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怪物

ドゴォォォン――!


大地を割る轟音が校舎全体に響き渡った。生徒たちが「何事だ!?」と騒ぎ立て、わらわらと音の発生源へと集まっていく。


その中心に立っていたのは、一人の少女。


「ごめんなさい。力加減、間違えちゃいました。」


申し訳なさそうに頭を下げるスイの視線の先、本来なら的が並んでいるはずの訓練場が、地面ごと消滅していた。地形そのものが抉り取られ、粉々になった石片が空気に漂っている。


それは入学式の翌日。最初の攻撃魔法の授業で、彼女が放った最初の一撃だった。だが、その威力はすでに、一流の魔法使いを遥かに凌駕していた。


天才、という言葉すら生ぬるい。怪物、という方が近いかもしれない。


誰もが口を閉ざすなか、指導を任された教員メリンダは蒼白な顔で学長室へと駆け込んだ。


「…無理です!私には、あの子を教えられません!」


若くして特待クラスを任されるほどの実力を持つ彼女でさえ、声は震えていた。スイという存在は、あまりにも常識から外れていた。


「落ち着け。今のこの学校に、お前以上の適任者はいない。」


「そんなことありません!エリオドール先生がいらっしゃるでしょう!」


必死の訴えに、学長リガンは重く首を横に振る。


「何度もお願いしているが、首を縦に振ったことはない。最前線を退いた彼は、もう教壇に立つ気はないだろう。」


沈黙が落ちる。メリンダは悔しげに唇を噛むが、それでもあの規格外を前にしては言葉を続けられなかった。リガンは深く椅子に腰を沈め、額を押さえる。


「仕方あるまい。このままでは、彼女の才能は野放しになるだけだ。これは学校の枠に収まる話ではない。」


「え...?」


「外部から呼ぶしかあるまい。彼女を御せる人材をな。」


そう呟いた日から、リガンは持てる人脈を総動員し、各国・各地の有力者へと問い合わせを繰り返した。稀代の天才スイを導けるほどの器を持つ魔法使い。そんな存在が果たして実在するのかさえ疑わしかった。


しかし一か月後、一人の人物が推薦される。


「お初にお目にかかります。帝国軍第二軍より派遣されました、サラと申します。以後、お見知りおきを。」


鋭い目つき、背筋の通った軍服姿。その佇まいには軍人の威容がにじんでいた。推薦人は、元第二軍将軍だ。


「う、うむ。よく来てくれた。早速だが説明を――」


「不要です。特待クラスの資料は既に確認済みです。本日は授業の様子を見学しつつ、メリンダ先生の補佐を務めます。詳細は現場で掴ませていただきます。それでは失礼。」


「…あ、ああ。」


リガンは思わず目を瞬かせた。その堅苦しく隙のない態度に、子どもたちを相手にする教師としては、不向きなのではないかという不安が頭をよぎる。


だが、その心配はすぐに覆された。


「皆さん、初めまして。私の名前はサラといいます。」


生徒たちの前に立ったサラは、軍人らしいきびきびとした口調のまま、ふっと表情を和らげた。その意外さに柔らかい笑みが訓練場を包む。


「来週からは私が実技を担当します。ただし、担任は変わらずメリンダ先生ですので安心してくださいね。」


凛とした声が、不思議と耳に心地よく響いた。生徒たちは「軍人」という言葉から抱いていた怖い印象をあっさりと拭い去られ、目を丸くして見入っている。


「いきなり担当が変わると戸惑うでしょうから、今週いっぱいはメリンダ先生が授業を進め、私は補佐に回ります。慣れるまで安心してついてきてください。」


その言葉に、場の空気がすっと和らいだ。生徒たちの表情も自然とほころび、訓練場に「受け入れる」雰囲気が生まれる。


――不安は杞憂だったな。


学長室の窓越しに、リガンは生徒たちと自然に打ち解けていくサラの姿を見守っていた。


軍人らしい厳格さと、教師に求められる柔らかさ。その両方を兼ね備えた人材が、ようやくここに現れたのだと胸を撫で下ろす。


――それから一か月後。


唐突に学長室の扉が叩かれ、サラが姿を現した。


「どうしましたかな、サラ先生。」


「訓練場について、一つ提案がございます。」


彼女はそう告げると、分厚い資料を机に置いた。


「こちらは現在の訓練場の耐久力と、スイの魔法の威力を可視化したものです。ご覧の通り、従来の施設では彼女の力を受け止められません。さらに一部の生徒も、施設の限界に阻まれて本来の力を発揮できていません。ですので、特別な訓練場を新設するべきです。費用がどれほどかかろうとも、未来ある若人の成長のため、ぜひご検討ください。」


その資料は完璧だった。必要とされる耐久度の数値から建設にかかる費用まで、余すことなく記されている。ここまで具体的に、しかも生徒のためを思って行動に移した彼女を、リガンは心から称賛した。


