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嵐の前の静けさ

「待っていてね、モニカ。お姉ちゃんが、必ずあの男を殺すから…。」


夜。少女はひとり、路地裏をふらつくように歩きながら呟いた。その瞳には、復讐の炎がはっきりと宿っている。


やがて少女の姿は、静かな闇に溶けて消えていった。



「今日はショッピングに行くわよ!」


休日の朝。食堂に現れるなり、ミアは唐突に声を張り上げた。


「どうしたんですか?」


きょとんとするララを前に、ミアは目を輝かせる。


「私のお気に入りのお店に新作が入ったの。それがね、ララに絶対似合うと思ったのよ。だから…ね? お願い!」


両手を合わせ、子犬のような目で見つめるミア。


「…わかりました」


「やったー!」


ミアが飛び跳ねて喜ぶ一方で、ララの胸中には複雑な思いがあった。


両親を亡くして以来、彼女は遺産とアミルカからの助成金を切り崩して暮らしてきた。学費や寮費は特待生として免除されているが、それ以外の生活費は自ら賄わなければならない。


だから、娯楽や贅沢にお金を使うことは決してなかった。それは、両親が遺したものと、アミルカの優しさだったから。


そんなララの事情を知ってからというもの、ミアは時折こうしてショッピングに連れ出し、彼女に似合う服を買い与えていた。


最初こそ遠慮していたララも、ミアの底なしの財力と真っすぐな気持ちに押され、今では素直に受け入れられるようになっていた。


「キャーッ!か、可愛いっ!」


ミアの絶叫が店内に響き渡る。ララは白いフリルのワンピースに袖を通していた。漆黒の髪と紫の瞳に映えるそれは、まるで人形のような愛らしさを醸し出している。


「も、もうミア先輩…。恥ずかしいです…。」


頬を赤らめて縮こまるララに、ミアは目を潤ませて両手を握りしめる。


「なにそれ反則!ララは天使なの!?いや女神!?ああもう買う!これ絶対買うからね!」


「えっ!?ま、待ってください、これ高いんじゃ…。」


「お金の問題じゃないの!ララの可愛さはお金で買えるレベルじゃないの!」


結局そのワンピースはミアの即決購入となった。


さらに次の試着でも――


「キャー!!」


ミアは二度目の叫びを上げる。ララが着ているのは、リボン付きのパステルカラーのブラウスとスカート。


「あの...。そんなに見つめないでください…。」


「見つめないなんて無理!だって可愛いんだもん!」


その後も、服を変えるたびに「キャー!」「可愛い!」が繰り返され、ララはすっかりぐったり。店員まで思わず笑いをこらえる始末だった。


大量の紙袋を抱え、ミアは満足げに店を後にする。疲れながらも「持ちますよ」と手を伸ばすララを制し、大切そうに紙袋を抱きしめる。


「ララは今日、たくさん頑張ったからね。これは私が持つの。」


「ふふっ…わかりました。」


満面の笑みを浮かべるミアにつられ、ララも思わず微笑んだ。そんな幸福感に包まれながら歩いていたとき、ふと、耳に鋭い声が飛び込んでくる。


「また!?これで今月二回目よ!」


その剣幕に、ララは足を止める。


「どうしたんでしょうか?」


「ん?」


ララの声に気づいたミアも立ち止まり、二人は少し先で会話している女性たちの声に耳を澄ませた。


「そうなのよ。ヘンダーソンさんの娘さんが行方不明になって…。もう四日も探しているのに、手掛かりひとつ見つからないんですって」


「ベッキーさんのところのベティちゃんも、この前いなくなったのよね。その前にも――」


実は、ランダ魔法学校のある街ダスターでは、昨年の四月頃から若い女性の失踪が相次いでいた。いまだ一人として発見されず、軍も婦女失踪事件として調査を続けているが、真相は闇の中にある。


