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第41話 手がかり②

 美華が鍵を開けてドアノブを捻る。

 初めて父の私室に足を踏み入れ、華恋はその圧倒的な蔵書量に息を呑んだ。


 壁一面はすべて本棚で埋め尽くされており、余白を残すことなく本が所狭しと並んでいる。正直なところ、このなかから見鬼能力者に関する情報を入手するのは至難の業だ。そのうえ、必ずしもそのような書物が見つかるとは限らない。あくまで華恋の推測に過ぎないのだから。


「お母様は右側の本棚を。わたしは左側の本棚から探します」

「わかったわ」


 松司が帰ってくるまでに手がかりを見つけなければならない。それに、彼がいつ屋敷に戻ってくるかわからないいま、悠長に探している時間はなかった。

 焦燥が己の心を急かすなか、視界に飛びこんでくるのは経営学や紡績事業の概説、世間で名を馳せている文豪たちの名著ばかり。


 ――この部屋にはもうそれらしい本はないのかしら。


 華恋が諦念を滲ませていたその時、「あっ」と美華が声をあげた。

 反射的に美華のほうを振り向いて、そのまま彼女のもとに歩み寄る。


「何か見つけたのですか?」

「ダメだわ。妖のことしか書かれていない」


 肩を落とす美華の手元にあるのは妖の図説。自分たちがいま欲しているのは妖ではなく、それらを従える人間のことだ。

 刹那の希望が潰えるも、華恋は母の持ち場である本棚を凝視しながら口を開く。


「でも、ここで妖関連の本が見つかったということは、似た内容やそれに付随する本が並んでいるはず」


 生真面目な性分の松司のことだ。分類別に収納しているに違いない。

 華恋も一緒に目を皿にしていると、背表紙に『妖具便覧』と記載された書籍を発見した。


「妖具?」


 聞いたことのない単語に首を傾げながらも、華恋はその本を取り出してページをめくる。


 目次には『天妖五劉器』『十種妖宝』と仰々しい単語が並び、三つ目には『契約者一覧』という項目があった。

 妖具の概説を読み進め、『契約者一覧』の項目に辿り着く。その頁には〈天妖五劉器〉から順に当代の所持者の氏名が記載されていた。


「〈珂雪〉契約者、藤浪縁……」


 見知った名前に華恋は目を瞠った。


 ――〈天妖五劉器〉って、最上位の妖たちが封じられた妖具よね。


 先ほど得たばかりの新鮮な知識を引き出し、縁の退魔師としての実力がどれほどのものであるかを理解した。


「縁様は本当にすごいお方ね」


 傑出した才能を兼ね備えている貴顕紳士の隣に立ちたいと、華恋は欲をかいた。

 さらに文字をなぞっていくと、『十種妖宝』の一宝〈磐座〉の契約者に目が留まった。

 


 〈磐座〉契約者……四葩よひら阿漕あこぎ



 二行目からはその人物の概要が端的に書かれていた。


「鬼人衆の一角、〈妖雲〉の頭目。暗殺を生業とする者なり」


 一言一句正確に復唱し、華恋はこれだと隣にいる母に顔を向ける。


「お母様」


 呼ばれて美華が振り向くなり、華恋は該当の頁を彼女に見せた。


「鬼人衆……〈妖雲〉……」


 見慣れぬ単語に美華は顔を顰める。


「文脈から察するに、〈妖雲〉は見鬼能力者による暗殺集団ではないかしら。この団体――特にこの四葩という人物と接触することができれば、お姉様の暗殺を請け負ってくれるかもしれない」

「そうね」

「でも、問題はどうやってこの人たちと会うか……」

「まずは〈妖雲〉の素性について詳しく調べてみましょう。ここにそのことが詳しく書かれている本があるかもしれない」


 華恋は頷いて、時間が許す限り手がかりを探し続けた。

 幸い松司がすぐに帰宅することはなく、加えて勤勉な父のおかげで鬼人衆に関する書籍を見つけ、情報を得ることができた。


 鬼人衆は妖と主従契約を結んでいる犯罪者の総称だということ。そして、その代表ともいえる組織が〈妖雲〉であり、江戸の世から存続している名の知れた暗殺集団であるとのことだった。

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