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活躍

なぜシズクはシードを選んだのか。


その理由はただ一つ。彼が「すべての魔法を使えない」からこそ「すべての魔法を使える」からだ。


シードが手にする棒状の魔道具は、正式名称を魔筒(まとう)といって、振り方によって発動する魔法が変化する。火を操る魔法をはじめ、水、風、土。さらには希少とされる雷や氷すらも操ることができる。


だが、それを自在に扱えるようになるまでの道は険しい。かつて天才と称された魔道具使いでさえ、習得に四年と八か月を要したという。多属性を操れる優秀な魔道具でありながら、使い手が現れないのはその習得の難しさゆえだった。


しかし、シードに他に道はない。魔道具を極めることこそ、彼が魔法使いになれる唯一の道だった。だから彼はひたむきに特訓を重ね、その姿はシズクの目に留まった。


今のシードが実戦で扱える魔法は三つ。火、水、雷。いずれも球体を撃ち出すだけに過ぎないが、その威力は十分で、上級生すら脅かす力を秘めているとシズクは考えている。


そんなシズクのお墨付きが、シードの自信を支えている。


三年生を前にしても怯まず、シードは魔筒を振る。ランプが赤く点灯し、火球が放たれる。しかし弾速は遅く、このままでは脅威にならない――


その火球を、シズクの風が射抜いた。轟音とともに炎は爆ぜ、瞬く間に業火へと変貌する。加速した炎弾は防御を掻い潜り、上級生たちの身体を大きく揺らした。


反撃が遅れた一瞬の隙を逃さず、シードはランプを青に光らせる。放たれた水球は遅々として進み、上級生たちは落ち着いて防御に専念した。だが、シズクはそれを加速させるのではなく、あえて速攻の火球を撃ち込む。


素早い火球に意識を奪われた上級生たちは、防御をそちらに向ける。だが、その火球は速度だけの見掛け倒しで、防御のために形成された土壁を前にあっさりと霧散した。その光景に拍子抜けした瞬間、脇腹を無防備に晒した一人に、水球が直撃する。鈍い衝撃に膝をつき、息を呑む声が漏れた。


一人が痛みに崩れた隙を埋めるように、もう一人は反撃に出る。楕円軌道を描く風刃が鋭くシードを切り裂かんと迫る。対応しきれなかったシードを守ったのは、シズクの咄嗟の判断。芽吹いた植物が瞬く間に成長し、風刃を受け止める。


その植物は遮蔽物としてフィールドに残り、シードはその影に隠れて魔法を小出しに放ち続ける。たとえ遅い弾でも、シズクの風が加速を与えれば鋭い一撃となる。上級生たちは次第に防戦一方に追い込まれていった。


――勝てる。僕でも…!


シードはここで、シズクと決めていた必勝の一手に出た。


放たれたのは電撃。今までとは違い、その軌跡には明確な速さがあった。これまでの遅さはすべて布石。この瞬間のために仕込まれていたブラフだったのだ。


遅い弾に慣れていた上級生たちは反応が遅れる。電撃が直撃し、湿った体がその威力を増幅させる。二人が同時に片膝をついた。だが、それでも気絶には至らない。意地か、あるいはわずかに間に合った防御の残滓か、理由はわからない。ただ一つ確かなのは、ここから上級生たちの反撃が始まるということだった。


怒涛の魔法が矢継ぎ早にシズクへ襲いかかる。彼は即座に防御を展開し、何とか受け止める。その間にも、シードは必死に応戦を試みるが、速度も硬度も圧倒的に及ばない。防御を貫かれた一撃が彼の身体を吹き飛ばした。


魔法使いは体内に魔素を巡らせ、薄い防壁を無意識に張ることで攻撃に耐えている。だがシードにはそれがない。だからこそ、たった一撃、ほんの一撃で気絶してしまった。


「…よく頑張った、シード。」


倒れた仲間を背に、シズクは静かに決着をつける為に動いた。


直後放たれた水弾は、極限まで圧縮されており、三年生二人が協力して展開した、八重に重ねられた土壁を軽々と一点突破する。そして、その勢いは失われぬまま直進し、二人の鳩尾を正確に撃ち抜いた。鋭い衝撃に息が詰まり、三年生の意識は同時に刈り取られる。


