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行きつく先は同じ

シズクが訓練を始めてから十日。ついに進級試験当日となった。


結局この短期間では、「皮膚呼吸による魔素の取り込み」の感覚を掴むことはできなかった。しかし、繰り返し魔素を取り込み続けたことで、以前よりもはるかに自然に魔素を取り込めるようになっていた。それだけでも、この十日間の訓練は十分に意味があったと言えるだろう。


「――それでは、試験を開始する!」


進級試験は、四日間にわたる筆記試験から始まる。


国語、現代文、古代語、数学、帝国史、地理といった基礎科目に加え、魔法学基礎、魔法学応用、魔素制御学、魔法陣理論といった専門科目、合計十科目を四日間かけて受験する。そして、五日目には実技試験が待ち構えているのだ。


「今回の魔法陣理論、めっちゃ難しかったんだけど!?」


四日目が終わった途端、マロンが叫んだ。その様子にウォルフとシードが頷く。


「確かに、今までに比べるとかなり難しかったな。」


「うん。僕も難しかったと思うよ。」


そんな三人をバニラはニヤニヤとした表情で煽る。


「なになに~? あんたたち、あんな簡単なのも解けなかったの~? 私は九十点以上の自信あるわよ。」


「何よ。あんたこそ、数学全然わかんなかったって言ってたでしょ! 基礎科目でつまずいてる時点で、土俵にも立ってないわ。」


「あ~! 言っちゃいけないこと言ったわね。今に見てなさい、実技で叩き潰してあげるんだから。」


「こっちの台詞よ。」


二人はバチバチと火花を散らすように煽り合う。しかし、それは互いをライバル視しているからこそだ。ウォルフを含め、この三人はシズクとララさえいなければ、この学校の長い歴史に名を刻むほどの才能を持っている。そして筆記試験においても、シードは比類ない実力を示していた。


彼女たちは、自信がないと言いながらも、当然のように八十点以上は獲得していることだろう。しかし、そんなことは百も承知だ。本当に意味があるのは五日目の実技試験。だからこそ、彼らの間にはピリついた空気が漂っていた。


「みんなお疲れ。」


それでも、四日の試験を終えてなおケロッとした態度のシズクとララを見ると、その空気も少し緩む。


シズクとララは、これまでの筆記試験をすべて満点で終えてきた。入学試験も含めてだ。だからこそ、四人は声をかけなかった。


「聞くだけ無駄だと思うけど…筆記試験、どうだった?」


予想のついた顔で問いかけるマロン。返ってきた答えは、やはり予想通りだった。


「簡単だったよ。」


「簡単だった。」


「…そうよね。」


諦めたように頷くマロン。やはり、この二人は次元が違うのだと思わされるばかりだった。


そうして、五日目を迎えた。


「はーいっ!みんな集合~!まずは四日間の筆記試験、お疲れさま♪」


軽やかに壇上に立ったトリスは、いつも通りの眩しい笑顔で手を振る。生徒たちの緊張感が、ほんの少しだけ和らぐ。


「さてさて!いよいよ今日は、待ちに待った実技試験だよ☆」


一拍置き、わざとらしく両手を広げてタメを作る。


「内容はずばり!迷宮突破試験!迷宮を突破して最奥に到達するのが目標だよ~。でも~、ただ走り抜けるだけじゃダメ。途中にはさまざまな罠や障害が待ち受けていて、それらを自分の魔法でどう切り抜けるかが大事なんだよ。」


そこまで説明すると、突然トリスは声を少し落とし、わざと深刻そうに説明を続けた。


「そして最奥では、君たち一人ひとりの苦手を映し出した怪獣が現れるよ~。ただ、安心して。怪獣は本物じゃなくて、先生たちが作り出した幻影だから。でも、強さはホンモノ☆手を抜いたら普通に倒されちゃうからね!」


にっこり笑ってから、トリスはおもむろに三本指を立てる。


「評価基準は三つ。突破の速さ・魔法の精度・応用力!合計百点満点で採点するよ。合格ラインは三十点、下回ったらその場で退学だから覚悟してね。でもでも~、試験中は合格点なんて気にしないでね。大事なのは、自分の力をどう発揮できるか、だからね☆」


生徒たちを余計に緊張させないために、わざと軽い口調で告げたトリス。しかし、その言葉はずっしりと生徒たちの胸に落ちていた。


「それじゃあ、試験会場のお出ましだ~☆」


トリスがパチンと指を鳴らすと、ゴゴゴゴゴッと地鳴りと共に、地面から巨大な扉がせり上がってきた。


「はいっ!これが迷宮の扉だよ☆実はね~、この学校の地下にはどーんと巨大な迷宮が広がってるんだ♪」


ランダ魔法学校はただの学び舎ではない。正確には、古代の大迷宮の上に建てられた学校なのだ。


世界各地には古代遺跡が点在し、その内部には今も豊富な魔素が満ちている。ゆえに魔法協会や軍の本部といった重要施設の多くは、遺跡の上に築かれているのである。


「迷宮に入ったら、それぞれ試験番号の書かれた扉を選んでね。そうすれば、生徒同士でばったり遭遇することはないから安心だよ~♪」


迷宮は複雑に入り組んでおり、入口から続く分かれ道は百を超える。


それぞれの道は同じゴールへと繋がっていて、その手前に広がる大空間こそが最後の試験会場だ。そこに配置されるのは幻影の怪獣。難易度はすべて均等に調整されており、一部の生徒が不利になることはない。


