速攻
「すごい試合だったね…。」
最初に口を開いたのはシードだった。純粋な感嘆が混じる声色。しかし、他の面々は素直に頷けずにいた。
「何よ…本当に。あんなの、どうやって勝てっていうのよ。」
マロンが悔しそうに吐き出す。胸に広がっていたのは、圧倒的な差を見せつけられたことへの絶望感だった。
「天才だとは思ってたけど…あれほどとはね。」
バニラも苦笑するしかなかった。自分がまだ、同じ土俵に立ってすらいないと痛感させられたからだ。
「どうした?二人とも暗い顔して。」
一方で、ウォルフだけは妙に平然としていた。
「なんであんたはそんなに落ち着いていられるの?あんなの見せつけられて。」
マロンが噛みつくように問いかけると、ウォルフは当然のことのように言った。
「最初から俺は、あいつらに勝てるなんて思ってなかったからさ。お前らは知らなかったんだろうけど、あの二人は最初の授業の朝、先輩の魔法を一目見ただけで攻撃魔法を成功させたんだ。あれを見た瞬間に決めたんだよ。あいつらを目標にするのはやめようってな。」
その言葉に、マロンはやや視線を落とす。
「…聞かなきゃよかったわ。」
マロンの小さなつぶやきには、さらに自信を削られた色がにじんでいた。しかしこれしきで折れるマロンではない。
「ムカつく…。」
不意に零れたマロンの言葉に、ウォルフが首を傾げる。
「誰に?」
「自分に決まってるでしょ!こんなんで自信なくしてる自分に、心底ムカついてるの!」
その真剣さに場が一瞬だけ静まり返る。だが次の瞬間、皆が思わず吹き出した。
「ははっ…マロンらしい。」
笑い声とともに、重苦しい空気がふっと和らぐ。
「そうだよね。こんなんで落ち込んでたら、やってらんないもんね。」
マロンの言葉に励まされたのか、バニラも肩をすくめて笑った。
「なんだよ…自信なくした俺が、馬鹿みたいじゃないか。」
それを聞いたウォルフが、すかさず言い返す。
「そうよ。あんたなんか足踏みでもしてなさい、馬鹿ウォルフ。」
「なっ…馬鹿って言ったな!」
子どものような言い合いが始まり、シードは思わず微笑んだ。
「本当に仲がいいね…!」
「「仲良くない!!」」
声を揃えて即座に否定する二人。その息のぴったりさに、シードはさらに笑みを深め、マロンもつい噴き出してしまう。
そんなわちゃわちゃとした雰囲気の中、会場にアナウンスが響いた。
「決闘戦第三戦。一年次席ララと、三年次席シリルの試合を執り行う。」
空気が引き締まり、四人の視線が自然と決闘台に立つララへと向かう。
「どうなると思う?」
ふとバニラが問いかける。その声に、マロンが即座に答えた。
「ララは強い。それでも…」
一方その頃、決闘台へと歩み出したララを見送るシズクも、ミアから同じ問いを受けていた。返ってきた答えは――
「シリル先輩が勝ちます。」
迷いのない断言だった。
「その心は?」
「単純なことです。基礎課程の生徒で、戦闘においてシリル先輩に勝てる者はいない。アルベリオ先輩を含めても、です。」
確信めいた響きを帯びたシズクの言葉に、ミアは目を細める。
「知ってるんだ。シリル先輩の本当の実力。」
「はい。偶然ですが、アルベリオ先輩と模擬戦をしているところを見ました。」
結果はシリルの圧勝だった。アルベリオの鮮やかな魔法が次々と放たれるも、その全てが瞬きのうちに打ち砕かれていく。圧倒的な光景が、シズクの脳裏に焼き付いていた。
そんな不安な情報が明かされた直後、審判の合図と共に試合が始まった。
先手を取ったのはララ。二十を超える風刃が一斉に襲いかかる。しかし、ピリッと紫電が弾けた瞬間、その全てが煙のように霧散した。
「…何でその魔法を早撃ち戦で使わなかったんですか?」
光速とも言える魔法にララのプライドが刺激される。
「ミアが来ても、ララが来ても強敵だから…隠しておこうと思って。」
その一言で、ララの心に火がついた。つまり、雷を使わなくても、早撃ち戦は勝てると踏んでいた。そう受け取ったのだ。
「そんな遅い雷…逆に撃ち落としてやりますよ!」
先ほど対戦相手のミアを助けた姿とは正反対に、今のララは実に好戦的な表情を浮かべている。その姿に、思わず観客席からどよめきが起こる。そんな中で、マロンだけは楽しげに呟いた。
「出た。ララ・スピードモード。」
「何それ…?」
訝しむバニラに、マロンは目を逸らさず「見てなさい」と促す。次の瞬間、ララから神速の一撃が放たれた。当然のようにシリルの雷が全てを撃ち落とす、はずだった。
「…?」
幾つかの風刃がシリルをかすめる。速度を優先したせいで威力は薄い。それでも確かに当たっている。
――間違いなく全て撃ち落としたのに...なんで?
