シズクの誕生日
あれから数か月が経った。
シズクとララは相も変わらず、図書館で本を読み漁っている。
今日はマーヤが付き添いで来ているのだが、彼女はララが読む本のタイトルを見て思わず驚愕する。
――普通の絵本を読んでる!?
そう、ララが子供向けの絵本を読んでいるのだ。普通なら驚くことのない何の変哲もない光景。しかし彼女に関して言えば、それは普通ではない。寧ろ異常事態だ。
その絵本のタイトルは「旅する魔法使い」。若い魔法使いが帝国内をその身一つで旅をするというよくあるお話だ。魔法協会により出版された本で、子供達にわかりやすく魔法のルールを説明する為に作られた。
「あと6年…」
唐突にララが呟いた言葉。マーヤは意味不明だったが、シズクは一瞬でその言葉の意味を理解する。魔法が使えるようになるまで後6年という意味。どうやらララも本格的に魔法に興味を持ち始めたようだ。
絵本をパタンと閉じて、いつも通り見るからに難しそうな本を読み始める。マーヤはその様子に何故か安心して、先程まで読んでいた料理の本に視線を戻す。
「ねぇシズク。なんで10歳まで魔法を使っちゃダメなの?」
「10歳未満の子供が魔法を使って魔素暴走を起こしたら、大怪我を負うからだよ。」
「そうなんだ。じゃあ仕方ないね。」
未熟な者が魔法を扱うと稀に暴発が起こる。学術的に魔素暴走と呼ばれるその現象は、特に見習いの魔法使いがよく起こす。
未熟な魔法使いが見栄を張って、理解が追いつかないまま高度な魔法を使おうとして、魔素暴走を起こすのだ。同様に、子供が理解しないまま魔法を発動すると魔素暴走は発生する。
肉体的に成長していれば、魔素暴走が起こっても怪我で済むが、子供では致命傷になってしまう。その為、魔法規制法では10歳未満の子供の魔法の使用を禁止しているのだ。
「10歳になったら、一緒に魔法練習しようね。」
「うん…」
ララの純真無垢な笑顔に、既に魔法の練習を始めているシズクは負い目を感じつつ、読んでいる本に目を移してその続きを読む。
そんな日常を過ごしていると、いつの間にかシズクの誕生日の日になっていた。
「誕生日おめでとー!」
ダンとアメと共に、当然の様に食卓を囲んでいるララに祝われて、シズクはケーキに4本立っている蠟燭の火を吹き消す。
「プレゼントはそのランダパンだよ。」
「ララちゃんが何日もかけて、頑張って作ってくれたのよ。」
実はララは何日もシズクの家に訪れては、アメと共に台所に立っていた。シズクの好物である、アメが焼いたランダパン作るために。
以前にララも彼女のランダパンを食べたことがあるからわかる。あれは至高の一品だ。一朝一夕で作れるものではないのはわかりきっていた。
だからララは必死にアメの説明をメモして、何度も何度も練習した。その結果、今食卓に置かれているふんわりとしたランダパンが完成した訳だ。
「頂きます。」
シズクはララのランダパンを手に取り、一思いに頬張った。
「…!」
外はカリカリで中はフワフワ、口の中に含んだ瞬間に広がるバターと小麦の甘味。どれをとっても、アメのランダパンと遜色ない。
「どう?美味しい?」
「うん!」
「よかった。私はシズクみたいに魔道具は作れないけど、せめてシズクの好きな物を作れるようになりたかったから...」
ララは嬉しそうに微笑むと、自身もランダパンを手に取って頬張った。
「でもやっぱり、まだアメさんのランダパンには及ばないな。来年はもっと近づけて見せる。」
「えー。私は美味しく焼けてると思うけどな。」
「いえ。まだまだです。」
ランダパンを凝視しながら、まだまだ成長の余地があると呟く自分に厳しいララ。そんなララにシズクはありがとうと微笑む。
「ふふ。どういたしまして。でも、来年はもっと美味しいの作るから待っててね。」
「うん。」
微笑み合う2人を見て、ダンとアメの表情も思わず緩む。
こんな暖かい日常が続くことを願うばかりだ。
シズクの誕生日は9月23日です。
次回は5月17日(土)0時0分に投稿いたします。