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陣地戦

開戦の合図と同時、真っ先に動いたのはバニラだった。


地面に張り巡らされた魔素から小さな種が芽吹き、瞬く間に太い蔦へと育ち上がる。その蔦が一年生の陣地になだれ込んできた上級生たちの足に絡みついた。


「…なんだ?」


「チッ、鬱陶しい!」


一瞬の動揺。しかし流石は上級生、即座に火を出す魔法で燃やし尽くす。


「やっぱり足止めにもならない…でも――」


バニラは口元を吊り上げる。次の瞬間、地面を割れ、勢いよく巨大な木が生える。上級生たちの体が押し上げられ、無防備な状態で宙に舞う。


「今ッ!」


彼女の声と同時に、一年生たちが一斉に攻撃を放つ。だが直撃しても効果は薄い。純粋な力の差をまざまざと見せつけられる。


更に――


「…あいつが厄介だ。」


無防備に宙を舞う上級生たちが、一斉にバニラへと鋭い視線を向ける。彼女が一年の頭脳であり、一番厄介な相手だと理解したようだ。


「や~ん。先輩こわ~い♪」


バニラは舌を出して、わざとおどけて見せる。数日前まで怯えていた姿はそこになく、会場中がどよめいた。


怒りに駆られた上級生たちが、一斉に魔法を放つ。だが、それを遮るように地面から伸びた大木が盾となり、その猛攻をいくつも弾き返す。


「…流石だな。」


シズクは思わず声を漏らした。


「攻撃力じゃ先輩たちに敵わない。それでも植物を操る魔法を徹底的に防御に回せば、力の差があっても、崩すのは容易じゃない。この短期間で、自分の強みを掴み切ったようだな。」


観客席も熱狂し始める中、バニラの名が叫ばれる。試合の中心は完全に彼女になっていた。


そして――


「ウォルフ!」


「まったく、人使い荒いな!」


姿を見せていなかったウォルフが、収束させた業火を一気に解き放つ。


意識の外から飛び込んできた炎は、上級生たちの防御を突き破り、何人かを気絶させる。


「おおおおおお!」


観客席から割れんばかりの歓声が上がる。シズクたちも思わず身を乗り出した。会場の熱気は間違いなく最高潮、しかもその注目は一年生に向けられていた。


しかし、それでも力の差は絶対的だった。他の一年生は次々と倒され、旗も大半を奪われている。勝敗は明らかだった。


それでも、バニラとウォルフの奮戦は、観客の心を掴んで離さなかった。


「わぁ!みんな私を見てる!目立ってる!」


そんな状況でバニラは緊張どころか興奮に震えていた。


しかも追い詰められた彼女は、ここで新たな発想を見せる。複数の蔦で上級生を拘束すると同時に、そこへ水を出す魔法を放って、火に弱い蔦を軽く濡らす。


「…っ!」


先輩の火力の前では工夫をしても蔦は簡単に燃え尽きる。しかし、十分な時間は稼げた。しかも水滴が上級生たちの体を濡らしている。


「ここだ!」


見計らったようにウォルフが雷撃を叩き込む。濡れた体に電撃が走り、数名が膝をつく。


気絶には至らなかったが、その場の観客全員が総立ちになった。


だが――


至近距離で囮を務めていたバニラは、ついに反撃を受け、派手に吹き飛ばされる。孤立したウォルフも数分は持ちこたえたが、やがて力尽きて気絶した。


最後はあっけなく終わってしまった。だが残した爪痕は絶大で、観客の声援は三年生ではなく、バニラとウォルフに向けられていた。


「まさか…バニラとウォルフがここまでやるとはね。」


「うん!本当にすごい!」


シズクは目を輝かせ、シードも拍手を惜しまない。一方でマロンは腕を組み、唇を噛む。


「くっ…。二人とも、想像以上に成長してるじゃない。私も負けてられないわね。」


そしてそんな三人とは対照的にララは、不機嫌そうに目を細めた。


「やっぱりウォルフは、私と早撃ち戦に出るべきだった。」


彼女の視線は、先ほど放たれた雷撃を思い返している。観客の「速い!」という声が、ララの耳に突き刺さったのだ。


「…私の方が速いし。」


「え?」


「ウォルフの雷より、私の風の方が速いに決まってる!」


シズクが思わず聞き返すと、ララは顔を赤らめて怒鳴った。その様子にシズクは「久々に見るなこのモード」と苦笑する。


こうなってしまえば、もはや誰にも止められない。速さを追い求めるララにとって、自分と同じ速さで称賛を浴びる存在は絶対に許せないのだ。


「次は早撃ち戦だ。出場者は集合場所に集まれ。」


アナウンスが響くや否や、ララは「行ってくる。」とぶっきらぼうに言い捨て、荒々しい足取りで会場へと向かっていった。


「な、何あれ…!?あんなララ初めて見たんだけど!」


マロンが怯えたように声を上げる。普段は冷静な彼女も、ララの剣幕にはさすがに恐怖を覚えたようだ。そんな彼女に、シズクは苦笑しながら肩をすくめた。


「あれを僕は“ララ・スピードモード”って呼んでる。自分が最速だと信じ込んで、極限まで速さに振り切った魔法を撃つ。普段の綺麗な魔法陣は形を成さなくなるけど、その代わり、とんでもない速さで魔法を放つよ。」