シリルの脳裏に疑問が過る。だが、考える間もなく次の神速の連撃。今度は慎重に、一つ残らず撃ち落とした。それでもやはり、幾つかが抜けてシリルに届いた。確実にダメージが蓄積されていく。
何もわからない。ならばと、シリルは迷いを断ち切るように攻めへと転じた。
稲光が閃き、無防備に晒されていたララの体を容赦なく貫く。衝撃に思わず膝をつくも、ララは歯を食いしばり、なおも反撃の風刃を放った。しかし、その全ては紫電に撃ち落とされ、一撃も届かない。
何が違うのか。シリルは一瞬考えかけたが、すぐに思考を切り捨てる。全神経を魔法に集中させ、轟音と共に激雷が放たれた。
バチバチと耳を劈く音が観客席にまで響く。その威力は絶大だったが、速度は光速には程遠い。
ララは冷静に土の壁を展開し、雷が削り裂く間に横へと退避する。さらに、砕け散った土の破片を操り、逆にシリルへと浴びせかけた。
激雷の反動で動きの鈍ったシリルは、破片を避けきれずにいた。だが、寸前で紫電を放ち、迫りくる礫を一掃する。しかし、その一瞬の隙を狙い澄ましたかのように、ララが放った無数の風刃がシリルの周囲を覆い尽くす。
逃げ場なし――
だがシリルは顔色ひとつ変えない。雷で空に幾筋もの線を描き、その全てを撃ち落としてしまった。そして間髪入れず、ララに向けて紫電を放つ。それは彼女最速の一撃。
だがララはそれに合わせるように、小さな火を放った。弱々しい火は雷を取り込み、次の瞬間、風を重ねられた火は、雷を纏う業火へと昇華する。
思わず観客席からどよめきが上がる。まさかの展開に、シリルでさえ表情を動かした。だが浮かんだのは驚愕ではなく、喜びの笑みだった。
「いいね…!」
満面の笑みで迎え撃つシリル。彼女が放ったのは雷ではなく風。自らも得意とする風で、真正面からララの炎に挑む。
豪風はなんと業火を大きく逸らし、会場を熱と光で包み込む。しかし、その炎の影に紛れて放たれていた風の刃がシリルを斬り裂いた。
「…っ!」
シリルの体に激しい衝撃が走る。だが、それでも彼女は膝を折らない。直後、紫電が閃き、それが決定打となった。ララは防御が間に合わず、稲光に貫かれてその場に崩れ落ちる。
シリルは倒れかけた彼女を抱きとめた。
「よく頑張ったね。」
そう呟き、満足げにララの頭を撫でる。そしてそのまま、お姫様抱っこで医務室へと運んでいった。
怒涛の展開に観客席の生徒たちは息を呑み、数秒の静寂が訪れる。だが、誰が最初だったのかもわからないほどに、次の瞬間には割れんばかりの拍手が会場を包んでいた。
ララの奮闘、そしてシリルの真摯な姿勢。そのすべてが観る者の胸を打ったのだ。
「決闘戦第四戦。一年主席シズクと、三年主席アルベリオの試合を執り行う。」
会場に審判の声が響く。感動の余韻に包まれた空気の中、次なる試合を控える二人の胸は重い。だが、否応なく審判の手が振り下ろされ、開始の合図が告げられる――
「ん…?」
「起きた?」
薄く目を開けたララの視界に、最初に飛び込んできたのはシリルの端正な顔だった。
「…綺麗。」
心の声がつい口から漏れてしまう。
「えっ?」
自分の言葉に気づいた瞬間、ララは真っ赤になり、慌てて両手を振った。
「あっ!ち、違います!今のは忘れてください!」
「わかった。忘れる。」
大慌てのララを前に、シリルは至って真面目な表情でコクリと頷く。
――いや忘れるって…!絶対忘れてないよ~!
耳まで染まったララの姿に、むしろ看病する側のシリルが首を傾げていた。
「そうだ。さっきの魔法…どうやって私に攻撃を当てたの?」
思い出したように問いかけるシリルに、ララは少し落ち着きを取り戻し、神妙な面持ちで答える。
「最後の攻撃と同じです。速い風刃の後ろに、ほんの少し遅らせた風刃を重ねていました。だから撃ち落としたつもりでも、シリル先輩の視点では残像のようにすり抜けて見えたんです。」
「なるほどね。わからなかった。」
シリルは素直に感心し、何度も頷く。その表情は勝者の余裕ではなく、まるで面白い謎を解いた子供のように純粋だった。
「可愛い…。」
気絶から目覚めたばかりでまだ頭がうまく回らないのか、ララは再び口を滑らしてしまう。
「え、何が?」
「なんでもないです!」
きょとんとするシリルを前に、ララは照れ隠しのように顔を覆いながらベッドから身を起こす。シリルは慌ててその体を支えると、穏やかに口を開いた。
「無理はしないで。もう少し休んだ方がいい。」
「大丈夫です。それに、次はシズクの試合ですよね?」
シリルは一瞬目を丸くし、それから小さく微笑んだ。
「そうだね。じゃあ一緒に行こう。」
ララは頷き、シリルに支えられながら医務室を後にする。
二人の視線の先で待ち受けるのは、一年主席と三年主席による頂点同士の決戦だった。
医務室から伸びる長い通路を進み、差し込む太陽の光が見えてきたその時、凄まじい衝撃音と会場を揺らす歓声が耳を打つ。思わず足を速め、通路を抜けた瞬間、視界に飛び込んできたのは空を自由に舞う水の鳥だった。
「あっ…ララ!」
こちらに気づいたミアが小走りで駆け寄り、水の鳥を指差して声を上げる。
「二人が言ってた“アレ”って、あれのこと?」
「そうです。」
水を操る魔法の最初の到達点“水の鳥”。シズクは当然のようにそこへ辿り着いていた。彼が今までに見せた才能は、まだほんの入り口に過ぎないのだ。




