才覚
一流同士の魔法戦では空を制した側が有利になる。だが、学生のレベルでは話が異なる。浮遊中はどうしても自由度が落ち、攻撃と回避を両立できない。それは、ララも例外ではなかった。
確かに空中で魔法を放つという高度な技術を披露したが、迫るミアの猛攻をかわすだけで手一杯。反撃の余裕はなく、結局、魔法陣を解除してふわりと台へと舞い戻り、仕切り直して魔法を放つ。
そこから始まったのは純粋な撃ち合い。互いの魔法が空中でぶつかり、光と音を散らし合う。速度はララが勝り、威力はミアが上回る。数で押すララ、質で削るミア。戦況は徐々にミアへと傾いていた。
このままでは押し切られる。そう悟ったララは決断する。直後、彼女の身体を淡い光が包み込む。体を強くする魔法だ。
次の瞬間、放たれた鋭い魔法を紙一重でかわし、ダメージを負いながらも距離を詰める。そしてついに至近距離へと辿り着くと、ミアの体に直接触れて、彼女の足元に風を起こした。
「――ッ!」
ミアの体が不意に宙へと舞い上がる。予想外の一撃に反応が一瞬遅れる。その隙を逃さず、ララは畳みかけるように火の矢で彼女の背を撃ち抜いた。
ふっとミアの身体から力が抜ける。落下しかけたその身を、ララはすぐさま風で受け止め、優しく地に降ろす。腕の中に抱いた彼女の瞼は閉じられ、意識はもうなかった。
完全決着。
勝者の余韻に浸ることなく、ララはミアの体を抱きかかえ、急いで医務室へと駆けていく。その真摯な姿に、会場中から惜しみない拍手が湧き起こった。
興奮冷めやらぬまま、場内アナウンスが次の試合を告げる。
「決闘戦第二戦。一年主席シズクと、二年主席レントの試合を執り行う。」
再び決闘台に注目が集まる。
落ち着いた様子で立つシズクとレントだったが、その胸中には先ほどの激闘の余韻が残っていた。
――すごい試合を見せられたな。僕も負けていられない。
気を引き締め直したシズクは、眼前の先輩に目を向ける。
制服をきっちり着こなしたミアとは対照的に、レントは胸元を大きくはだけさせ、髪も伸ばしっぱなし。野性味あふれる印象そのものだ。校内で見かけるときも、誰彼かまわず噛みついては勝負を挑んでいる姿が思い出される。二年の問題児にして主席。彼の天才性はすでに証明済みだった。
その力がどんなものか。どんな魔法を得意とするのか。シズクは何一つ知らない。緊張が走る中、審判の手が振り下ろされ、試合が幕を開けた。
シズクはまず様子見に徹するつもりでいた。だが、レントの初手は予想以上に速い。気づけば至近に迫り、徒手空拳で殴りかかってきた。
耳元で低く囁く。
「この前、お前が同級生とやり合ってんのを見た。…羨ましくてな。俺も混ざりてぇと思ってたんだよ。」
楽しげに笑うレントの拳は重い。制服は魔法防御こそ備わっているが、物理攻撃には無力だ。審判が慌てて試合を止めようとするも、シズクとレントが同時に「止めるな!」と叫んだため、手を出せずにいる。
「少しだけですよ、先輩。」
シズクはレントの気持ちに応えるように、しばし魔法を封じて打撃戦に付き合う。だが一切反撃はせず、受け流すに徹する。その理由は審判の視線だった。
――一撃でも入れば即中断、か。
直後、レントの打撃をかわしながら腕を掴み、背負い投げを仕掛ける。だがレントは驚異的な身体能力で足から着地し、逆にシズクを投げ飛ばす。
ようやく距離が空くと、シズクは息を整えながら魔法を放ち、行動で「ここからは魔法戦だ」と示す。レントも笑みを浮かべ、魔法を返して応じた。
ついに幕を開けた本格的な魔法戦。しかし観客の脳裏には、まだ先ほどの肉弾戦の衝撃が残っていた。
「あいつら、魔法だけじゃねぇのかよ…。」
ざわめきが広がる。だがそれも束の間、目の前で繰り広げられる魔法の応酬に息を呑む。驚きは、すぐに畏怖と興奮へと変わっていった。
放たれる魔法の速度、圧倒的な威力。どれを取っても、先ほどの試合に匹敵するどころか凌駕している。観客の誰もがそう感じ始めていた。
決闘台を焼き削りながら迫るのは、レントの放った灼熱の業火。その奔流を真正面から受け止めるように、シズクは両手をかざし、渦を巻く水の竜巻を叩きつける。
火と水が激突し、轟音とともに白い蒸気が爆ぜた。その熱気が観客席にまで届き、前列の生徒たちが思わず顔を覆う。
だが、至近距離で魔法を撃ち合った当の二人にダメージの気配はない。シズクは厚い水壁で身を守り、レントは火の渦で熱を散らしていた。互いに当然のように最適解を選んでいる。
シズクの対応に、レントは嬉しそうに目を細める。そして、一気に魔素を取り込むと、次の瞬間、彼の掌から放たれたのは六本の火の針。ねじれながら回転し、赤黒い尾を引いてシズクに殺到する。
それは一点突破を狙った貫通特化の魔法。半端な防御では貫かれる。一直線に迫る針を見て、シズクは左へ跳んで回避。しかし――
火の針は空中で直角に折れ曲がり、まるで生き物のようにシズクを追尾する。
会場がどよめく中、シズクは眉一つ動かさず、水壁を展開。だが相手は回転しながら突き進む炎だ。水流ごと巻き取り、穿ち破って迫ってくる。
