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初めての後輩

「今ごろ、入学式をしている頃かな。もう、あれから一年も経ったんだな。」


訓練の合間、ふとシズクがつぶやく。


「ほんと。私たちの入学式、昨日のことみたいに覚えてる。」


ララは柔らかく笑いながら、あの頃のことを思い返す。銀色のチェーンブローチを手にした瞬間の誇らしい気持ち、今でも胸に残っている。


「レオニスとサンドラも、あの気持ちを感じてるのかな?」


ララの問いかけに、シズクはふと当時の光景を思い返す。壇上に一人立ち、同級生たちの視線が自分に注がれていたあの瞬間、胸の奥に広がった緊張と誇り。主席としての重みを背負ったあの感覚は、今も鮮明に思い出せる。


「ああ。きっと感じているさ。」


シズクは力強く頷く。その表情には二人に対する淡い期待がにじんでいた。そんなシズクに、ララは微笑みながら、意地悪っぽく問いかける。


「あんまり上手くいかなかったって言ってたけど、やっぱりレオニスのこと、気に入ってるの?」


「当然だろ。向上心があって努力を惜しまない奴を嫌いになるわけないじゃないか。」


シズクは少し照れくさそうに肩をすくめ、真剣な眼差しで答える。ララはそれにくすりと笑みを浮かべ、少しだけ目を細めた。


「そうだね。確かに、二人とも頑張ってくれるって私も思う。」


ララは穏やかに微笑み、胸の奥にあの頃の初々しさと今の自分たちの成長を重ね合わせる。朝の柔らかな光が二人を包み込み、静かな時間がゆっくりと流れていった。


――そして翌朝。


シズクはコリンを連れて訓練場へ向かう。かつてミアに教わったように、彼もまた、後輩に魔法を教えようと考えていた。


「授業前に、コリンに攻撃魔法の基礎を教えてあげよう。」


「えっ!?本当ですか…?」


「もちろん。まずは見本を見せるね。」


シズクは手を前に突き出すと、静かに、そして丁寧に魔法陣を描く。その軌跡は滑らかで美しく、コリンは思わず息を呑んだ。そうして放たれた水の弾丸は、目にも止まらぬ速さで飛翔し、的の中心を正確に貫いた。


それを見ていた新入生の一人が思わず拍手をした。すると誘われるように周囲の生徒たちも手を叩き始め、瞬く間に訓練場は和やかな拍手に包まれた。


「な、何?」


困惑気味のシズクに、隣で笑いながらビルドが声をかける。


「そんな綺麗な魔法、見たことねぇよ。そりゃあ拍手も起こるわな。」


「そうですか…でも、ミア先輩だって綺麗に使いますよ。」


「そうだけど、お前には及ばねぇな。」


シズクは少し照れくさそうに笑いながらも、コリンの瞳に宿る小さな輝きに胸を温めていた。今日の訓練が、彼にとって自信のきっかけになれば、そんな願いを抱きながら一日を終えた。


――そしてその日の夜。


「遅いな。」


風呂を済ませ、布団に潜り込む準備まで整えたシズクは、コリンがまだ戻っていないことに気づいて時計に目をやった。針はすでに八時を回っている。


少し気になり、部屋を出て探しに行こうとドアノブに手をかけた、その瞬間――


「ただいま戻りました。」


勢いよく扉が開き、コリンが慌てたように帰ってきた。額にはうっすら汗が浮かび、肩で息をしている。


「遅かったな。それに…その頬の傷は?」


シズクの視線の先には、小さなガーゼが貼られた頬。コリンは一瞬言葉を詰まらせてから、ぎこちなく笑った。


「あ、あの…転んでしまって。その、医務室で手当てを受けていたんです。」


「…そうか。」


口ではそう答えながらも、シズクの胸には疑念が浮かぶ。医務室には治癒魔法を扱える先生が常駐している。小さな擦り傷程度なら、わざわざガーゼで覆う必要はない。


つまり、これは嘘だ。


けれど、シズクはそれ以上問い詰めなかった。ただ静かに彼を見守る。この姿に見覚えがあった。かつてシードが置かれていた状況と、あまりにも似ている。


――いじめ、か。


シズクは胸の奥に小さな警鐘を抱えながらも、それ以上は追及せず、ただ静かにコリンを部屋へ迎え入れた。


その夜、布団に潜りながらシズクは目を閉じても眠れず、思考を巡らせ続けた。


――授業初日からいじめ…?


