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模擬試合

「それではこれより、シズクとララによる模擬試合を始める!」


休み明けの初日。特別訓練場の決闘台にて、二人は向かい合っていた。審判を務めるのはアルベリオ。観戦者はスイと、合宿に参加した仲間たちだ。


最初にこの二人が選ばれたのには理由があった。合宿での成長度合いを測る日々のデータから、最も著しい伸びを見せた二人だったのだ。


スイの狙いは、この模擬試合を通じて他のメンバーにも「体力の重要性」を実感させること。当然、戦う当人たちもよく思い知ることになるだろう。


「試合開始!」


アルベリオの声と同時に、ララの風が放たれた。速度も威力も、合宿前とは比べものにならない。体力の底上げによって、一度に流し込める魔素の量そのものが増していたのだ。


だがシズクも同じだった。迫る風を水の壁で受け止めると、そのまま壁を押し出し、攻撃に転じる。魔法を維持する余力が増した結果、防御と攻撃を一体化させた技だ。


ララは怯まない。風刃を繰り出して水壁を切り裂き、さらに刃を連射する。逃げ場を奪う嵐のような猛攻。防ぎきるのは不可能に思えた。


しかし、シズクは冷静だった。わずか三つの水弾を放ち、風の隙間に通して進路を切り開く。刃の一部を掠めながらも、その突破口を強引に抜け出した。


間髪入れず距離を詰め、水弾を連射する。だがララの風は速い。撃ち出された弾丸はすべて叩き落とされた。だが、それで十分だった。


次の瞬間、ララの足元が盛り上がり、鋭い土の針が突き上がった。


水弾に気を取られていたララの反応はわずかに遅れ、右腕に直撃。強烈な衝撃が走り、体ごと弾き飛ばされる。


宙で無防備に浮いたララへ、シズクは容赦なく水弾を撃ち込む。


だが、ララも負けてはいなかった。瞬時に空を飛ぶ魔法を展開し、ひらりひらりと水弾をかわしながら、逆に空中から魔法を返す。


その姿に、スイが満足げに頷いた。


――合宿で最も伸びたのは、間違いなくララ。魔素の許容量が増したことで魔法陣の切り替えが驚くほど滑らかになり、今の彼女の空中戦はすでに一般の魔法使いを凌駕している。


ララは舞うように空を駆けながら、地上へ向けて風刃を乱射する。精度こそ地上に劣るものの、一発ごとにシズクを追尾するかのようで、彼を防戦一方に追い込んでいく。


しかしシズクも何とか反撃に転じる。防御の合間に正確にララを狙い水弾を放つ。だが、縦横無尽に飛び回るララに一発も当たらない。そのはずだった。


「――今だ!」


ララの体に水弾が直撃する。シズクが狙ったのは、攻撃に移る瞬間、空を飛ぶ魔法を解除する一瞬の隙だった。空中で身動きを封じられたララの腹部に衝撃が走り、集中が途切れる。魔法陣が霧散し、彼女の体は落下を始めた。


だが、ララもただでは落ちない。落下の途中、冷静に強風を放ち、自らを押し上げる。体がふわりと浮き上がった瞬間、再び空を飛ぶ魔法を展開して体勢を立て直した。


そしてそのまま猛攻を再開。今度は隙を与えない。魔法陣の切り替えをさらに速め、シズクの狙いを察知したかのように、紙一重で水弾をかわし続ける。


シズクは的確にタイミングを狙い続けるが、その分、ララの風刃を受けてしまう。形勢は次第にララに傾く。しかし、ダメージ量でいえば、魔法の直撃を二度も受けているララの方が上。


二人の表情には疲労の色は見えない。だが、観戦する誰もが直感していた。試合はすでに最終局面に入っている。


先に仕掛けたのはシズクだった。


頭上に広がったのは、空を覆い尽くすほどの巨大な水の膜。圧倒的な質量で迫り、ララを包み込もうとする。


逃げ場を塞がれたララは、必死に鋭い風刃を連射。水の壁に穴を穿つと、するりとその隙間を抜け出した。すかさずシズクが水弾を撃ち込むが、ララはそれを予見していたかのようにその身をひらりと翻すと、ふわりと地面に降り立った。


