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属性

「それではこれより、魔法学基礎の授業を始める。一同、静粛に学ぶように。」


厳格な声が教室に響く。エリオドールの授業は、いつもこうして始まる。挨拶や雑談などは一切ない。最初の授業だというのに、彼は迷いなく黒板に向かい、チョークを走らせた。


「教科書八ページを開け。魔素の属性についてだ。」


黒板に並ぶ文字と共に、淡々とした説明が始まる。


「まず、この世界には三大属性と呼ばれる分類が存在する。火、水、風だ。空気中には、それぞれ二十五パーセントずつ含まれており、人がもっとも扱いやすい属性とされている。後に土が発見され、これを加えて四大属性と呼ぶ風潮もある」


彼は一呼吸置き、生徒たちを見回した。


「しかし、土属性は空気中にわずか十五パーセントしか存在しない。私個人の意見としては、三大属性と同列に扱うのはやや疑問だ。とはいえ、学界では一般的に四大属性と呼ばれているので、それに倣うように」


教科書の文章をなぞりながらも、私見を交えるのがエリオドール流だった。


「さらに、光属性が存在する。空気中の割合は五パーセントと少なく、取り込める者は限られている。この属性を取り込める者だけが、一般魔法や攻撃魔法とは別に分類される治癒魔法を行使できる。」


治癒魔法は特別な分類であり、選ばれた者だけに許された力だ。


「ただし例外もある。治癒魔法の中でも傷を治す魔法は、光属性を取り込めなくても使用可能だ。これもまた重要な点だ、忘れぬように」


黒板に例外を書き添えると、彼は再びチョークを走らせる。


「そして、さらに希少な属性が三つ存在する。闇、雷、氷だ。これらは空気中に合わせても三パーセント程度しか存在しない。取り込める者はほんの一握りに過ぎない」


教室が静まり返る。滅多にお目にかかれない属性。その響きだけで、生徒たちの心を掴んでいた。


「最後に。現在、観測されていない属性が二パーセントほど存在すると考えられている。いわゆる『無属性』の魔法は、本来はその未知の属性に分類されるのではないか。これが学界における最新の見解だ」


エリオドールはチョークを置き、背筋を伸ばす。


「以上が魔素の属性に関する基本だ。質問はあるか?」


エリオドールの授業はいつも厳格だ。だが決して冷淡ではなく、区切りのたびにこうして質問の時間を設けてくれる。


静まり返った教室に、ララの「はい」という声が響いた。恥ずかしがり屋の彼女だが、知識に対する貪欲さでは人一倍だ。この機会を逃すはずがない。


「闇、雷、氷。これらの属性の魔素を取り込める人は、その属性に合わせた魔法を使えるんですか?」


ララの声に、教室内の空気が少し静まる。


「ふむ。良い質問だ。その通りだよ。闇属性を取り込める者は、闇や影を出す、あるいは操る魔法を行使できる。雷や氷についても同様で、それぞれの属性に応じた魔法が使える。」


エリオドールは少し間を置き、教室の生徒たちを見渡してから言葉を続ける。


「これらの魔法は、どれだけ努力しても誰もが扱えるものではない。その為、我々は便宜上、これを希少魔法と呼んでいるのだ。一般魔法や攻撃魔法の体系には含まれるが、その中でも扱える者はごく限られている、特別な魔法と考えるといい。」


ララは手をそっと挙げた。


「続いて質問よろしいですか。」


「もちろん、構わないよ。」


今の説明を聞いて、新たな疑問がララの胸に浮かぶ。


「任意の魔素を取り込めないと発動できないのは希少魔法だけですか?それとも、もし火属性の魔素を取り込めない体質の人がいたら、その人は火を出す魔法や火を操る魔法も使えないのでしょうか。」


エリオドールは目を丸くし、感心した様子で頷く。


「良い観点だ。その通りだよ。例えば、火を出す魔法を発動するには、体内の魔素に一パーセント以上の火属性を含む必要がある。もし一パーセント未満しか取り込めない者がいれば、当然ながら火を出す魔法を発動することはできない。」


彼の説明に教室は静まり返った。生徒たちは、自分の体質と魔素の属性との関係について初めて深く考えさせられる瞬間だった。


「他に質問はあるか? いなければ次に進む。続いては――」


その後も授業は淡々と進み、午後、一般魔法の実技の時間に移った。


「エリオドール先生から聞いたけど、午前中に属性の授業をしたんだって? じゃあ、今日の授業は、みんなの得意属性を探してみようコーナー!はい、みんな拍手~!」


トリスはいつもどおり元気いっぱいだが、教室の生徒たちの表情は真剣そのものだった。いきなり自分の得意属性が明らかになるかもしれないという状況に、緊張しているのだろう。平然とした顔を崩さないのは、シズク、ララ、そしてシードだけだった。


「どうやって見分けるかって?単純明快!ぜ~んぶの属性を試してみて、一番調子が良いのが得意属性だよ! もちろん、練習を重ねれば取り込む魔素の割合を調整できるようになるけど…今は試験に向けて得意属性を伸ばすのが一番かな。ってわけで、成績順でやっていこう!」


