新・師匠
「スイ先生が帰って来た!?」
「うん。昨日の夜中に帰って来たの。」
「それで、何があったって?」
身を乗り出して尋ねるバニラに、ローゼは少しだけ微笑して語り始めた。
「全部は教えてくれなかったけどね。まず、あの新聞の記事はスイさんが書かせたものだったんだって。」
「どういうこと?」
訳の分からないスイの行動に皆が首を傾げる中、ローゼは続ける。
「何が何でも罪を償いたかったみたいで、リリスタ軍が今回の件を隠蔽できないように、先んじて新聞社に情報を渡したんだって。」
その言葉にシズクの表情が曇る。
「じゃあ、あの記事は全て真実ということですね。」
「そうなるね。でも、真相が全て書かれている訳じゃないよ。そもそも、セリパの首脳陣は全員が精神を操る魔法の行使に関与していて、スイさんはそれを粛正するために動いたの。」
精神を操る魔法。その響きにララのトラウマが一瞬だけ呼び起こされ、彼女の肩がぶるりと震える。シズクはそんな彼女の手をそっと握ると、そのままローゼに視線を向けた。
「なるほど。禁止魔法に関与していたのですか。では、スイさんに非はないという訳ですね。」
「全くと言っていいかはわからないけど、少なくとも犯罪をした訳ではないよ。」
「そうですか。よかったです。」
シズクを含め、皆がそっと胸を撫で下ろす。スイは悪人ではなかった。その事実だけで彼らの不安は取り除かれた。
「ただ、全くの無罪という訳ではなくて、帝都の軍本部から正式に一年間の自宅軟禁を命じられたの。」
「一年間!?どうして。」
マロンが大声を上げる。
「スイさんの行動のほとんどが独断専行で、幾つかの問題行動があったからだって。」
「そんな~。」
残念がるマロンをシズクが冷静に諭す。
「仕方のないことだ。そもそも、今のスイさんは軍人じゃない。寧ろ、こんな軽い罰で済んだのを喜ぶべきだ。」
「そっか。それもそうね。でも、一年間スイさんがいないって、なんか考えられないかも。」
そんなマロンの不安を払拭しようとローゼは明かる声を上げる。
「安心して。実はスイさんから伝言を預かって来てるから。」
ローゼはポーチから分厚い封筒を取り出すと、そこから一つ一つ小さな封筒を取り出し、それを一人一人に手渡した。
「それじゃあスイさんからの伝言ね。『その封筒には君たちの性質に沿った師匠の名前を記した紙が入っている。その師匠の下で研鑽を積み、一年後、成長した姿を見せて欲しい。』だって。」
ローゼに促されるように、それぞれ封筒を開ける。
丁寧に封筒を開いたシズクの目に飛び込んだのは見知った名前だった。
――帝国軍第二軍所属、ヴァイオレット中将
尊敬する師匠の名前だ。
感極まってシズクはすぐに、隣に立つララに問いかける。
「ララのは誰って書かれてた?」
当然、彼女もヴァイオレットと書かれているものだと思い込んでいた。しかし、彼女の物には違う人物の名前が記されていた。
「帝国軍第四軍…ノエル将軍。」
「ノエル将軍…!」
シズクは一瞬動揺したものの、すぐに納得した。何故なら、ララの師匠としてノエルはこの上なく適していたから。
「なるほどね。世界最速の魔法使いか。」
世界最速の称号を関する魔法使い。最速を目指すララにとって、この上ない師匠の選定だった。しかし、帝国軍の将軍に生徒の師匠をお願いできるとは、流石はスイである。
「皆、師匠の名前は確認できた?じゃあ、最後にスイさんの言葉の続きを伝えるよ。『ただし、条件がある。3月の学年対抗戦に、そこに書かれている全ての師匠を招待した。そこで彼らは君たちを見極める。自分の弟子足り得るかどうかを。それでは検討を祈る。』」
その言葉はつまり、学年対抗戦を通して師匠のお眼鏡にかなわなければ、指導を受けられないということだ。これほどの人物に魔法を教えてもらう機会なんてこれから先、一生来ないかもしれない。
だからこそ、このチャンスを掴めるかどうかが、自身が魔法使いとして成長できるかどうかの鍵となる。
「そうか...。ヴァイオレット師匠に、僕の成長を見て貰えるのか...!」
皆が緊張感に包まれる中、シズクだけはこれから訪れる状況に興奮を覚えていた。
翌日――
手紙を受け取った面々は朝から特別訓練場に訪れると、学年対抗戦に向けて熱心に魔法の練習をしていた。その中でも、特に力が入っていたのはララだった。
直後、激流のごとく吹き荒れる鋭い風が放たれたかと思うと、凄まじい速度で的を切り裂いた。的の滑らかな断面が彼女の魔法の鋭さをそのまま表していた。
「気合入ってるな。ララの奴。」
いつも飄々としているララが鬼気迫る表情で訓練する姿はどこか新鮮で、ウォルフは物珍しそうな顔でその様子を眺めていた。一方でシズクはどこか満足げに微笑む。
「当然だ。ずっと、目標としていた人が師匠になってくれるかも知れないんだから。」
「何でちょっと嬉しそうなんだよ。」
「仕方ないだろ。あんな生き生きとしたララ、久々に見たからな。」
