夏といえば海
翌朝、浜辺に立ったララたちは、それぞれ思い思いの水着に身を包んでいた。
三人が揃って砂浜に立つと、夏の光と海風が彼女たちを一層引き立てる。
「わぁ、海きれい!」
ララの声を合図に、マロンとバニラは元気よく砂浜を駆け出す。青い波が足元を洗い、三人のはしゃぐ声が浜辺に響いた。
その様子を少し離れた場所から眺めていたシズク、ウォルフ、シードは、互いに顔を見合わせて小さく笑う。
「なんか、すごく楽しそうだな。」
「だな。まぁ、俺たちも負けてられないな。」
そう言って三人も砂浜へと駆け出していく。
砂浜では、すでに水の掛け合いや貝殻探しが始まり、笑い声が絶えなかった。少年少女らしい無邪気な空気に包まれたその時――
「シリル先輩、早く早く!」
「ミア…ちょっと待って。」
「みんな、お待たせ~!」
弾む声とともに浜辺へ歩み寄る二つの影。ミアとシリルだ。
二人ともまだ年若いはずなのに、背丈や整った体の線はすでに大人びた印象を与えている。夏の陽光を浴びたその姿には、無邪気にはしゃいでいた他の面々とは一線を画す、成熟した雰囲気が漂っていた。
思わず、誰もが一瞬だけ言葉を失い、視線を奪われる。
「な、なんか…えっちすぎません!?」
耐えきれず、バニラが叫ぶ。
「え?何言ってるの?」
ララが首をかしげる。
「い、いや…なんでもないわ。」
純粋なララの視線に気圧され、バニラは小さく咳払いをして誤魔化す。その横で、ララは自然体のまま二人に声をかけた。
「ミア先輩もシリル先輩も、とても綺麗です。」
「ありがと!ララもすっごく可愛いよ!」
「…ありがとうございます。」
ミアに褒められて、ララは少し照れたように頬を染めながらも微笑んだ。その仕草の愛らしさは、見ている者の胸を温かくするほどだった。
「よーし!遊ぶわよ、みんな!」
ミアの一声を合図に、砂浜はさらに賑やかさを増していく。泳いで、走って、笑って、一同は思う存分夏を満喫した。
中でも特に盛り上がったのはビーチバレーだ。
三人一組でチームを作り、即席のトーナメントを開催。砂を蹴り上げながらの激しいラリーに、自然と歓声が上がる。
その中で圧倒的な実力を見せたのは、シズクたちのチームだった。ウォルフは人並みだったが、シズクとシードは普段から体を鍛えているだけあり、砂に足を取られながらも機敏に動き回る。そんな体幹の強さが光り、他を寄せつけなかった。
そして迎えた決勝戦。シズクたちの前に立ちはだかったのは、二年男子組。ビルドを中心とした彼らは実は全員が海辺育ち、しかもビーチバレー経験者という強敵だった。
「くぅ…私がミスしなきゃ、あそこにいたのは私たちだったのに…!」
ララとバニラの隣で、マロンが悔しそうに唇を尖らせる。
「仕方ないよ。相手、みんな経験者なんだし。」
「えっ、そうなの!?なんかズルくない?」
バニラがむっとするのを見て、ララが苦笑した。
「それにしても、ウォルフ以外みんなすごい体ね。」
ふとバニラが呟く。確かに全員、日々の鍛錬で鍛え上げられた引き締まった体をしていた。ウォルフも決して非力ではなく、人並み以上の筋肉を備えているのに、周囲が規格外すぎてどうしても見劣りしてしまう。
「そうね…。」
マロンが小さく頷く。その視線の先で、ひときわ目を引く存在がいた。シードだ。
可愛らしい顔立ちからは想像もつかないほど、彼の体は均整が取れ、余分な脂肪のないしなやかな筋肉で覆われている。細身でありながら確かな力強さを秘め、その佇まいはまるで研ぎ澄まされた武器のようだった。
「いや、見すぎでしょ。」
無意識にシードを凝視しているマロンに、バニラが思わず苦笑交じりに突っ込む。
「え?何が?」
しかしマロンはきょとんとした顔で首をかしげるだけ。本気で気づいていない様子だった。
――無自覚かよ…!
