個性的な新入生たち
夏休みもあとわずかになり、生徒たちは既に入寮を済ませていた。
今日は入学試験当日。受験生たちが期待と不安を抱きながらこのランダ魔法学校を訪れていた。シズクは会場を見渡せる二階ギャラリーで、手すりに体を預けて試験の様子を眺めていた。
隣で同様に眺めるララがふと口を開いた。
「どの子が気になる?」
「百十三番の子だな。一人だけ落ち着いてる。」
「それなら五百八十番の子もじゃない?ずっと笑ってる。緊張してないみたい。」
千を超える生徒を眺めながらそんなことを言い合う二人。誘われて一緒に来たものの何が楽しいかわからないマロンはただ一人困惑していた。
「これは何をしてるわけ?」
我慢できずにそう問いかけるマロン。
「ん?ああ、マロンは聞いてなかったのか。スイ先生から目ぼしい子を探してこいとのことだ。去年、アルベリオ先輩とシリル先輩が任された仕事を今年は僕たちが担うことになった。」
特別訓練場に招待するに見合う生徒を探すこと。それがシズクとララに命じられた仕事だ。
シズク達の代はあまりにも豊作で、シズク、ララだけでなくマロン、ウォルフ、バニラの三人も招待された。しかし例年だと二人いれば良い方、一人もいない代だって存在する。
マロンは腕を組み、肩をすくめながら小さくため息をついた。
「そうだとしてもさ…こんなの眺めててもわかんないでしょ?まだ筆記試験だし。」
半ばあきれ顔の彼女に、ララがくすっと笑みを漏らす。
「そうでもないよ。魔法を扱うには、力や知識だけじゃ足りない。緊張に押しつぶされない度胸とか、余裕を保つ力も必要になる。そういうのは、むしろこういう場面でこそ見えてくるんだ。」
「なるほど…。」
マロンが首を傾げる横で、シズクも静かに頷いた。
「実際、ああやって平然としていられる子は珍しい。百十三番も、五百八十番も目を引くのはそのせいだ。」
シズクの言葉にララが補足するように口を開く。
「でも、緊張してる子の中にも優秀な子はいるはず。ほら、マロンだって入学試験の日、吐きそうになってたでしょ?」
「ふーん、そういうものか...って、ちょっと!なんでそれ知ってるのよ!」
マロンは一瞬納得しかけたものの、思いがけず自分の過去を暴かれて飛び上がった。
「え?あんなに何度も席を立っていたら、目につかないはずないでしょ?」
「ぐぬぬ…バレてたなんて。」
実際、当日のマロンは緊張のあまり何度も口を押さえてトイレに駆け込んでいたのだ。思い出すだけで顔が熱くなる。
「って!今は私の話じゃなくて、この子たちの試験でしょ!」
慌てて視線をそらし、下を指さすマロン。そんな彼女に苦笑しつつ、シズクも会場に視線を戻す。
――やがて午前中の筆記試験が終わり、受験生たちが次々と退出していく。しばらくして校舎の掲示板に順位表が張り出された。
「ほら、見て。」
ララが指さした先には、上位に名を連ねる数字が並んでいる。
「…あったな。百十三番は二位。五百八十番は五位か。」
シズクが目を細めて確認する。
「やっぱり目を引く子は優秀なんだね。」
ララは嬉しそうに微笑んだ。
「偶然かもしれない。まぁ、本番は午後の実技だ。」
シズクの言葉通り、試験はまだ始まったばかりだ。しかし、それ以上見ても仕方がないと、三人は会場を後にする。実技試験は在校生が見学できないため、確認できるのは結果だけだからだ。
「試験が終わったら、掲示板だけ見に戻ろう。」
――そして数時間後。
校舎の掲示板に実技試験の結果が張り出された。
一位は五百八十番、サンドラ。二位は百十三番、レオニス。
筆記試験との総合評価では、主席にレオニス、次席にサンドラが名を連ねている。結果的に、シズクとララが目をつけた二人が並んで上位を飾った。
「すごいわね!?」
掲示板を見上げながら、マロンが思わず声をあげた。
「見た甲斐があったろ?これで僕たちは彼らの名前と顔を覚えられた。明日、早速コンタクトを取ってみよう。」
翌日から新入生が続々と入寮してくる。入学式前に交流できる、唯一の機会だ。
