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第29話 子に恨まれようとも

 縁が昔語りを終えたことで、散在していた疑問点がすべて線で結ばれた。

 謎に包まれていた全貌が明らかとなり、松実はこれまでの縁の言動に得心する。


「おばあちゃんの妖伐局引退は、本当は私のためだったんだ……」


 松乃自身は『もう歳だから後輩たちに譲るわ』とあっけらかんと言っていたが、本来の目的は松実を傍で見守ることだったのだ。そして、自分がこの世を去った後も縁が代わりに松実に寄り添えるよう、一番隊隊長の就任という条件つきで彼女を託した。


「おばあちゃん……」


 病で床に臥し、息を引き取るその最期まで松乃は孫娘のことを案じていた。


「全部、私のために……」


 熱いものがこみ上げて、視界が揺らぐ。

 ここで取り乱してはならないと、松実はすぐさま零れ落ちそうになった雫を拭った。


「少し前、俺は念願の一番隊隊長になることができた。だから松乃さんとの約束を果たす時が来たと、松司殿に縁談を申し入れた」


 縁がこれまで静聴していた松司に視線を移す。

 松実もそれに倣うと、父は慎重に言葉を選ぶように低い声音で呟いた。


「その約束のことは、生前の母から聞いていた。だから、縁殿が訪ねてきた暁にはよしなに頼むと。何を勝手にと最初は思ったが、よくよく考えればそれが松実の幸せにもなるのではないかと思い直した」


 松実本人をはじめ、母の松乃自身も己を薄情な父親だと非難していたことだろう。 

 娘の見鬼を畏怖し、それゆえ同類である松乃に松実の世話を頼んだのだと、誰もがそう思っていたはずだ。だが、それは違った。


「母に松実を預けたのも、一般人である我々のもとで暮らせば必ず松実は疎外感を覚え、要らぬ心労をかけてしまうと、そういう考えがあったからだ」

「お父様……」


 本音を吐露する松司に、松実は一抹の悲哀を浮かべながら問う。


「じゃあどうして、そのことを私やおばあちゃんに言ってくれなかったんですか?」


 松司の真意を知っていれば、不義理な父親だと諦念を抱く必要もなかった。

 離れて過ごしていても、対面した時に笑顔で言葉を交えられるような――良好な関係が築けていたかもしれないというのに。


「仮にお前たちが私の本心を聞き入れたうえで別居することを承諾したとしても、大義名分があるとはいえ、親が子を手放すことに変わりはない。ならいっそのこと、子を捨てた非人情な父親として早々に見切りをつけてもらったほうが、お前のためでもあると考えた」


 知っての通り、私はこうすることでしか子の幸せを考えられない不器用な人間だからな。


 松司は自嘲し、謝罪する。


「だが結局、お前に苦労をかけてしまった。不出来な父親で本当に申し訳なく思う」

「……もう、謝らないでください」


 松実は目尻を下げて苦笑した。


「お父様なりに私のことを考えてくれていたことがわかっただけで、十分ですから」

「松実」

「だから縁さんからの縁談も受諾したのでしょう? 資金援助の話よりも、私が美華さんや華恋の陰湿な仕打ちを受けないようにすることが最優先だったから」

「……ああ」


 首肯する父に、松実は小さく息をつく。


 ――本当に、わかりにくくて素直じゃない人。


 もう少し素直になれば、お父様自身も生きやすくなると思うのに。

 それは二人で話す時にでも言おうと、ひとまず胸の内にしまっておく。


「お二人とも、話してくれてありがとうございます」


 これで、すべての辻褄が合った。

 状況を整理し、これから自分がどうしていくかを決めるため、松実は思案する。


 ――まずは、黎を探して止めないと。


 最優先事項は黎たちの暗躍を阻止すること。彼らの捜索に加わりたいと志願した以上、いつまでものんびりとはしてられない。


 ――縁談のことは、黎のことが解決してから。


 答えが決まったところで、松実は朗々と述べる。


「縁さん。申し訳ありませんが、縁談のことはいったん保留にさせてください。今は黎たちを止めることが先決です」

「そうだな」


 迷うことなく同意してくれた縁に、松実は胸を撫でおろす。


「さっきも言ったように、私に黎の捜索を手伝わせてください」

「だが……」

「私が召喚する神虫しんちゅうなら、黎たちの居場所を突き止められるかもしれないんです」


 お願いします。


 松実の懇願に、縁は首を縦に振るか否か迷った。


 ――この様子だと、俺がいいと言うまでずっと頭を下げ続けるだろうな。


 その強情にとうとう根負けした縁は、松司を見やる。彼もまた仕方がないと言わんばかりに頷いた。

 父の許可を得られたところで、縁は松実に視線を戻す。


「わかった。君の助力をありがたく頂戴する」

「ありがとうございます!」

「ただし、身の安全のため捜索中は常に俺と一緒にいてもらう。いいな?」

「はい。よろしくお願いします」

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