から銀色の鍵が現れた。10cmほどの大きさのそれはアンティークのような形状だ。


「これは銀の鍵と呼ばれるものです。こちらとあちらを繋ぐもの、決して壊さぬよう注意してください」


「は、はぁ…」


 差し出され、条件反射で受け取ってしまったが全くもって理解できない。こいつ何言ってんの、あとこれ夢だよね?手の感覚とか鍵の冷たさとかすごい伝わってくるんだけど…こんなリアルな夢初めて…


「お名前は本名で登録いたしますか?ほとんどの方は自分で考えた名前や本名をもじっていますよ」


「何そのゲームみたいな設定…僕はそのままでいいよ、碓氷愁で登録して」


「かしこまりました。ちなみにフルネーム本名で登録したのはあなたが初めてです」


「そうなの?まあ個人情報だしね、僕はどうでもいいけどさ、夢だし…」


 コールは無い眉を動かすような仕草をする。同時に含みのある笑みを浮かべ、口を開く。


「…夢だと思っているのですね。間違ってはいませんが、正解とも言い難い。ここは管理者である私でも、理解しきれていない部分があるのでね」


「まあしばらく過ごせば、ここのことも少しずつ分かってくると思いますので、その過程で夢か否かはご自身で決めてください」


「はい、登録が完了しました。身分証明書をどうぞ。一応ご自身でも間違いがないかご確認ください」


「身分証明書?なんでこんなもの…」


「ないとダメですよ。銀の鍵で基本なんだって出来ますが、限度がありますから。無くさないように大切にお持ちください」


 コールは身分証明書を手渡す。無くさないようにと念押して、身分証明書を受け取ったシュウの手に自身の手を重ねる。だがすぐに離れてまた口に笑みを浮かべる。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

【身分証明書】

氏名:碓氷ウスイ シュウ

年齢:22歳

生年月日:2003/11/3

身長:177cm

職業:看護師(1年目)

好きなもの:猫、オレンジジュース

嫌いなもの:コーヒー、早起き

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 貰った身分証明書にはこう書いてあった。身長とか好き嫌いって書く必要あるのか?まあいいか…


「では準備が完了しましたので、ヴィータへの転送を開始します。自由と娯楽と欲望に満ちた国、ぜひ楽しんでください」


「ですが同時に忘れないで。逃避の果てにあるものが、救いとは限らない」


「え…?」


「では、いってらっしゃいませー」


「ちょ、ちょっとまっ…!」


 シュウが言いかける前に転移が開始されてしまい、コールと分断されてしまった。シュウがいなくなったその場所で、コールはただ一人佇む。




「なんだ、ここ…」


 再び目を覚ますと、シュウは繁華街にいた。だが自分がよく行っている繁華街ではない。全く知らない景色、既視感がありそうでない店、そして人に混じって闊歩する異種異形の存在たち。

 不思議で違和感ばかりで居心地が悪い。まあおそらく居心地悪く感じるのは、自分自身人の多い場所が苦手だからというのもあるだろう。


「意味分かんない、夢なら早く覚めてくれよ…」


 思わずどでかい溜め息が出ると共に、自身の頬を叩く。バチンと音を立てる、痛い、思った以上に。触られる感覚や温度だけじゃなく、痛みまであるなんて。

 こんなリアルな夢初めてだ。いやでもコールは夢だけど夢じゃないって言ってたような…もうよく分からない。


「スマホと財布はあるのか…とりあえず、どこか静かな場所探すか」


 周りを見回してとりあえずファミレスに足を運ぶ。夜であるため人はまあまあいるが、外よりかはマシだ。店員の案内の元席に座り、ひとまず一息つく。


「夢…だよね、夢じゃないとおかしい…だってさっきまで自分の部屋で寝てたのに。それにあんな姿の人、現実にいないし」


 運ばれてきた水を飲みながら、周りをチラチラと見る。人間の客に混じって、獣人やアンドロイドらしき異種異形の存在が同じように席に座って談笑している。

 ハロウィンの仮装やコスプレだと思いたかったが、さすがに無理がある。


「そういえば時間って…あれ、全然進んでない?」


 スマホを起動すると時刻は夜23時半、僕が寝た時間とほぼ同じだ。今日は残業がなく比較的早く帰れたため、いつもより寝る時間が早い。でも自分は今起きている、なんだか損をしている気分だ。

