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捨て駒

「ヤバい…。」


状況は十一対六。この人数差は、二年生にとって致命的だった。


「行くわよ、皆。」


背後を警戒する必要がなくなった三年生は、一斉に侵攻を開始する。慌ててバニラは、これまで放置していた木の根を操り迎撃するが、苦し紛れの攻撃は、瞬く間に焼き払われた。


それを見た瞬間、バニラは即座に撤退を選ぶ。正しく、万策尽きた状況だった。


その様子に三年生は三手に分かれ、二年生を追い詰めていく。常に数で優位を取るその戦い方は、極めて合理的だ。しかし――


「…流石だな。」


フィールドを見渡し、シズクが感嘆の声を漏らす。なんと、二年生は数で劣りながらも、個々の技量と緻密な連携で三年生を押し返していた。


「平均的な魔法技術は...もう、三年生を上回っている。」


ミアたちの代が「最も仲の良い学年」なら、シズクたちの代は「最も強い学年」と言える。


シズクとララという燦然と輝く才能を前にしても、折れることなく互いを高め合ってきた彼らは、ランダ魔法学校創設以来、屈指の実力を持つ世代だった。


個人技に限れば、すでに三年生以上。人数不利でも拮抗できる力が、確かにあった。


それは、ミアにとって想定外だった。彼らの成長は把握していたが、ここまでとは思っていなかった。


「バニラ…もしかして、ここまでが作戦?」


ミアは二人の生徒を連れ、バニラともう一人を追っていた。三対二という状況だが、植物を操る魔法で粘るバニラを相手にしては、流石のミアも簡単には崩せない。


その間にも、仲間が一人、また一人と倒れていく。だが、ミアの表情に動揺はない。


「皆がここまで成長しているとは思っていませんでしたが、概ね、作戦通りです。」


バニラは実働部隊込みでなら、三年生を相手にしても十分に勝てると踏んでいた。しかし、この人数差で勝てるとは、流石に想定していない。つまり、この状況は嬉しい誤算。


「さて…後は、先輩たちだけです。」


終盤、状況は四対三。二年生が、ついに人数で上回る。しかし、バニラに油断はない。ここが最大の山場、強敵ミアを相手に勝てるかどうか。


「オリバー、ケイル。横の二人をお願い。私はバニラと、もう一人の子を相手にするわ。」


「了解。」


「オッケー!」


舞台は整った。道程は異なれど、バニラの予想通りの展開に漕ぎつけた。確実な勝算はない。だが、ここを越えなければ勝利もない。


「行きますよ。ミア先輩!」


「かかってきなさい!」


そう啖呵を切ったものの、お互いにまずは様子を見る。ミアの目線の先に二人、一人はバニラ、もう一人はフードを深く被っていてよくは見えない。体格的には男性だろうか。得意な魔法は何か、そんなことを考えながらも、機先を制したのはミアだった。


少し離れた位置にいる二人を正確に狙って、水の矢を放ったのだ。当然、そんな攻撃はバニラの植物に阻まれて――着弾したその時、植物が一瞬にして燃え上がった。


バニラは目を見開く。水の矢を防いだはずなのに燃えたのだから当然だ。しかし、よく見るとそこに答えがあった。なんと彼女は水の矢の中に一発だけ火の矢を紛れ込ませていたのだ。バニラに悟らせないほどの滑らかな魔法陣の切り替えに、観客席は思わず息を呑む。


一瞬にして植物の盾を失ったバニラは動揺しつつも、すぐさま植物を生やして防御に転じる。本当に厄介な魔法である。更には、真横からフードの男が細かく魔法を放ってくる。


ミアの視線がバニラに向く一瞬の隙を突いたその攻撃は、ミアの意識を効果的に奪っていた。そんな矢先、バニラが攻撃に転じる。今まで防御に徹していた彼女の突然の攻撃、しかし、ミアはそれに一切の動揺を示さず、冷静に火で燃やし尽くし、フードの男への牽制も忘れていない。


その視野の広さにフロリーナは感嘆する。


「あの子も中々やるのよ~!クリーム色の髪の子には徹底的に火で攻撃して、フードの子には多彩な魔法で弱点を炙り出していく…魔法戦の定石を良くわかっているのよ~。」


「ただ一つの魔法を極めるのではなく、多彩な魔法を極めること。それもまた、魔法使いの強さ。」


「そうなのよ~!」


ミアは続けざまにバニラへと攻撃を重ねる。次は、火の矢の中に風の刃が紛れ込んでいた。植物の壁は一瞬で燃え上がり、その隙間を縫って風の刃がバニラを襲う。自身の弱点を正確に突かれ、バニラは一気に防戦一方となった。


その間にも、フードの男は果敢に魔法を放つ。だが、純粋な魔法の出力では、ミアに及ばない。その状況に、ミアは微かな違和感を覚える。


今の彼女は、バニラに七割、フードの男に三割の意識を割いている。それなのに、フードの男との力関係は拮抗している。


三割の力で相殺できるほど、フードの男が弱いのだろうか。いや、そんなはずはない。そうなれば予想できるのは一つ。


――何かを溜めている…?


