ララの誕生日2
ララの誕生日当日。前日に隣町まで移動していた彼女達は、朝早くに宿屋から出発した。
向かった先は近隣では唯一の駅、スイート駅だ。スイート駅には1日に5本、魔法機関車が停まり、ランダ最大の都市ダスターに向けて出発する。
魔法機関車は全席指定席で、最低ランクでも相当な値段がかかる。アニー一家が予約したのは中間のランクで、価格的に民間人が座れる最高ランクの席といえる。
「あれ?どこ?」
目を覚ますとララはフカフカの椅子に座っていた。横を見ると、凄いスピードで景色が変わる窓がついている。どうやら既に魔法機関車の中の様だ。
「おはようララ。」
「おはよぉ。お母さん。」
まだ寝ぼけているのか、呂律が回っていないララは、眠そうに母親マーヤに寄りかかった。
「あら。まだ眠いのね。到着までまだ時間があるから寝てていいわよ。」
マーヤに頭を撫でられて、ララは温かい気持ちになる。目の前は既に真っ暗で眠る寸前だ。少し抵抗しようと、頑張って目を見開くも、そこで意識が途切れてしまった。
「着いたわよ。」
マーヤの優しい声に起こされ、ララは目を覚ます。窓の外を見ると、今までに見たことがない大都会が広がっていた。
「凄い...」
自分の荷物を背負って、マーヤに手を引かれてララは遂にダスターに降り立つ。人の数はとんでもなく多く、町中には見たこともない巨大な建物が乱立している。
キョロキョロと周囲を見回すララは、その美しさに感動する。
「あれは何?」
ララが指を刺したのは、一際目立つ時計台。
「あれは魔法使いさんが勉強する学校よ。」
「魔法使いの学校…」
ランダ魔法学校。ランダが位置するバッカリス帝国内でも最大規模の学校で、ランダ内外の将来有望な魔法使いが集う地だ。
世界で唯一、時間を知らせる魔法が付与された時計台を有し、ダスター全域に日の出、正午、日没の時間を知らせる。ダスターの住人はその鐘の音に沿って、全員が生活してるらしい。
魔法学校の横を通るとき、何人かの学生が魔法の練習をしているのが見える。
「凄い…!」
今までに見たことがない派手な魔法に、ララは魅了される。マーヤに手を引かれて歩いているから、一瞬だけしか見えなかったが、ララが魔法の沼にハマるには、十分な時間だった。
「どうしたの?」
ボーっとするララにマーヤが声をかける。ララは咄嗟になんでもないと作り笑いをするが、脳裏には先ほど見た魔法が刻まれていた。
――いつか私も…あんな風に。
ララが魔法使いを目指す切っ掛けとなった最初の出来事だった。
「あはは!」
数時間後、ララは魔法のことなんてすっかり忘れて遊園地を楽しんでいた。その様子は普段とは打って変わって年相応だ。
「美味しい?」
「うん。」
歩きながら幸せそうにソフトクリームを舐めるララに両親は破顔する。
「次は何に乗りたい?」
「んー...」
4歳の誕生祝いで彼女らが訪れたのは、ランダ最大の遊園地マトリアパーク。4歳のララでも乗れるアトラクションが多く存在しており、年齢問わず多くの人々に愛される遊園地だ。
ララはパンフレットを見ながら次に乗るアトラクションを指差す。そうしてララは数時間、遊園地を満喫した。
「楽しかった?」
「うん!」
ララは満面の笑みを浮かべて、マーヤに手を引かれながら帰り路を歩く。流石に一日遊んで疲れたのか、その足取りは小さいが、20時に出発する本日最後の魔法機関車には、間違いなく間に合う速度だ。
19時半頃に駅に着いたが、その頃にはララは眠る寸前だった。切符を買って駅のホームへと出る。数分待つと予定通り、魔法機関車が駅に到着した。
全てが順調だった。魔法機関車に乗るその寸前まで。
ピピピピピッというけたたましい音がホームに響く。その音の元凶はシズクの魔道具だった。眠たげなララを抱えるマーヤが、その音に驚き一歩後退る。すると、さっきまで鳴っていた音が嘘のように消えた。再び魔法機関車に乗ろうとするとベルが鳴る。どうやら、魔法機関車そのものに魔道具は危機を感じているようだ。
「お父さん…!」
「うん。この魔道具が鳴ったんだ。念のため、この機関車に乗るのは辞めよう。確か近くにホテルがあったはずだ。」
アニーとダンの付き合いは、お互いがまだ10代だった頃から始まる。それ故、ダンが関わった魔道具への信頼は誰よりも厚い。
魔道具の警告。それをアニーは全くの疑念を持たずに乗車を断念する。
聞く耳は持って貰えないだろうが、アニーは運転手に今日の運転は気を付けてくださいと伝える。運転手は何のことやらという表情をするものの、わかりましたと笑顔を見せる。何事もないことを願うばかりだ。
その日の夜のことだった。魔法機関車が脱線するという事故が起こった。幸い、直前に異変に気付いた運転手が急ブレーキをかけたことで、被害を最小限に抑えることができたらしい。
翌々日、新聞でその事実を知り、アニーは胸をなでおろす。事故の影響で帰宅はだいぶ先になってしまったが、シズクの魔道具が本来失われたであろう多くの命を救った。何せ、この事故での死者は0名だったのだから。
後に運転者は語る。あの日、気を付けるよう声をかけてくれた紳士に出会っていなければ、何人の人が犠牲になったか想像がつかないと。
次回は5月10日(土)0時0分に投稿いたします。