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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

金の王太子、銀の王太子、クズの王太子

開校記念の祝賀パーティが開かれていた。


王立学校の大広間では煌びやかなシャンデリアが、色とりどりのイブニングドレスに着飾った淑女たちとタキシードに身を包んだ紳士たちを照らす。

学生たちも教師たちも、そして生徒の両親たちも、皆談笑したり踊りを踊ったりと思い思いにパーティを楽しんでいた。


パーティもたけなわの頃、突如として壇上にカップルが登壇した。


今日の主役というべき、王太子ベルナルド・メッツァ、そして、その隣にいるのは…… あろうことか、彼の婚約者ロミーナ・アバーテ公爵令嬢()()()()、ブリジッタ・ソルダーノ男爵令嬢だった。


静まり返った周囲を見回して、非常に満足げな表情を浮かべるベルナルド。

そして、そばに寄り添って勝ち誇った笑みを漏らすブリジッタ。会場の人たちはそのおかしな取り合わせをどう解釈していいのか分からず、ただ、彼らの動向に注目していた。


「ロミーナ、ロミーナはいるか」


ベルナルドがそう叫ぶと、サアーッと人がカーテンのように奥へ引き下がり、一人の金髪の少女が姿を現した。

キョトンとした顔をした彼女はつい先ほどまで、親友とのおしゃべりに夢中で、何も状況を把握していなかったのだ。


しかし、その金髪の少女ロミーナ・アバーテは異変を瞬時に察知した。

壇上にいる婚約者のそばに、自分を睨みつけている一人の女性の姿がある。


「なんでしょう。王太子殿下」


「お前は彼女のことを知っているな」


ベルナルド王太子は男爵令嬢ブリジッタを抱き寄せた。


「誰……だったかしら」


「とぼけるなよ。彼女はな、お前のせいで学校生活がめちゃくちゃにされてしまったんだ」


ロミーナは自分を睨んでいた女性が、男爵令嬢ブリジッタ・ソルダーノだとようやく思い出した。

(そういえば、あの子、ベルナルドにしつこくつきまとっていたっけ、とにかく面倒臭いから関わらないようにしていたけど)


「私には全く身に覚えがございませんが」


「いいか、お前はな、ブリジッタをな…… な、なんだっけ?」


ベルナルドにすかさず耳打ちするブリジッタ。


「おう、そうそう、つまりだな。彼女の陰口や変な噂を流したり、勉強道具を隠したり、机にいたずら書きを書いたりとか、それから…… いろいろだ。

彼女がこの学校に居られなくするために、あの手この手で嫌がらせをしたことはもうわかっているんだぞ」


(人に話をする時は、もう少し頭の中で整理してからにして欲しいものだけど…… それに話すこと全てを把握していないし)


「それは初耳です。ですが、もし嫌がらせをするなら、私はそんな幼稚な真似は致しません。もう少し、こう、エレガントかつ、効果的な嫌がらせを……」


周囲の凍りついた雰囲気が少し緩み、吹き出す人たちもいた。


ベルナルドは顔を真っ赤にして怒る。


「うるさい、黙れ。お前のその取り澄ましたような顔が一番嫌いなんだ。今までずっと我慢していたが、もう限界だ。お前との婚約を破棄してやる。それと、ブリジッタをいじめた罪。贖ってもらおうか」


再び静まり返る会場。一斉にロミーナの方に注目が集まった。


(あああ、言っちゃったよ。こんなに有力貴族たちが集まっている場で、なんという取り返しのつかない発言を…… 絶対事前に根回ししてないやつだわこれ、お父さん激怒するだろうなあ。パオロ王もきっと困るに違いない。もしかして、これ私が尻拭いしないといけないやつ…… 困るなあ)


ロミーナは困った顔をして、ひとつ咳払いをするとこう言った。


「このような公に準じる場所で、しかも、有力貴族の方々まで列席されている中、王太子たる殿下の発言はとても重く、冗談では済まされませんよ。これから、どうするおつもりなのですか?」


「は、俺を誰だと思っているんだ。王の唯一の子息であり、後継者たるこの俺に逆らうなどとは、愚かにも程があるわ」


(さらにドン引き発言追加しないでよ。周囲の目がそんなに気にならないの。あなたのライフはとっくにゼロよ、ゼロ!)


