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よくある日常

日差しが照りつける夏の昼下がり、シズクとララは今日も2人で涼しい図書館の一角で本を読み漁っていた。


到底3歳児とは思えない2人の1日の過ごし方だが、付き添っているアメは実に満足げだ。


「ねぇ。シズク。」


ララに服をちょんちょんと引っ張られ、シズクはララが指差す先を見る。


「これってどういう意味?」


ララが読んでいるのは「バッカリスの夢」という古典文学で、彼女の示す所には「林檎(りんきん)」と書かれている。


「ああ。それはリンゴって意味だよ。」


「そうなんだ。ありがとう。」


「どういたしまして。」


意味を聞いて、ララは再び黙々と本を読み始めた。彼女の読む本はレイが生きた時代よりも遥か前に記された物で、一部の文は未だ解明できていない。そんな研究対象ともされる書物を、小さな子供が読んでいるのは意外に人目を引くようで、通りかかった大人達はいつも二度見をしている。実に愉快な状況である。


それから、小一時間静かな時間が続いた。その静寂を破ったのは、パタンという本を閉じる音だった。


「読み終わったの?」


「うん。」


一週間以上の時間がかかったが、ララは遂にバッカリスの夢を読了したようだ。


「どう?面白かった?」


「難しい言葉が多くて大変だったけど、面白かったよ。」


「それなら良かった。」


バッカリスの夢は、世界で初めて魔法という概念を生み出した物語で、レイが魔法を実現できたのもこの物語があってこそだった。だから、シズクはララにこの本をおすすめした。将来、魔法使いになるのなら読んでおいて損はないから。


「次は――」


ゴーンゴーンという鐘の音が町に響く。それは5時を知らせる鐘であり、2人の帰宅の時間を知らせる鐘でもある。


「もう帰らなくちゃいけないんだ。残念。」


「仕方ないよ。本を片付けよう。」


「うん。」


2人は本を片付けると、アメと一緒に図書館を後にした。ララを店まで送り届けると、いつもより早い時間に店じまいをしていたアニーとぱったり出会った。


「ばいばい。」


「またね。」


去り際、小さな手を振ってくれたララに、シズクは大きく手を振り返す。こんな、何事もない日常が続くことを願って。


「お父さん、お願い!」


時間は過ぎて、その日の夜のことだった。シズクはダンの背中に引っ付いてお願い事をしていた。


「うーん。魔道具を作りたいか。俺と一緒にだったら別に構わないが、どうして作りたいんだ?」


シズクのお願いは魔道具を作りたいという物だった。その理由は、


「来月の初めがララの誕生日なんだ。それで、何を贈ろうかって考えたんだけど、魔道具がいいかなって。」


7月6日はララの誕生日で、シズクはその贈り物として魔道具を考えたらしい。しかし、その理由を聞いたダンはある問題点を挙げた。


「ララちゃんに?お前、その意味が分かってるのか?魔道具屋の子に魔道具を渡すってことは、それだけの物を作らないといけないってことだ。今考えている物はどんなもんだ?」


「これだよ。」


シズクがダンに見せたのは魔道具の設計図。材料やそれにかかる費用まで事細かに書かれている。


「はは。凄いじゃないかシズク。うちの若い衆だって、こんなしっかりした設計図描けないぞ。どうやって勉強したんだ?」


「図書館で少しずつ勉強したんだ。魔法の勉強はダメだけど、魔道具の仕組みについて勉強するだけだったら平気でしょ?」


「そうだな。よく頑張った。」


自分の子供ながら賢いなと思いつつ、ダンは真剣に設計図を見る。それは、音を鳴らす魔法を与えた単純な魔道具だった。仕組みとしては目覚まし時計とほぼ同じで、そこから時計の機能を排除したものとなっている。