「知ってましたか?」


悪気なく口にした問いだった。だが、すぐにララは後悔する。


「知ってたよ。だって、私の友達も前に行方不明になったから。」


その瞬間、初めて見るミアの暗い表情にララは息をのむ。


「ご、ごめんなさい!そんなこととは知らずに…。」


「ふふ。いいのよ。もう気にしてないから」


彼女の切ない笑顔は、とても気にしていないとは言えないもので、ララは咄嗟に彼女を元気づけようと、左手の紙袋を一つ取り上げると、そのまま小走りに駆けて行った。


数分後――


白いフリルのワンピースに着替えたララが、照れくさそうに戻ってくる。


「…これで、元気出してください!」


それは今日のショッピングで、ミアが最初に選び、一番喜んでいた服だった。


「ふふっ…あはは。元気づけようとしてくれたの?ありがとう。」


ララの健気さがあまりにも愛らしく、ミアはつい楽しげに笑ってしまう。その笑顔につられ、ララもぱっと表情を輝かせた。


「さ、帰りましょう」


「はい!」


このときララはまだ知らなかった。自分が、どれほど可愛い存在かということを。


「…えっ!?天使が間違えて下界に降りてきちゃったの?」


寮の入り口でばったり会ったマロンが、真剣な顔でそんなことを言い放つ。ワンピース姿のララを見た瞬間の第一声だった。


その声を聞きつけて、颯爽と現れたのはバニラ。


「きゃ、きゃわわわわ!」


あまりの可愛さに語彙力を喪失し、奇声を上げる。


「ミア先輩。ララをお借りします。この尊さを全校生徒に拡散しなければ。」


「いいわよ。」


真顔で即答するミアと、真顔で頷くマロン。二人の妙な連帯感を横目に、ララは小さくため息をつき、そっと気配を消して部屋へと逃げ帰った。


――急いで着替えないと…!


ミアとマロンが到着した頃には、すでに普段着に戻っていた。あのときの二人の残念そうな顔は、一生忘れられないだろう。


翌朝。制服に身を包み、いつも通りミアと並んで特別訓練場へ向かう。


「またあのワンピース着てね。」


「わかりましたよ。」


昨日からずっとミアはその話ばかりだったが、訓練が始まれば自然と普段の調子を取り戻した。放課後も変わらない。マロンやバニラと寮に戻り、最後はミアと部屋でのんびり過ごす。そんな、当たり前の日常――


「あれ?」


「ん?どうしたの?」


ふと会話の途中で、ララの脳裏に違和感が浮かぶ。


「昨日、リーナ先輩が一緒じゃなかったのはどうしてですか?」


いつもなら必ず、ミアと一緒にララを可愛がってくれるミアの親友の姿があるはずだった。昨日は急な買い物だったから気に留めなかったが、今思えば不自然だ。


「それは…。」


歯切れの悪いミア。隠し事をしているのは明らかだった。


「私に何か隠してませんか?まさかリーナ先輩、怪我とか病気とか!?」


不安を募らせるララに、ミアは沈黙ののち小さく口を開いた。


「昨日、道端でおばさん達が話してたでしょ。ヘンダーソンさんの娘が行方不明だって…あれ、リーナのことなんだ。」


「えっ…じゃあ…。」


「そう。リーナは五日前から行方不明。必死に探してるけど見つからなくて。辛すぎて、気を紛らわせようと昨日はララをショッピングに誘ったの。でも…まさかあんな場面で聞いちゃうなんてね。」


昨日のあの笑顔の裏に、そんな思いが隠れていたのか。ララの胸に重い後悔が押し寄せる。


「軍の人にね、もう忘れろって言われたんだ。人を探す魔法があるでしょ?身に着けてた物を媒介に、”生きてる人”を探し出す魔法。それを試したんだけど…反応がなかったの。」


「それって…!」


「うん…つまり、リーナは…もう。」


言葉を絞り出した瞬間、ミアの頬を大粒の涙が伝った。


「なんで…!なんで、私の友達ばっかり…!」


二人の友人の失踪は、ミアの心を深く抉っていた。ララはただ黙って彼女を抱き締め、泣き止むまで静かに寄り添った。


「ごめんね、ララ。」


自分の胸元を涙で濡らされたララを見て、ミアが小さく謝る。


「いえ…落ち着けたなら、それでいいです。」


「ふふ…まさか後輩に慰められる日が来るなんてね。」


無理に笑おうとするその表情に、ララの胸がきゅっと締めつけられる。


「ミア先輩、探しましょう!諦める必要なんてないです。亡くなってるかどうかなんて、誰にもわかりません。人を探す魔法の範囲は半径十キロだけ。ダスターの外に出ていたら反応しなくても当然です。きっと、生きてます!」


ララの真っ直ぐな言葉に、ミアの瞳が少しずつ光を取り戻していく。


「…そうよね。諦めるなんて、私らしくなかったわ。よし、明日から捜索を再開しましょう。」


「はい!シズクたちにも声をかけます。リーナ先輩は後輩思いでしたし、みんな絶対協力してくれます!」


この時のララは知らなかった。


その決断が、やがて最悪の未来へと繋がっていくことを。

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