その予感は、すぐに現実となった。


ミアがフードの男へと視線を向けた、その瞬間。バニラはすべての防御を捨て、前へ踏み出した。それとほぼ同時、フードの男の魔法陣が、これまでとは比べものにならない輝きを放つ。圧縮された濃密な魔素が、一点へと集束し、火球となって解き放たれた。


どちらも、生半可な防御では防ぎきれない。


取捨選択。ミアは一瞬で状況を測り、最良の解を導き出す。


彼女は一歩、バニラへと歩み寄った。


間合いが詰まる。次の瞬間、バニラの攻撃が至近距離でミアを打ち据えた。


強烈な衝撃が、全身を揺さぶる。それでもミアは踏みとどまり、腕を伸ばした。そして、間合いの内にいたバニラの身体を掴み、迷いなく引き寄せる。そのまま、自身の前へと抱き込んだ。


「噓でしょ…!?」


驚愕するバニラをよそに、ミアは彼女を盾にする。本来なら、ここでバニラが取るべき手は一つしかない。抵抗せず、この火球ごとミアを巻き込むことだ。


しかし長年の鍛錬が、自身の脅威となる魔法を前に、咄嗟に植物を生やしてしまった。その植物の盾は、フードの男の最大の一撃を当然のように受け止める。その素晴らしい魔法を前に、ミアは称えるように微笑する。


「…流石ね、バニラ。」


「嬉しくない誉め言葉ですね。」


その直後、ミアの魔法がバニラの腹部を貫いた。声を上げる暇もなく、バニラの身体は力を失い、地面へと倒れ伏す。


ミアは倒れたバニラを一瞥することすらせず、視線をフードの男へと向けていた。


確かな足取りで立ってはいる。だが、内情は違う。先ほどの一撃は、確実に彼女の芯を捉えていた。今のミアは、気合と根性で意識を繋ぎ止めているに過ぎない。


それでも、その風格を前に、フードの男は踏み込めない。わずかな躊躇い。その一瞬を、ミアは見逃さなかった。


体を強くする魔法が彼女の脚力を強化する。腹部の痛みを押し殺して、地面を蹴る。たった数歩で、距離は消えた。その間も迎撃の魔法が放たれている。だがミアはそれを正面から受けない。


ひらりと、致命を避けるだけの、最小限の動きで魔法の軌道をすり抜ける。そして、超至近距離。掌を突き出し、水の弾丸を叩き込んだ。


勝負は決したかに思えた。しかし、フードの男は紙一重で対応する。即座に展開された風の膜が、水の弾丸を柔らかく受け止めた。


決して無傷ではない。だが、致命傷でもない。


咄嗟に彼は距離を取り、風の奔流をミアへと叩きつける。その速さ、鋭さは一級品だった。ミアは瞬時に判断し、土の壁を展開する。だが、がりがりと削り取られ、壁は一瞬で崩壊した。


その光景に、ミアは目を見開く。


「…レオ?」


迫りくる風を水の膜で絡めとりながらも、その思考はフードの男の正体に迫っていた。


今の攻撃、そして先ほどの防御。魔素の取り込み方や魔法の癖が、彼女の知る人物と重なる。恐らく、咄嗟の攻撃で隠していたはずの“素”が出たのだろう。この男は間違いなくレオニスだ。


そうと確信した瞬間、ミアは迷いを捨てた。


次に放たれたのは、烈火のごとく燃え上がる火球。見た目に反して、威力は控えめ。だが、レオニスにとっては強烈な一撃だった。


反射的に、最も信頼する風を操る魔法で受けにいく。しかし、次の瞬間、風の壁が爆発した。


「私も去年、その罠に嵌った。」


観客席でララが忌々しげに呟く。この魔法は、風に触れた瞬間に爆ぜるよう、精密に調整されたものだったのだ。


レオニスは爆風を真正面から受け、その衝撃に力なく倒れた。その瞬間、試合終了を告げる鐘が鳴り響いた。


周囲を見渡すと、同級生のオリバーとケイルが立っている。三年生の完全勝利…かに思えた。


「…やられた。」


ミアはそこで、ようやく気付く。一人、足りない。


最初の足止めで三人。地下に潜っていた者が三人。そして、最後の決戦に残ったのが六人。だが、そのうちの一人はレオニスだった。つまり――


「…まだ一人、残ってるわね。」


その呟きとほぼ同時。フィールドの隅で、十二本の旗を抱えた少女が、ゆっくりと立ち上がった。


「はい!卑怯かもしれませんが、私たちの勝ちです!」


一瞬の沈黙が、場を包む。勝敗はもはや疑いようがなかった。


試合に勝って、勝負に負ける。それは、まさにこの状況を指す言葉だろう。


バニラは最初から最後まで、自身を囮として使い続けていた。その圧倒的な存在感で、真の目的を覆い隠すために、自分が倒れることすら、想定の内として。


「実力は、申し分ないわ。」


静かに、しかしはっきりと、アイラはそう告げる。


「それだけじゃない。自分自身すら捨て駒にしてでも勝利を掴みにいく胆力…正直、嫌いじゃないわ。」


一拍置いて、彼女は柔らかく微笑んだ。


「トリス。私はあの子を、弟子として迎え入れることにするよ。」


「うん!自慢の教え子を、よろしく頼むよ☆」


軽いやり取りの裏で、確かな評価が交わされた。


勝ったのは、二年生。そしてバニラは確かに、その価値を証明してみせた。

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