「何のための魔道具だ?」


「小型の警報ベルだよ。一人の時に犯罪にあったら、これを押して皆に知らせるんだ。」


「なるほどな。だが、この構造だと間違って押しちゃうこともあるんじゃないか?」


「確かに!」


シズクは自身の設計の未熟さを実感する。確かにボタンだと間違えて押してしまう可能性がある、しかし、レバーの様な構造をとると咄嗟に使うには不便だ。


シズクが真剣な顔で考えていると、突然、ダンが笑い出してわしゃわしゃとシズクの頭を撫でた。


「な、なに?」


「良い魔法がある。危機を察知する魔法っていうのがあってな。この魔法を発動していたら、自分に危機が迫っていると知らせてくれるんだ。これを使えば、そもそもボタンなんてつけなくて済む。」


「でも、危機って色んなのがあるでしょ?例えば、転びそうになった時にも鳴っちゃうかも。」


危機を察知する魔法はシズクも知っていた。魔法使いが必ず覚える魔法で、戦場では無類の強さを発揮するということも。しかし、これには欠点があり、どんな些細な危機でも察知してしまうのだ。その為、この魔道具には不適切だと考えていた。


「お前はまだ、魔道具の神髄ってのがわかってない様だな。例えば、目覚まし時計だが、あれは何の魔法が付与されてるかわかるか?」


「時間を知らせる魔法でしょ?」


そんなこと調べたから知っている。シズクは当然だと言わんばかりに回答する。しかしダンの返答は意外な物だった。


「その通りだが少し違う。目覚まし時計に使われてるのは、朝だけを知らせる魔法だ。」


「え?そんな魔法があるの?」


「当然ない。だが、目覚まし時計に関して言えば、間違いなくその魔法といえるだろう。」


ダンの言っていることが理解できず困惑するシズク。そんなシズクにダンは丁寧に説明してくれた。


「魔道具の機能は2つあって、1つは魔法を発動させる機能。もう1つは魔法を制限する機能だ。なんで制限するかはわかるか?」


「完全な魔法を発動させるにはより複雑な構造を作らなくちゃいけないから?でもそれって、機能っていうよりかは欠点じゃないの?」


魔法を完全に発動する為には、大規模な機械仕掛けが必要になる。それこそが魔道具最大の欠点である。時間を知らせる魔法においても、それは顕著に表れ、例えば目覚まし時計の場合、それは朝だけを知らせる魔法に制限され、5時を知らせる鐘の場合、特定の時間を知らせる魔法に制限される。だからダンは先程、目覚まし時計でいえば、朝だけを知らせる魔法と言った訳だ。


こういった不完全さはどんな魔道具にも付き物で、この不完全さを制御するのが魔道具職人の仕事である。ダンが魔法を制限する機能といったのはそういう仕事のことを言ってのことだろう。ただ、もし常に完全な魔法が発動できるなら、そんなことをしなくてもよかったはずだ。だからこそ欠点なのだ。しかし、魔道具職人からすれば悪いことばかりではないらしい。


「ああ。確かに欠点だ。だが、今回に限って言えばそうじゃないだろ?簡単な構造で作れば、不完全な状態で魔法を発動できる。危機を察知する魔法も同じだ。不完全な状態…つまりは命の危機だけを察知する魔法にできるだろ?」


そもそもの魔法に欠点があった場合、魔道具の不完全さを利用すれば、その欠点を除去できるとダンは語る。危機を知らせる魔法の些細な危機も察知するという欠点も除去できるだろう。そう考えると、


「そうか。それだったら。」


命の危機だけを知らせる魔法。確かにこれなら、誤作動は起こらないし、ララの身の安全も守れる。


「魔法を制限すれば、簡単に新しい魔法を作れるんだ。面白いだろ?魔道具って。」


「うん!」


不完全さは欠点でもあり美点でもある。魔道具なら魔法陣を書き換えなくたって、新しい魔法が作れるのだ。それは、シズクが魔道具の可能性を知る、最初の瞬間だった。

レイが「バッカリスの夢」を読んだのは10歳の時のことで、当時はまだ翻訳も進んでいない状況だったので、相当苦労して読了したようです。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


次回は4月19日(土)0時0分に投稿いたします。

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