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試験が終わっても

シズクの前に鎮座するのは風の怪鳥。シズクはその姿に見覚えがあった。攻撃魔法の最初の到達点とされる「魔法の鳥」。シズクが生み出す水の鳥とは比べものにならないほど巨大だが、その造形は確かにどこか似通っていた。


ならば、特徴も同じはずだろう。そうシズクは結論づける。


魔法の鳥の特徴は、自由自在の機動力と圧倒的な威力。とりわけ風の鳥は他の属性に比べて機動性が高く、捉えるのが難しい。まさにシズクが最も苦手とする相手だった。


まずは手始めに、シズクは水の弾丸を放って牽制する。だが怪鳥は泰然と羽ばたき、あっさりとそれをかわしてみせる。


――速い。


そう感心しつつも、シズクは間断なく魔法を撃ち込み続けた。弾幕のように放たれる水弾には、怪鳥の動きを観察する意図が込められていた。


――なるほど。速度は想定よりも遅い。何発かは確実に当たっている。問題は…。


次の瞬間、怪鳥が大きく翼を広げた。直後、風を裂く音と共に、鋭い風刃がシズクを目がけて飛ぶ。


――これだ。


通常の魔法使いなら、空中で魔法を放つ際に必ず一瞬の隙が生まれる。魔法陣を切り替える間の“空白”だ。だがこの怪鳥にはそれがない。魔法陣を展開せずに直接風を放つため、攻撃と同時に隙を見せることがないのだ。厄介極まりない。


しかし、それでもシズクの相手ではない。シズクはすでに怪鳥の動きを見切り始めていた。隙がなくとも攻撃は当たる。倒すのは時間の問題に過ぎなかった。


一方でララも土の巨人と対峙していた。


巨人が腕を振るうたび、地面が揺れる。手始めに風の刃を放ってみるが、巨人は避けることもなくあっさりと受け止めてしまった。それだけで防御力の高さが見て取れた。


――正面から打ち合えば時間がかかる。なら、やるべきことは一つ。


ララは深く息を吸い込み、両脚に力を込める。体を強くする魔法で脚力を強化し、一気に距離を詰めた。


それに合わせて、巨人が拳を振り下ろす。大地を砕くほどの重い一撃。だがララは一歩先を読み、その隙間を縫うように駆け抜けていた。


「遅い。」


間合いに飛び込むと同時に、ララは風を操る魔法を展開。鋭い風刃が巨人の関節めがけて走る。硬い岩肌も、継ぎ目は脆い。ララの狙い澄ました一撃に、巨人の腕があっけなく切り落とされた。


その確信を胸に、彼女は次々と動き続ける。巨人が足を踏み鳴らせば、ララは跳躍でかわし、振り向きざまにもう一閃。岩の巨体はみるみるうちに欠け、崩れていく。


最後は背後を取ると同時に、全身の力を脚へと込め、渾身の回し蹴りを叩き込んだ。体を強くする魔法に支えられたその一撃は、巨人の体を粉々に砕き、砂のように四散させる。


「っ…!」


勢いに任せて蹴り飛ばしたが、想像よりも硬く、ララの足に鋭い衝撃が走る。骨に響く感覚に思わず顔をしかめるも、次の瞬間には小さく笑みを浮かべた。


――失敗した。ちょっと力を込めすぎたかも。


足を軽く払って砂を散らし、目の前に崩れ落ちた巨人の残骸を一瞥する。


「ちょっとは手応えがあるかと思ったのに。期待外れ。」


他の生徒であれば全力を振り絞ってようやく倒せる相手だろう。しかしララには、楽しむ余裕さえあった。彼女は肩を回し、呼吸を整えると、迷いなく奥の扉へと歩みを進める。


その先に待つのは、迷宮の出口。


扉を開いた瞬間、目に飛び込んできたのは試験官であるトリスの姿。そして、その横に並ぶように立っているシズクの姿だった。


ララの目がわずかに見開かれる。


――やっぱり、先についてたんだ。


胸の奥が悔しさでいっぱいになる。けれど、それでよかった。ララにとってシズクはずっと目標であり、彼がこうして自分の前に立ちはだかってくれるだけで、進むべき道が示されるのだから。


「次は負けない。」


「ああ、楽しみにしてる。」


そう言葉を交わした二人の口元には、自然と笑みが浮かんだ。


それからしばらく、二人は試験が終わったことを忘れてしまうほど、いつも通りの他愛ない話を続けていた。そんな時、ガチャリと音を立てて一つの扉が開かれる。現れたのはマロンだった。