バニラは心の中で叫びつつ、「な、なんでもないわよ~」と誤魔化し笑みを浮かべた。そんな会話をしていると気づけば試合が始まっていた。
ボールは軽快に行き交う。
最初はシズク達の劣勢で試合が進むが、次第に三人の動きは噛み合い始める。
砂に足を取られながらも、シズクが滑り込みレシーブを決める。高く上がったボールを、ウォルフが必死に繋ぎ――
「頼む、シード!」
その声に応えるように、シードが跳躍した。
太陽を背に、大きく振りかぶった右腕。空気を切り裂く一撃が、相手コートの隙間に突き刺さる。
「ポイント!」
歓声とともに砂煙が舞い上がる。試合は白熱し、点を取っては取られ、最後まで拮抗した。
そしてマッチポイント。再びボールが上がる。
「任せろ!」
ウォルフがしっかりとトスを上げ、シズクが囮で飛び込む。相手ブロックが引きつけられた、その一瞬――
シードが音もなく高く跳び上がり、鋭いアタックが一直線に突き刺さり、砂を跳ね上げた。
「ゲームセット!」
砂浜に倒れ込んだシードの口元には、勝利の余韻を噛みしめるような笑みが浮かんでいた。仲間と手を取り合って喜び合うその姿は、ただただ爽快そのものだった。
「お前ら、それで未経験ってマジかよ!?」
あまりの強さに、ビルドが思わず叫ぶ。その声にシズクが少し得意げな顔で返した。
「いえ、僕は経験者ですよ。」
「なに!?てことは…」
「はい。ララも経験者です。」
シズクがこくりと頷くと、ビルドは「道理で…」と肩を落とした。
一方で注目を浴びたララは、涼しい顔でさらりと言う。
「昔、師匠に“どんな環境でも戦えるように”って名目で、大会に参加させられただけだよ。初めてだったから優勝はできなかったけど。」
「へぇ~。じゃあ何位だったの?」
マロンが恐る恐る尋ねる。
「二位。」
即答するララ。その想像以上の結果に、マロンは一瞬言葉を失った。だが当の本人は、一番以外に意味はないと言いたげに、ほんの少し不満そうな顔をしている。
そのやり取りを耳にしたのか、ビルドが「お前マジかよ…」とでも言いたげにシズクを見やる。
「そんな顔しないでくださいよ。シードとウォルフは、ちゃんと未経験ですから。」
「そうだ。それもおかしいんだって。なんで二人もあっさり適応してんだよ。」
ビルドのぼやきに、ウォルフが口の端を上げて笑った。
「簡単な話ですよ。俺らのミスを、シズクが全部カバーしてくれただけです。」
その言葉にビルドは試合を思い返す。ウォルフのレシーブが大きく弾かれた時も、シズクはすかさず潜り込み、正確にトスを上げていた。シードが焦って無造作に上げたボールも、シズクはきっちりとアタックに繋げていた。
そう。どんな悪球も、間にシズクが絡めば完璧な流れに変わっていたのだ。
「あーっ!クッソ、なるほどな!やっぱお前がおかしいだけじゃねぇか!」
ビルドは豪快に笑いながら、シズクにヘッドロックを決めた。
「ちょっ…苦しいんですけど!」
シズクが必死に抗議する様子に、周囲もつられて笑い声を上げる。
波の音とともに響くその明るい笑いは、夏の空に吸い込まれるように広がっていった。
やがて日が沈み、水平線の向こうに残照が消える頃、砂浜には焚き火が組まれた。ぱちぱちと爆ぜる火の粉が夜風に舞い、輪になって座る皆の顔を赤く照らす。
マシュマロを炙ったり、炎を囲んで語り合ったり。昼間の賑やかな水遊びとは違い、今はどこか落ち着いた温もりが場を包んでいた。
「楽しかったなぁ。」
誰かがぽつりとこぼすと、すぐそばで「うん」と笑い声が返ってくる。波と焚き火の音に溶けて、その小さなやり取りすら特別に思えた。
燃える炎が少しずつ小さくなっていく中で、胸の奥には確かな予感が芽生える。この別荘での日々は、まだ始まったばかりだ。