「スピード…モード?」


マロンとシードが顔を見合わせ、不安そうに身を縮める。だがシズクはどこか楽しげで、からかい半分の呼び名を使いつつも、ララの力を信じていることが伝わってきた。


やがてウォルフとバニラも合流し、五人揃って観客席に腰を下ろす。全員がララの背中に視線を注いでいた。


早撃ち戦のルールは単純明快。合図とともに魔法陣を展開し、実際に魔法が的に命中するまでの速さを競う。ただそれだけの種目だ。


しかし、その「ただそれだけ」が一年生には極めて難しい。何度も反復練習を重ねるだけ、魔法の鋭さは増していく。研鑽を積んだ三年生が有利なのは明白で、観客の多くは三年次席のシリルが勝つものと信じて疑わなかった。


ララの親友であるマロンやバニラも同じ意見だった。しかしただ一人、シズクだけは自信ありげにララの小さな後ろ姿を見つめていた。


「始め!」


合図と同時に――


バシュッ!


音が弾けたかと思えば、ララの風が真っ先に的を撃ち抜いた。遅れて、シリルの的が切り落とされ、さらに三年生、二年生と続いていく。


威力はかすかで、見栄えのするものではない。だが速度という一点に限れば、ララの魔法は誰よりも早かった。


「よしっ!」


その結果に、ララは満面の笑みで頷きながら会場を後にする。シリルから声をかけられ、頭を撫でられた時も上機嫌で、まるで母親に褒められた幼い子どものように嬉しそうだった。


しかし観客席に戻ってきたララは、ウォルフの顔を見た瞬間にスンッと表情を引き締めた。ついさっきまでの満面の笑みは跡形もなく、普段通りのクールな調子に戻っていた。


「ウォルフ。なんで早撃ち戦に出なかったの?あなたなら、きっといい成績を残せたはずだよ。」


真剣な視線を向けられたウォルフは、わずかに目を逸らし、気まずそうに頭をかいた。


「俺にも考えがあるんだよ。早撃ち戦に出ても、精々三位どまりだ。シリル先輩や……お前には勝てない。だったら、陣地戦で目立ちたがりのバニラを使って、漁夫の利を狙った方がまだ面白いだろ?」


「まさか…!」


マロンが目を丸くする。


「あの作戦ってアンタが考えたわけ!?」


ウォルフは首を傾げながら、当然のように答える。


「そうだけど?」


あまりにあっさりした返答に、マロンは呆れたように額を押さえた。


「道理で…!バニラにしては出来すぎてると思ったのよ。」


「ちょっと!バニラにしては、ってどういう意味よ!」


すかさずバニラが噛みつく。頬をふくらませ、ぷりぷり怒っているが、その様子は可愛らしさすらあった。


「言っとくけどね、囮になるって提案したのは私からなんだから!」


「でもそれ以外の作戦を考えたのは俺だ。」


「...っ!そうだけど...。」


言い返そうとして言葉に詰まるバニラ。彼女を小ばかにするウォルフ。そんな二人のやり取りを見ながら、ララは深々と息を吐いた。


「…ほんと、あなた達って相性がいいわね。」


「はぁ!?」


「どこが!」


同時に声を上げるバニラとウォルフ。顔を見合わせて睨み合い、また言い争いが始まりそうになる。


シードが慌てて手を振った。


「ま、まぁまぁ!さっきの試合は本当にすごかったよ。二人がいなかったら、一年生は何も出来ずに終わってたかもしれないし!」


「そうそう。ね?シズクもそう思うでしょ?」


マロンが助け舟を出すようにシズクに視線を向けると、彼は静かに頷き、淡々とした口調で言い放った。


「あの作戦は的確だった。ウォルフの判断力と、バニラの度胸があってこそ成り立ったものだ。結果は敗北でも、得た評価はそれ以上のものだと思う。」


「そうだろ?」


ウォルフが得意げに笑い、バニラも少し照れくさそうに視線を逸らした。ララはそんな二人を横目に、まだ不満げに腕を組んでいる。


「でも、やっぱり早撃ち戦に出た方が良かった。」


今度はウォルフが苦笑し、一同の空気は小さな笑いに包まれた。


そんな時だった――


「次は威力戦だ。出場する生徒は集合場所に集まれ。」


重々しいアナウンスが響き渡る。観客席にどよめきが走り、一瞬で空気が張り詰めた。威力戦はシンプルだからこそ残酷で、実力差が最も露骨に浮かび上がる種目だ。


「…いよいよね。」


マロンは椅子から立ち上がり、胸に手を当てて深呼吸をする。普段は挑発ばかりの彼女だが、その顔には真剣さしかなかった。


「行ってくるわ。」


短くそう告げて振り返る。その声に「いってらっしゃい」とは返しても、励ましの言葉を変える者は誰もいなかった。彼女が努力を怠らないことも、全力で挑むことも、みんな痛いほど知っているから。


無言のまま送られたその思いを、マロンはきちんと受け取っている。


――わかってるわよ。あんた達の気持ちは。


会場に向かう階段の途中、マロンは小さく拳を握る。その表情に不安はなく、ただ闘志だけが宿っていた。

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