彼女は出てくるなり周囲をキョロキョロと見回し、シズクとララの姿を確認すると、大きく息を吐いてその場に腰を下ろした。


「ふぅ…危なかった。でも!」


マロンは顔を上げると、にっと笑みを浮かべて胸を張る。


「私が三位よ!ちゃんと、この順位を守ったんだから!」


三位での突破だというのに余裕は見られない。だが、シズクとララに次ぐ「第三席」という立場には、それだけの誇りと重圧があるのだろう。


「お疲れ。」


ララが声をかけると、マロンは肩で息をしながらも、誇らしげに笑みを返した。その様子はまさに彼女らしい。そして――


「あっ…腰抜けちゃった。手、貸して。」


少し抜けているところも、本当に彼女らしい。ララが快く手を貸したその時、マロンが開いた扉の二つ隣の扉がガチャリと開く。


「あっ!もういる!」


出てきたのはバニラだ。マロンの姿を見ると、ややがっかりした表情を浮かべる。


「でも、ウォルフはいないじゃない。つまり今回は私が四位ってわけね!」


前回の試験では五位だったバニラ。今回はウォルフの不在を確認すると、誇らしげに仁王立ちする。


そんな彼女に、トリスが補足する。


「別に速さだけで順位が決まるわけじゃないよ。試験の内容を総合的に評価して点数をつけるんだから。」


「そうなんですか!?」


「そうだよ~。」


がっかりするかと思いきや、バニラはその言葉ににんまりと笑みを浮かべ、再び胸を張る。


「じゃあ、マロンに勝てる可能性もあるってことですね!」


「何でそうなるのよ!」


間髪入れずツッコむマロンに、バニラはニヤリと笑みを浮かべて返す。


「でも、その通りでしょ?」


「そうだけど…!」


バニラの得意げな様子にマロンは悔し気に拳を握る。


「ふふ。ほんとからかい甲斐があるな~。そんなに負けたくないの?」


「当たり前でしょ!三位なんだから、絶対に負けられないわよ!」


ツンツンと頬をつつくバニラの手を振り払い、マロンは言い返す。


「お前ら、何してるんだ?」


そんな二人の間に、突然ウォルフがにゅっと現れた。


「あんた、いつの間に!?」


驚くバニラにウォルフは平然と答える。


「え?さっき。」


そして、驚かそうと静かに入ってきたことが、見え透いた笑顔を浮かべる。


「五番目のくせに生意気よ。」


「そうよそうよ!」


そんな彼を二人は同時に小突く。


「酷いな~二人とも。」


おちゃらけた態度の彼だが、その表情の裏には悔しさが滲み出ている。ふざけている三人。しかし確かにその間には緊張感が孕んでいた。


この一年を締めくくる最後の試験で、誰が三位になるのか。それは翌日、明らかになる。


そして翌日――


張り出された順位表を前に、マロンは歓喜し、バニラは崩れ落ちた。


「やった~!三位よ!」


「何で五位なの~。」


悔しがるバニラに、ウォルフが冷静に声をかけようとする。


「筆記試験が――」


しかし、バニラの鋭い眼光に言葉が詰まった。


「そんなこと、私が一番わかってるわよ。」


順位は、筆記試験の平均点と実技試験の点数を合計した結果で決まる。


実技試験の点数は、シズクが九十八点、ララが九十七点。文句なしのツートップだ。それに次いで、マロンとバニラが八十八点で同点、ウォルフは八十五点だった。これだけ見れば、バニラの勝ちは確実なように思える。今までの筆記試験ではほとんど差がついていなかったからだ。


しかし、今回の筆記試験は違った。


シズクとララが百点満点。それに次ぐシードが九十八点、マロンが九十五点、ウォルフが九十四点だった。ここまではいつも通りの結果だ。しかし、最後のバニラは九十点という結果に終わった。


常人であれば十分すぎる高得点。全生徒の平均点が五十八点なのだから、彼女が天才であることは言うまでもない。だが、トップレベルで競う舞台では、その数字では物足りなかった。


だから、バニラは順位を悔しがるよりも、自身の不甲斐なさに苛立ちを覚えていた。


「…復習してくる。」


いつもなら大声で叫ぶバニラだが、さすがにこの点数を見ては元気が出なかったのか、返却された答案用紙を手に、トボトボと自室へ帰っていった。


そんな彼女の姿に、マロンとウォルフは馬鹿にするどころか、むしろ見習う姿勢を示す。


「私たちも負けてられないわね。」


「ああ。」


彼らもまた答案用紙を持って自室へと駆けていった。試験が終わったというのに、この向上心。これこそが、彼らがその順位に君臨する理由だろう。


そして、それはシードも同じだった。筆記試験で華々しい成績を残した一方、実技試験は六十八点と、今の特待クラスのメンバーではぶっちぎりの最下位。


筆記試験の高得点のおかげで順位は十五位と高いが、彼自身はそれに満足していない。だからこそ、試験明け、順位表さえ見ずに誰もいない訓練場で、一人黙々と訓練を重ねていた。


