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失踪

翌日の放課後から捜索が始まった。シズクもマロンもバニラもウォルフもシードも、声をかけた生徒たちが次々と協力してくれる。


それだけで、リーナがどれほど慕われていたのか理解できた。ミアの胸に熱いものが込み上げる。


――リーナ。みんなが貴女を探してる。絶対に生きててね。


彼女を見つけるまでは止まらない。ミアの瞳には強い決意が宿っていた。


しかし、それから四日が経っても、リーナは見つからなかった。捜索範囲はダスター周辺だけでなく、マロンの故郷クレースや、シードの故郷のアモネ、バニラとウォルフの故郷キンセンにまで広がっている。それでも成果はなかった。


「リーナ、まだ見つかってないのか。」


帰宅したシズクに、ジャレクが真剣な顔で問いかける。


「はい。既にランダ全域を捜索しましたが、それでも見つかっていません。ミア先輩には申し訳ないですが、これは…。」


「そうだな。死んでる可能性が高い。」


「…はい。」


悔しげに俯くシズクの頭を、ジャレクはわしゃわしゃと撫でて慰める。


「お前のせいじゃない。落ち込むな。」


「わかってます。でも、リーナ先輩には僕もお世話になっていましたから。」


リーナはミアに劣らぬほど明るく、後輩思いだった。誰にでも分け隔てなくアドバイスを与え、シズクも何度も励まされた。


ふと、あの時のことを思い出す――


「シズク君とララちゃんはさ、魔法を使うとき何を考えてる?」


リーナと三人で歩いていた時、彼女は不意に問いかけた。


「えっと…何も考えてないですね。」


「私もです。」


「そっか…。」


一瞬、彼女の瞳が揺らいだように見えた。だがすぐに柔らかく笑った。


「私はね、いつか人を助けるんだ!って思いながら魔法を使ってるの。そうすると不思議と上手くいくんだよ。二人も夢があったら試してみて。私だけかもしれないけどね。」


お茶目に笑ったその言葉は、確かに心に残った。


気持ちの強さは魔法に影響を与える。怒りに任せれば空回りし、冷静であれば鋭さを増す。ならば希望や夢を抱いて放った魔法はどうなるのか。その発想は、シズクにとって新鮮だった。


実際に試したとき、大きな変化はなかった。だが「前よりもっと魔法を使うのが楽しい」と思えるようになった。練習は前より苦にならず、結果として魔法の精度も上がった。結果的に、リーナの言葉は、シズクを成長させたのだ。


「どうした?」


考え込むシズクに、ジャレクが声をかける。


「いえ。何でもないです。ただ、思い出したんです。気持ちを強く持てば、物事は良い方向に進むってことを。」


「そうか。」


リーナの言葉を胸に、シズクは決して諦めなかった。彼女は生きている。そう信じて探し続ければ、必ず見つけられるはずだから。


翌朝。シズクが目覚めると、ジャレクの姿はなかった。いつものことだと気にも留めず、身支度を済ませて特別訓練場へ向かう。


訓練を終え、朝食に向かう途中で二年の先輩に呼び止められた。


「なぁシズク。ジャレクを見なかったか?」


「いえ。朝にはいませんでしたけど。」


「そうか…。」


どこか焦った様子の先輩に、シズクは不安を覚える。


「何かあったんですか?」


「いやな、あいつ夜遊びしてても、朝食の時間には必ず戻ってるんだ。なのに今朝は帰ってない。流石に心配でな。」


「確かに。それはおかしいですね。」


最近、リーナの捜索が続いていたせいか、胸に嫌な予感がよぎる。シズクは朝食を後回しにし、部屋に戻ってジャレクの私物を手に取ると、人を探す魔法を発動した。


反応はある。場所はダスターの路地裏。


「大丈夫そうですね。」


「だな。どうせ道端で寝てんだろ。」


先輩達は笑いながら去っていく。シズクは改めて朝食を済ませると、授業が始まる前にジャレクを迎えに行くことにした。


魔法の反応は動かない。やはりその場で眠っているのだろう。大通りから脇道へ、さらに小道に入ると道端に倒れたジャレクを見つけた。


「ジャレク先輩、こんなところで寝てたら風邪――」


抱え上げた瞬間、視界に飛び込んできたのは赤い水溜まり。鉄錆のような匂いが鼻を刺す。血だ...。


咄嗟に腹部を確認すると、確かに衣服には刺された跡があった。だが実際に触れると、皮膚には傷ひとつない。


「どういうことだ?」


困惑しながらも、シズクはジャレクを抱えて学校へ急いだ。


ランダ魔法学校には治癒魔法使いの先生がいる。事情を説明すると、すぐに診察が始まった。そして下された結果は、さらに不可解なものだった。


「彼の体には損傷が一切ない。ただし、血液量は確実に減少している。」


「じゃあ…あの血は確かにジャレク先輩のものなんですか?」


「そうだね。服に付着した血液は彼の物と一致している。」


不可解な状況だったがこう考えるしかないだろう。


「じゃあつまり、誰かがジャレク先輩を刺して、その後に治癒魔法で治したってことですか?」


「そうなるだろうね。」


犯人が何をしたかったのか全く分からない。しかし考えるだけ無駄だということは確かだろう。その時、授業を知らせる鐘が鳴った。


「もうこんな時間か。すみません。僕は授業に行きますね。」


「ああ。あとは私に任せておけばいい。」


シズクが急いで医務室を出ると、入れ替わるように駆け込んできたのはジャレクの母だった。強烈な気性で、息子を溺愛していると噂に聞く。先生に同情しながら、シズクは足早に教室へ戻っていった。