「逆らう気持ちは毛頭ありません。ただ、私は殿下を思う心がまだ残っている故、周囲の人たちが言わないでおいていることを、あえて申し上げているのです。ただでさえ低い殿下の名声をさらに下げるような、軽いご発言はもう控えた方がよろしいかと存じます」


王太子ベルナルドはさらに激しい怒りを見せてこう言った。


「出ていけ、すぐに。お前の顔なぞ見たくはない。直ちに下がれ」


「婚約破棄の件は承りましたが、私一人では処理を致しかねますので、しばらく時間をいただきたいと存じます」


毅然とした態度で一礼し、颯爽と去っていくロミーナ。

そして、その後ろ姿へ向かって、ひたすら悪態をついている王太子。彼に注がれる周囲の視線は非常に冷たかった。



「あのクソガキをぶっ殺してやる」


カルロ・アバーテ公爵。王弟にして、王位継承者第二位の男。そして、ロミーナ・アバーテ公爵令嬢の父。

彼は王国軍の総司令官でもあり、比類なき猛将でも知られ周囲の国から最も恐れられている人物であった。

さらに悪いことに、一人娘のロミーナには激甘で、そして、彼女のことになると見境なくなるという欠点があり、ロミーナの話を聞いて早速激怒していた。


(あああ、思った通りの反応だ。どうするのよこれ)


「お父様。そのような軽率な発言は慎んでください。誰が聞いているかわかりませんよ」


「構わん。このまま王国軍を率いて、革命を起こしてやる。兄は牢屋にぶち込んで、息子はさらし首だ」


「ですから、冷静になってくださいませ、お父様。そのような無分別な発言は公爵家に相応しくありません。私に恥をかかせるつもりですか」


「む…… あ、ああ」


娘に窘められ、父は少し勢いをなくした。


「おれは最初からあのバカ息子との縁談を反対していたんだ。それなのに、エリザベスが……」


恰幅の良いロミーナの母エリザベス・アバーテは夫のカルロ・アバーテを睨みつけた。


「何か文句でもあるのですか。間違いなくあの時点でベストの選択でした。まさか、あのようなバカに育つとは思いもしませんでしたから。それに、他にロミーナに見合う相手がいたとでもいうのですか?」


「だからおれは……」


(二人とも、分別ある大人なんだから、もう少し冷静に話し合ったらどうなのよ。そもそも、二人が決めた婚約なのに)


夫婦喧嘩に発展しそうな勢いだったので、ロミーナはすかさず二人の中に割って入った。


「今はそのような話をする時ではありません。王国の危機なのです。そろそろ、陛下がいらっしゃると思いますので、お二人とも冷静さを取り戻していただけませんか」


(おそらく陛下は報告を聞いて、すぐに駆けつけてくるだろう。なにしろ父のことを一番よく知っているのだから)


「陛下が…… まさか」


顔を見合わせる二人を前にして、冷静に紅茶を一口飲むロミーナ。すると、血相を変えた執事のセバスティアーノが、部屋をノックするや否や部屋に飛び込んできた。


「大変です。陛下が、陛下が突然いらっしゃいました」


「思ったより少し早かったかしら。まあいいでしょう。さあ、参りましょうか」


ロミーナは両親ににっこりと微笑みかけると席を立った。



王パオロ・メッツァは威厳を持った佇まいで、馬車から降りてきた。

家来を伴ってエントランスに入ってくる。公爵家の面々がお出迎えをして挨拶をする中、ロミーナをめざとく見つけて声を上げた。


「おお、ロミーナよ」


パオロ王は姪でもあるロミーナ公爵令嬢に近づくと、慈愛を込め彼女の両手を握った。心なしか目が潤んでいるようだ。


「陛下、心中はお察ししますが、この場での発言は無用と存じます。まず、人払いが肝心かと」


(ここで余計なことを言われると面倒だわ)