 また大きな溜息をつきながら、コールから貰った銀の鍵と身分証明書を見る。


「身分証明書は分かるけど、この鍵は何に使うわけ?基本なんでも出来るって言ってたけど…」


「あれ!?君もしかして新入り!?」


 突然、鈴を転がすような明るい声が聞こえてきて顔を上げる。そこに居たのは猫耳パーカーを着た少女、少女と言っても高校生くらいではあるけど…

 すごくキラキラした目で見てくる、なんでだ、この子僕になんの用があるんだ。てか新入りってなんのこと?


「分かる、分かるよ!私も最初はそんな感じだったもん!でもここで会ったのも何かの縁、色々教えてあげる!」


 少女はそう言って流れるように向かいの席に座り、注文をするつもりなのかタブレットを手に取る。


「うーん…何にしよっかな、前来た時はパフェにしたし、パンケーキにしよっかな。君はどうする?一緒に頼むよ!お腹すいてない?」


「え…じゃあ、オレンジジュースで…」


「オレンジジュース!?可愛い!分かった頼んどくね、ご飯は?」


「いや、いらない…」


「わかった!じゃあこれで注文っと!」


 状況が掴めない。あの白い部屋よりかはマシだけど、

ほぼ変わらない。この子が誰で、なんで話しかけてきたのか、何も分からない。


「あっ、ごめんね!ちょっとお腹すいちゃってさ、名乗ってなかったね。私はスィズ、君は?」


「…碓氷 愁だけど」


「わっ、もしかして本名フルネーム?珍しいね、そんな人見た事ない!」


「ああ、それコールも言ってた気がする」


「そうなの?まあコールはヴィータだけじゃなく、ソムニア全員の管理してるからね」


 ヴィータ?ソムニア?なんだそれ、ここの専門用語か?小難しいのが多いな、てか何平然と座って僕の水飲んでるんだこの子…


「あのさ、そのヴィータとかソムニアって何なの?てかここどこ?あのコールとかいう人、ほぼ何も教えてくれなかったんだけど…」


「だろうね、コールそこんところ適当だから。当ててあげる、ここで過ごすうちに勝手に覚えるとか言われたでしょ?」


 図星だ、思わず眉をぴくっと動かし、それに気づいたスィズは口角を上げる。多分この子もコールに同じ対応をされたんだろう。


「順を追って説明してあげる、でもその前にこのパンケーキを徹底的に食べるね!」


 スィズはそう言ってナイフとフォークを持ち、いつの間にか運ばれてきていたパンケーキを食べ始めた。僕の近くにもオレンジジュースが置かれており、とりあえず手に取り口に流し込む。


「んー、うまっ!シュウくんアレルギーある?食べてみない?美味しいよ!」


「アレルギーはないけど、別にいい…」


「はいどうぞ!」


「んぐっ!?」


 アレルギーはないと言った瞬間、スィズは一口大のパンケーキを僕の口に押し込んできた。口の中に甘いクリームと甘酸っぱいいちご、柔らかいパンケーキの味が広がり、それがさっき飲んでいたオレンジジュースの味と混ざる。


「ほらどう!?美味しいでしょ!?」


「うん、まあ…」


「ここのスイーツ大好きなんだよね、ほぼ毎日来てる」


 そう言ってスィズはパンケーキをぺろりと食べ切り、一緒に注文していた牛乳も一瞬で飲み干し、テーブルに軽く音を立てるように置く。


「さてと、じゃあ食べ終わったことだし、順を追って説明してあげる。こう見えても先輩だからね!」


スィズはお茶目にウインクをして星を散らす。自分との性格の違いや温度差に正直居心地がいいとは言えないが、今はこの子に頼らざるおえない。


「ここはヴィータ、現実世界から逃げてきた人がたどり着く、言わば避難場所みたいなもの。そういう逃げてきた人のことをここではソムニア、別名囚われ人って呼んでるの」


 説明しながらスィズはポケットから見た事のある銀色の鍵を取り出す。少し声を潜めてはいるが、彼女の明るめの声が店内を駆ける。


「ソムニアはこの銀の鍵を使って、ヴィータと現実世界を行き来できるんだ。その他にも決済とか、パスポート、スマホ代わりになったりもするよ。この鍵を持ってることで優遇されることもあるから、なくしたり壊したりしないようにね!」


