穴だらけ
陣地戦の開戦を知らせる鐘が鳴る。一同はそれぞれの思惑を胸に、同時に行動を開始する。特に目立って行動を始めたのは、昨年同様バニラだった。
陣地戦のエリアを張り巡らすように巨大な木の根が隆起する。その規模は昨年とは比べ物にならない。
「あの子、魔法も中々なのよ~。」
「ああ。」
素晴らしい魔法を前にフロリーナは思わず手を打つ。その魔法の完成度が目を見張る程高かった、という訳ではない。作戦を遂行するため必要な全ての条件を完璧に整えていたからだ。
「旗を取るために動いている地下組を地上の目から誤魔化すためにあんな魔法を使うなんて、とんでもなく大胆な子なのよ~。」
バニラが任命した実働部隊は、実は穴を掘る魔法を使って、フィールドに地下に道を掘って移動している。本来、学生レベルの未熟な魔法では、音や魔素の反応から容易に察知されてしまう。だが、地表を覆うように張り巡らされた巨大な木の根が、その痕跡を巧みに覆い隠していた。
一方その頃、その魔法の意図をアイラも理解していた。「見て見て凄いでしょ」と興奮するトリスを横目に彼女は冷静に分析を口にする。
「確かに、地下に潜った仲間を隠すという目的はあの魔法で達成できるだろう。」
しかし、植物を操る魔法を熟知している彼女は、それを手放しに称賛できなかった。
「しかし、あれだけ大規模な魔法では細かな制御ができない。仲間の動きを把握しながら、それを的確にサポートする。常にあの大規模な魔法を維持しながら、だ。それを彼女にできるか、見ものだな。」
厳しい言葉を口にしながらも彼女の表情は柔らかい。彼女への期待が強まった証拠だった。
アイラが注目する中、バニラが行動に出る。なんと、木の根を制御しようとするのではなく、新たに魔法を発動したのだ。当然、木の根を魔素を失い、ただの物質になる。これでは、地下の魔素の反応は誤魔化せない。
「え!?なんで。」
去年と同様にシズク達と席に座っていたマロンが声をあげる。予想していた作戦が一瞬にして裏切られたからだ。彼女の反応にシズクも頷く。彼もまたバニラの作戦の意図を理解できなかったからだ。しかし、その後すぐに誰もがその意図を理解する。いや…正確には――
「さぁ、始めるわよ!」
バニラの声を合図に木の根に火が放たれた。それは風を操る魔法によって勢いを増し、とんでもない速さでフィールド全体に燃え広がった。予想外の状況にいつも冷静なミアでさえ、一瞬の動揺を見せる。しかし、すぐに冷静さを取り戻して、水を操る魔法で周囲の炎を消火した。
――これに何の意味が...?
ミアは疑問に思う。今の一連の魔法には明確な意図があった。しかし、こんな簡単に対処できてしまう攻撃に意味があるようには思えない。
何か他の意図があったのか、そう誰もが考えたと同時、二年生チームは遊撃を開始する。意味不明な動きに混乱しながらも、ミアを始め三年生チームは冷静に二年生の魔法を対処する。人数は三年生が圧倒的に有利、その上で魔法の質も上なのだから、勝敗は火を見るよりも明らかだった。
着々と倒されていく二年生。最初の派手さとは裏腹に、最初に劣勢に立たされていた。三年生の目線では――
木の根で三年生のエリアから遮られた一年生のエリアでは一方的な戦闘が繰り広げられていた。穴を掘る魔法で背後に回っていた実働部隊と、バニラを含めた数名の陽動部隊で挟み撃ちし、あっさりと壊滅に追い込んだのだ。
「滅茶苦茶な作戦ですね。バニラ先輩。」
バニラと対峙したレオニスは冷や汗を流しながら苦笑いする。
「ふっふっふ。三年生を数人で足止めして、一年生のエリアの旗を全取りする。一番合理的な勝ち方なのだよ。」
明らかに調子になったバニラの口調。しかし、ふざけてはいるものの作戦は完璧に嵌っていた。既に一年生のエリアに旗はない。そもそも、立っている一年生はレオニスだけだ。そのレオニスもバニラを相手にしては分が悪く、あと数手で気絶するところだ。
そんな彼にバニラは提案する。
「レオ君。取り引きしないかい?」
「取り引きですか?」