「分かった。お前たち、この場で待機しておれ」


パオロ王は家来たちにそう命じると、弟であるカルロ公爵に案内され、ロミーナとともに屋敷の奥にある応接室へと向かっていった。



応接室内では王と公爵、そしてロミーナが向かい合って座っていた。


「申し訳ない。儂の息子がこのような不始末をしでかしてしまって」


「兄よ。おれはお前を信じたからこそ、大切な愛娘を嫁がせることに決めたのだ。10数年の王妃教育も終え、完璧に育った我が娘があのような場で辱めを受けた。どうしてくれるのだ」


「すまん。カルロよ。この通りだ」


頭を下げるパオロ王を睨みつけるカルロ公爵。


もとより、一歳ちがいの兄弟。しかも、腕っぷしは弟の方が強かったので、兄王はカルロを常に恐れていた。

パオロ王は温和で政治的手腕は評価が高かったが、対外的な武力での争いになるとカルロ公爵頼りだった。

それゆえ、王はカルロ公爵には相当気を遣っていたのだ。


王太子との婚約もパオロ王が持ち掛けたもので、公爵家を敵に回したくないという目論見でのことだった。

それがベルナルド王太子の軽はずみな行動や発言が全てをぶち壊してしまったのだ。


つまり、王国の危機とはこういうことだったのである。


「さっさとあのバカを処刑しろ。もし嫌だというのなら、力ずくでおれが王になったっていいんだぞ。何しろおれも正当な王家の血筋を受けているのだからな」


(また、父は無茶なことを……)


「そ、それだけはやめてくれ。頼む」


「じゃあ、ベルナルドのやつを廃嫡して……」


「そ、それもできん。あいつはバカじゃが儂の一人息子なのだ。あいつを廃嫡してしまったら、男系である王家の伝統が……」


「王家の伝統なぞ糞食らえだ。おれが次の王、そして、その次はロミーナを女王にするぞ。異論はないな」


(えっ、私、女王になる気なんてないんですけど)


「そ、そればかりは。そうだ、ベルナルドの王位継承者の権利を取り消しても良いが、その代わり、ロミーナとの婚約破棄も無かったことにしよう。ロミーナとの間に男児が生まれたら、その子を正当な王位継承者として迎えるというのはどうだ。その間、儂に何かあったらカルロ、お前が王になっても良い」


(いやいやいや。あのバカとよりを戻すなんて、それだけはないでしょう。それだけは)


「ベルナルド殿下と一生連れ添うのは難しいと思います。彼は私と結婚するのはお嫌でしょうし、私もそのことで大変心苦しく感じます。それに、そんなことをしたら、ブリジッタさんもお可哀想ですし、立場をなくしてしまいます」


「それは大丈夫だ。ソルダーノ男爵家ではもうあの女は男爵家の一員ではないと、こちらに申し出てきた。すでに男爵令嬢の立場にはない。ただの平民だ。もとより、王太子との結婚なぞできない身分だったのだ。それなのに儂の息子をたぶらかしおって」


(全部、ブリジッタのせいにするつもり? 相変わらず王家のやることはひどいわね)


「彼女は浅はかであるにしろ、今回の件、彼女の責任だけではないと思います。それを彼女だけに負わせるのは、あまりに酷いのではないでしょうか」


「では、どうすればいいのだ。これ以上はどう考えても、うまくいくような考えが浮かばん」


パオロ王とカルロ公爵が頭を抱えている。ロミーナは静かに目を閉じ、手繰るようにして思索をめぐらせていた。


(王族トップが二人揃って役立たずとは、いったいこの国はどうなっているのよ、全く。うーん、結局私が考えるしかないのか…… 何か、いい案が…… そうだ!)