水弾に撃ち抜かれた三年生が崩れ落ち、会場に沈黙が訪れる。


勝敗は決した。だが、その静寂の理由は勝者であるシズクではなく、敗れたシードにあった。


あれほどの力を持つ上級生を真正面から追い詰めた。魔法を使えないはずの一年生が、ここまで戦った。


観客席のざわめきは次第に大きな拍手へと変わっていく。驚きや称賛、そして純粋な感動が混じり合った音だった。


マロンは思わず口を押さえ、ララは静かに頷く。バニラとウォルフの目にも、抑えきれない誇らしさが浮かんでいた。


フィールドに倒れるシードの姿は痛々しかった。だが、その姿は決して惨めではない。全力を尽くし、仲間と共に勝利へと迫った、その奮闘は何よりも輝いていた。


シズクは一歩だけ振り返り、倒れたシードを見つめる。唇は言葉を紡がなかったが、その眼差しは確かに告げていた。


――よくやった。君のおかげで勝てた。


その想いが伝わったのかどうかはわからない。だが、この日シードの名前は観客の心に深く刻み込まれた。



「お疲れ様~!」


気絶から目覚めたシードの視界に、最初に飛び込んできたのはマロンの笑顔だった。


「マロンさん…。あっ、試合は!?」


慌てて上体を起こそうとするシードの肩をマロンは慌てて押さえる。


「勝ったよ。最後はシズクがきっちり決めてくれた。でも、会場が一番湧いたのは、あんたの名前が呼ばれた時だったよ。」


「…本当に?」


「本当よ!本っ当に凄かったんだから。私だって鳥肌立ったもの。」


シードの胸にじんわりと温かさが広がる。全力で戦ったことが、無駄ではなかったとようやく実感できた。


「良かった…。」


小さく呟く彼に、マロンは安心したように目を細める。


「どう?まだ痛む?」


「ううん。もう大丈夫。動けるよ。」


「なら観客席に戻るわよ。これから一番の見せ場、決闘戦が始まるんだから。」


シードの目が大きく見開かれる。シズクとララ、二人の本気が見られるかもしれない。そんな瞬間を見逃せるはずがない。その高鳴りの中で、隣にいてくれるマロンの優しさが、ふと胸に染み入った。


「ありがとう、マロンさん。」


「へ?な、なんで急に感謝!?」


「だって…僕のことを心配して、ずっとそばにいてくれたんでしょう?本当なら今は観客席で試合を楽しみにしているはずなのに。」


シードがふわりと微笑む。不意を突かれたマロンの頬は一瞬で熱を帯びた。


「と、当然でしょ!?友達なんだから!」


「…!」


友達。シードにとって、その言葉は何より嬉しかった。肩の力が抜け、安堵の笑みが自然と零れる。そのまま彼はもう一度礼を言う。


「本当にありがとう、マロンさん。」


「も、もうっ…!なんなのよ、急にしおらしくなっちゃって…。」


顔を逸らしながらも、耳まで真っ赤に染まるマロン。そんな横で、シードはただ純粋に喜びを噛みしめていた。


「あっ、おかえり~二人とも。…って、なんかあった?」


帰ってきた二人の微妙な距離感に、バニラがニヤリと口角を上げる。


「な、何もないわよ!」


必死に取り繕うマロンの様子はどう見ても怪しい。バニラは「これは後でいじれる」と確信し、不敵な笑みを浮かべつつも視線を決闘台へと向けられていた。


「早く座れ。始まるぞ。」


ウォルフに促され、二人は元の席に腰を下ろす。自然と視線は、尊敬する先輩と向き合うララの姿に吸い寄せられた。


「ララ、なんか言ってた?」


「何も。」


「そう。あの子らしいわね。」


この日のために必死で努力してきたのを、皆が知っている。それでも意気込みの言葉ひとつも口にしない。それが実に、彼女らしかった。


「始まる…!」


四角く盛り上がった決闘台で、ララは二年次席のミアと相対する。その中央に立つ審判が手を上げ、振り下ろした瞬間、試合が幕を開けた。


先手はララだった。


描かれた魔法陣から放たれた風刃は、速度も威力も申し分ない。だが、ミアは薄い水の壁一枚でそれを受け流す。その技量に、観客席から感嘆の声が漏れた。


すぐさまミアが反撃に転じる。移動しながら次々と火の矢を展開し、逃げ場を塞ぐように射線を組み上げる。ララは矢が放たれる前に水で鎮火していくが、処理しきれなかった矢が放たれ、防御を強いられる。しかし彼女も正確に一点へ水を撃ち込み、全ての矢を相殺した。その緻密さと速度は、すでに一級品だった。