「息子は大丈夫なの!?」


怒鳴るように問い詰める彼女に、先生は落ち着いた声で答える。


「ええ、命に別状はありません。ただし血液がかなり減っています。輸血が必要ですので、すぐに病院へ入院する必要があります。」


「輸血ですって!?それで大丈夫なわけないでしょう!校長を呼びなさい!こんなやぶ医者、今すぐ――」


「落ち着いてください、ジェフィー夫人。」


ヒステリックな声を遮ったのは、スイだった。


「スイ!あなたがいながら、どうして息子がこんな目に遭うの!」


「申し訳ありません。ですが、既に襲撃者の目星はついております。」


次の瞬間、乾いた音が医務室に響いた。ジェフィー夫人の手が、スイの頬をはたいていたのだ。


「目星がついてるなら、さっさと捕まえなさい!逮捕状なんて待つ必要ないわ、今すぐに!」


「…かしこまりました。」


スイは表情を変えずに頭を下げると、落ち着いた足取りで医務室を後にした。向かった先は、ランダ軍本部。そこにはすでに、ジャレクを襲ったという犯人が自ら出頭していた。


「彼女が?」


「はい。名前はローゼ。十六歳の少女です。」


小窓越しに覗いた顔は、まだ幼さを残す少女。スイはしばし思案した後、おもむろに取調室の扉を開いた。


「スイさん!?困ります。あなたは部外者でしょう!」


焦る軍人の制止を遮り、スイは短く告げる。


「少しの間、誰も近づけるな。」


その真剣な眼差しに、軍人は反論することなく素直に頷いた。そんな彼らが取調室を後にするの確認して、スイは少女の前に腰を下ろした。そして、人払いが完全に済むまで黙ってローゼを見つめていた。


「…お姉さんは何者?」


沈黙を破ったのはローゼだった。軍人の前では不安げに見えた彼女の顔も、今は妙に落ち着いている。やはり裏があるようだ。


「私はランダ魔法学校の教師だ。君が軍には話せないことを抱えているように見えたから、押し入ってきた。」


微笑んでみせるが、ローゼの警戒は解けない。


「学校の先生が、どうしてそんな権力を?」


「うーん…それはお姉さんが“世界最強”だからかな。」


「世界最強?」


首を傾げるローゼに、スイはにやりと笑った。


「そうだよ。最強だから、こんな横暴も許されちゃうんだ。」


その一言に、ローゼはつい吹き出す。


「あはは!お姉さん、自分で横暴って言うんだ?」


ひとしきり笑い終えると、彼女は深呼吸し、まっすぐにスイを見据えた。


「…なんでだろ。お姉さんになら、話してもいい気がしてきた。」


「どんな話かな?」


スイは彼女に寄り添うように身を傾け、そっと音を遮断する魔法を展開した。取調室は、二人だけの密室になった。


「お姉さんは、私が刺した男のこと知ってる?」


「ああ。うちの生徒だからね。」


「そっか。お姉さんは、あの男をどう思う?」


ローゼの瞳が鋭さを増す。この答えで彼女はスイを試そうとしている。秘密を打ち明けるべき相手かどうか。しかしスイは飾らず、率直に口を開いた。


「軽薄な子だと思っている。複数の女性を侍らせて、泣かされた子は数えきれない。何度も相談を受けた。もしかして、君もそうされたのかい?」


ローゼはふっと笑った。


「あはは。私があの男と?ないない。だって、あの男は私の妹を無理やり…犯したんだから。」


その言葉に、スイの目がわずかに見開かれる。


「…妹さんは、いくつだい?」


「十五歳。当時の年齢で言えば――」


「それ以上は言わなくていい。もう、十分だ。」


ピシリと空気が張り詰めた。ローゼは肌が粟立つのを感じる。


「お、お姉さん…?」


「ん?ああ、ごめん。久しぶりに、力が漏れ出てしまったみたいだね。」


スイは穏やかな笑みを崩さない。だが、その言葉の底に宿る怒気は隠しきれなかった。圧迫感に耐えかねたのか、外の軍人たちが慌てて扉を開ける。


「どうしました!?スイさん!」


ギィ、と音を立てて扉が開いた瞬間。スイはゆっくりと振り返り、軍人たちをぎろりと睨みつけた。


「お前たちは、ジャレクが強姦を犯していたことを知っていたのか?」


「えっ…何の話ですか?」


スイはずっと嘘を見抜く魔法を発動していた。だから、ローゼの言葉にも、いま軍人が口にした言葉にも、一片の虚偽は混じっていないとわかる。


「そうか。なるほどね。」


小さく頷いた次の瞬間、スイの放つ気迫が室内を一変させる。


「いいか。これからどんな人物が現れようと、彼女には指一本触れさせるな。もし彼女の身に何か起きたとしたら、その時は私がお前たちを処分する。」


背筋を氷柱で貫かれたような感覚に、軍人たちは息を呑んだ。返せる言葉は一つしかない。


「は、はい。」


彼らを置き去りにして、スイは踵を返す。だがその背に、小さな声が縋りついた。


「待って…!どうして、お姉さんは私の言葉をすぐに信じてくれたんですか?最初に助けを求めた軍の人は、そんなことあるはずないって…私を突き返したのに…!」


嗚咽混じりの問いに、スイの胸の奥で再び怒りが燃え上がる。だが、彼女に向ける表情はあくまで柔らかい。


「君の瞳がとても綺麗だったからね。嘘をついている子の瞳じゃないと思ったんだ。だから、ただの勘だよ。」


本当は魔法で確かめていた。だが少女を安心させるために、スイはあえて優しい嘘を吐く。


「…ありがとうございます!」


ローゼの頬を伝う涙は、孤独の証だった。


――待っていなさい。必ず、私が君をそこから連れ出してあげるから。


スイが向かうのは将軍の執務室。少女とその妹を地獄へ突き落とした陰謀を根本から叩き壊すために。

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