「私に良い考えがあります」


「ロミーナ。本当か」


「さすがは我が娘だ」


「何も聞いていないうちからさすがはないでしょう、お父様」


少し父を窘めた後、ロミーナは語り出した。


「泉の伝説を知っていますか?」


「泉?」


パオロ王は首をかしげた。


「ああ、我が領地にあるやつか。今は封印されている」


カルロ公爵の方は泉の伝説を知っていたが、ロミーナの意図についてはよくわからないままだった。


「その泉の封印を解いてほしいのです。それから、ベルナルド殿下とブリジッタさんを連れてきてほしいのです。泉の橋の上に」


「だが、それで本当に解決するのか?」


「全てを解決してみせます。細かい打ち合わせはこれからお話しします」


「ほう。分かった。それくらいなら簡単だ」


カルロ公爵はうなずいた。


「儂はベルナルドによく言っておこう。男爵家にも通達をする」


パオロ王もロミーナに全てを託す決意をした。



その泉は深い紫色をしていて、底がまるで見えなかった。周囲からはモヤがたちこめていて、日中であるのに、少し薄暗い。


泉の上には手すりのない古い橋がかかっていて、ベルナルド王太子とブリジッタ男爵令嬢が周囲をキョロキョロ見回しながら、身を寄せ合って立っていた。


モヤの中からロミーナが姿を現した時、不安そうな表情をしていた彼らは一変して怒りの表情となった。


「お前、何のつもりなんだ。こんなところに呼び出して」


「そうよ、そうよ。いったいどういうつもりよ」


(相変わらず態度悪いわねぇ。まあしょうがないわ。二人のこともなんとかしないと後味悪いから)


「私は全てを解決するためにここにきました。あなた方にとっても良い話になると思います」


「嘘をつけ、おれはお前の告げ口のせいで、父王に散々に叱られて、ここにきたんだ。行かないと廃嫡するって言われてな。カルロ公爵の威を笠に着て、俺たちを脅そうだなんてとんでもない悪女だなお前は」


「私も父に激しく叱責されてここにきました。このままでは男爵家がお取り潰しになるかもしれないと。本当に卑怯者ですわねあなたは。自分の手を汚さずに人の手を借りて復讐しようだなんて。しかも逆恨みも甚だしい。あなたは人間の皮をかぶった魔物ですわ」


(……やっぱり、見捨てた方が良かったのかしら)


「言い分はよくわかりました。ところで、あなたたちは泉の伝説を知っていますか?」


「ん、知らんわ。そんなもの」


ブリジッタ男爵令嬢は少し考えてから、思い出した。


「泉とはあの、金の斧、銀の斧の……」


「そう、よく知っておりましたね。そうなのです。この泉はその伝説の泉なのです」


ロミーナはニッコリ笑うと泉の方に視線を向けた。二人も自然とそっちの方を向いた。


「昔々正直者の木こりが誤って鉄の斧をこの泉に落としてしまいました。そこに、泉の女神が現れて、金の斧、銀の斧を次々と取り出します。でも、その木こりは正直者なので、自分が落とした斧は鉄の斧と答え、女神は感心して全ての斧を木こりに渡しました。すると、その話を聞いた欲深い木こりが自分の斧をわざと泉に落としました。彼は金の斧を前にして欲が出たのでしょう。その斧は自分の斧だと主張し、結局、自分の落とした鉄の斧まで失ったのです」


「はあ……」


「なんで、今、そんな話をしているのよ」


「それ以来、伝説を聞きつけた人たちが泉に押し寄せて、何でも投げ込むようになりました。流石の女神様もお怒りになり、それ以来現れなくなったとのことです。そのため、ここを領地としている我が公爵家では女神様の怒りを鎮めるために、毎年盛大に捧げ物をし、この地に不届きものが来ないよう封印することにしたのです」


「だから、お前のそのくだらない知識をひけらかすのはいい加減にしてくれないか」


(まあ、話が理解できないのは分かっているけど、そんなに偉そうにすると自分が馬鹿だと言っているようなものよ)