――そして翌日の昼頃。
荷物を抱えた新入生たちが次々と寮に姿を現す。その中には当然、レオニスとサンドラの姿もあった。シズクとララは目を合わせると、それぞれ別々に声をかけることにする。相手に余計な緊張を与えないためだ。
「やあ。君が主席の子だね。」
入寮の準備を終え、食堂で一人休んでいたレオニスに、シズクが声をかける。
「…誰ですか?」
レオニスは訝しむように睨みつける。しかし、シズクの胸元で輝く金色のチェーンブローチに目を留めると、その眼差しはさらに鋭く変わった。
「なるほど。あなたがシズクさんですか。」
「ん?僕のことを知ってるのか。」
「当然です。歴代二位の成績で入学した天才、知らないわけがありません。」
淡々と告げるその言葉に、シズクは「照れるな」と笑ってみせる。だがレオニスは眉一つ動かさず、低い声で続けた。
「勘違いしないでください。俺はあなたと馴れ合うつもりはない。」
「へぇ。どうしてだ?」
「簡単です。俺はあなたを超える。そのためにここへ来た。あなたを超えて、この学校で一番の天才が誰かを証明する…!」
鋭い眼光をぶつけてくるレオニスに、シズクは首をかしげて、事実を突きつける。
「僕を超える?おかしなことを言うな。まずは実技試験で一位を取ってから言え。君はサンドラに負けたんだろう?その時点で僕に挑む資格はない。」
その言葉に、レオニスは思わずテーブルを叩いた。
「俺は、あんな試験は認めていない!」
「まぁ落ち着け。」
シズクは肩をすくめる。
「三月に学年対抗戦がある。そこで各学年の主席同士が戦うんだ。僕はその日まで主席を譲るつもりはない。だから君も、せいぜいサンドラに負けないよう頑張ることだな。」
「わかりました。」
レオニスは一拍置いて、真っ直ぐに言い返した。
「じゃあ俺は、それまでに筆記も実技も一番になります。くれぐれも、あなたも足元をすくわれないようにしてくださいね。」
「ああ。」
シズクは薄く笑みを浮かべると、くるりと踵を返した。視線の端に、ララとサンドラが楽しそうに会話している姿が映る。どうやら向こうは上手くいっているようだ、と胸を撫で下ろしながら、そのまま食堂を後にした。
「わぁ…本物のララ先輩だ…!」
一方そのララはというと、サンドラに一目見られた瞬間に正体を見破られていた。
「私を知ってるの?」
「当然です!歴代四位の成績でこの学校に入った稀代の天才!しかも超絶美少女!ですよね!」
「なにそれ…。」
キラキラと輝く瞳で顔を覗き込まれ、ララは思わず視線を逸らす。
「本当に、同じ人間とは思えないくらい可愛いですね。実は天使だったりしません?」
完全にミアやマロンと同タイプの性格だと悟り、ララはしまったと心の中で呟く。助けを求めようと周囲を見回したが、シズクの姿はすでにない。
「ねぇねぇララ先輩、聞いてますか?」
「聞いてるよ。私はちゃんと人間だよ。」
「じゃあ、好きな食べ物は?趣味は?休日はなにしてるんですか?あと、好きな色も知りたいです!」
次々と矢継ぎ早に質問が飛んできて、ララは口をぱくぱくさせるしかない。
「え、えっと…ちょっと待って、落ち着いて…!」
「はぁ~、やっぱり声まで可愛い…!」
サンドラの勢いに押され、ララはすっかり防戦一方だった。それでも否定しきれず、困ったように肩をすくめながら、どこかくすぐったそうな笑みを浮かべてしまう。
「…何してるの?」
そんなララに、偶然通りかかったミアが声をかけた。
「えっと、一年生の子と少し交流を……。」
「初めまして!サンドラです!」
「サンドラね。私はミア。これからよろしく。それで、何の話をしてたの?」
ララが答えるよりも早く、サンドラが胸を張って叫ぶ。
「ララ先輩が天使のように可愛いって話です!」
「えっ、ちが――」
ララが慌てて弁明するよりも早く、ミアがサンドラの手を勢いよく握った。
「わかるの!?この可愛さが!」