先陣を切ったのはシズクだった。得意属性は当然のように水。続いたララも風で、二人のわかりやすい変化にトリスは「やっぱりね~」と笑ってしまった。


一方で、三席のマロンは火・水・風、どれを試しても目立った変化が見られなかった。不安そうな彼女に、トリスは柔らかい声で告げる。


「マロンちゃん。君は火・水・風のどれも平均的だね。完成度や精度は申し分ないけど、特に突出した威力がない…ってことは、逆に考えると、そのどれでもない可能性が高いんだ。だから、今から土を出す魔法を試してみようか。」


四大属性のひとつに数えられる土属性だが、土を出す魔法の魔法陣は子供向けの魔法書には記載されていない。理由は単純明快、危険すぎるからだ。ただ地面から土を生やすだけでも殺傷力は十分に高く、習得できるのは土木系の職に就く者か、特別に学ぶ魔法使いに限られている。


マロンはトリスに教えてもらい、初めてその魔法に挑戦した。渡された紙に描かれた魔法陣を頼りに、恐る恐る展開していく。魔法自体は一般魔法のため難易度は高くない。だが、発動した瞬間、それは確かに、彼女の体にすっと馴染んだのだった。


直後、地面がぐぐっと盛り上がり、土の塊が飛び出して的をかすめた。わずかに削り取られた的を見た瞬間、マロンは息を呑む。


「私に…こんな力が…!」


頬を伝う涙を止められなかった。ここ数日、彼女は伸び悩みを痛感していた。特待クラスの仲間たちが入学以来着実に力をつけていく中、自分だけが取り残されているようで、火も水も風も、魔法陣すら満足に扱えない。悔しさと焦りに押しつぶされそうだった。


だが今、はっきりと確信した。これこそが、自分の最も得意とする魔法なのだ、と。


「先生!今は一般魔法の時間ですが向こうで攻撃魔法の練習をしても、よろしいでしょうか!」


瞳を輝かせて問いかけるマロンに、トリスは暖かい笑みで頷く。


「いいよ~。ほかの子も、終わったり待ってたりする人は自由に練習してな~。最初の授業だし、ゆる~くやってこう~。」


「ありがとうございます!」


ぱっと花が咲いたように笑みを浮かべ、マロンは頭を下げると、弾む足取りで隣のレーンへと移動した。心はすでに新しい力を振るうことに夢中だ。


が、そこでふと立ち止まる。


「あっ。魔法陣、知らないじゃない!あ~もう、このタイミングでトリスちゃんに聞くのは無理だし…。どうしよう~!」


頭を抱えて途方に暮れるマロンの元へ、二つの影が近づいた。


「マロンさん。」


「シズク君?どうしたの?」


声をかけたのはシズクだった。その隣にはララが立っている。


「土を操る魔法の魔法陣なら知ってるよ。よかったら教えようか?」


「ほんと!?お願いするわ!」


魔法を学ぼうとする者には平等に手を差し伸べる。それがシズクの矜持だった。まだ知り合って間もない相手であっても、目立ちたくないという理由で教えない、などという選択肢は彼の中には存在しない。


「あまり得意じゃないから、良い見本にはならないと思うけど…。」


小さく呟くと、シズクは静かに魔法陣を展開した。瞬時に足元の地面が盛り上がり、そこからいくつもの礫が弾け飛ぶ。礫は正確に的を削り取り、気づけば地面はきれいに平らへと戻っていた。


「もっと良い使い方もあるかもしれないけど…今できるのは、生やした土の塊を徐々に消費しながら攻撃する方法だね。」


「なるほどね。ありがとう。もう十分よ。」


一連の流れとシズクの説明を聞き、マロンは真剣な表情で的に向き直った。


「魔法陣を書いた紙は必要かな?」


「あっ…。必要よ。」


自身のせっかちなところを少し恥ずかしそうにしたマロンに、シズクは苦笑しながら紙に描いた魔法陣を手渡す。


「ありがとう。もう大丈夫よ。」


「うん。それじゃあ、頑張って。」


マロンは紙をしっかりと握りしめ、深呼吸をひとつしてから慎重に魔法陣を展開した。線が繋がるたびに、地面の上で淡い魔素が瞬き、やがて複雑な図形へと結ばれていく。


発動には至らなかったものの、それでも彼女にとっては大きな前進だった。その喜びは、遠目からでもはっきりと伝わってくる。


その様子を横目で見ながら、ララは小さく呟いた。


「良かった…マロンちゃん、思ったより上手くやれてる。」


ララはマロンと、すでに親しい関係を築いていた。特待クラスの上位にいる女子は二人だけ。自然と距離が縮まったのだ。交流はまだ数日ほどだが、ララにはマロンの焦りが痛いほど伝わっていた。


「マロンちゃん、自分にすごく厳しいし、周りを常に上に見ちゃうタイプだもの。焦る必要なんてまだないのに、ずっと焦ってた。でも、私が言っても説得力なんてなかったから…自分で気づけてよかった。」


その瞳に宿る優しさは、幼馴染へも先輩へも向けるものではない。初めてできた女友達に向ける、親愛の証だった。


そんなララの横顔に、シズクも思わず微笑みをこぼすのだった。

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