「私は全ての問題を解決すると言いました。それを今実行に移すことにします」


そう言って、ロミーナはベルナルド王太子をいきなり泉に突き落とした。


「わ、助けて、助けてくれー。誰か。い、泉に足が届かない。泉に引き込まれてしまうぅ」


すぐに王太子の姿は泉の底に消えていった。


「ひ、ひ、人殺し。人殺しぃー」


そう叫んでブリジッタ男爵令嬢はその場にしゃがみ込んだ。ブルブル震えながら、蛇に睨まれたカエルのようにすくんで身動きが取れなくなっている。


「そう恐れなくても大丈夫です。それに、ベルナルド王太子殿下は死んではおりません」


にっこりと微笑みかけたロミーナを見ても、恐怖の表情を崩せないブリジッタ。


すると、その時、泉の表面がパァッと明るくなり、そして、その光が一点に収束、天に向かってほとばしった。光の中から一人の女性の姿が現れる。


その女性は金の髪飾りで紫色の髪がまとめられ、見たこともないような髪型をしている。

髪色と同じくアメジスト色の瞳には微笑みが浮かび、天女の羽衣のようなものを纏った、とても神々しい姿だった。


「泉の女神様ですね。お初にお目にかかります。私はこの地の領主であるカルロ公爵の娘、ロミーナ・アバーテでございます」


「私はウンディーネ。泉の女神です。捧げ物をいつもありがとうございます。ところで、ロミーナ。あなたの落としたのはこの者ですか?」


彼女がそう言うと、泉の中から金色の髪をした青年が浮かび上がってきた。


「あっ」


驚きの表情を隠しきれないブリジッタ男爵令嬢。

その男は金髪ではあったが、顔は紛れもなくベルナルドのものだった。

ただ、ベルナルド本人よりもすらっとした長身になっているように見える。


ウンディーネはロミーナに微笑みかけてこう言った。


「あなたの落としたのは、この金の王太子ですか? 彼はとても優しくて包容力もある王太子です。頭脳も明晰で将来王になったなら、この国をうまく導いてくれるでしょう」


女神に紹介されて、金の王太子が口を開いた。


「ロミーナ。おれはあのクズ王子とは違う。奴の記憶を受け継いでいるが、本当に吐き気がする事ばかりだ。あんな奴は泉の底に沈んだままがいいんだ。おれを選んでくれ。頼む。必ず幸せにする。二人でこの王国を更なる発展に導こう」


「私が落としたのはこの王太子ではありません」


(断るのはかわいそうだけど、嘘を言うわけにはいかないわ)


金の王太子は肩を落とした。


「では、あなたの落としたのは、この銀の王太子ですか?」


すると、再び何者かが泉の底から浮き上がってくる。彼は銀の髪をしていた。

顔はベルナルドのものであったが、逞しい体つきはだらしない体型のベルナルドと違っていた。


「この銀の王太子はとても力強く、そして、精神的にもタフな人間です。どのような困難にも負けない強い意志を持ち、この王国が危機に陥った時、彼は国民を導くことができるでしょう」


「ロミーナ。お前を愛している。ロミーナを侮辱するような、あんなクズ野郎のことは、おれがすぐに忘れさせてやる。だから、おれだけを愛してくれ。お前を全ての災いから守りたいんだ」


(ここでハイと言ってしまうと、全てを解決することにはならないので…… やっぱりごめんなさい)


「私が落としたのはこの王太子でもありません」


銀の王太子はくやしそうな顔をして歯を噛み締めている。



すると、女神はちょっと嫌そうな顔をしてから、再び王太子を召喚した。髪がずぶ濡れになっている黒髪の王太子だった。


「あなたの王太子は…… こんなクズ野郎なんですか? ちょっと信じ難いです。性格が悪いだけじゃなく、頭も悪いし、生活態度もだらしない。顔がいいこと以外、なんの取り柄もなさそうですが」