「もちろんです!すべてを包み込む夜空のように澄んだ瞳!天の川のように煌めく、長くしなやかな髪!そして天界から舞い降りた天使のような整った顔立ち!どれもが完璧です!」
「ちょ、ちょっと…!」
矢継ぎ早に畳みかけるサンドラの熱気に、ララは顔を真っ赤にして両手を振った。
「わかってるわね。よしっ、これから私たちの部屋に向かいましょう。ララの美しさは制服じゃ表しきれないわ…!貴女に至高のララを見せてあげる。」
「本当ですか!」
「え…私の意志は?」
気付けばミアに抱えられて部屋へと運び込まれていたララ。このあと彼女が夜遅くまで着せ替え人形のように扱われたのは言うまでもないだろう。
一方その頃。シズクは喧騒から離れ、自室へと戻っていた。
部屋には新しい同室の生徒が先に到着しており、まっすぐに立ち尽くしていた。両手は硬く握られ、顔には緊張の色が濃い。
「こ、これからお世話になります。コ、コリンと申します。ど、どうぞよろしくお願いします…!」
少年はそう名乗り、深々と頭を下げた。背筋は硬直し、肩には不自然なほどの力がこもっている。その律儀さがかえって痛々しく見えて、シズクは思わず口元を緩めた。
「はは、そんなに堅くしなくていいよ。気楽にいこう。じゃないと、この学校はちょっと息苦しいからさ。」
「は、はいっ…!」
コリンは慌てて返事をし、ぎこちない動きで椅子に腰を下ろす。座ったあとも背筋はまっすぐで、どうにか礼儀を保とうとしているのが伝わってきた。シズクは机に片肘をつき、柔らかい声で話題を振る。
「そうだな…コリンは、どこから来たんだ?」
「えっ?あ、あの…ア、アモネです。」
ようやく搾り出すように出た答えに、シズクは軽く頷いた。
アモネはランダの三つ隣の領地。海辺は強い浜風にさらされ、奥地は山風が吹き荒れる。夏は涼しいが、冬は骨身に染みるような寒さに閉ざされる厳しい土地だ。
「なるほど。じゃあランダの生活は、ちょっと勝手が違うかもな。」
「そ、そう…なんですか?」
目を丸くするコリン。
シズクは窓の外に広がる街並みを見ながら、穏やかに言葉を継いだ。
「うん。ランダは水路が多いから、湿度が高いんだ。アモネみたいに乾燥している地域とは正反対でね。最初は慣れにくいかもしれない。」
「な、なるほど…。」
コリンは真剣な顔で頷いたが、声はまだ小さく震えていた。
「でも大丈夫。僕の知り合いにアモネ出身のやつがいるけど、最初は“ジメジメして落ち着かない”って文句ばっか言ってたんだ。でも気づいたら普通に馴染んで、今じゃ文句ひとつ言ってないよ。」
「それなら…少し安心しました…。」
コリンは胸に手を当てるようにして、ほっと息をついた。
その表情にようやく緊張の糸が緩み、口元に小さな笑みが浮かぶ。シズクはその変化を見逃さず、安心させるように同じく柔らかく笑みを返した。
「よし、その調子。その方がずっといい。」
「…はい。」
少し間を置き、シズクは軽く肩を揺らすように笑った。
「そういえば、僕ばっかり質問してたな。肝心の僕の名前もまだ言ってなかった。」
「あっ、そ、そうですね…。」
コリンは少し慌てて返事をする。
「僕はシズク。よろしくな。」
優しく微笑むシズクに、コリンは改めて頭を下げる。声はまだ少し震えていたが、背筋はピンと伸びている。
「だから固いってば。」
「す、すみません…。」
「はは、まぁ礼儀正しいのはいいことだよ。そうだ、せっかくだからコリンからも何か質問してみたらどうだ?気になることはあるか?」
シズクの声は優しく、緊張しているコリンの肩の力を少しずつほぐしていく。コリンは小さく息を整え、自分の袖を握りながら考え込む。
「えっと…じゃあ、シズク先輩の出身地を、教えてもらっても良いですか?」
「もちろん。僕は――」
そこから二人は少しずつ話題を広げ、出身地や趣味の話などで談笑した。初めは緊張でぎこちなかったコリンも、次第に声がはっきりして笑顔も見せるようになっていた。
やがて夜が更け、二人は大浴場で互いに疲れを流し、自然と心の距離も縮まる。
そして翌日、入学式の日を迎えた。