「うん。メンバー的にミア先輩の相手をするのは私だ。でも、私ひとりじゃミア先輩には絶対に勝てない。だからさ、協力しないかい。私とレオ君でミア先輩を倒すんだ。」
バニラはこの状況までを作戦としていた。木の根で実働部隊の初動をカモフラージュし、火を放って敵の動揺を誘う。その上で三年生だけを足止めし、残る戦力で一年生を一掃。そして一年生の最大戦力、レオニスを甘言で味方に引き入れる。
「その提案。俺にメリットはあるんですか?」
「あるよ。君の未来の師匠に、君の実力をアピールできる。ミア先輩という強敵を相手に勝利を収めれば、十分すぎるほどでしょ。」
「…確かに。魅力的な提案ですね。わかりました。協力しましょう。」
陣地戦において、学年間で協力してはならないというルールは存在しない。実際の三つ巴の戦場では、弱い国同士が手を組むことなど珍しくもない。だからこそ、レオニスはその提案を自然に受け入れた。
その一連のやり取りを見て、フロリーナは大声で笑った。
「あっはっは。適当に操るだけでも、フィールド全体に十分な影響を与えられただろうに。まさか、あの巨大な根をただの遮蔽物に使うなんて。あの子、ほんと面白いのよ~。」
「いいの? ミアって子、まんまと策にハマって、数人の生徒を相手に足止めされてるみたいだけど。」
「ん~。ミアって子は、多分優等生タイプでしょ?だから、きっと色々考えすぎちゃってるのよ~。この木の根の意図とか~、火を放った理由とか~。でもね~、あのクリーム色の髪の子は、そこまで深く考えてないと思うのよ~。」
フロリーナは肩をすくめる。
「とりあえず三年生を分断しよう、派手な魔法で注意を引こう。多分、それくらいの発想なのよ~。」
その推測は、ほぼ正しかった。バニラは最初から完璧な勝算など持っていない。ただ、派手な魔法と奇抜な動きで三年生の意識を引きつける。それだけを目的に動いていた。
つまり――
「あいつ、何も考えてないわね。」
「まぁ、深くは考えてないな。」
マロンの辛辣な言葉に、ウォルフは即座に同意する。
確かに、この作戦は穴だらけだ。三年生が木の根を無視して正面突破してきたら、一瞬で崩壊していただろう。
だが、その危うさを承知の上で実行する大胆さと、相手を「考えさせてしまう」だけの存在感。それこそが、バニラという人物の強みだった。
「さぁさぁ、どんどん行くわよ。」
レオニスを引き連れ、バニラは三年生の元へ向かう。正面から戦って勝てるとは思っていない。だからこそ、彼女は去年と同じやり方を選んだ。
巨大な木の根の上に、たった一人で立ち、三年生に向かって宣言する。
「私にビビっちゃったんですか~先輩方?いつまでもそんなところにいないで~、さっさと攻めてきてくださいよ~。」
あからさまな挑発だった。三年生の脳裏に、昨年の光景がよぎる。彼女の挑発に乗り、前に出た者たちは、皆、彼女とウォルフの連携を前に返り討ちにされたのだ。
「皆、簡単に挑発に乗らないで。」
凛としたミアの声が、戦場に通る。その一言で、三年生たちは冷静さを取り戻した。
今の三年生を一言で表すなら、歴史上、最も仲の良い学年。そして、ジャレクの事件以降、その結束はさらに強まっていた。
その中心にいるのは、常にミアだ。明確なリーダーの資質。彼女の言葉には、自然と周囲を納得させる力があった。
「バニラ。貴女の考えは分かっているわ。貴女が注目を集めている間に、地下を掘り進む別働隊に旗を取らせる…違う?」
「んぐっ!」
あまりに核心を突かれ、バニラは思わず変な声を漏らす。マロンたちの笑いを背に受けながらも、彼女は気を取り直して言い返した。
「それが分かったところで、何になるんですか?後は時間いっぱい粘れば、私たちの勝ちですよ。」
「でも、それって…貴女たちが全滅しなければ、の話でしょう?」
ミアはそう言うと、地面に向かって魔法を放った。味方の三年生でさえ予想していなかったタイミング。地下に潜んでいた生徒たちは、なすすべもなく気絶する。
「…はい。これで残り六人。」
瓦礫の上で彼女の冷たい声だけが響く。その冷徹な声に、バニラの背筋がひやりと凍った。これから三年生による容赦のない反撃が始まる。