互いの丁寧さが際立つ序盤戦。均衡を崩したのはララだ。無造作に放った一撃の風刃が防御をすり抜け、初めてクリーンヒットする。威力は控えめでも、「当てた」という事実が戦況を変える。


塵も積もれば山となる。数で押し切ろうと幾重もの風刃を浴びせる。しかし直後、その全てが遮られた。ミアが水の壁を拡張し、全身を覆うようなドームを形成したのだ。


その独創性にララの胸が高鳴る。水壁を身体ごと覆う発想自体はあっても、実行に移す者はほとんどいない。三年生ですら困難な技をやってのける。それがミアの強さだった。


だが、負けられない。ララは笑みを浮かべ、今度は威力を重視して風刃を放つ。遅くなった分、避けることはできても、広げた水壁では受けきれない。軌道をずらし、あらゆる角度から刃を迫らせる。


――どう捌く?


ララが心の中で問いかけた瞬間、ミアは体を強くする魔法で反応速度を引き上げる。人知を超えた機敏な動きで、するりするりと全ての風刃を紙一重でかわし切った。そして一歩踏み込み、至近距離から業火を放つ。


ララも水壁を全力で展開し、直撃を防ぎはしたが、互いに大きな魔素を消耗する。息を荒げながらも、残った体力はララの方がわずかに上回っていた。


畳みかけるように放たれた水球。ミアが撃ち落とそうとした瞬間、ララは自らの風刃を水球に叩き込み、爆散させる。瞬く間に霧が立ちこめ、決闘台全体を覆った。


視界の悪さ。これはララに有利に働く。


彼女はヴァイオレットの指導で、視覚に頼らない戦いを学んでおり、霧の中でもミアの位置を正確に把握できた。


ララは自慢の一撃である風刃を放って決着を狙う。しかしミアはそれを当然のように防ぎ、直後に全方位へ風を放出し、霧を一気に吹き飛ばした。視界が戻り、場は再び静寂に包まれる。両者ともに次の一手を探るように微動だにしない。


その静けさとは対照的に、観客席は熱狂に包まれていた。


「基礎課程のレベルじゃない!」


興奮混じりの声が次々と上がり、視線は決闘台から離れない。


その様子を見つめるシズクと二年主席のレントは同時に思った。


――いつもより強い?


ララとミアは、この試合のため互いに距離を置きつつも意識し合い、準備を重ねてきた。今まさに、その努力が舞台の上で花開いていた。さらに天性の才覚が重なり合い、この状況下で二人は成長の兆しを見せ始める。


周囲の魔素が吸い込まれるようにミアへと流れ込み、直後、鋭く尖った火の針が放たれる。


その速度は、早撃ちを得意とするララでさえ見切れない。考えられる全ての位置に風の膜を張り、防御を試みる――


「駄目だ…!」


シズクの呟きが現実となった。風の膜に触れた瞬間、火の針が爆発したのだ。


ミアはララの行動を完全に読み切り、あの速度で展開した魔法陣に、”風に触れた爆発する”という効果を付与したのだ。まさに恐るべき才覚だ。


「くっ…!」


爆風に煽られ、ララの身体は決闘台の端まで吹き飛ぶ。容赦なく追撃の火矢が四本、的確な軌道で迫る。


――やっぱり凄い…!


ララの目が輝いた直後、爆発音が轟き土煙が舞い上がる。決着かと思われた。


「ララがいない…?」


観客がどよめき、シードも不安げに声を漏らす。そんな彼に、マロンが視線を上げて告げた。


「上よ。」


そこには、宙に浮かぶララの姿。爆風の中でも冷静に空を飛ぶ魔法を展開し、上空へと逃れていたのだ。


浮遊中は魔法陣を維持する必要があり、攻撃は不可能だ。だが一流の魔法使いたちは、当然のように空中で別の魔法を発動させる。


一瞬だけ空を飛ぶ魔法の魔法陣を解除し攻撃に転じるのだ。疑似的に浮かびながら攻撃を繰り出すという離れ業。その難度は常軌を逸しており、学生が再現できるような技術ではない。しかし、風だけを極め続けてきたララには十分可能だった。


ララが放った風刃が地面を切り裂き、ミアを正確に狙う。ミアはひらりと回避するも、足元には鮮やかな切り傷が走り、決闘台は音を立てて削られていく。


その光景に会場がどよめいた。入学してまだ半年にも満たない一年生が、到底不可能と思える技術を当然のように繰り出している。


緊張感を維持したまま、決闘戦第一試合は最終局面に入ろうとしていた。

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