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第7話 華族の家族

 華族は五つの爵位から構成されている。


 上から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。上村家は華族のなかでは末席にあたる男爵家だ。

 しかし、爵位が最下であるとはいえ、それなりの財力はある。そのおかげで松実は今、有名な女学校に通えているわけだが……。


「……美竹さん」


 翌日の朝。上村家当主である実父が待ち構えているという応接間に向かっている最中、松実は神妙な面持ちで後ろをついてくる美竹に呼びかける。仁墨と黎は事が済むまで銘々部屋で待機しており、今この場にいるのは二人だけだった。


「何でしょう、お嬢様」

「お父様が来るということはつまり……」

「はい。お察しの通り、奥様や華恋お嬢様もご一緒です」

「はぁ、やっぱり」


 溜息をつくと同時に、どこか足取りが重くなるような感覚がした。


 父はともかく、義母とその娘である異母妹には昔から苦手意識があった。

 義母は父の後妻で、彼女の娘である華恋は三つ下の異母妹にあたる。

 前妻だった松実の母は産後の肥立ちが悪く、松実が生まれたあとすぐに亡くなった。それから三年後に父が今の奥方と政略結婚して華恋が生まれた。


 それだけならまだいい。父が上村家当主として跡継ぎを残すために再婚し、子を設けようとすることはごく自然な流れと言える。男子がいないことに気を揉んではいるだろうが。

 しかし、松実が義母と異母妹に対して良くない感情を抱いているのは――


「お久しぶりね。松実さん。相変わらず狭くて陰気臭いこの家でちんけな絵ばかりを描いているのかしら」

「絵の虫であるお姉さまのことだもの。悠々自適に化け物と仲良しこよしやっているに違いないわ」


 応接間に入るや否や、華美な服装をした女性二人が嘲笑交じりに悪態をついてきた。

 松実は辟易しつつも、とりあえず体裁だけは保っておこうと表面上の挨拶を述べる。


「……お元気そうで何よりです。美華みかさん、華恋かれん


 松実から見て右側の座布団に座っている三十代後半くらいの女性。

 明るい茶髪に濃い化粧。この幽婉な和風家屋にはそぐわない派手な装飾品や洋服が目立つ、いかにも華族らしい相貌をした彼女こそ、義母である美華だ。


 反対に左側に腰を下ろしている少女は華恋。美華と瓜二つで、自身を心底溺愛している母親から見繕ってもらったのか彼女もまた洋服に身を包んでいた。そして美華同様、こちらを見下すような眼差しを向けている。


 が、この華族特有の高慢で居丈高な振る舞いにはとっくの昔から慣れており、むしろ呆れ果ててすらいた。今回だって来るのは父一人だけで良かったはずなのに、わざわざ同行してきたあたり、よほど自分を嘲りたいと見える。正直、暇人の自尊心を満たす愚行に付き合っている暇はないのだがと、松実は心の中で一蹴した。


 女性陣の揶揄やゆと下劣な視線を流し、松実は真ん中に座している中年の男性に頭を下げる。


「お父様も、ご無沙汰しております」

「ああ」


 彫りのある顔立ちと眉間に刻まれた深い皺が特徴的で、当主らしい威厳と貫禄を感じさせる。妻と娘とは異なり、父の松司しょうじは和装だった。

 義母のあからさまな舌打ちや、眉根を寄せて「……気味の悪い醜女のくせに」と秘かに吐き捨てる異母妹の反応が目に入ったが、これも毎度のことなので特段表情を変えることなく無視を貫く。


「美竹さん」


 背後に控えていた美竹に目配せすると、彼女はその意図を察して深々と首を垂れ、応接間を後にした。貴賓にお茶をもてなせ、などと直接指示を出さなくても、長年連れ添った従者に視線を送ればすぐに応えてくれる。

 美竹が下がったところで、松実は家族三人と向かい合う形で用意された座布団に膝を乗せる。


「わざわざこちらにお越しくださり恐縮にございます。それで、私にお話があると伺いましたが」

「ああ。そうだ」


 松司は首肯し、静謐せいひつで厳かな光を宿した黒瞳で松実を見据える。


「単刀直入に言う。松実、お前に縁談がきている」

「え?」

「お相手は藤浪家の次男、藤浪ふじなみえん殿だ」

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