「てめえ、俺のことを落としやがって、絶対に許せん。王になったらすぐにでも処刑してやる」


黒髪の王太子は怒り狂って喚き散らしている。


「大変残念なことですが…… 彼が私の落とした王太子です」


ウンディーネは目を見張って、ロミーナの方を見た。


「素晴らしい。何という正直者なのでしょう。あなたの正直さに免じて、この三人の王太子全員をあなたに差し上げましょう」


女神の力により、彼らは橋に上げられた。


「本物は俺だ。なんだなんだこの偽者たちは」


ずぶ濡れのベルナルド王太子は二人を指差した。


「見れば見るほど、顔だけは俺によく似ている。俺は今、本当に腹立たしくて煮え繰り返る思いだ。こんな知性のかけらもない男と似ているとは」


金の王太子が嘆く。


「おれもこんな奴の顔は見たくない。そうだ、こいつをもう一回、泉にぶち込んでやろうぜ」


銀の王太子は腕捲りをしている。


「ベルナルド殿下」


そう言うと三人ともロミーナの方を振り返った。


「ちぃ。こいつの名前と同じなんて…… なんて穢らわしい。早く新しい名前を頂かなくては。ロミーナ、あんな奴の名で俺のことを呼ばないでほしい」


「おれも違う名前にするぜ。ロミーナ。なんて言う名前がいい。好きな名前でおれを呼んでくれ」


「いい加減にしろお前ら。本物は俺だ。このベルナルド様だ。王太子であるベルナルド様だ」


激昂するベルナルド王太子のそばに、ブリジッタ男爵令嬢は走り寄った。


「そうよ、そうよ。偽者はどこかに行ってしまいなさい。王太子殿下はただ一人、ベルナルド殿下よ。偽者たちは処刑よ、処刑」


(こいつらにいちいち全部説明しなきゃならないけど…… 面倒くさいなあ)


「残念ながら、ベルナルド様はすでに王太子の身分を剥奪されています」


ロミーナは厳かな声でそう宣告した。


「何だって」


ベルナルドはロミーナを睨みつける。


「私をパーティ会場で辱めたことは大変な落ち度でした。誰もいないところで私だけに『ロミーナとは結婚できない、ブリジッタさんと結婚したい』と言っただけなら、まだ取り返しはついたのですが」


「関係ないだろ。誰と結婚しようが、俺様の勝手だ。真実の愛に目覚めたんだ。お前なんかと違ってブリジッタはなんでも俺の言うことを優しく聞いてくれる。とても素晴らしい女性なんだ」


(あなたの言うことなんかをなんでも聞くから、こんな事になったんでしょうに)


「真実の愛? 大変結構なことだとは思うのですが、あの場での失言で、あなたたちはどれほど大変な状況に陥っていたのが分からなかったのですか? あなたは王太子という地位にいたのです。あくまでも政治的にことを進めるべきだったのです。王の承認を受け、公爵家とうまく折り合いをつける。そのような下準備も無しにいきなり公爵家の令嬢に対して侮辱的な扱いを行う。これがどう言った事態を引き起こしたか、今の段階でもまるで分かっていない政治センスの無さ。あなたは王太子には相応しくありません」


「何を言ってる。俺は王太子だ。王太子なんだ。次期王位継承権は俺にあるんだ。誰も俺の言うことには逆らえないんだ」


「本当に恥知らずな女ですこと。臣下の礼をわきまえないなんてとんでもない女ですわ。それに、王太子殿下を泉に突き落としたこと。大罪に値します。今すぐ、処刑しましょう」


(ああ、どうして分かってくれないんだろう)


「ロミーナを侮辱するな、クズ野郎どもめ」


「おれのロミーナに手を出したら、ただじゃおかない」


「やっちまうか」


金の王太子と銀の王太子二人は怒りをあらわにして、剣を抜いた。


「おやめください」


ロミーナの声を聞き剣を再び鞘にしまったが、二人ともベルナルドの顔をすごい形相で睨みつけていた。


「王弟でしかも王位継承権を持つ我が父は、あなたのことを殺してしまえと言っていました。私は止めましたが、それでも怒りが収まらない様子でした。父はあなたの廃嫡をパオロ王に詰め寄りましたが、息子の代わりはいないので勘弁してくれとおっしゃってました」