そして、大量の魔素を一気に取り込み始めた。そんな隙をシズクが見逃すはずが――


「――ッ!」


いつ放ったのか、シズクの背中を二つの風刃が切り裂く。その衝撃に思わず両膝をつき、大きな隙を晒す。ララは迷わず蓄えた魔素を解き放った。


轟音とともに放たれたのは、最速にして最高火力の風の弾丸。決定打は目前。しかし、シズクは恐ろしい程に冷静だった。


自身の体を水球で真横に吹き飛ばし、無理やり風弾を回避したのだ。 当然、自身の攻撃でダメージを受けるもあの風弾を食らうことに比べれば微々たる衝撃だった。


それもそのはず。シズクの体を吹き飛ばしたのは水球の衝撃だけではなかった。ほんの僅かに掠った風弾の威力。


途轍もない衝撃が体を駆け抜け、直撃を想像して背筋が冷える。あれをまともに受けていたら、一撃で意識を刈り取られていただろう。


シズクの頬を一筋の汗が伝う。合宿を経て、彼女は確かに別次元へと踏み込んでいた。それを、今まさに肌で思い知らされている。


直後、無数の風刃がシズクに襲いかかる。それをシズクは水弾で弾き、体をひねって躱し、少しずつ、じわじわとララへ距離を詰めていく。


やがて二人の距離は一メートルを切った。シズクが一気に踏み込み、超至近距離から水弾を放つ。ララは即座にそれを相殺し、逆に複数の風刃を撃ち返す。交錯する魔法の渦中、シズクは一歩、また一歩とララの周囲を回り込むように動いていた。


前後左右からの攻撃をララは冷静に迎撃し続ける。そして――


その時ようやく気づいた。自分の足元に広がる、異様なほど大きな水たまりの存在に。


「しまっ――」


声を上げるより早く、水面がぶわっと盛り上がり、水の網が彼女の体をがっしりと絡め取る。空へ逃げようとした時には、もう遅かった。


「…降参。」


短い沈黙ののち、ララはあっさりと敗北を認めた。その顔には、悔しさを隠しきれない表情が浮かんでいる。


「素晴らしい…!」


スイは満足げに手を打ち、決闘台に上がると二人を力強く抱き締めた。


「二人共、よく頑張った。合宿で得た力を余すことなく発揮していたな。」


白い歯を見せて振り返ると、観戦していた仲間たちに告げる。


「みんな、しっかりと見ていただろう。体力を鍛えるとはこういうことだ。魔素の許容量、魔法の発動、そして維持力。どれも体力の土台があってこそ得られる力だ。二人はその証明を実演してくれた。次は君たちの番だ。自分の成長を、存分に楽しむといい。」


力強い言葉に全員が頷く。


そしてそれぞれが実力に見合った相手と向かい合った。アルベリオはシリルと、ミアはレントと、ウォルフはバニラと。そして最後に残ったマロンは――


「それじゃあ、マロンは私と戦ってもらうね。」


スイがにこやかに宣言した。


「む、無理ですよ!」


涙目でぶんぶんと首を横に振るマロン。しかしスイはまるで子供を扱うように彼女を抱きかかえ、そのまま決闘台に下ろしてしまう。


「私と戦ってもらうね。」


「さっき聞きましたよ!だから無理ですってば!」


「無理じゃない。今の私は両手両足に魔素分散装置をつけている。これなら実力は大幅に落ちているはずだ。マロンなら十分勝てる。」


その言葉に、マロンは半信半疑でスイの体を見回した。


確かに魔素分散装置が四つも取り付けられている。最終日に一度だけ体験したとき、あの強烈な違和感でまともに身動きすら取れなかった。そんなものを四つも装着しているのだ。いくらスイといえど…。


「……わかりました。やります。」


マロンは腹を括った。その決意を見て、スイはにやりと笑う。


実はスイだけが知っている。合宿で最も成長したのは、ほかならぬマロンだ。体力の底上げによって魔素効率は飛躍的に向上し、より速く、より強力に魔法を放てる。それは魔法使いにとって何よりの強みだった。


開始の合図と同時に、マロンは迷わず土の礫を放つ。恐怖も不安もない。決意に裏打ちされた顔だった。


「いいね!」


スイは楽しげに笑い、素手で礫を弾き落とすと、水弾を撃ち返した。その威力は確かに学生レベルに落ちている。だが魔素分散装置を四つも装着した状態で、なおこれほどの魔法を撃てる事実に、生徒たちは戦慄する。