すかさずシズクは頭上に水を生み出し、豪雨のように叩き落とした。減速していた火の針は、水圧に押し潰され、ジュウと音を立てて蒸気と化す。
咄嗟の対応。それも、ほんの一瞬の思考で導き出された正解の一手だった。観客席からはどよめきと驚嘆の声が漏れる。
次に攻めへ転じたのはシズク。先ほどのお返しとばかりに、水の針を六本生み出し、渦を巻くように回転させながら爆速で放つ。
その勢いにレントの目が見開かれる。威力も速度も、さきほど自分が放った火針を凌駕していた。
負けじと彼は前方に風を叩きつけ、針の回転とは逆向きに渦を作る。水の針はみるみる速度を失い、やがて風の流れに巻き込まれて霧散した。
だがシズクは間髪入れずに次の一手。火球を生成すると、それ自体は平凡な魔法ながら、追い風を乗せて一気に加速させる。爆発的な速度で迫る業火は、決闘台の空気を焦がしながらレントへと突き進む。
レントは即座に水の膜を展開し、炎を包み込むように広げる。炎は勢いを少し奪われたが、完全に止まるには至らない。
だがそれも織り込み済み。レントはさらに豪風を叩きつけた。水に勢いを削がれた炎は軌道を逸らされ、轟音を上げながら彼の真横をかすめて通過していった。
「ッ...!」
完全には捌ききれなかったのか、レントの身体を強烈な衝撃が貫く。だが、その程度で判断を鈍らせる彼ではない。苦し紛れに風刃を幾つか放ち、シズクを牽制し、体力の回復を図る。
当然、そんな苦し紛れの刃が当たるはずもなく、シズクは軽やかに避けながら、次の魔法の準備を始めていた。その頃には、レント自身も薄々悟り始めていた。
――悔しいが…魔法の才も戦闘の勘も、俺はあいつに劣っている。
一連の攻防で息を切らしている自分に対し、シズクは表情一つ崩さない。このままではじり貧になり、いずれ確実に押し切られる。だからこそ、勝負に出るしかなかった。
空気が一変する。大量の魔素が、奔流のようにレントの体へと吸い込まれていく。大技を準備しているのは一目瞭然だった。隙を与えまいとシズクは威力重視の水弾を放つが、レントは身を翻してそれを容易く避けると、その直後、爆炎が形を成す。
膨れ上がった炎は圧縮され、やがて鳥の形を象った。
「あれを…一年生に見せるのか!」
観客席の二年生たちがどよめく。火を操る魔法の最初の到達点”火の鳥”。だが、そこに辿り着くには本来四、五年の修練が必要とされる。レントはそれを、わずか一年半で成し遂げてみせたのだ。
燃え盛る火の鳥は羽ばたき、縦横無尽に空を舞い、シズクを翻弄する。圧倒的な光景に、さすがのシズクも一瞬息を呑んだ。
だが、それだけだ。彼は即座に土を操り、火の鳥を追い立てる。
普通に考えて、土が空の獲物を捕らえられるはずがない。だが、シズクの目的は追いつくことではなかった。土の格子を組み上げ、鳥籠のようにすることで火の鳥の逃げ場を封じるのが真の目的だった。
そこへシズクは水を流し込み、格子を閉じて完全な土の箱へと変える。やがて土を崩した時には、火の鳥の姿は消えていた。どうやら、大量の水で掻き消されてしまったようだ。
「クソッ……!」
体力をほとんど使い果たしたレントが低く呻く。次の瞬間、シズクの放った水弾が彼を正確に撃ち抜いた。
レントの体が崩れ落ち、意識を失う。
勝負あり。
一瞬の静寂の後、会場は地鳴りのような歓声に包まれた。
レントの放った火の鳥は、誰もが勝利を確信するほどの魔法だった。自由自在の軌道と凄まじい威力。半端な防御では瞬く間に打ち崩される圧倒的な破壊力。しかし、その魔法をシズクは完全に封じ込み、結果としては無傷の勝利を収めた。
観客たちの目に、シズクの才覚が間違いなく刻み込まれた。
「お疲れ。」
決闘台を降りたシズクを出迎えたのは、背後からミアに抱きしめられているララだった。どういう状況だと困惑しながらも、シズクは「そっちこそ。」と笑い返す。
「そういえば、最後のやつ。なんで“アレ”で返さなかったの?属性的には有利だったでしょ。」
「いや…先輩の威力が桁違いでね。あのやり方が一番安全だと判断したんだ。」
どうやらシズクとララの間には、“アレ”という一言で通じ合う技があるらしい。
「ふぅん。まあ勝てたからいいけど…次はどうなるかな。」
「うん、わかってるよ。」
短いやり取りの中に、張り詰めた気配が走る。三十分の休憩を挟み、彼らはいよいよ三年生との決闘戦に挑むのだ。
「少し休んでくる。ララは?」
「ん?今休憩してる。」
「そ、そうか…。」
抱き締めるミアの腕をギュッと握り、真顔で言い切るララ。試合前は緊張で張り詰めていたというのに、試合が終わった途端この距離感。さすがのシズクも、思わず引き気味に目を細めた。
――さすがに疲れたな。
観客席の下に設けられた通路。その片隅に置かれた木製のベンチに腰を下ろした瞬間、張り詰めていた気が緩み、全身にどっと疲労が押し寄せる。腕も脚も鉛のように重い。
けれど、その重ささえ不思議と心地よい。
胸の内を占めているのは、疲労ではなく期待だった。
――アルベリオ先輩と戦える。
その事実がシズクを昂ぶらせる。ついにあの背中に手を伸ばせるのだという喜びが、疲れをすべて吹き飛ばしていく。