ララにとって訓練することは日常に過ぎない。毎日毎日、同じことの繰り返しで、必死に訓練することなんて少なくなっていた。手を抜いていたわけではない。自身に最適な訓練を淡々と熟してきただけだ。実際、今行っている訓練内容は普段のものと変化はない。
ただ普段より、一発一発にかける思いが違うだけで。
「よし!僕も負けてられないな。」
その姿にシズクが触発されない訳がなく。彼もまた意気揚々と自身の訓練に入っていく。
「おいおいお前もかよ。」
その様子にやれやれと首を振りながらも、彼の目にもまた、闘志が宿っているのだった。
そうして学年対抗戦当日――
「良いね良いね!」
ギラギラとした闘志に満ちた二年生たちを見て、トリスは嬉しそうに首を縦に振る。そんな彼女に近寄る一つの影があった。
「トリス。久しぶり。」
「あっ!アイラじゃん☆もしかして、スイに呼ばれてきたの?」
「ええ。バニラって子を見て欲しいとお願いされてね。」
アイラはトリスの隣に立つと、チラリと会場を見下ろした。そこでは丁度、開会式が始まっており、学年対抗戦に参加する全ての生徒が並んでいる。
「どの子がバニラかわかる?」
「勿論!真ん中の列の前から四番目に立ってる子だよ。」
トリスの言葉にアイラは視線を移す。
「あの...クリーム色の髪の子?」
「そうそう。」
アイラはしばらくバニラの後ろ姿をじっと見つめる。その真剣な眼差しにトリスは目を輝かせて問いかける。
「どう?」
「どうって…まだ魔法を見ていないんだからわからないわよ。」
待ちきれない様子のトリスにアイラは苦笑する。しかし、何か感じるところがあったのか、すぐに目を細めると「でも」と続けた。
「少なくとも、期待外れ…なんてことはなさそうで良かったよ。」
「どうして?」
その言葉にすぐさま小首を傾げたトリスに、彼女はニヤリと微笑んで返した。
「あんたがそんなに期待を寄せる子が、面白くない訳ないじゃない。」
「あ~。なるほどね☆」
キラキラとした瞳、バニラへのアイラの心証が気になって仕方がない様子。トリスの行動一つ一つ、彼女が持つバニラへの期待を表していた。
「楽しみしているわよ。あんたとスイの教え子の実力を。」
「うん。楽しみにしててよ。きっとビックリするから。」
それから時間はしばらく進み、最初の種目、陣地戦の準備が始まる。昨年と同様、バニラはこの種目に参加すると決めた。一方で十二名の選手の中にウォルフの姿はない。どうやら彼は早撃ち戦を選んだようだ。
「さて、皆。わかっているとは思うけど、陣地戦は厳しい戦いになる。三年には主席のミア先輩、一年も主席が出ている。一方で私たちはシズクもララもマロンもいない。」
バニラは十一人のクラスメイトの前で意気込みを語っていた。クラスメイト達は、その言葉を一人として遮らず、静かに聞いていた。
「それでも勝つのは私たちよ。作戦を伝えるわ。」
この一年間、バニラは自信の力を最大限生かす方法を模索していた。その結果辿り着いたのが連携だ。防衛線において無類の強さを発揮する”植物を操る魔法”は、味方をサポートするのに最も適した魔法なのだ。
「陣地戦の勝利条件は、終了時点で最も旗を保有していること。だから、別に魔法戦で勝つ必要はない。作戦はこうよ。まずチーム二つに分ける。敵の注意を引く陽動部隊と、旗を奪う実働部隊よ。旗は合計で三十六本ある訳だから、十九本以上の旗を取得すれば、私たちの勝ちが確定する。だから実働部隊は十九本を目標に奪取すること。」
その為、彼女は兵法を学んだ。魔法を用いた集団戦をとことん学んできたのだ。
「まず陽動部隊だけど――」
そんな彼女が告げる作戦に誰一人として反対しない。彼女の頭脳を皆が疑っていないから。
「へぇ~。」
その様子に感心したのは、ヴァイオレットの隣に座って灰色の瞳を輝かせる白髪の女性。
「あの子、たったの十四歳なのに、自分の作戦に絶対の自信を持ってるのよ~。しかも、他の子たちもその作戦を信じている。素晴らしいことなのよ~。」
「そうね。流石はシズクとララの同級生ね。」
「ん~。あんたはいつもそれなのよ~。自分の弟子を信じすぎなのよ~。」
気の抜けた話し方をする彼女だが、ヴァイオレットの隣に座っていることからわかる通り、彼女も実力ある軍人である。
「自分の弟子を信じない師匠はいないよ。フロリーナも弟子を持てばこの気持ちがわかるよ。」
「私に弟子は早いのよ~。魔法学校を目指す子たちに魔法を教えるのは、自信がないのよ~。」
「だから断ったのか?スイの提案。」
実は彼女もスイから教え子の師匠になって欲しいと手紙を受け取った魔法使いの一人である。しかし、彼女は自信がないと、その提案を断ったのだ。
「勿論なのよ~。スイの教え子の師匠なんて私には無理なのよ~。」
「なら、なんでここに見に来たんだ?」
「ん~。一応、どんな子なのか見ておこうと思ったのよ~。」
彼女の視線の先にいるのはミアだ。
「三年生主席、ミア。楽しみなのよ~。」
二人の師匠候補が見守る中、陣地戦の準備は着々と進んでいた。