シードのときのように、才能や立場への嫉妬が理由ならまだ理解できる。だが、コリンは特待クラスではなく第二クラス所属。妬まれるほど目立つ要素は見当たらない。なら、一体なぜ――


考えても答えは出ず、やがて疲労に引きずられるようにして意識は深い眠りへと沈んでいった。


そして翌日。


シズクは授業を受けながらも、ふとした合間にコリンの様子へと目を向けていた。彼の表情、仕草、周囲との距離感、小さな変化を見逃さぬように。


そんなシズクの視線に気づいたバニラが、休み時間に首を傾げる。


「ねぇ、シズク。なんか怖いんだけど…さっきからあの子のことばっか見てない?」


「ん?ああ、気にしないでくれ。ただの観察だよ。」


シズクは苦笑して軽く流した。事情を打ち明ければ、バニラなら真剣に耳を傾けてくれるだろう。だが、コリン本人の名誉を思えば、むやみに口外すべきではない。


「ふーん…まぁ、あんたのことだから何か理由があるんでしょ。」


バニラはそれ以上踏み込まず、肩をすくめて去っていった。誤魔化せたわけではない。彼女のことだ。すでに薄々察しているに違いない。それでも深入りしないでいてくれる。その配慮にシズクは心の中で感謝した。


視線を戻すと、ちょうど数人の生徒に声をかけられたコリンが、不安げに立ち上がるのが見えた。そして彼らに囲まれるようにして歩き出す。


――動いたな。


シズクは椅子から静かに腰を上げ、目立たぬように距離を取って後を追った。足音を消し、廊下を抜け、校舎の裏手へと進んでいく。やがて彼らは人通りの少ない小道へ入り、さらに奥の茂みへと姿を消した。


人気のない場所。声を張り上げても誰の耳にも届かないだろう。まるで最初から、そのために選ばれたような場所だった。


シズクは茂みの陰に身を潜め、風に揺れる葉の音に紛れながら息を殺して様子をうかがった。


「なぁ、昨日言った件。どうなった…?」


低い声が聞こえる。コリンを囲んで立つ生徒の一人がおもむろに切り出した。シズクの胸に小さな緊張が走る。


「ご、ごめん。やっぱり言い出せなかったんだ。」


「えぇ、マジで?頼むよ~!」


思わず眉をひそめるシズク。壮絶ないじめが始まるのでは、と一瞬構えたが、耳に届く声色は思いのほか柔らかく、からかい混じりの笑い声すら混じっていた。


「ていうか、その傷なんで治してないんだ?」


「実は…恥ずかしくて、医務室までは行ったんだけど、ずっとドアが開けられなくて…。先生がいなくなったのを見計らって、こっそり忍び込んで…。」


「それでガーゼしてたのかよ!?全く、度胸があるのかないのか分からねぇな。」


シズクは思わず小さく息をつく。どうやら、本当に転んだだけらしい。


「まぁそれはいいとしてさ。あれだけは本当に頼むぜ!」


「あれって、シズク先輩のことだよね?」


コリンが小声で聞き返す。


「そうだよ!みんなでシズク先輩に魔法を教えてもらおうって話!」


「わ、分かってるよ…でも、シズク先輩の迷惑になるんじゃないかって思うと、なかなか言い出せなくて。」


「その気持ち、俺も分かるぜ。何せ、俺ら全員、自分からは言えないからお前に頼んでるわけだしな。」


シズクは物陰で様子をうかがいながら、胸を撫で下ろしていた。


どうやらコリンがいじめられているわけではなく、むしろ頼られているらしい。拍子抜けした安堵と、くすぐったいような微笑ましさが込み上げてきて――


「…ぷっ。」


思わず小さな笑い声を漏らしてしまった。


その瞬間、茂みの向こうから一斉に視線が向けられる。


「えっ…今の、誰?」


「...シズク先輩?」


コリンの声が震える。隠れ続けることもできたが、ここまで来れば観念するしかない。シズクはゆっくり茂みから姿を現した。


「悪い。つい気になって後をつけてたんだ。」


驚きで固まる一同に向かって、シズクは苦笑いを浮かべて手を上げる。


「いじめかと思って勘違いしたが、安心したよ。むしろ楽しそうじゃないか。」


一瞬、空気が張り詰めたが、シズクの柔らかい声色に救われたのか、周りの生徒たちは互いに顔を見合わせてから笑い声を上げた。


「いやぁ、びっくりしましたよ!まさか聞かれてたなんて!」


「でも、ちょうどいいじゃないか!シズク先輩に直接お願いできる!」


シズクは肩をすくめつつ、コリンへと視線を向ける。


「そういうことだったんだな、コリン。最初から僕に言えばよかったのに。」


「す、すみません。」


コリンは顔を赤くしながら項垂れる。その姿に、シズクは思わず優しく笑みを浮かべた。


「まぁいいさ。みんなの気持ちも分かった。それなら、今度、一緒に練習しようか。」


「ほんとですか!?」


歓声が上がり、辺りの空気が一気に明るくなった。コリンは安堵と喜びの入り混じった表情を浮かべ、仲間たちに背中を叩かれている。


その光景に、シズクは胸の奥が温かくなるのを感じた。だが、その場の勢いで気軽に返事をしたことを、後になって少し後悔することになる。


まさか数日後、想像以上の新入生が押し寄せ、まるで小さな講習会のような場になるとは、この時のシズクは夢にも思っていなかった。

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