「これってソムニアだけが持ってるの?なんでそんな優遇されてるの?」


「それについては私もよく分からない。前にコールに聞いてみたんだけど、はぐらかされちゃったんだ。まあでもコールはヴィータの管理者だから、ソムニアを救済したい気持ちから待遇を良くしてるんじゃないかな?私の勝手な考えだけどね」


 彼女の言葉に僕は思わず「ふーん」と気の抜けた声を出す。コールから貰った銀の鍵を眺めて、指で形を確かめるように触れてみる。僕の銀の鍵とスィズの銀の鍵は形状が違う、鍵としての形は保っているが違う。


「そういえばこの鍵で決済ができるって言ってたけど、具体的にどういう仕組みなの?」


「えっとね、まず銀の鍵には元から10万円分の決済ができる機能がついてるんだ、すごいでしょ?しかも次の日にはチャージされるし、前日使わなかった分は持ち越されるんだ」


「例えば8万円分の支払いをした場合、残りは2万円でしょ?それが次の日チャージされて残ってた2万円がプラスされる、イコール決済できる額が10万から12万になるの。その機能利用して大金持ちになってるソムニアもいるんだよ」


「すごい機能…そのお金どこから来てるの?」


「分かんない。でも鍵はコールから貰ったものだから、コールが支給してるんじゃないかな?」


「あーまあ管理者だし、お金は持ってるか。それでもソムニアは僕ら以外にももちろんいるわけだから、尚更出どころが謎すぎるけどね」


 謎が多すぎてさすがに頭を抱える。同時に思わずため息をつく。まあ初めてきた場所だ、説明されても分からないものは分からないし、すぐに理解できないことだってある。口に残りのオレンジジュースを流し込んで、一息つく。


「はぁ…まあとりあえず、教えてくれてありがと」


「いいんだよ!来たばかりで何も分からないだろうし、助け合わないと!」


 その言葉に安心感が芽生えて表情が緩みそうになる。それを隠すようにすぐさま立ち上がり、鍵を持って会計へ向かう。伝票を店員に渡して、ポケットから銀の鍵を取りだす。


「決済はこれでお願いいします…」


「かしこまりました、ではそちらにある機械の型に鍵をはめてください」


 店員の説明に従って鍵を型にはめると、機械の側面が光り、現実世界でも聞いたことのあるような決済完了の音が聞こえる。


「ありがとうございました、またのご来店お待ちしております」


 店員はそう言って再び穏やかな笑みを浮かべてお辞儀をする。反射的に軽くお辞儀を返して背を向けると、後ろには少し遅れてやってきたスィズがいた。


「あっ、シュウくん会計しちゃった!?ごめん、払わせちゃって…」


「いいよ、色々教えてもらったし。お返しになるかは分からないけど、これくらいはさせて」


「それよりさ、ここって人間以外の種族もいる感じ?あの店員とかあっちで話してる客とか、どうみても人じゃないというか…」


 声を潜めながらスィズに問う。その様子にスィズはうんうんと元気よく首を縦に振る。


「そうだよ。ヴィータは本当に色んな種族の人がいる。そんな中でもここは中心都市ってこともあって、他4つの都市に比べて人間だけでなく他種族も多く集まるんだよ」


「シュウくん、このあとはどこか行っちゃう?もしないなら、もっと色々教えるよ!」


「あー明日も仕事あるし、今日はもう帰るよ」


「えっ!?」


 突然スィズが声を上げる。目を見開き、明らかに驚いたような「信じられない!」とでも言うような表情を浮かべている。すでにファミレスからは出ているが、スィズの声がかなり大きかったせいか、周りの視線が痛い。