怯んでいる場合ではない。マロンはすぐさま土の壁を生み出し水弾を弾き返すと、その壁ごとスイに突進した。


「ははっ!」


スイも負けじと土の壁を展開し、同じように突進。両者の壁は激突して粉砕する。


同時に、マロンはスイの足元に土の針山を隆起させた。だがスイは察知していたのか、軽やかに跳躍。空中でも驚異的な体幹で姿勢を保ち、火弾を撃ち込んでくる。


マロンは即座に土の礫で迎撃し、さらにその勢いのまま空中の無防備なスイに礫を投げ放つ。だが直後、礫は不自然に逸れて吹き飛んだ。


スイが放った一陣の風が、軌道を変えていたのだ。


土の礫を逸らされながらも、マロンは怯まなかった。すぐさま魔法陣を展開すると、スイの着陸地点を狙って土の槍を地面から生やす。


「ほう…!」


スイは嬉しそうに声を上げると、空中に風の膜を生み出しそれを蹴り上げ、地面に着地することなく更に跳躍し、空宙で水弾を繰り出す。マロンは土壁を立ててそれを弾き返すと、同時に壁を崩して礫に変え、空中のスイへ撃ち込んだ。


一手ごとの魔法が淀みなく繋がっていく。その速さと正確さに、観戦していた仲間たちは息を呑む。


スイもまた楽しげに笑う。


「いいね! 自分の強みを良く生かしている!」


彼女は連続で火弾を放ち、さらに風で礫の軌道を乱す。魔素を乱されながらも、この速度で魔法陣を切り替えられるのだから恐ろしい。


だがマロンはめげず、次の瞬間、足元の地面を一気に隆起させて跳び上がった。スイとほぼ同じ高さで宙を舞うと、手にした礫を一点に収束させて撃ち込む。


鋭い音とともに、礫がスイの腕をかすめた。小さな切り傷から赤い血が滴る。


「――えっ!?」


「スイ先生…!」


観客席がざわめきに包まれる。


スイは腕を押さえながらも、驚くどころか愉快そうに笑った。


「やるね。ますます面白くなってきた。」


しかしすぐに、シズクが慌てて立ち上がる。


「待ってください先生!その服、魔法無効の付与がないんですか!?」


「そうだけど?」


あっさり答えるスイに、生徒たちの顔色が一斉に変わった。


「危険です、やめてください!」


「大丈夫だよ。私はこう見えて世界最強だから。万が一のときは――」


「先生が大丈夫でも、マロンは…!」


その言葉に、スイはマロンへ視線を向ける。


「せ、先生…血が…!」


動転したマロンの表情を見て、スイははっと目を見開いた。


「ああ…そこまでは考えてなかったな。」


大好きな先生を自分の魔法で傷つけてしまった。その現実に、幼く心優しいマロンが耐えられるはずもない。


「ごめんよ、マロン。」


涙をこぼす彼女を、スイはそっと抱きしめた。


「…スイ先生。こんな危険なこと、もうしないでください。」


小さな声で必死に訴えるマロンに、スイは静かに頷くしかなかった。


「わかった。試合はここで中断しよう。」


スイは傷を治す魔法を施し、裂けた腕をあっという間に元通りにする。


「ほら、綺麗に治った。だから、そんなに心配しなくていい。」


「…はい。」


マロンは涙を拭い、深呼吸をして落ち着きを取り戻した。


「もう大丈夫です。取り乱してしまってすみません」


「いや、悪いのは私だ。君の気持ちを考えていなかった。ごめんよ。」


スイの言葉に、シズクは黙ってその横顔を見つめていた。


――子供としての自分ではなく、最初の魔法使いである、前世のレイとして。


スイは本気で悪びれてはいない。傷を受けたことなど些末な出来事にすぎず、ただ魔法で治して終わる。それは彼女が強者だからこそ抱く自然な感覚なのだろう。


けれど、レイの目にはそれが恐ろしく危うく見えた。


現代の魔法はあまりにも便利だ。指先ひとつで人を傷つけ、同じくらい容易く癒やしてしまう。だからこそ、スイのような者は「負傷」を「死」と結びつけない。どれほどの血を流しても、どれほどの深手を負っても、結局は治せると考えてしまうのだ。


だが、それはすべての人間に当てはまる理屈ではない。治せない傷も、取り返しのつかない一撃も、この世界には確かに存在する。


スイはその強大さゆえに、あまりにも無防備だ。


――危ういな...。


シズクは唇をかみ、胸の奥で小さく呟いた。

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