「…わかりました。前向きに検討しましょう。」


それから半年後。新しい訓練場は完成した。通常の施設から離れた場所に設けられたその空間は、限られた生徒のみが使用できる広さに留まったが、それがリガンにできる最大の譲歩であった。


そこに選ばれたのは、サラが自ら厳選した数名の生徒。その中には、スイとシアの姿もあった。


「わぁ…すごく綺麗な訓練場ね。新しいから当然なんだけど、それでも感動しちゃう。」


きょろきょろと見回しながらシアが呟く。


「そうだね。サラ先生!試しに撃ってみてもいいですか?」


シアの言葉に同意しながらも、スイはもう待ちきれない様子で振り返った。


「構わないわ。」


「えっ、もう?もう少しこの空間を眺めて楽しもうよ。」


シアが名残惜しそうに止めるが、スイは彼女に目もくれなかった。普通の訓練場では、常に恐るほどの手加減を強いられる。だが、ここなら――


スイは静かに魔素を取り込み始めた。瞬間、周囲の魔素が震える。本来なら見えないはずの魔素が、赤や青、緑の色に煌めいて可視化される。それは超一流の魔法使いが魔法を使うときだけに現れる現象。


彼女の年齢で到達していてはならないレベルの領域だった。


「…ッ!」


サラの表情が一瞬で引き締まる。


「みんな、伏せろ!」


次の瞬間、とてつもない熱気が訓練場を覆った。轟音とともに壁が砕け散る。幾重にも強化を施した壁ですら、彼女の魔法の前ではビスケットのように崩れ落ちていった。


「あぁ~っ!ごめんなさい、サラ先生!」


「大丈夫。これは私の誤算よ。」


サラは涼しい顔で答えた。だが胸中では確信していた。


――この世界に、彼女を閉じ込められる檻は存在しない。


その事実は、冷たくも鮮烈にサラの胸へ刻まれた。


「わぁ~、やっぱりすごい威力ね!それに…ほんと、綺麗!」


崩れた壁の前で、誰もが動揺に言葉を失うなか、ただ一人シアだけが無邪気に拍手していた。その様子は、純粋を通り越して異質ですらある。


「でも、壊しちゃうのはちょっといただけないわね。」


腰に手を当ててスイを叱るシア。その声音はあくまで柔らかい。


「ごめんよ~...。」


しょんぼりと肩を落とすスイ。その姿は、まるで仲の良い姉妹の小さなやり取りのようで、戦場のような光景の中でも二人だけは明るさを失わないのだろう。そんな確信を抱かせるものだった。


「今日はここまでだ。明後日までに修繕を終える。全員、明後日にまた集まってくれ。」


サラの静かな指示に、生徒たちは次々と訓練場を後にする。だが、スイだけは呼び止められた。


しばらくして瓦礫の整理を終えたサラが戻ると、スイの隣には当然のようにシアが立っていた。


「待たせたわね。あら、シアも残ったの。」


「はい。スイが“絶対怒られる”って怖がってたから。」


「ふふ…怒らないわよ。」


サラが笑い飛ばすと、シアはスイに向かって「ね、やっぱりでしょ?」とにこやかに微笑む。その笑顔に、スイの強張っていた肩がようやく緩んだ。


そして三人は、サラの研究室へと足を運んだ。


「これを渡そうと思ってね。」


サラが机の引き出しから取り出したのは銀色の腕輪だった。


「これは…?」


「魔素分散装置よ。本当は使いたくなかったけど…あんな力を見せられた以上、もうこれしかない。」


スイは言われるまま、かちゃりとそれを装着する。瞬間、肩の力が抜けるような感覚に包まれ、ぱあっと笑顔を見せた。


「すごい!力がすうっと抜けます!なんだか、人並みになったみたい!」


「…そういうものだからね。」


子供のように喜ぶスイを見て、サラは小さく苦笑した。だが同時に、胸の奥に鋭い痛みが走る。


――“人並み”であることが、彼女にとってどれほど切実な願いなのか。


その思いに触れるたび、サラの胸は強く締め付けられる。この装置は、彼女の力を無理やり削ぎ落とし、ただ「普通」という枠に押し込めるだけのものだ。本来なら、天に届くほどの才能を縛りつける道具にすぎない。


それでも、今、スイは確かに笑っている。その笑顔を見せてくれるのなら、それでいいのだとサラは自分に言い聞かせた。


しかも、彼女の隣にはいつだってシアがいる。圧倒的な力をさらけ出すスイのそばで、怯えるでもなく、引くでもなく、ただ穏やかに微笑みを返す少女。その在り方は、あまりにも自然で、まるで最初からそうあるべきだったかのように揺るぎない。


――きっと、この装置に喜びを見出せるのも、隣にシアがいるからだ。


彼女の存在こそ、スイにとって最大の救いであり、唯一無二の支えに違いない。サラはそう確信せざるを得なかった。

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