「なに…」


「帰るって現実世界にってこと!?私一年くらいヴィータにいるけど、そんな人初めて見た…」


「そうなの?だって多分現実の僕は寝てるでしょ?ここにずっと居たら現実の僕はどうなるの?」


「あ、なるほどね。コールそのことも言ってなかったんだ」


 スィズは僕の言葉に納得したように落ち着きを取り戻す。深呼吸をすると彼女は口を開く。


「シュウくん、ヴィータにいる間は現実では時間が進まないんだよ。どれだけここで過ごしても、現実では寝た時間の数分しか経ってない。だから帰らなくても現実の自分の体も生活も仕事も、何も支障は出ないよ」


「そうなんだ。ったく、なんでコールそんな大切なこと教えてくれないんだよ…」


 コールの適当さに呆れつつ、後頭部を軽く掻く。思わずため息も出るがもう今更だ。


「確かにそうかもしれないけど、ここに居座り続けたらダメな気がするんだよね。確かに快適だけど、現実から逃げ続けることがいいことだと僕は思えない。ここはあくまで休養をとる場所、現実と区別はつけないと」


「シュウくん大人だね、私はもう慣れちゃったから、これから先もずっとここにいると思う」


「何かあったの?」


「…まあ、うん、色々とね」


 シュウの言葉にスィズは少し悲しげな顔をする。目を背けて、口を噤んでいる。踏み込みすぎてしまった、申し訳ない気持ちが走る。


「ソムニアは逃亡者だからさ。現実から逃げたり、目を背けたいと思うほどの辛いことや苦しいことをみんな経験してきてる。シュウくんもそうなんじゃない?」


 その問いかけに思わず体が反応する。ここに来る前に見ていた真っ暗な場所を走る夢、誰かの名前を呼んでいた、でも中々思い出せない。夢というのは本当に複雑で曖昧だ。


「まあ、そうかもね」


 自分も思わず目を背けてしまった。夢は鮮明には思い出せない、でも見当はついた。自分が呼んでいたのはきっと…


「ねぇ!じゃあ明日、まだ教えきれてないこと色々教えてあげる!街も回ろ!」


 突然スィズがそう言って話題を切りかえた。自分はすぐ暗いことを考えてしまうから、こうやってして貰えるのはありがたい。

 スィズは自分の銀の鍵を取り出して、僕の銀の鍵に持ち手を軽く当てる。鍵同士の接触でカツンと音が響くと鍵が一瞬青く光る。


「連絡先渡しておくから、明日来たら連絡して。さっきも言ったけど鍵はスマホの代わりにもなるからね」


「現実世界への戻り方は知ってる?」


「いや、知らない…」


「じゃあレクチャーしてあげる!でも言うて簡単だよ、鍵を胸の真ん中に差し込んで時計回りに回すだけ。またヴィータに来たい時は、鍵があるのを想像して同じ動作をするだけ。でも今度は反時計回りに回してね」


 スィズは楽しそうに話すが、シュウが帰ってしまうのが寂しいのか少し笑顔が小さい。「やってみて!」というように手を動かしている。

 それに従ってシュウは自分の胸に鍵を差し込み、時計回りに回してみる。するとガチャッという音と共に視界が真っ暗になった。そして目を開けると見慣れた部屋が目に入ってきた。僕の部屋だ。


「帰ってきた…?」


 手の中に銀の鍵はない。スマホで時間を見ると23時31分、スィズの言った通り寝た時間から1分しか進んでない。本当に不思議だ、夢なはずなのに夢ではない気がする。


「あの場所なんなんだ…一種の、パラレルワールドみたいなもんか?」


 色々考えたが納得できる答えは浮かんでこない。大人しく寝ることにする。明日も朝8時から仕事だ、朝が弱いから寝坊しないようにさっさと寝よう…あの場所のことは、あとで…考え…よ、う…




ヴィータへようこそ、碓氷愁さん


逃避か、それとも現実か


それを決めるのは、あなた…



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