その姿を見守る人物がいた。


「精が出るね、シード君。」


「トリスちゃん。」


それはトリスだった。試験を無事に終え、機嫌よく歩いていたところ、偶然、訓練をするシードを見かけたのだ。


「何をそんなに焦っているんだい?」


「僕は特待クラスですが、魔法が使えませんし、魔道具の扱いも上手くありません。だから、一分一秒も無駄にできないんです。」


「なるほどね~。」


俯くシードを見据え、トリスは昔話を始める。


「実はさ~、トリスちゃんも子供の頃は落ちこぼれだったんだよ。しかもシード君よりずっと。」


「え!?」


シードの目が見開かれる。その言葉があまりにも衝撃的だったから。


「びっくりした?でも、本当のことだよ~。」


トリスは少し間を置き、シードの驚いた顔を覗き込むようにして笑う。


「だって、私はこのランダ魔法学校を受けて、十三歳のときに不合格になったんだから。」


「そうなんですか!?」


思わず声を上げるシードに、トリスは肩をすくめて、にこやかに頷いた。


「そうだよ~。そもそも勉強は得意じゃなかったし、魔法はもっと苦手だった。要領も悪くて、魔素への感受性も低い。魔法陣なんて描けばぐちゃぐちゃで、ほんとにダメダメな子供だったんだ。」


トリスは笑いながらも、どこか恥ずかしそうに自分の過去を語る。


「だから必死に勉強して、町で一番の成績を取るくらいまで頑張った。でも、それだけじゃ足りなくて、結局は落ちちゃったんだ。」


シードは黙って耳を傾ける。その真剣さを感じ取ったのか、トリスはさらに続ける。


「それにね、トリスちゃんって背が小さいでしょ?」


「…はい。」


シードが遠慮がちに頷くと、トリスはにっこりと笑った。


「実は十三歳で成長が止まっちゃったんだ。それからは大変だったよ~。周りはどんどん大きくなっていくのに、私は全然変わらない。魔法学校を目指して予備校に通ったけど、最初はトップだった成績も、気づけば下の方に落ちてたんだ。そのとき気づいたんだよ。ああ、魔法って体が大きい方が有利なんだ、って。」


魔素の許容量は才能と体格によって左右される。


史上最強の魔法使いであるスイも長身で、傑出度の高いシズクやララも、同世代よりはるかに大きく育っている。背が高い方が魔法に向いているのは、疑いようのない事実だった。


「だから工夫した。要領が悪いなら、その分ひたすら勉強した。でも、それだけじゃ埋まらなかった。そこで思ったんだ。普通の努力だけじゃ、天才には追いつけないって。」


トリスの声は、今までの冗談めいた調子とは違い、真剣そのものだった。


「それからは考え続けた。体格の差、魔素の容量の差をどうやって埋めるか。答えが見つかるまで、考えて、考えて…そして私はその答えを見つけた。あとは、それを信じて努力を続けた。」


トリスは懐かしむように目を細める。


「気づいたら予備校で一番になってて、ランダ魔法学校の編入試験でも一位を取った。そのとき思ったんだ。体格を理由に諦めなくて、本当によかったって。」


彼女は改めてシードに向き直る。


「だからね、シード君。君の考え方はすごくいいと思う。でも、不利を抱えた人間は、普通の努力だけじゃ天才たちに追いつけない。どうやったら追いつけるかを、考え続けること。それが大事なんだ。そして、その先に必ず答えがあるんだよ☆」


決め台詞のように指を突き付けて言い切ったトリス。しかし、すぐに少し照れくさそうに頭をかいて、言葉を続けた。


「まぁ、魔法が使えないシード君は、私よりもっと不利かもしれないけどね。でも、それでも君は天才たちの舞台に立ってる。十分すごいことだよ。でも、それでも満足できないなら、やっぱり考え続けること。そして努力を続けること。私は君に期待してるよ、シード君☆」


シードは小さく微笑み、深く頭を下げた。


「ありがとうございます。トリスちゃんの言葉、すごく励みになりました。僕も考え続けて、努力してみます。」


胸の奥で重くのしかかっていた焦りや不安が、ほんの少し軽くなった気がした。自分はまだ未熟だ。それでも、認めてもらえた。前に進む勇気が湧いてくる。


目の前に広がる訓練場は、もう孤独に耐える場所ではない。挑戦を続ける、自分の舞台になったのだ。

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