「はっ。当たり前だ」


「ですが、私がベルナルド殿下の代わりを見つければ、評判の悪い息子は諦めるとおっしゃってまして……」


「ちょっと待ってくれ、俺の代わりなんていな……」


ロミーナは二人の王太子に向けて言った。


「金の王太子殿下、銀の王太子殿下。お二人はいずれも立派なお方とお見受けします。パオロ王にはお二方のうち、いずれかを次の王候補としていただくよう、推薦するつもりです」


「望むところだ、俺は次の王になる。そして、ロミーナはそんな俺にこそ相応しい」


「いや、おれの方が王になる。ロミーナはおれのものだ」


(王太子になった方と結婚するなんて言ったつもりはなかったけど。でも、そのことを今言ったら混乱するわね。とりあえず黙っておくことにしよう)


二人は睨み合っている。そんな中、元王太子のベルナルドはロミーナに向かって叫んだ。


「俺の立場はどうなるんだ」


「ですから、あなたはブリジッタさんと真実の愛を見つけたんでしょう。末長く幸せになれるよう、男爵家へ養子に行ってもらうように取り計らいました」


ロミーナは出来の悪い子供によく言って聞かせるような調子でそう答えた。


「そんな、馬鹿な」


「聞いてないわよ、そんなこと。それにベルナルドが王太子じゃなかったら、意味ないじゃない」


(……結局、真実の愛とかじゃなくて、地位目当てなのかい)


「でも、こうでもしない限り、あなた方は破滅していました。一番穏便な、全て丸くおさまる。そして、いろんなことをしでかしたあなた方にも幸せな結末になったと言えるのではないでしょうか?」


「なんだと」


「ふざけないでよ」


つかみかかったてきた二人をロミーナは軽くかわした。彼らは二人、もつれてそのまま泉へと落ちていった。


「欲をかかなければ、こんなことにはならなかったのに……」


ロミーナは悲しそうな表情を見せた。


「想定内ではありましたが、最も愚かな選択をされてしまいましたね。残念です。ですが、彼らはきっと泉の底で真実の愛を貫くのでしょう。それもまた素晴らしいことなのかもしれません」


(しょうがないよね。私、今回は頑張ったよね)


「ロミーナ。お前の悲しそうな顔を見ると、俺まで心が張り裂けそうだ」


「あんなクズどものことなど気にする必要はないさ。ロミーナ」


口々に慰めの言葉をかける王太子たち。そして、三人が泉から立ち去ろうとしたところ、背後から再び、まばゆい光が立ち昇った。


振り返ると女神ウンディーネが微笑みを浮かべて水面に漂っている。金髪の二人を伴って。


「あなたの落としたのは、金の元王太子ですか、それとも、金の男爵令嬢ですか?」


「いえ、私は何もしておりません。彼らが勝手に落ちていったのです」


そうきっぱり言ってロミーナは泉から立ち去っていった。


(……もういい加減付き合いきれないわ。帰って寝よう)



「ちょっと待ってよ。いなくならないで、銀の元王太子と銀の男爵令嬢もつけるから。本物よりずっと性格良くて賢いわよ。ちょっと、お願い、いなくならないで。こいつらをここに置いていかないで」


周囲にはもう誰もいない。モヤがたちこめる中、女神の悲痛な叫び声だけが泉に響き渡っていた。

これで、第一部は完結になります。


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― 新着の感想 ―
一番の被害者は女神様。
銀の男爵令嬢のスペックが地味に気になる…健気で努力家で身分をわきまえてて礼節バッチリで所作も美しい系?
女神様とんだとばっちり。 不法投棄ダメ絶対! (今回は事故ですが、女神様からしたら同じ事でしょう)
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