「それじゃ、いってらっしゃーい☆」


トリスに見送られ、シズクを先頭に生徒たちはぞろぞろと迷宮へ入っていった。


中は意外にも整然としており、並ぶ扉の一つひとつには、古代遺跡の荘厳な雰囲気とは不釣り合いな張り紙が貼られている。そこに試験番号が示されていた。


シズクは迷わず自分の番号の前で立ち止まり、その隣にはララ、さらにマロンの姿が並ぶ。


「負けないよ。」


「こっちこそ。」


ララと拳を突き合わせると、二人は同時に扉を押し開けた。


「――現在時刻、九時五十三分。試験番号一番、シズクの試験を開始します。」


扉を閉めると頭上からトリスの声が聞こえた。よく聞くと本人の声ではない、魔法で再現されたものだ。


――こんなこともできるのか。


シズクは感心しながらも、迷わず眼前に続く深い階段を駆け降りる。


しばらくすると、不意に足元からカチッという小さな音がした。とっさに身をひねると、先程までいた場所に向けて火の矢が放たれた。


――なるほど、これが罠か。


足元には巧妙に仕込まれたスイッチ。押されると魔法嚢を応用した仕掛けが発動する仕組みだ。迷宮そのものは古代の遺跡だが、罠は学校側が設置したものらしい。もちろん、生徒の命を脅かさないよう安全に調整されている。


――こういうアナログな罠は魔法では探知できないな。


罠を探知する魔法で見抜けるのは、魔法を用いた仕掛けだけ。物理的なスイッチに連動する罠には通用しない。仕方なく、シズクは一歩ごとに足元を確かめながら慎重に歩みを進めた。


一方その頃、隣の扉へ入ったララは、もう階段を降り切っていた。


彼女の方法は単純にして豪快。体を強くする魔法で脚力を高め、そのまま全力疾走で駆け抜けたのだ。罠が作動するより早く通り過ぎれば問題なし、という大胆すぎる作戦。しかし、その分彼女は大幅に時間を短縮していた。


――絶対に負けない。


胸にあるのはただ一つ、シズクに勝ちたいという強い気持ち。力強く踏み込んだ先に現れたのは、床一面に魔法陣が散りばめられた長い廊下だった。


一瞬、圧倒されて足が止まりかける。だがすぐに気持ちを切り替え、罠を探知する魔法を展開する。淡く光る魔法陣が、次々とその探知の網に引っかかっていった。


――やっぱり全部罠だ。


勢いだけで突破するにはあまりにも数が多い。ララは渋々ながらも魔法陣の解読に取りかかる。


脳裏をよぎるのは、シズクならこんなもの一目で解き明かすだろう、という劣等感。思わず焦りが込み上げる。しかし――


「練習でできないことを本番で挑戦しても無意味。ですよね、師匠。」


ヴァイオレットの教えを思い出し、深く息を吐く。弱音を押し殺して、冷静に魔法陣を解読した彼女は、罠を解除する魔法を発動し、一つひとつ着実に解除していく。


やがて、廊下の最後の罠を突破したとき、ララの瞳には揺るぎない自信が戻っていた。


一方で、ララがやっとの思いで魔法陣を解読した頃、シズクはすでに三つ目のエリアへと足を踏み入れていた。


先の廊下の魔法陣は、彼にとって一瞥するだけで理解できる程度のものにすぎず、あっさりと通り抜けてきたのだ。


その眼前に広がるのは、まさに「生きる迷宮」。床も壁も天井も魔法で絶えず動き続け、通路は刻一刻と姿を変えていく。


――なるほど。道を探す魔法を無効化しているのか。


古代遺跡の探索のために編み出された魔法がある。どんな複雑な迷宮であっても、必ず正しい道を示してくれるというものだ。だが、この変容し続ける迷宮の前では意味をなさない。


つまりこれは、生徒自身の純粋な洞察力と発想力を試す試験なのだ。


シズクは動き続ける壁と床を前に、立ち止まったまま静かに目を細めた。耳を澄ませ、視線を走らせ、やがて小さく呟く。


「三秒ごとに床が沈む。その後、壁が一拍遅れて動く。なら、沈んだ床を踏み越え、次の瞬間に空いた隙間。それを進めばいい。」


わずかな規則性を冷徹に見抜いたシズクは、迷わず一歩を踏み出した。動く迷宮の只中を、まるで最初から答えを知っていたかのような足取りで進んでいく。


その頃、ララも同じく、変容を続ける迷宮の入口で立ち止まっていた。彼女は壁のきしむ音、床のわずかな振動に耳を傾ける。


――風が変わった。次に動くのはあの壁。なら、そこが開く瞬間を狙えば。


そんな直感に従って、ララは迷わず、迷宮に駆け込んだ。空気の流れを読むように、まるで迷宮と呼吸を合わせるように進んでいく。


一方は冷静な観察と知識、一方は鋭い感覚と大胆さ。方法はまるで違う。だが、その足取りが導かれる道筋は、不思議なほど同じだった。互いに気づかぬまま、二人はまるで示し合わせたかのように、同じ正解のルートを選び進んでいく。


やがて二人は、ほとんど同時に最後のエリアへと足を踏み入れた。


そこに広がるのは、ただただ広大な円形の空間。その中央には、トリスが告げていた怪獣が鎮座している。


シズクの前には風の怪鳥が、ララの前には土の巨人が待ち受けていた。

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